ダンジョンのモンスターになってしまいましたが、テイマーの少女が救ってくれたので恩返しします。

紗沙

文字の大きさ
上 下
53 / 214

第53話 審判の刻

しおりを挟む
 世界で確認されている3体のTier0モンスター。
 その中でもっとも有名なものが目の前にいる。

“なに……これ?”
“なんか見たことないやつ来た”
“下層の雰囲気に全然合ってないだろ”
“ユニークモンスター?”

 コメント欄もざわついているが、この球体の正体に気づいた視聴者はまだ居ないようだ。
 ダンジョンの一番下の層でユニークモンスターは登場するが、それは必ず一つ上の層のモンスターだ。

 だが目の前のモンスターは、このダンジョンどころかどのダンジョンにも定住していない。

“審判の銀球だ”

 コメントで、答えが流れる。
 そのコメントがすぐに優さんによって固定された。

「審判の……銀球?」

 望月ちゃんがいつものようにモンスターチェッカーを取り出し、球体に向ける。
 その結果がどうなるか分かっているから、何とも言えない気持ちで見届けるしかなかった。

 いつものようにモンスターチェッカーは音を鳴らし。

「……え?」

 けれどいつものようには情報を表示しなかったことを、彼女の反応から知った。

「……データが……見えない……」

 当たり前だ。Tier0モンスターはそれぞれが独立したモンスターで、ダンジョンモンスターのように他のモンスター情報を参照に強さを測定できない。
 また、目の前の球体は倒されたことがないので、情報などあるわけがない。

 審判の銀球は正式名称ではない。
 世界中で確認されたこの球体に対して、探索者が勝手につけた俗称だ。

“Tier0……ってことか”
“それってあれだろ? 流石に知ってるぞ。めちゃくちゃ強いモンスターだろ?”
“強いなんてもんじゃない。今まで倒せたTier0なんて1体しか居ない”
“しかもそれが出来たのアメリカの世界1位探索者だけだろ!?”

「に……逃げなきゃ……竜乃ちゃん、虎太郎く――」

 取り乱し、逃げようとする望月ちゃんの元に素早く移動し、その背中を頭で押す。
 逃げたいという気持ちはある。今すぐこの場から逃れたい。

 けれど、それはできない。

“こいつが出た段階で、逃げるのは無理だ”
“もう祈るしかない”
“頼む。せめて……せめて偶数になってくれ!”
“なにを言っているんだ?”
“誰か詳しく説明してくれ!”

「……逃げ……られないんだね」

 振り返った望月ちゃんが俺の目を見る。
 さっきまで焦っていた表情が、ゆっくりと引き締まっていく。

 けれどその手は、震えていた。

 鐘の鳴る音が響き渡る。
 その音を出しているのは球体だ。球体のどこにも鐘などないのに、音が響いている。

『なに!? なにが始まるの!?』

 焦ったように叫び、目の前の球体を警戒する竜乃に、俺は答えを告げる

『……審判だ』

 銀の球体。
 その前面が揺らぎ、円形の光盤が出現する。

 どう見ても現実世界のものではないダンジョン産の円盤は、時計のようにも見える。
 しかし、刻まれている数字は1~14までのローマ数字。

 それらの数字は順番ではなく、完全にランダムに配置されている。
 Ⅰの右にⅥが、さらにその斜め右下にⅨがある。

 配置はランダムだが、時計回りに見ると必ず偶数と奇数が順に描かれていた。

 そしてたった一本のぐにゃりと波打った針がⅠを指している。
 響く鐘の中で、針がゆっくりと回転を始める。

(頼む……せめて偶数であってくれ)

 目を瞑り、神にもすがる思いで祈りを捧げるしかできない。
 もしも針が奇数を指したら、終わりだ。

“この回転する針が奇数番号を指したら、この球体と戦うことになる。
 今までこの球体と戦って生き残った探索者は……一人もいない”

 Tier0と戦闘をするという事がどれだけ無謀なことであるのか、探索者であれば徹底的に教え込まれることだ。

 それでもアメリカに居る世界1位の探索者がTier0を倒したことで、心のどこかできっとみんな思ってる。
 実はTier0は大したことないのではないかと。

 ――冗談じゃない

 相対してみれば分かる。
 元探索者だった時に出会った黒い化け物も、目の前の銀の球体も人類が勝てる相手ではない。

 もしも針が奇数を指してあの銀球と戦うなら、俺達は確実に死ぬ。

“頼む!頼む!”
“偶数!偶数!偶数!偶数!”
“ふざけんな! なんでこんなところにTier0出てくるんだよ! おかしいだろ!”
“おい……おい、本当に頼むって!”

 回転する針のスピードが遅くなるにつれてコメントが阿鼻叫喚の嵐に包まれる。
 その流れを見ながら、このモンスターに「審判」という言葉がつけられた意味が分かった気がした。

 けれど、当事者である俺達は取り乱すこともなくただ球体を見つめる。
 審判を待ち続ける。

 望月ちゃんが苦しそうに息を吸うのが、聞こえた。

(止まる)

 針の速度が遅くなり、目で十分に追えるほどの速度になる。
 やがて時計の秒針のように1秒に1刻みに変化し、その間隔もどんどん長くなっていく。

 奇数、偶数、奇数……そして偶数……次に奇数

 針はなかなか止まらないが、俺達の中の緊張感はどんどん増していく。
 この銀の球体は思った以上に性格が悪いらしい。

 どうせなら、早く決めて欲しいと思うくらい――

 針が、止まる。偶数のⅥを指し、そしてそこからじっくりと5秒後に「奇数」のⅪを指した。
 突如、鐘の音が大きくなる。耳を塞ぎたくなるほどの音量。

 球体の放つ光が増し、俺達が終わったことを理解する。
 心の奥底から恐怖があふれ出すがすぐに押さえ込んだ。

(命を投げ捨ててでも、望月ちゃんと竜乃を何とか逃がす方法を考え――)

 轟音。
 先ほどでも大きな鐘の音が響いていたのに、今度は頭ごと揺らすような音が聞こえてくる。
 いや、これは耳が聞いているのではなく頭に響き渡っているのだろう。

 けれど顔を顰め、歪む視界の中で俺は確かに見た。
 針が勢いよく動き、ⅪからⅣへと動くのを。

 そう。「偶数の」Ⅳだ。

 鐘の音が小さくなっていくのに合わせて、銀球の前に光が集まり始める。
 ゆっくりと形を成したのは、銀球よりも3回りほど小さな白い球体だった。

 銀球とは違い、2つの光の帯が周囲を回っている白い球体。
 それだけを残して、審判の銀球は姿をぼかしながら蜃気楼のように消えていく。

 まるでそんなモンスターは最初から居なかったと言わんばかりに、掻き消えてしまった。
 いや、居た証拠はまだ目の前にあるのだが。

“たす……かった?”
“偶数だったよな? 偶数だったんだよな!?”
“マジで……本当にダメだと思った”
“奇数じゃん、オワタと思ったけど、偶数で本当に良かった”
“ほんとまじ……心臓に悪すぎるだろ……”
“あれはなんなん?……偶数だったら助かるんじゃねえの? すっげえ嫌な予感がするんだけど”
“さっきの審判の銀球に似てるんだけど。同じように消えてくれ……”

 安心するコメントの中には、目の前の白球を不安視する声も多い。
 そして、その不安は正しい。最悪の展開は避けられた。けれどまだ悪い状況であることに変わりはない。

 ついさっき聞いた機械音が響く。
 望月ちゃんが、モンスターチェッカーを使用したのだ。

 この状況でも冷静にするべきことをできる胆力を身に着けていたことに、この危機的な状況ながら素直に感心した。

「……無垢の白球……強さは、Tier1ダンジョン上層から中層くらい……ですね」

 審判の銀球が奇数を示した場合は、探索者は死ぬしかない。
 だが偶数の数字を示した場合、審判の銀球は姿を消し、無垢の白球というモンスターが出現する。

 こちらのモンスターは審判の銀球の下位モンスターと考えられているが、その強さはTier1ダンジョンに挑む探索者が何とか倒せるほどとなっている。

 つまり、一般的な探索者が審判の銀球と接触した場合、数字が奇数を指そうが偶数を指そうが死ぬことになる。
 現に審判の銀球からこれまでに生き残った人数は、これまで遭遇した人数の1割程度ではないかと言われている。

“Tier1上層って、ここより上だよな?”
“勝てるのか? いや、虎太郎の旦那ならワンチャン……”
“時間稼いでTier1ダンジョンの探索者に助けてもらった方が……”
“時間稼ぎが出来るような相手じゃないだろ。それに東京のTier1から来てもらっても時間がかかりすぎるぞ”
“頼む旦那!せっかく偶数を引いたんだ、勝ってくれ!”
“モッチー、竜乃ちゃん、虎太郎の旦那、頑張れ!”

 言われるまでもない。
 どうせ無垢の白球も審判の銀球と同じく逃げることを許してはくれない。

 今ここで、このTier0の残した物を倒さなければ明日はない。

(まだ望月ちゃんの楽しみにしてた公式配信もまだなんだ。死んでたまるかよ)

 それに絶望ばかりというわけではない。
 こいつを倒せるかもしれないという希望も、気休め程度かもしれないがあるのだ。

 望月ちゃんと竜乃を護るように、俺は前に出る。
 無機質な白球に、特に動きはなかった。

 ただ光の帯が一定のスピードで回転しているだけだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

神様の願いを叶えて世界最強!! ~職業無職を極めて天下無双する~

波 七海
ファンタジー
※毎週土曜日更新です。よろしくお願い致します。  アウステリア王国の平民の子、レヴィンは、12才の誕生日を迎えたその日に前世の記憶を思い出した。  自分が本当は、藤堂貴正と言う名前で24歳だったという事に……。  天界で上司に結果を出す事を求められている、自称神様に出会った貴正は、異世界に革新を起こし、より進化・深化させてほしいとお願いされる事となる。  その対価はなんと、貴正の願いを叶えてくれる事!?  初めての異世界で、足掻きながらも自分の信じる道を進もうとする貴正。  最強の職業、無職(ニート)となり、混乱する世界を駆け抜ける!!  果たして、彼を待っているものは天国か、地獄か、はたまた……!?  目指すは、神様の願いを叶えて世界最強! 立身出世!

俺だけLVアップするスキルガチャで、まったりダンジョン探索者生活も余裕です ~ガチャ引き楽しくてやめられねぇ~

シンギョウ ガク
ファンタジー
仕事中、寝落ちした明日見碧(あすみ あおい)は、目覚めたら暗い洞窟にいた。 目の前には蛍光ピンクのガチャマシーン(足つき)。 『初心者優遇10連ガチャ開催中』とか『SSRレアスキル確定』の誘惑に負け、金色のコインを投入してしまう。 カプセルを開けると『鑑定』、『ファイア』、『剣術向上』といったスキルが得られ、次々にステータスが向上していく。 ガチャスキルの力に魅了された俺は魔物を倒して『金色コイン』を手に入れて、ガチャ引きまくってたらいつのまにか強くなっていた。 ボスを討伐し、初めてのダンジョンの外に出た俺は、相棒のガチャと途中で助けた異世界人アスターシアとともに、異世界人ヴェルデ・アヴニールとして、生き延びるための自由気ままな異世界の旅がここからはじまった。

ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。

夜兎ましろ
ファンタジー
 高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。  ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。  バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。

動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!

海夏世もみじ
ファンタジー
 旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました  動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。  そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。  しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!  戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!

辻ダンジョン掃除が趣味の底辺社畜、迷惑配信者が汚したダンジョンを掃除していたらうっかり美少女アイドルの配信に映り込み神バズりしてしまう

なっくる
ファンタジー
ダンジョン攻略配信が定着した日本、迷惑配信者が世間を騒がせていた。主人公タクミはダンジョン配信視聴とダンジョン掃除が趣味の社畜。 だが美少女アイドルダンジョン配信者の生配信に映り込んだことで、彼の運命は大きく変わる。実はレアだったお掃除スキルと人間性をダンジョン庁に評価され、美少女アイドルと共にダンジョンのイメージキャラクターに抜擢される。自身を慕ってくれる美少女JKとの楽しい毎日。そして超進化したお掃除スキルで迷惑配信者を懲らしめたことで、彼女と共にダンジョン界屈指の人気者になっていく。 バラ色人生を送るタクミだが……迷惑配信者の背後に潜む陰謀がタクミたちに襲い掛かるのだった。 ※他サイトでも掲載しています

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

なんか黄金とかいう馬鹿みたいなスキルを得たのでダラダラ欲望のままに金稼いで人生を楽しもうと思う

ちょす氏
ファンタジー
 今の時代においてもっとも平凡な大学生の一人の俺。 卒業を間近に控え、周りの学生たちは冒険者としてのキャリアを選ぶ中、俺の夢はただひとつ、「悠々自適な生活」を送ること。 金も欲しいし、時間も欲しい。 程々に働いて程々に寝る……そんな生活だ。 しかし、それも容易ではなかった。100年前の事件によって。 そのせいで現代の世界は冒険者が主役の時代となっていた。 ある日、半ば興味本位で冒険者登録をしてみた俺は、予想外のスキル「黄金」を手に入れる。 「はぁ?」 俺が望んだのは平和な日常を送るためだが!? 悠々自適な生活とは程遠い、忙しない日々を送ることになる。

異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。

暁月ライト
ファンタジー
魔王を倒し、邪神を滅ぼし、五年の冒険の果てに役割を終えた勇者は地球へと帰還する。 しかし、遂に帰還した地球では何故か三十年が過ぎており……しかも、何故か普通に魔術が使われており……とはいえ最強な勇者がちょっとおかしな現代日本で無双するお話です。

処理中です...