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第122話 もうちょっと時間が必要なようです

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(今日から下層攻略か。頑張らないとな)

 そう気合を入れて、俺は目を覚ます。
 しかし目の前に広がっていたのは未知の生物達の居る自然豊かな光景ではなく、見慣れた簡易探索者用テントの中だった。

 周りを見回すと、竜乃の姿と配信用のカメラを用意する望月ちゃんの姿が確認できた。
 テントの中から配信を開始するのか、珍しいなと思ったときに、望月ちゃんが振り返った。

「竜乃ちゃん、虎太郎君、おはよう……そ、その……そのね?」

 何故か俺達と目を合わせて言い淀む望月ちゃん。
 体調が悪いわけではなさそうだが、何があったのだろうか?

「えっと……きょ、今日は一日ゆっくり配信して終わりにしたいなー、なんて……」

『ん?』

 思わず短い鳴き声で返事してしまった。
 確か昨日は、今日で下層に挑むということになっていた筈だが。

『逃げたわね。下層が怖くて』

 竜乃が、答えを代わりに言ってくれた。
 二人して望月ちゃんをじっと見ると、彼女は目を細めてバツが悪そうに頬を掻く。

「うーん、何を言っているか分からないけど、見透かされている気がする……。
 きょ、今日一日だけ。一日だけだからね?」

 人差し指を一本立てて必死にアピールするあたり、今日は探索をしたくないようだ。
 いや、まだ気持ちの準備が出来ていないということだろう。

『でもいいんじゃないか? 絶対に今日行かないとってわけでもないし、心の準備が出来てからの方が良いだろ』

『それはそうだけど、なら昨日の内に言ってくれれば良かったのよ』

 もっともなことを竜乃が言うと、望月ちゃんはうー、と唸る。
 その様子は猫のようにも見えて、獣と猫と竜の3体が居るような、そんな気もしてしまった。

「き、昨日に言っておけばって思ってるよね? わ、私もそう思ったんだけど、解散した後に急に不安になったり、ベッドで横になっているときに大丈夫かなって思っちゃって……それで……」

 今この一瞬においては完璧に竜乃の言葉を読んだ望月ちゃんが自らの心情を吐露する。
 不安そうに揺れる彼女の瞳を見て、俺は気づいた。

(……そうだよな。まだ大人じゃないんだもんな)

 落ち着いた言動と探索者としての実力も相まって忘れていたが、望月ちゃんは俺の一回りも下の少女だ。
 そんな子が、これから誰も到達していない階層に挑む。それは並大抵のストレスではないだろう。

 なら、俺に出来ることは待つことだけだ。

『分かった。今日はゆっくり配信しよう』

『……まあ、元々反対というわけではなかったから、ゆっくりしましょ』

 竜乃も望月ちゃんの気持ちは分かっているようで、すぐに賛成してくれた。
 無理をして先に進む、なんていう選択肢は、最初から存在していない。

 俺達に受け入れられたことを感じ取った望月ちゃんは、安心したように息を吐いた。

「ふぅ、よ、よかった……じゃあ、配信開始するね」

 振り返り、配信ドローンを操作する望月ちゃん。
 数秒後に開始する設定をしたであろう彼女は、俺と竜乃の間に入る。

 情報を見るときの定位置だが、この感じで配信をするのは初めてだ。
 そもそもこのメンバーでの雑談配信などしたことがないからだ。

 普段の雑談配信は望月ちゃんが現実世界の方でやっているらしいし、ダンジョン内での配信と言えば探索と戦闘がメインだったからな。

 やがて配信ドローンが光を発し、コメント欄が稼働する。
 事前にこの時間から配信をすることを告知していたためか、非常に多くの視聴者が既に待機しているようだった。

“こんにちはー”
“こんちゃ!”
“今日はついに下層配信か”
“こんちゃーっす”
“待ってた”
“うん? 探索者用テント?”
“竜乃の姉御、今日も麗しい!”
“虎太郎の旦那の伏せって、ただ伏せてるだけなのに威厳あるよな”

 次々に打ち込まれるコメント達。
 それらを見て固唾を飲み、望月ちゃんは口を開いた。

「皆さんこんにちは。今日は下層探索の予定だったのですが、予定を変更して雑談配信をしようかなー……と」

 開幕一番の発言に、コメントがすぐにざわつき始める。

“お? 雑談?”
“ん? 探索はしないってこと?”
“下層楽しみにしてたんだけどな”
“つーかモッチー、下層怖くて逃げたべ?ww”
“なんかトラブルかね?”
“こーれはダメみたいですね”
“メンタルクソ雑魚じゃったか……”
“どんな世界なのかとか、どんな敵なのかとか、見たかったな……”

 下層探索ではないことを残念に思う声や、どうしてこうなったのかを予想している声など様々だ。
 中には理由を的確に当てているコメントもあった。

「うっ……きゅ、急に予定を変えてすみません……ちょっとまだ心の準備が……」

“ちょい失礼だけど、モッチーでも緊張することってあるんやな”
“虎太郎の旦那と竜乃の姉御キチだけど、まだ未成年だもんな”
“キミー:皆さん、急で申し訳ないけれど今日は雑談配信に切り替わります。色々意見はあると思いますが、受け入れてくださいますと幸いです”
“キミーパイセンに言われんでも、全然気にしないで”
“下層は楽しみではあるけど、モッチーのメンタルの方が大事だからな”
“全然待てます!”
“一日でいいの? 三日にする? それとも一週間雑談する?”
“探索でも雑談でも、追い続けるで”

 優さんも状況をすぐに理解したらしく、コメントで対応してくれた。
 気づけば配信のタイトルも「Tier1下層探索」から、「ダンジョン内雑談」へと切り替わっている。

 視聴者達も突然の配信内容変更をそこまで気にしているわけではなさそうだ。
 もちろん納得していないコメントも確認はできるが、流れる頻度は本当に少ない。

 とりあえず一安心だなと思って望月ちゃんを見ると、彼女も安心したように胸を撫で下ろしていた。

「えっと……じゃあ雑談しますか」

 実を言うと、望月ちゃんの雑談配信というのは見たことがない。
 この体になる前は彼女の事は知らなかったし、この体になってからは配信をそもそも見れないからだ。

 自分が映っているダンジョン探索はどんな感じの配信か分かるが、望月ちゃんの配信を見たのは竜乃と望月ちゃんが二人でやっていた時が最後だ。
 だから、少し楽しみでもあった。

 普段の望月ちゃんが、どんな風なことを話すのか。

「あー……その……雑談にしたいっていうのはあったんですけど、何を話すかとかは全く決めてなかったんですよね……どうしましょうか?」

 あはは、と苦笑いする望月ちゃん。
 その姿と言葉に、俺はずっこける人達のお笑いの光景を幻視した。
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