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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第233話 そして過去の亡霊は、完全に消え去る

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 剣を鞘に納め、俺は小走りでオーロラちゃんの元へ駆けつけて膝をつく。彼女は疲れているようではあったけど、俺と目が合うと微笑みかけてくれた。

「大丈夫? オーロラちゃん」

「ええ……」

 彼女の手を取って、魔力に念じると体内の魔力がオーロラちゃんに移るのがはっきりと分かった。オーロラちゃんの疲れが消えていくのが俺の目にも分かった。

「ありがとうノヴァお兄様」

「ううん、無事で本当に良かった」

「ええ、本当にギリギリだったけどね……」

 そう言ったオーロラちゃんは遠くを見ている。その視線の先にあるものがなんなのか、見なくても分かった。

「これで本当に終わったのよね……」

 しみじみとそう呟くオーロラちゃん。彼女からすればエリザベートは自身を塔に閉じ込めた恐怖の象徴だった筈。それが完全に消滅したことで、思うところもあるんだろう。そう思ってオーロラちゃんを見つめていると、彼女はその視線に気づき、微笑んだ。

「お姉様から聞かされた時はあっさりと居なくなっちゃったなって思ったけど、二回目は特に思うことはないわ。ただ、もう現れて欲しくはないと思うけれど」

 苦笑いするオーロラちゃんに、頷いて返した。

「もう現れないよ、大丈夫……調子が戻ったらシアの所に帰ろうか」

「そうね、長いこと側に居なかったからきっと寂しがっていると思うわ。それに皆が無事だってことも伝えたいし……すぐに戻りましょう」

「うん……ユティさんの所に行ってくるね」

「ええ、お願い」

 オーロラちゃんと頷き合って立ち上がり、その場を離れる。
 少し遠くに倒れていたユティさんに今度は駆け寄る。倒れていたユティさんの上半身を両腕で起こすようにして座らせると、魔力を送り込んだ。

「ありがとうございます、ノヴァさん」

「いえ……ですが無事で本当に良かったです」

「私は大丈夫です……でもあの人やティアラは……そうですか」

 改めて遠くを見て視点を動かしたユティさん。その目線を追うように俺もそちらを見る。遠くにはティアラが倒れていて、その身は血の海に浸かっていた。生きていないのは明白だった。

「途中から駆け付けてくれたので知りませんよね。ティアラはあの人によって殺されました」

「……そうでしたか」

 あのエリザベートならいかにもやりそうなことだと思った。ユティさんやオーロラちゃんに妨害され、敗北したティアラが不要と思い切り捨てたんだろう。酷い事をする。

 そう思い、次に視線を動かすと、白色の灰だけが残った場所が目に映る。あそこは、エリザベートが居た場所だ。

「……見ていましたが、最後の最後にあの人は限界を越えて魔力を行使しているように思えました。剣技の奥義も通用せず、漆黒の柱のごとき攻撃はあっさりと防がれ、剣は折られ、体には大きな傷を負った。それでもあの人はノヴァさんを倒す程の力を求め、最後には自滅した。
 こんな……結末ですか……」

 しみじみとそう語るユティさんに、俺はエリザベートだったものの痕跡を見ながら何も言わなかった。今のユティさんに何かを言うべきではないと思ったから。

 少しの間じっとエリザベートの方を見ていたユティさんは、しばらくすると小さく息を吐いて俺に微笑みかけてくれる。

「ありがとうございますノヴァさん。だいぶ楽になりました。申し訳ありませんが肩を貸していただけますか? 私もあの子の元に少しでも早く戻りたいので」

「はい……もちろんです」

 ユティさんに肩を貸し、彼女を立たせる。俺が分け与えた魔力で回復したのか、その足取りはしっかりとしていて、体力が回復したことを物語っていた。
 ユティさんと一緒に歩けば、遠くから人影が現れる。自分の左腕を右手で押さえたシスティさんだった。彼女は俺と目を合わせ、深く頭を下げる。それに合わせて俺もほんの小さくだけど体を傾けて返した。

 システィさんはほんの僅かだけ口角を上げて振り返り、この場から去っていく。魔力を渡した方が良いのではないかと一瞬思ったけど、どうやら不要なようだった。

 ユティさんと共にオーロラちゃんの所に戻る。彼女ももう体力が十分回復したのか立ち上がっていて、すぐにユティさんに肩を貸してくれた。

 俺達は三人で、ゆっくりと本邸の方へと戻っていく。

「?」

 ふとその途中で、体の内側からずっと出ていた金色が消えた。今まで力を貸してくれていたシアの魔力が役割を終えてなくなったんだと気づいたけど、少しだけ感覚が残っている。さっきと全く同じことは出来ないけれど、近いことは出来るような、そんな気がしていた。

「やはり……あの子と魔力を共同で使えるような形でしたね」

 声を聞いたのでそちらを向けば、ユティさんが微笑んでいた。

「あの子は出産中でノヴァさんに魔力を渡す余裕はなかった。けれどノヴァさんはあの子の力を存分に使用した。以前、ノヴァさんとあの子であの子の魔力を共有して使えるようになったのでは、と言いましたが、どうやらその通りだったようです」

「そうみたいです。この土壇場で使えるようになってくれて、本当に良かった」

 正直に心の内を吐露する。もしこの力が目覚めていなければ、エリザベートに敗北していただろう。そう思うとぞっとするな、と考えていると、ユティさんはクスリと小さく笑った。

「使えるようになったのではなく、きっと最初から使えたんです。それを発揮する場面が無かっただけ。だからたまたま覚醒したのではなく、そもそもあの人はノヴァさんに勝てなかったんです。……ノヴァさんが、あの子を……私達を助けてくれたんですよ」

「そうだよ……ありがとう、ノヴァお兄様」

「ユティさん……オーロラちゃん……」

 彼女達からの温かい言葉を受け取り、胸の奥が感極まったように震えた。

「どういたしまして」

 本当に良かったと再度そう思い、俺は二人にそう答えた。間に合って、勝てて、そして失わなくて本当に良かったと。

 俺達はアークゲート家の本邸へと向かって歩いていく。日の光を受けた本邸は明るく輝いていて、まるで俺達の行き先を暗示しているように思えた。

 ゆっくりと、ゆっくりと俺達はそこへ向かい、歩みを進めていく。背後を振り返る者は、誰もいない。もう過去に囚われている者も、過去の亡霊も、何もかも居なくなっていた。
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