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第128話 追従する不壊の人形
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どうしようかと途方に暮れる俺達。
目の前には、ただそこに在るだけの人形が一体。
立ち尽くし、表情も変えず、視線も明後日の方向。
俺達を映していないことは明白で、人形故に心もない。
「……えっと……どうしようか……」
望月ちゃんが困ったような声を上げるのも無理はない。
あまりにもイレギュラーなことが起きすぎていて、どうしていいか分からないのだ。
“なんか、すっげえ不気味なんだが……”
“コワイ”
“ダンジョンのギミックなのか?”
“急に爆発したりとかしないよな?”
“あんまりよく分からない奴には近づかない方が良いよ!”
“何があるか分からないから、放っておこう!”
“これ、なんか調べたりしないといけないんじゃないの?”
“モッチー、人形の事、くまなく調べようよ!”
“鍵とか持ってるとか?”
配信ドローンに目を向けると、コメント欄も二つに割れていた。
放っておいて先へ行こうという声が多いが、人形を調べるべきというコメントも多い。
「……氷堂さん、今配信見ていますかね? あるいは知っている人でも良いのですが、京都の下層ではこのようなことはあったのでしょうか?」
とりあえず情報を得るために、すでに攻略が進んでいる氷堂へと望月ちゃんは声をかける。
しかし、どれだけ待っても氷堂からのコメントはない。忙しいのだろうか?
“ミヤ:京都の情報を確認しましたが、そのような人形が出現したという記録はないですね。
望月さん、念のためにモンスターチェッカーを人形に向けてみてくれますか?”
代わりに、専属職員の神宮さんがコメントを書き込んでくれた。
それを見て、思い出したかのように望月ちゃんは「あっ」と声を出した。
「ごめんなさい、急すぎて忘れてました。えっと……」
ポケットからモンスターチェッカーを取り出し、人形へと向ける。
しかし、モンスターに向けたときに発せられるピコンッ、という音は今回は響かなかった。
「……反応しませんね。モンスターではないみたいです。というと……ギミックということですかね」
恐る恐るといった様子で、望月ちゃんは体を動かして様々な角度から人形を観察する。
しかしどこから見ても正体不明であることには変わりはないようで、難しい表情を浮かべていた。
「あの……人形さん、私の事が分かりますか?」
「…………」
声をかけてみても、人形は全く反応を返さない。
額の第三の目は開いているものの、動く様子もなさそうだ。
「……うーん。ちょっと不気味なので調べたくはないですね。放っておくことにします」
やや眉をひそめて、望月ちゃんはそう結論付けた。
誰でも、見知らぬものには恐怖を抱くものだ。俺個人としても、この人形は一旦無視で良いのではないだろうか。
“賛成。なんかホラーチックだし、触らない様にしよう”
“急に触ったら目がギョロってして、襲い掛かってくるかもしれないし”
“背中から腕が大量に出てきて襲い掛かってくるかもしれないからな”
“えー、調べないのかー”
“絶対になんかありそうだけどなぁ……”
「虎太郎君、お願い」
『おう!』
望月ちゃんに吠え返し、俺は振り返って再び先頭に戻る。
そのまま望月ちゃんと竜乃を引き連れて数十歩歩いたとき。
「……えー」
望月ちゃんの低い声が響いた。
振り返ると、望月ちゃんは背中を見せていた。悩んでいるような雰囲気も感じ取れる。
そしてその先に、あの気配を感じる。
まさかと思い少し左に動けば、望月ちゃんは人形と向き合っていた。
「俺達についてきた」人形と。
「ついてくるんですけど……」
“ヒェ”
“コワスギィ!”
“やばいやばいやばい!”
“これひょっとして、ずっとついてくるのか?”
“不気味にもほどがあるだろ……”
“いつ背中から攻撃されるか分かったもんじゃないぞ……“
望月ちゃんだけでなく、コメント欄もドン引きだ。
俺自身も、この人形の目的がなんなのか分からなくなってきていた。
念のために望月ちゃんの隣に並ぶために移動するが、相変わらず人形はピクリとも反応を返さない。
「えーっと……さ、流石に調べますかね……」
ちょっと嫌そうに、けれど仕方がなさそうに望月ちゃんは呟く。
動かないのならば逃げるように去ることで忘れようとしたが、ついてきてしまう以上、放置はできない。
不安はあるようで歩みは慎重に。もちろん俺もそれについていく。竜乃もいつでも攻撃できるようにすぐ後ろにいる。
望月ちゃんは人形に近づき、おそるおそる手を伸ばした。
ホラー映画なら間違いなく怖い何かが起こるような状況。
しかし、望月ちゃんの小さな手は何事もなく人形の肩に触れた。
相変わらず、人形からは何の反応もない。
「……触ってみた感じは、普通の服のようですけど……」
肩を優しくさすりながら、配信先の視聴者に聞こえるように状況を説明してくれる。
望月ちゃんは依然として慎重な動きで右手を動かし、次に人形の頬に触れた。
ここまでしてもなお、人形からは何の反応もない。
手を離し、右手のひらを見てそこに何も異常がないことを確認した望月ちゃんは腕を組んで考え込む。
「うーん、ちょっと詳細に調べますね」
そういって彼女は配信ドローンの方へと歩みを進め、ドローンを操作する。
下を向けさせると、再び人形の元へと戻ってきた。
先ほどの慎重な動きは嘘のように、望月ちゃんは人形を触って確認し始める。
頭、首、腕、腰、足。素早く確認し、そしてその動きは着物の中にまで及んだ。
着物の中に手を入れたときに一瞬驚いた表情をしたものの、すぐに確認を再開する。
そして文字通り頭の先からつま先までじっくり時間をかけて確認をした望月ちゃんは、溜息を吐いた。
「……うーん、やっぱり何も持ってないですね。色々確認しましたけど、本当にただの人形という感じです」
そう言いながら、配信ドローンを上に向けた。
“人形をまさぐる望月ちゃん、見たかった”
“百合の波動の予感がしていたのに”
“上層のオアシスと違って音があったから妄想が捗った”
“ありがとうございます!”
“ドキドキして気が気じゃなかったわ”
気持ち悪いコメントは無視して、望月ちゃんは再び人形の元に戻ってくる。
体中を調べられたにもかかわらず、人形はその場から一歩も動いていないどころか、表情一つ動かしていない。
「あっ……」
声を上げて、望月ちゃんがポケットから端末を取り出した。
どうやら電話がかかってきたようだ。
「もしもし? あ、はい。分かりました」
電話先の相手と数戸と言葉を交わしたのちに耳から端末を離し、ボタンをタップ。
スピーカーモードに切り替わったのか、声が響いた。
『すまない。用事でコメントを打てなかった』
響いた声に、空気が凍るのが分かった。
地を這うような低い声に、言葉だけで重力が強まったような錯覚を与えることが出来る相手など一人しかいない。
日本一の探索者、氷堂心愛だ。
『配信を見て状況は確認した。結論から述べると、京都のTier1ダンジョンにはそのような人形はいない。
けれど、一つ確認をして欲しいことがある』
京都のTier1ダンジョンを開拓した氷堂が言うのだから間違いないだろう。
この人形は、東京ダンジョンのみの登場ということだ。
しかし、確認して欲しい事とは何だろうか。
人形については、望月ちゃんが十分調べたが。
『虎太郎君、人形を爪で攻撃して欲しい。これで破壊できるか否かで、重要なものかがどうかが分かる』
(おー、そう来たか)
氷堂の提案に、俺は驚いた。
まだ俺たち以外誰も足を踏み入れていない、情報のない下層。
そこに現れた謎の人形を壊してしまえば、取り返しのつかないことが起こるのではないかと思ったが、ダンジョンにおいて取り返しのつかないようなものを破壊可能にしておくことを、ダンジョン自身が作らないだろうということだろうか。
そんなことを考えながら、俺は右の前脚に力を入れる。
(壊れたら壊れたで、懸念がなくなるからそれでもいいか)
一閃。
右から左に、鋭く右前脚を振るう。
このダンジョンの中層までフロアモンスターに大ダメージを与える爪の一撃。
力を入れて放った強力な物理攻撃は何の反応も示さなかった人形を捉える。
――ガキンッ
『っ!?』
入った。間違いなく俺の爪は人形を捉えたはずだ。
けれど不思議な音を聞くと同時に、まったく人形が動いていないことをすぐに知る。
そしてその体には、一切の傷がついていなかった。
『決まり。この人形が何なのかは分からないけれど、これは重要なものだ。
ついてくるなら、連れて行った方が良い。気にしすぎる必要はないが、警戒は怠らずに』
氷堂が、誰が聞いても正論としか言いようがない結論を出してくれた。
目の前には、ただそこに在るだけの人形が一体。
立ち尽くし、表情も変えず、視線も明後日の方向。
俺達を映していないことは明白で、人形故に心もない。
「……えっと……どうしようか……」
望月ちゃんが困ったような声を上げるのも無理はない。
あまりにもイレギュラーなことが起きすぎていて、どうしていいか分からないのだ。
“なんか、すっげえ不気味なんだが……”
“コワイ”
“ダンジョンのギミックなのか?”
“急に爆発したりとかしないよな?”
“あんまりよく分からない奴には近づかない方が良いよ!”
“何があるか分からないから、放っておこう!”
“これ、なんか調べたりしないといけないんじゃないの?”
“モッチー、人形の事、くまなく調べようよ!”
“鍵とか持ってるとか?”
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放っておいて先へ行こうという声が多いが、人形を調べるべきというコメントも多い。
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しかし、どれだけ待っても氷堂からのコメントはない。忙しいのだろうか?
“ミヤ:京都の情報を確認しましたが、そのような人形が出現したという記録はないですね。
望月さん、念のためにモンスターチェッカーを人形に向けてみてくれますか?”
代わりに、専属職員の神宮さんがコメントを書き込んでくれた。
それを見て、思い出したかのように望月ちゃんは「あっ」と声を出した。
「ごめんなさい、急すぎて忘れてました。えっと……」
ポケットからモンスターチェッカーを取り出し、人形へと向ける。
しかし、モンスターに向けたときに発せられるピコンッ、という音は今回は響かなかった。
「……反応しませんね。モンスターではないみたいです。というと……ギミックということですかね」
恐る恐るといった様子で、望月ちゃんは体を動かして様々な角度から人形を観察する。
しかしどこから見ても正体不明であることには変わりはないようで、難しい表情を浮かべていた。
「あの……人形さん、私の事が分かりますか?」
「…………」
声をかけてみても、人形は全く反応を返さない。
額の第三の目は開いているものの、動く様子もなさそうだ。
「……うーん。ちょっと不気味なので調べたくはないですね。放っておくことにします」
やや眉をひそめて、望月ちゃんはそう結論付けた。
誰でも、見知らぬものには恐怖を抱くものだ。俺個人としても、この人形は一旦無視で良いのではないだろうか。
“賛成。なんかホラーチックだし、触らない様にしよう”
“急に触ったら目がギョロってして、襲い掛かってくるかもしれないし”
“背中から腕が大量に出てきて襲い掛かってくるかもしれないからな”
“えー、調べないのかー”
“絶対になんかありそうだけどなぁ……”
「虎太郎君、お願い」
『おう!』
望月ちゃんに吠え返し、俺は振り返って再び先頭に戻る。
そのまま望月ちゃんと竜乃を引き連れて数十歩歩いたとき。
「……えー」
望月ちゃんの低い声が響いた。
振り返ると、望月ちゃんは背中を見せていた。悩んでいるような雰囲気も感じ取れる。
そしてその先に、あの気配を感じる。
まさかと思い少し左に動けば、望月ちゃんは人形と向き合っていた。
「俺達についてきた」人形と。
「ついてくるんですけど……」
“ヒェ”
“コワスギィ!”
“やばいやばいやばい!”
“これひょっとして、ずっとついてくるのか?”
“不気味にもほどがあるだろ……”
“いつ背中から攻撃されるか分かったもんじゃないぞ……“
望月ちゃんだけでなく、コメント欄もドン引きだ。
俺自身も、この人形の目的がなんなのか分からなくなってきていた。
念のために望月ちゃんの隣に並ぶために移動するが、相変わらず人形はピクリとも反応を返さない。
「えーっと……さ、流石に調べますかね……」
ちょっと嫌そうに、けれど仕方がなさそうに望月ちゃんは呟く。
動かないのならば逃げるように去ることで忘れようとしたが、ついてきてしまう以上、放置はできない。
不安はあるようで歩みは慎重に。もちろん俺もそれについていく。竜乃もいつでも攻撃できるようにすぐ後ろにいる。
望月ちゃんは人形に近づき、おそるおそる手を伸ばした。
ホラー映画なら間違いなく怖い何かが起こるような状況。
しかし、望月ちゃんの小さな手は何事もなく人形の肩に触れた。
相変わらず、人形からは何の反応もない。
「……触ってみた感じは、普通の服のようですけど……」
肩を優しくさすりながら、配信先の視聴者に聞こえるように状況を説明してくれる。
望月ちゃんは依然として慎重な動きで右手を動かし、次に人形の頬に触れた。
ここまでしてもなお、人形からは何の反応もない。
手を離し、右手のひらを見てそこに何も異常がないことを確認した望月ちゃんは腕を組んで考え込む。
「うーん、ちょっと詳細に調べますね」
そういって彼女は配信ドローンの方へと歩みを進め、ドローンを操作する。
下を向けさせると、再び人形の元へと戻ってきた。
先ほどの慎重な動きは嘘のように、望月ちゃんは人形を触って確認し始める。
頭、首、腕、腰、足。素早く確認し、そしてその動きは着物の中にまで及んだ。
着物の中に手を入れたときに一瞬驚いた表情をしたものの、すぐに確認を再開する。
そして文字通り頭の先からつま先までじっくり時間をかけて確認をした望月ちゃんは、溜息を吐いた。
「……うーん、やっぱり何も持ってないですね。色々確認しましたけど、本当にただの人形という感じです」
そう言いながら、配信ドローンを上に向けた。
“人形をまさぐる望月ちゃん、見たかった”
“百合の波動の予感がしていたのに”
“上層のオアシスと違って音があったから妄想が捗った”
“ありがとうございます!”
“ドキドキして気が気じゃなかったわ”
気持ち悪いコメントは無視して、望月ちゃんは再び人形の元に戻ってくる。
体中を調べられたにもかかわらず、人形はその場から一歩も動いていないどころか、表情一つ動かしていない。
「あっ……」
声を上げて、望月ちゃんがポケットから端末を取り出した。
どうやら電話がかかってきたようだ。
「もしもし? あ、はい。分かりました」
電話先の相手と数戸と言葉を交わしたのちに耳から端末を離し、ボタンをタップ。
スピーカーモードに切り替わったのか、声が響いた。
『すまない。用事でコメントを打てなかった』
響いた声に、空気が凍るのが分かった。
地を這うような低い声に、言葉だけで重力が強まったような錯覚を与えることが出来る相手など一人しかいない。
日本一の探索者、氷堂心愛だ。
『配信を見て状況は確認した。結論から述べると、京都のTier1ダンジョンにはそのような人形はいない。
けれど、一つ確認をして欲しいことがある』
京都のTier1ダンジョンを開拓した氷堂が言うのだから間違いないだろう。
この人形は、東京ダンジョンのみの登場ということだ。
しかし、確認して欲しい事とは何だろうか。
人形については、望月ちゃんが十分調べたが。
『虎太郎君、人形を爪で攻撃して欲しい。これで破壊できるか否かで、重要なものかがどうかが分かる』
(おー、そう来たか)
氷堂の提案に、俺は驚いた。
まだ俺たち以外誰も足を踏み入れていない、情報のない下層。
そこに現れた謎の人形を壊してしまえば、取り返しのつかないことが起こるのではないかと思ったが、ダンジョンにおいて取り返しのつかないようなものを破壊可能にしておくことを、ダンジョン自身が作らないだろうということだろうか。
そんなことを考えながら、俺は右の前脚に力を入れる。
(壊れたら壊れたで、懸念がなくなるからそれでもいいか)
一閃。
右から左に、鋭く右前脚を振るう。
このダンジョンの中層までフロアモンスターに大ダメージを与える爪の一撃。
力を入れて放った強力な物理攻撃は何の反応も示さなかった人形を捉える。
――ガキンッ
『っ!?』
入った。間違いなく俺の爪は人形を捉えたはずだ。
けれど不思議な音を聞くと同時に、まったく人形が動いていないことをすぐに知る。
そしてその体には、一切の傷がついていなかった。
『決まり。この人形が何なのかは分からないけれど、これは重要なものだ。
ついてくるなら、連れて行った方が良い。気にしすぎる必要はないが、警戒は怠らずに』
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