181 / 237
第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから
第181話 カイラスに薬を渡す
しおりを挟む薬の完成から数日後、俺はユティさんと共にカイラスの兄上の屋敷を訪れていた。完成した薬を配ることが目的で、アークゲート家はシアが、フォルス家は俺が配ることになっている。
既にライラックの叔父上には彼から伝えられた必要数を渡し終えていて、残るはカイラスの兄上だけになっていた。
以前カイラスの兄上の屋敷には行ったことがあるのでゲートの機器を使って向かうと、執事の人が出迎えてくれて、応接間に通された。
ユティさんと隣同士で座って待っていると、扉が開く。カイラスの兄上が来たと思い視線を向けるも、立っていたのは予想外の人物だった。
「……ローズさん?」
カイラスの兄上ではなく、その妻であり俺の義理の姉でもあるローズさんが立っていた。彼女は俺を見た後に隣に座るユティさんを見てぎょっとした顔をする。
「お、お久しぶりです当主様……ほ、本日はどのような用件で?」
フォルス家の当主になって挨拶するまではろくに目が合うこともなかったローズさんだけど、当主になった後はいつもこんな調子だ。別に元々仲が良いわけでもないし苦手な部類だったから、そこまで気にしてもいないんだけど。
「フォルスの覇気とアークゲートの魔力の反発を無くす薬が完成したので、それをカイラスの兄上に届けに来ました」
「……そうでしたか。……そちらの方は?」
「ご挨拶が遅れました。初めまして、私はユースティティア・アークゲートです」
「アーク……ゲート……」
アークゲートの名を聞いて少しだけ顔を青くするローズさん。しかしすぐに平静を取り戻して、作り笑いを浮かべた。
「そ、それはそれはわざわざありがとうございます。ゆっくりなさってくださいね……」
そう言ってローズさんは応接間を出ていってしまった。何をしに来たんだろうか、という感じで、隣に座るユティさんと顔を見合わせたけど、彼女には首を横に振られてしまった。
しばらく応接間で待つ。すると再度扉が開き、入ってきたのはカイラスの兄上だった。
「すまないノヴァ、少し仕事が溜まっていてな。……? そちらの方は?」
「お久しぶりです兄上。こちらはユースティティア・アークゲートさん。今回はとある実験? でついてきてもらいました」
「アークゲート?」
反発の件があることでカイラスの兄上とユティさんの面識はなかったようだ。シアは結婚の挨拶で実家に行った時に顔合わせしていたし、オーロラちゃんのことは親睦会で目にしたはずだけど、そういえばユティさんと顔を合わせる機会はなかった筈。
そしてカイラスの兄上はアークゲートという言葉を聞いて驚いている。テーブルを挟んで向かい合うような形でも反発が起きないからだろう。
「ユティさんには既に薬を服用してもらいました。事前に手紙でお伝えしましたが、片方が服用しているだけでも効果は実感できます」
「なるほど……」
今回ユティさんを連れてきたのはナタさんからの要望だ。フォルスで服薬し、アークゲートで服薬していない人を合わせた場合にどうなるかはギリアムさんとシアで問題ないという結論が出ている。
なので後はそれを逆にした場合にどうなるかを見てきて欲しいという事だった。俺の屋敷の時みたいに機器を使って精密に調べなくていいのかと聞いてみたものの、問題ないのは予想がついているから、確認だけで良い、と言われた。
現に今、カイラスの兄上の体調が悪くなっているような様子はない。やはりナタさんの見立て通り、問題は無さそうだ。
そのことを確認し、俺はフォルス家用の瓶を取り出してカイラスの兄上に差し出した。事前に瓶程度のサイズだという事は手紙で共有しているけど、意外にも小さくて驚いているらしい。確かギリアムさんも少し驚いていた事を思い出した。
「ふむ……では頂こう」
瓶を手に取り、カイラスの兄上は蓋を外す。少しだけ躊躇った様子を見せたものの、既にギリアムさんやライラックの叔父上が飲んだことは伝えてあるために不安もそこまでなかったのだろう。
一思いに、瓶の中身を流し込んだ。
空の瓶をテーブルの上において、カイラスの兄上は一息つく。
「これで後は数時間待っていれば良い、という話だったか?」
「はい、ただ覇気を使うようなことは避けて頂けると」
「了解した。……ユースティティア様、今回はわざわざお越しいただき、ありがとうございます」
カイラスの兄上は不意にユティさんの方を向いて頭を下げた。突然の事にユティさんも驚いたようで、少しだけ戸惑いながら返事をする。
「い、いえ……」
アークゲート家とフォルス家は長らく宿敵同士の関係だった。反発がなくなったとしてもお礼を言われることが意外だったのだろう。
カイラスの兄上の意外な反応に驚きながらも、彼をじっと見ていてあることを思い出し、もう一本の瓶を取り出してテーブルへと置いた。怪訝そうな顔でそれを見るカイラスの兄上に対して説明をする。
「将来ローズさんとの間に子供が出来た場合、子供に飲ませる用の薬も渡しておきます。無くしたり、一本では足りない場合には連絡してください。……一応理論上は母親が飲むことで胎児にも薬の影響を与えられるそうですが、流石に未検証ですし、ローズさんはアークゲート家ではないので生まれてから飲んでもらう、で良いと思われます」
というよりも、そんなレアケースが起こるのは俺とシアの関係だけな気がするけれど。ちなみに当の本人であるシアは仮に胎児に薬の影響が現れなくても魔力に命じて子供には一切の害が出ないように守ると言っていた。
間違いなく彼女にしか出来ないであろうことを言われたものの、逆に頼もしく感じてしまったくらいだ。
「……そう……だな」
カイラスの兄上は、どこか難しい顔をして薬を受け取る。その表情を見て、思わず聞き返してしまった。
「兄上?」
「……いや、なんでもない」
何かあるのかと思いつつも、カイラスの兄上が話してくれないなら無理に聞くことは出来ない。
「今日はありがとうノヴァ、ユースティティア様。一応もてなしも出来るが、どうする?」
尋ねられ、俺は考える。ゲートの機器を使えば帰るのは一瞬だし、わざわざカイラスの兄上の世話になることもないだろう。ローズさんの事は苦手だし。
そう考えて、俺は首を横に振った。
「いえ、本日は薬を届けに来ただけですので今日は帰ります。ありがとうございます」
俺がそう答えればユティさんも当然それにならう。カイラスの兄上は頷いて、椅子から立ち上がった。
「そうか」
短く呟いたカイラスの兄上。彼の表情からは、相変わらず感情が読み取れなかった。
6
お気に入りに追加
1,604
あなたにおすすめの小説
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
【完結】復讐に燃える帝国の悪役令嬢とそれに育てられた3人の王子と姫におまけ姫たちの恋愛物語<キャラ文芸筆休め自分用>
書くこと大好きな水銀党員
恋愛
ミェースチ(旧名メアリー)はヒロインのシャルティアを苛め抜き。婚約者から婚約破棄と国外追放を言い渡され親族からも拷問を受けて捨てられる。
しかし、国外追放された地で悪運を味方につけて復讐だけを胸に皇帝寵愛を手に復活を遂げ。シャルティアに復讐するため活躍をする。狂気とまで言われる性格のそんな悪役令嬢の母親に育てられた王子たちと姫の恋愛物語。
病的なマザコン長男の薔薇騎士二番隊長ウリエル。
兄大好きっ子のブラコン好色次男の魔法砲撃一番隊長ラファエル。
緑髪の美少女で弟に異常な愛情を注ぐ病的なブラコンの長女、帝国姫ガブリエル。
赤い髪、赤い目と誰よりも胸に熱い思いを持ち。ウリエル、ラファエル、ガブリエル兄姉の背中を見て兄達で学び途中の若き唯一まともな王子ミカエル。
そんな彼らの弟の恋に悩んだり。女装したりと苦労しながらも息子たちは【悪役令嬢】ミェースチをなだめながら頑張っていく(??)狂気な日常のお話。
~~~~~コンセプト~~~~~
①【絶対悪役令嬢】+【復讐】+【家族】
②【ブラコン×3】+【マザコン×5】
③【恋愛過多】【修羅場】【胸糞】【コメディ色強め】
よくある悪役令嬢が悪役令嬢していない作品が多い中であえて毒者のままで居てもらおうと言うコメディ作品です。 くずのままの人が居ます注意してください。
完結しました。好みが分かれる作品なので毒吐きも歓迎します。
この番組〈復讐に燃える帝国の悪役令嬢とそれに育てられた3人の王子と姫とおまけ姫たちの恋愛物語【完結】〉は、明るい皆の党。水銀党と転プレ大好き委員会。ご覧のスポンサーでお送りしました。
次回のこの時間は!!
ズーン………
帝国に一人男が過去を思い出す。彼は何事も……うまくいっておらずただただ運の悪い前世を思い出した。
「俺は……この力で世界を救う!! 邪魔をするな!!」
そう、彼は転生者。たった一つの能力を授かった転生者である。そんな彼の前に一人の少女のような姿が立ちはだかる。
「……あなたの力……浄化します」
「な、何!!」
「変身!!」
これは女神に頼まれたたった一人の物語である。
【魔法令嬢メアリー☆ヴァルキュリア】○月○日、日曜日夜9:30からスタート!!
“用済み”捨てられ子持ち令嬢は、隣国でオルゴールカフェを始めました
古森きり
恋愛
産後の肥立が悪いのに、ワンオペ育児で過労死したら異世界に転生していた!
トイニェスティン侯爵令嬢として生まれたアンジェリカは、十五歳で『神の子』と呼ばれる『天性スキル』を持つ特別な赤子を処女受胎する。
しかし、召喚されてきた勇者や聖女に息子の『天性スキル』を略奪され、「用済み」として国外追放されてしまう。
行き倒れも覚悟した時、アンジェリカを救ったのは母国と敵対関係の魔人族オーガの夫婦。
彼らの薦めでオルゴール職人で人間族のルイと仮初の夫婦として一緒に暮らすことになる。
不安なことがいっぱいあるけど、母として必ず我が子を、今度こそ立派に育てて見せます!
ノベルアップ+とアルファポリス、小説家になろう、カクヨムに掲載しています。
【完結】周りの友人達が結婚すると言って町を去って行く中、鉱山へ働くために町を出た令嬢は幸せを掴む
まりぃべる
恋愛
『集え!鉱山へ!!莫大な給料が欲しく無いか!?』という謳い文句がある、近くにある鉱山への労働者募集がこのほどまたあると聞きつけた両親が、お金が欲しい為にそこへ働きにいってほしいと領主である父から言われた少女のお話。
☆現実世界とは異なる場合が多々あります。
☆現実世界に似たような名前、地名、単語などがあると思いますが全く関係ありません。
☆まりぃべるの世界観です。一般的に求められる世界観とは違うとは思いますが、暇つぶしにでもそれを楽しんでいただけると幸いです。
侯爵騎士は魔法学園を謳歌したい〜有名侯爵騎士一族に転生したので実力を隠して親のスネかじって生きていこうとしたら魔法学園へ追放されちゃった〜
すずと
ファンタジー
目指せ子供部屋おじさんイン異世界。あ、はい、序盤でその夢は砕け散ります
ブラック企業で働く毎日だった俺だが、ある日いきなり意識がプツンと途切れた。気が付くと俺はヘイヴン侯爵家の三男、リオン・ヘイヴンに転生していた。
こりゃラッキーと思ったね。専属メイドもいるし、俺はヘイヴン侯爵家のスネかじりとして生きていこうと決意した。前世でやたらと働いたからそれくらいは許されるだろう。
実力を隠して、親達に呆れられたらこっちの勝ちだ、しめしめ。
なんて考えていた時期が俺にもありました。
「お前はヘイヴン侯爵家に必要ない。出て行け」
実力を隠し過ぎてヘイブン家を追放されちゃいましたとさ。
親の最後の情けか、全寮制のアルバート魔法学園への入学手続きは済ましてくれていたけども……。
ええい! こうなったら仕方ない。学園生活を謳歌してやるぜ!
なんて思ってたのに色々起こりすぎて学園生活を謳歌できないんですが。
不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする
矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。
『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。
『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。
『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。
不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。
※設定はゆるいです。
※たくさん笑ってください♪
※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる