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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第195話 彼女の選択、恋の終わり

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 久しぶりに長時間会話をした後、俺はそろそろ良い時間だと思って椅子から立ち上がる。

「ユティさん、お茶とお土産ありがとうございました。出来ればシスティさんにもお礼を伝えておいてください」

「はい、分かりました。システィも喜ぶと思います」

 微笑んで答えてくれるユティさんを見て俺はゲートの機器を使用する。茜色の部屋に、金色の光が満ちて楕円を作り、俺の屋敷とこの部屋を繋いだ。

「それでは俺はこれで失礼します。近いうちに便箋で連絡しますね」

「はい、いつでもお待ちしていますね」

 ニッコリと微笑むユティさん。しかし彼女から視線を外してゲートを通ろうと思ったときに、声をかけられた。

「待ってください、ノヴァさん」

「?」

 何事かと思って振り返ると、ユティさんはさっきと変わらぬ穏やかな表情を浮かべていた。

「ノヴァさん、もう私の部屋を片付けに来て頂かなくて大丈夫です」

「……え?」

 突然の事に驚いて声を上げてしまう。ユティさんはそれでも穏やかな表情を崩すことなく、言葉を続けた。

「今まで本当にありがとうございました。加えてご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

「いやそんな、迷惑なんて……」

「ですが、もう大丈夫です。私は一人で部屋を片付けることが出来ます。いつまでもノヴァさんに頼っているわけにはいかないと思って、徹底しているんですよ?」

「ユティさん……」

 この部屋を見ればユティさんの言うことが本当だっていうのが分かる。今までこの部屋を片付けてきたからこそ、今の部屋が昨日便箋を受け取って慌てて片付けたわけじゃないことがよくわかるからだ。

「でもそうなれるきっかけをくれたのはノヴァさんです。だから、ありがとうございます」

「……どういたしまして」

 少し寂しくはあるけど、ユティさんが一歩前進し、自分で片づけることが出来るようになったならそれは喜ばしい事だ。だから俺は微笑みを返した。ユティさんも引き続き穏やかな表情を浮かべている。

「この部屋を片付けるの……結構好きだったんですけどね。ちょっと寂しいですけど、おめでとうございます、ユティさん」

「……ありがとうございます、ノヴァさん」

「じゃあ、俺はこれで」

「はい、またいつでもいらしてくださいね」

 別れの挨拶をユティさんと交わして、俺は金色の光の中へと入っていった。



 ×××



 次第に小さくなっていく金色の楕円を見ながら、私は穏やかな笑みを浮かべ続けていました。やがてノヴァさんが通ったゲートは消え、部屋は静寂に包まれます。さっきまでゲートがあった場所に向けていた笑顔が崩れ、泣きそうになるのが自分でも分かりました。

「……最後まで、笑えていたでしょうか?」

 不安になり口に出しますが、答えてくれる人は居る筈もありません。胸の前で右手を握り締め強く押し付けます。息を吐けば、少しだけ胸が痛い気がしました。

「好き……だったんですよね」

 自分の事は自分が一番よく分かっていると言いますが、今ばかりは頭と心が追い付いていないような気がしました。私の世界にすっと入ってきて、安心感を与えてくれたノヴァさん。そんな彼に、私は惹かれていました。

 それは義理の弟としてではなく一人の男性として。この感情は恋だったのだと、そう思います。けれど彼は義理の弟。誰よりも幸せになって欲しいと思ったあの子の最愛の人です。

 最初はあの子と同じ人を好きになったことを恥じ、そして嫌悪しました。次に、それでも好きだと、二番目でも三番目でもいいから、あの子に向ける眼差しをほんの少しで良いから私に向けてくれないかと浅ましく思いました。

 そして最後に、どんどんと愛が深くなっていくあの二人の間にどうしても入れないと悟りました。あの二人は幼少期に運命的な出会いをして、そして再会後に深く愛し合い、今では子供のために動いています。その間に入れる自信が、私にはなかった。

 いえ、正確には壊したくなかったんです。ようやく手に入れたあの子やオーラ、ノヴァさんとの今を……何があっても壊したくなかった。本来なら得られるはずがなかった幸せな今を、それを与えてくれたあの子から少しでも奪うなんてしたくなかった。とても出来なかった。

 ノヴァさんにあの子と一緒に愛される未来よりも、今のように穏やかにあの二人を見る未来の方が鮮明で、温かくて、色鮮やかで、幸せなように思えたから。

 あの二人の……いえ、皆の姉として、幸せな彼らを見ることが私にとって幸せだから。そしてそれが無理やり自分に納得させたわけでも、言い聞かせたわけでもなく、心からそう思ってしまったから。

 だから今日、ノヴァさんに伝えました。もう片付けをしに来なくて良いと。
 ノヴァさんは気づいていないでしょうけれど、それは私の中の小さな恋心に対する決別でした。

「…………」

 窓から外を見れば、差し込む光は橙色に染まっています。胸は少し痛みますし、今にも泣きそうではあります。けれど後悔はありませんでした。私はこのままがいいと、そう強く思ったから。

 時間と共に和らいでくる胸の痛み。けれど消えることはない痛みを感じながら、ゲートがあった場所へ目を向けます。さっきまでは上手く笑えているか不安でした。泣きそうにもなりました。けれど今は。

「レティシア……ノヴァさん、幸せになってください。それだけが私の望むことです」

 心の中で輝かしい未来を思い描く。今と変わらず愛し合う二人に、あの子の腕の中で眠る赤子の姿。そしてそれを笑顔で囲む大勢の人達。幸せ過ぎる光景が自然と笑顔にしてくれます。だからでしょうか、おのずと言葉が口から出ました。

「……お姉ちゃんが……守るからね」

 昔は言えなかった言葉が、無意識に口から出て自分の耳に届きます。私の力があの二人の助けになるのかは分からないけれど。それでも、今の言葉が心からの本心だから。

 こうして私の初恋は終わりを告げました。

 人によっては悲しい、寂しい終わりだと感じるかもしれません。しかし私は後悔していません。この結果が良いと、頭も心も答えを出していますから。

「……よしっ、もう少しだけ仕事をしますか」

 そんな独り言を言って私は自分の机へと歩き出します。光がさしていなかった場所から、茜色の光が差し込む窓の側の机へと向かいました。
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