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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第218話 感じ取った嫌な予感

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「お嬢様? もう当日ですが……」

「うー……分かってるわよぉ……」

後ろで私に批難するような目を向けてくるリサに対して、私は寝転がって返事をする。リサの言いたいことはよく分かるけれど、それでもなかなか動くことが出来なかった。

「もう……はしたない。そのような服装で寝転がっては見えてはいけない物も見えてしまいますよ?」

「長いから見えないし、仮に見えたとしてもリサだから問題ないわよ」

「そうではなく、もっと淑女としての嗜みをですね……」

呆れたように言うリサにジト目を向ける。チラリとだけ服を確認したけど、長いスカートは全くめくれ上がっていないし、何の問題もない筈だ。けれどそんな私の視線などこれまで受けてきたからか余裕の雰囲気で受け流し、リサは口を開く。

「そもそも……それなら仕事してください。今日になってから全然進んでないじゃないですか」

「いや……それは……」

最初の方こそやろうと思ったものの、すぐ気になって集中できなくなってしまうのだ。だって、今日は。

「そんなに気になるなら、変な意地張っていないで当主様の元へゲートを繋げばいいじゃないですか」

そう、今日はお姉様の出産予定日だ。事前にユティお姉様から聞いていた私は、もちろん祝福のためにお姉様の居る屋敷に行くつもりだった。つもりだったのである。もちろん行きたい気持ちは今でもあるし、行くべきだっていうのも分かっている。分かっているけど。

「……でもなんか……今更どんな顔して会えばいいのって感じで……」

「はぁ……時間を置くからそうなるんですよ。旦那様に振られた次の日にはケロッとした顔で本邸に顔を出せばよかったんです」

「そ、そんなことできないわよ……やっぱりちょっと気まずいから、距離を置くのも大事でしょ?」

「その結果、こんなことになっているのですから、本末転倒ではないですか。引きずり過ぎです」

「そ、そうだけどぉ……」

最初は心が落ち着くまでの期間のつもりだったのだ。けれど心を落ち着けるのにもう一日、またもう一日と引き延ばしていた結果、気づけばまた本邸に顔を出すタイミングを失ったわけで。

まるで私がノヴァお兄様に振られたことをものすごく気にしていて、怒っているようではないか。気にしてはいるけど、怒ってはいないのに。そのせいでお姉様やノヴァお兄様を不安にさせていたらどうしようと思うと、ますます本邸から足が遠ざかってしまった。

「……まさかと思いますが、今日も行かないつもりではありませんよね?」

「それはないわ。今日は絶対に行く。絶対によ。ユティお姉様から連絡がある筈だし、それが来たらゲートをすぐに開くわ」

「そんなに意気込むくらいなら今すぐゲートを開けばいいじゃないですか」

「も、もう少し心の準備をさせてよ」

「もう十分でしょうに……このヘタレは……」

「ぐ……ぐぬぅ……」

めちゃくちゃ正論を言われてぐうの根しか出ない。でも心の準備は大切なのだ。ユティお姉様からいよいよ出産となれば、連絡が来る手筈になっているから、それまでにいつでも行けるように心の調子を整えているだけで、別にタイミングを失ったとか、ちょっと怖いとかそういうのではない。

テーブルの上に目を向けるものの、置かれた白色の便箋に筆が走った様子はない。音を聞けばすぐに分かるからまだだとは思っていたけど、いつ文字が書かれてもおかしくない。それまでに、しっかりと心の準備を終わらせないと。

「……それにしても、当主様のお子はご子息でしたよね。きっと旦那様に似て、凛々しく逞しく育つのでしょうね」

「どちらに似るかは分からないけれど、お姉様に似てもノヴァお兄様に似ても最高の甥になる筈だわ」

リサの言葉に、私はお姉様とノヴァお兄様の子供について考える。私達姉妹は決して幸せとは言えない子供時代を過ごした。ユティお姉様はメリッサという人との家内部での争いに明け暮れ、お姉様は一切目をかけられなかった。私は逆に目をかけられすぎて、地獄のような日々を過ごした。

それはノヴァお兄様も同じだ。ゼロードの屑に暴力を振るわれ、多くの人から無視され、期待されなかった。皆が皆、辛く暗い過去を持っている。

けれど今日生まれるであろう甥っ子には幸せになって欲しいと心から思うし、きっと幸せになれるとも思う。いやむしろ、お姉様やノヴァお兄様、それに私達が幸せにする。

(だから何も心配は要らないよ。元気に、生まれて来てね)

これから生まれてくる子に対して、心の中で祝福を告げた。

一息つき、私は長椅子から体を起こし、腰かける体勢に移行する。テーブルに目を向けても、やっぱり白い便箋には文字は書かれていなかった。

「……どうやらもう少し時間がかかるみた――」

その瞬間に、悪寒がした。

「……!?」

思わず体を抱きしめる。寒さを感じたからそうしたけど、気づけば体が震えていた。

「お嬢様!? いかがなさいましたか!?」

「え……だ、大丈夫……本当に……大丈夫」

「大丈夫なわけありません! 顔、真っ青ですよ!?」

「……え?」

リサの言葉に、私は部屋にある姿見に目を向ける。そこには確かに顔の青いよく見知った顔が、長椅子に座って自らを抱きしめていた。

「いや……ええ?」

「お嬢様……?」

困惑するリサの声を聞くけど、私自身困惑していた。どうして先ほどのような感覚に陥ったのか、分からなかったからだ。
自らの手を持ち上げて、見つめる。

「な……に……?」

体に異常はない。どこも痛くはないし、魔力もいつも通りだ。どこかから攻撃を受けているという事もない。戸惑ってはいるけど、それ以外の感情はない。
私は普通で、いつも通り。

でも体を震わすほどの嫌な予感を覚えていた。

「待って……待って……これ……」

最初は戸惑ったけど、次第になぜ自分が震えているかの鍵を見つけ始める。この感覚は記憶に残っている。でもそれがなぜ今なのか?

どうして今更、塔を訪れたお母様と会ったときの恐怖を思い出しているのか。

「いやでも……感じない……」

「お嬢様! お嬢様!」

リサの声が遠くなる。キーンとする世界の中で、それでも私は感じ取れなかった。お母様の力を、やっぱりどうしても感じ取れなかった。でも、それでも。

「違う……感じないけど感じてるんだ」

長椅子を立ち上がる。自分でも言っている意味が分からない言葉だったけど、それが真実だった。

お母様の魔力を直接は感じない。けれどお母様の影を感じる。感じているのはいつも使っている体の器官ではなく、第六感だ。
つまり嫌な予感が、むしろ予感を通り越した確信が、私の頭の中で警報を鳴らし続けていた。

「行か……なきゃ……」

魔力を感じないから、ここじゃ無いのは確か。それならどこか。そんなの一つしかない。今は感じれないほど遠いけれど、私にとって一番大切な場所。大切な人達が居る場所。

そこに、魔の手が伸びるのを幻視した。

「っ! リサっ! 今すぐ薬を用意して! すぐに本邸にゲートを繋ぐわ!」

「お……嬢様……?」

「いいからっ! 早くっ!」

「は、はいっ!」

急いで部屋を出ていくリサ。それを見送り、私も執務机に走る。
これから先、何が起こるか分からない。けれどもう時間がない。

私がゲートの準備を終え、リサが戻ってくるまでは本当に数十秒の事だった。リサから薬の入った袋を奪うように受け取り、私はゲートの魔法を行使する。

そうして私は、アークゲートの屋敷へと飛んだ。
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