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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第186話 予想通りの家名、初対面の人物

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「こちらが現場になります」

 ヨークテイムの街にゲートの機器で訪れた俺とアランさんは警備の人に話をして、例の事件があった通りへ連れてきてもらっていた。警備の詰め所を訪れた時は突然の訪問で迷惑をかけないか心配だったけど、警備の人は嫌な顔一つせずに対応してくれている。

 ちなみにこの街を訪れるのは二回目で、一回目は領主に挨拶に行った時だ。その時はこの通りを通ったような、通らなかったような……。

「今は皆さん普通に過ごしているんですね」

「あの事件から日も空きましたから……ただ警備はあの日から強化する方針になっています」

 アランさんと警備の人の話を聞いて納得する。確かに少し離れた位置で辺りを見渡す警備の人や、巡回している警備の人の姿が見えた。人員を増やして対応しているという事だろう。きっとこの街の領主も力を貸してくれているはずだ。

「ところで……兵を連れていないようですが……」

「え?」

「す、すみません、気になってしまい……」

 警備の人に言われて俺とアランさんは顔を見合わせる。確かに貴族が移動する際には兵やお付きの人をつけるのが普通だ。当主が二人だけこの場に居るのが珍しいっていうのも分かる。代表して俺が答えることにした。

「いえ、自分達は兵を連れ歩かないんです。剣の腕には自信があるので」

「自分も同じくです」

「失礼しました……思えば私は何を当たり前の事を……フォルス家の当主様ならば不要ですね」

 俺も剣の腕には自信があるし、それはアランさんも同じことだ。というかアランさん、実はギリアムさんの指導を受けてさらに剣の腕を上げている。ギリアムさんもそれが嬉しいようでついつい指導に熱が入ってしまうとか。
 元々真面目な性格のアランさんは剣の腕が立っていたけど、今ではギリアムさんの弟子とも良い勝負が出来るらしい。俺もうかうかしていられないと、良い刺激になっていたり。

 そんな事を思っていると、アランさんは通りを歩き始めた。現場を見て回ろうという事だろう。俺も少し気になったので、彼とは一時的に別れて同じように通りの色々なところを見て回るようにする。
 服装はいつもの貴族のものとは違い、外出用のものだ。注意深く見れば貴族だと気づかれるけど、今の所は騒ぎになる様子はない。

「そちらで怪我人……と言っていいのか分かりませんが、一人の女性が倒れられていました。今は清掃されましたが、血も流れていました」

 通りの端の方に近づいてみれば、着いてきてくれた警備の人が説明してくれた。先ほど説明してくれた人はアランさんと一緒に居るから、こちらは今回初めて話す人だ。
 彼の言う通りそこは綺麗に掃除されているようで、誰かが血を流して倒れていた形跡はない。

「…………」

 念のために意識を集中してみるけど、シアやユティさん、オーロラちゃんの魔力を感じることはなかった。彼女達が嘘をついているとは考えていないけど、彼女達に似た魔力を感じれば何か鍵になるかなと思ったりしたんだけど。

「うーん……何も分からないなぁ」

 時間が経っていることもあって、特に何かが感じ取れるという事もなかった。

「はい、本当に分からないことだらけで、不思議な事件です」

 俺とは少し意味合いが違うけど、警備の人も同意してくれる。立ち上がって振り返れば、人の流れがある。それらを見て俺は警備の人に尋ねた。

「犯人は通りの真ん中……つまり今は人の行き来しているところに倒れていたんですよね?」

「はい」

「確保したときの体の状態はどのような?」

「無傷でした。気絶……というよりも、どちらかというと昏睡? のような形でした。体の痺れなどもなかったと思います。その後に後遺症のようなものも確認されていない筈です」

「…………」

 警備の人から再度犯人確保時の様子を聞いて考える。他者を無傷で捕まえることは可能かと言われると、おそらくシア達なら容易だと思う。けどそれ自体は一般的な魔法使いや、あるいは魔法使い以外の人でも可能かもしれない。

 そんなことを考えていると、同じように現場を見終えたのかアランさんが警備の人を連れて俺の元へやってきた。

「ノヴァさん、何か分かりましたか? こちらは既に知っている事以外は特に得られるものはなかったのですが……」

「こっちも同じかな。特に魔力も感じ取れなかったよ」

「残念ながら収穫無しですね。……ありがとうございました。自分達はもう大丈夫ですので。お時間いただいて、ありがとうございました」

 アランさんが警備の人にお礼を言うので、俺もそれに倣った。

「いえいえとんでもない、また何かありましたらいつでもお呼びください」

「では、引き続き街をお楽しみください」

 色々と説明をしてくれた警備の二人は何度も頭を下げて去っていく。日々の忙しい業務の中で時間を見つけて対応してくれて、本当に感謝しかない。
 彼らの背中が見えなくなるのを見届けていると、アランさんが口を開いた。

「これ以上は何も分からなさそうですね。どうせですし、街を見て回ってから屋敷の方に戻りますか?」

「そうだね、わざわざこの街まで来たわけ――」

 言葉を交わしている最中に、何かを感じて言葉を止めた。

「……これ」

 感じる。けれどシアのものでも、ユティさんのものでも、オーロラちゃんのものでもない。なんだこれ……。

 視界の隅で、露店の前に移動する人影が見えた。まるで急に現れるように視界に映ったその人影が、なぜか視界から離れなかった。

「すみません、こちらを二つ」

「はいよ!」

 フード付きの外套を身に纏う人影は、女性と分かる声色をしていた。なんとなく、どこか聞き覚えのある……いやでも聞いたことはない筈の声。その人物の元へと足を進める。
 近づいてみれば、その人物はやや身長が低めだった。それこそシアと同じくらいの高さだろうか。そして近づくほどに、うっすらと魔力を感じる。

 シアと長くいるから気づけた。シア達三人に似てはいるけど、どれとも違うように思えるそれが本当に小さく読み取れる。

「すみません」

「!?」

 俺の言葉に、目の前の人物は飛び上がりそうになるほど驚いていた。勢いよく俺の方を見て、目線が絡みあう。フードの中の表情を見て、大人だが若い女性だと感じた。それこそノークさんと同じくらいだろうか。

 銀色の髪に、整った顔立ち、そして灰色の瞳が、俺を信じられないという目で見ていた。

「少しだけお話よろしいですか?」

「……少しだけなら」

「私の名前はノヴァ・フォルスと申します。お名前をお伺いしても?」

「フォ……ルス?」

 俺の名前を聞いてさらに動揺する女性。彼女は俺を見た後に自分の手を見下ろしていた。その姿が、いつかのオーロラちゃんと被ったりした。

「あんた、これ忘れているよ」

「あっ、すみません」

 露店の店主に商品を渡され、女性はお金を支払う。それを終えた後で、女性は俺の方を向いて近づいてくる。かなり近い距離で、俺にだけ聞こえるような小さな声で、名前を言ってくれた。

「……私の名前はレイチェル・アークゲートです」

 その家名は、俺が予想していたものだった。
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