上 下
219 / 237
第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第219話 ユティは姉として妹を守る

しおりを挟む
 私は、どうしてもあの子達を守りたかった。

 アークゲート家の直系、その次女として生まれたときから私は争いの中で生きるのが宿命付けられていました。誰がもっともお母様の後継に相応しいかを決める争いです。

 けれど私は、この家に不釣り合いなくらいに姉妹思いで……どうしてもその争いに前向きになれませんでした。

『ユティ……もしあなたがもっと周りを切り捨てられれば……もしもメリッサのような苛烈さが少しでもあれば、もっと楽だったのかもしれませんね』

 いつか、ノーク先生は私にそう語りました。その時は何のことか分かりませんでしたが、今ならなんとなく分かります。けれどそれが分かってもなお、私は姉妹を強く大切に思ってしまうのです。

 本当はメリッサお姉様とも仲良くしたかったけど、それは叶いませんでした。いえ、彼女に関してはもう叶わないことを早い段階から感じて諦めていたのかもしれません。しかし、レティシアとオーラ、あの二人だけは……あの子達だけは別です。

 姉として、あの二人を……あの子達を守りたい。今の私が強く思うのは、ただそれだけです。

 レティシアに手を差し伸べられなかった。オーラに会うことすら出来なかった。それらは全て過去の私の後悔。
 けれど今は違います。レティシアが……あの子が当主になることで私の世界を変えてくれたからこそ、その世界にオーラが太陽のような明るさで私達を照らしてくれるからこそ。

 私は、あの子達を守りたい。

 屋敷の入り口の扉を開けて、外へ出ながら私は呟きます。

「……システィ」

「はい」

 同じことを考えていたのか、システィがどこからともなく現れ、合流してくれました。彼女を一瞥し、私は頷きます。

「この出産は当主様の力が人生でもっとも弱まる瞬間……もし私が当主様の敵なら、この好機を逃すはずはありません。敷地内を回ります」

「かしこまりました。ですが当主様に敵対する勢力など……」

 システィが恐る恐るといった形で声を出す。それに関しては私も同意だ。けれど。

「言いたいことは分かります。ですがこれは、私の我儘です。あらゆる脅威に対応しておきたいというあの子の仕事っぷりから学んだことでもあります」

 情報部隊から怪しい動きの報告は一切上がっていません。敵対勢力はおろか、敵対する可能性のある勢力すらです。ですが、私はどこか嫌な予感を感じていました。目を瞑ればあの子とノヴァさんが笑い合っているのが見えるのに、それが火に包まれて消える光景が、どうしても消えません。

 だから当初は当主様の出産が終わるまでノヴァさんと廊下で待つ予定でしたが、こうして外へ出てきました。

 屋敷の外は少し肌寒いものの、天気は良く、昼なので太陽の光が照らしています。

「かしこまりました……どこから回りますか?」

 事前に何の打ち合わせもしていなかったものの、システィは私の言葉を受け入れてくれました。それに内心で感謝を告げて、私は屋敷の方を見ます。

「そうですね……こちらでしょうか?」

 正確には屋敷の向こうにそびえる忌々しい建物、塔を見て私はそう答え、システィと共に足を進めました。



 ×××



 第六感が、こちらで正しいという事を教えてくれます。その証拠に塔へ近づけば近づくほどに、嫌な予感は大きくなっていきます。どうしてここまで嫌な予感が止まらないのか……それすらも分からないほどに。

 屋敷の入り口を出て裏側へ回り込んだ私達は雑木林を進み、塔へと近づきました。このままあと少し歩けば塔に着くくらいまで進んできたところ。オーラが塔を出てからというもの、あの塔に配置される人員は居なくなりました。

 だから塔に近いこの場所にも人の姿なんてあるわけがないのに、私とシスティは立ち止まりました。

「……珍しい組み合わせですね」

 目の前に立ちはだかる三人の人影。それらに話しかける。

「ライラック・フォルスにカイラス・フォルス……これはどういうことですかティアラ叔母様? 本邸に今日来訪するという連絡は来ていなかったと思いますが」

 目の前で私を邪魔そうに睨みつけるティアラ叔母様……いえ、ティアラに対して私はそう言い放ちました。尋ねるような文言ですが、私も私でティアラを睨みつけています。

 このタイミングで表からではなく裏から、しかも当主様やノヴァさんとあまり深いかかわりのないライラックとカイラスを連れてくる。この状況が、彼女が何をしようとしているのかの証明になっています。

「そこをどけユースティティア。私にはやらねばならないことがある」

「……申し訳ありませんがティアラ叔母様は現在、本邸への出入りを許可されていません」

「あの邪神が出産するからだろう?」

「…………」

 どうして出産の事を、やはりティアラは当主様を害するつもりでここに来たのか、といった色々な考えが頭を巡りますが、私の中に一つの大きな火が灯ります。

 この女、あの子の事を邪神と言いましたか?

「……ティアラ・アークゲート。当主様に逆らうものとして、粛清します」

 私の言葉に、隣に並ぶシスティが短剣を取り出し構えます。それに倣ってか、ライラックとカイラスも剣の柄に手をかけました。

「貴様らごときが、姉上から直接指導を受け続けた私に敵うものか。しかもこの場にはフォルス家の覇気の使い手が二人もいる。……もう一度言うぞユースティティア、そこをどけ。賢い姪を失いたくはない。何よりも姉上が悲しむ」

 確かにティアラは強敵です。裏方専門の私とシスティでは二人掛かりでギリギリでしょう。今のアークゲート家において、ティアラは当主様を除けば一番強い、と言っても過言ではありません。加えてその隣にはフォルス家で一二を争う覇気使いのライラックとカイラス。ゼロードの時よりも明らかに戦力は向こうの方が上。

「……あの人が悲しむわけがないでしょう。人の事を道具としか見ていなかったんですから。近くに居てそんなことも分からなかったんですね。いえ、目が今も曇っている、ということでしょうか」

「……オーロラも生意気になったものだが、お前もだとはな。メリッサにおびえ、逃げていた頃とは大違いだ。やはり邪神はろくなことをしない」

「口を閉じて頂けますか? 邪神邪神と、私の妹の事をそんな風に言わないで欲しいのですが?」

「お前こそ目が曇ったか? あれの力と生き様を見て、邪神以外のどの言葉が思いつくと言うのか」

 鼻で笑うティアラに対して私の胸の奥で怒りの炎が燻ります。今すぐにでもその口を物理的に閉じさせてやろうかと思ったとき。

 カイラスが剣の柄に手をかけたままでこちらへと歩き出してきました。

「……!?」

 咄嗟に手のひらをカイラスに向けます。システィも同じように身構えました。しかしカイラスは無表情で無防備に歩いてくるだけ。

「カイ……ラス……?」

 その向こうに立つライラックも唖然として声を上げていますし、先ほどまでは余裕そうだったティアラも笑顔を崩しています。つまりこれは、向こうにとっても予想外の出来事?

 私達に近づいたカイラスは深く息を吐き、空を見上げ。

「私は……これよりこちら側に……ノヴァ側につく」

 声高に宣言し、剣を抜き放って振り返りました。その切っ先が、ティアラ達に向けられます。

「何を……言っているのだ……カイラス!!」

 叫ぶライラック、唖然とするティアラ。それは私達も同じでしょう。まさかこの場で、カイラス・フォルスが寝返るなんて思ってもいませんでした。

「な、なぜ……ですか……?」

 声をかければ、カイラスは少しだけ振り向き、横顔だけで答えてくれました。

「ノヴァの剣に、私が進むべき明日を見たからだ」

 初めて表情の変化を見せたカイラスは、私の方を見て不敵に微笑みました。兄弟だからでしょうか、その笑みはどこかノヴァさんに似ているようにも感じられます。

「……なるほど、ではライラックをお願いします」

「心得た」

 まだ完全に信じたわけではありませんが、私の中の感覚は信じてもいいと告げています。警戒をしつつも、力を借りるのなら問題はないと判断。私は隣に立つシスティと頷き合い、ティアラに厳しい視線を向けます。

 戦力的にはこれで完全に不利からやや不利になった程度。しかしすることは変わりません。
 あの子達を守る為に尽力する。それこそが私の生きる意味なのですから。

 私達とティアラ達の間に、強い風が吹き抜けました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

“用済み”捨てられ子持ち令嬢は、隣国でオルゴールカフェを始めました

古森きり
恋愛
産後の肥立が悪いのに、ワンオペ育児で過労死したら異世界に転生していた! トイニェスティン侯爵令嬢として生まれたアンジェリカは、十五歳で『神の子』と呼ばれる『天性スキル』を持つ特別な赤子を処女受胎する。 しかし、召喚されてきた勇者や聖女に息子の『天性スキル』を略奪され、「用済み」として国外追放されてしまう。 行き倒れも覚悟した時、アンジェリカを救ったのは母国と敵対関係の魔人族オーガの夫婦。 彼らの薦めでオルゴール職人で人間族のルイと仮初の夫婦として一緒に暮らすことになる。 不安なことがいっぱいあるけど、母として必ず我が子を、今度こそ立派に育てて見せます! ノベルアップ+とアルファポリス、小説家になろう、カクヨムに掲載しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

公爵令嬢の立場を捨てたお姫様

羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ 舞踏会 お茶会 正妃になるための勉強 …何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる! 王子なんか知りませんわ! 田舎でのんびり暮らします!

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

私、異世界で監禁されました!?

星宮歌
恋愛
ただただ、苦しかった。 暴力をふるわれ、いじめられる毎日。それでも過ぎていく日常。けれど、ある日、いじめっ子グループに突き飛ばされ、トラックに轢かれたことで全てが変わる。 『ここ、どこ?』 声にならない声、見たこともない豪奢な部屋。混乱する私にもたらされるのは、幸せか、不幸せか。 今、全ての歯車が動き出す。 片翼シリーズ第一弾の作品です。 続編は『わたくし、異世界で婚約破棄されました!?』ですので、そちらもどうぞ! 溺愛は結構後半です。 なろうでも公開してます。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

処理中です...