上 下
168 / 237
第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第168話 シアはただ、見て欲しかっただけ

しおりを挟む
 直接的でないにせよ、間接的に殺害した。その言葉に首を傾げる俺達。どういうことかと思っていると、シアは続きを口にしてくれた。

「あの人が戦地に向かう少し前に、一度屋敷に戻ってきたことがあったんです。それがあの人と最後に話す機会だったんですけど、ちょっとした口論になりまして……まあ私もその時は結構自分の力に自信を持っていたのもあったからというのもあるんですけど……実は許せないことを言われて、ほんの少しだけ我を失いかけたことがあったんですよね」

 笑顔でそう言うシアだけど、当時の事を思い出しているのか少しだけ笑顔が黒い気がした。見てみればユティさんやオーロラちゃんもシアを見て顔を青くしている。
 あの温厚なシアがここまで怒るなんて、メリッサとかいう人は相当馬鹿な事をやらかしたみたいだ。

「その時に魔力が漏れ出てしまったみたいで、気づいたときには、あの人は顔を青くしていました。あの人はそのまま逃げるように去ってしまいましたが、本能的に恐怖していたのだと思います。
 そしてここからはダリアさんから聞いた話になるのですが、あの人はダリアさんとの一騎打ちの際に途中から様子がおかしくなったそうです。挑発のつもりで『妹の方が優秀らしいじゃないか』とダリアさんが言ったところ、急に動きが極端に悪くなったと」

「妹の方が、優秀?」

 聞き返すと、シアは頷いた。

「ダリアさんはユティか、あるいはどこかでオーラの事を聞いて言ったんだと思います。彼女からしてみればなんてことはない戦闘中の挑発のつもりだったんでしょう」

「……ですがメリッサお姉様は、私でもなくオーラでもなく、当主様の事を思い出した」

 ユティさんの挟んだ言葉が真実のように思えた。シアも頷いて、そうでしょうね、と呟いた。

「結果としてそれまでより動きが格段に悪くなったメリッサはダリアさんに及ぶことはなく、その場で打ち取ったそうです。彼女から直接聞きましたが、最後は同じ人物とは思えないほどに弱体化していたと。
 ……戦闘中に強い恐慌状態に陥れば、それも無理はないでしょうね。そんなわけで間接的には私が原因だと、そう考えています」

「……でもそれって、結局罰が当たったってことですよね? メリッサとかいう人はお姉様にかなり上から当たってたみたいだし……個人的にはざまぁみろって感じですけど」

 メリッサに会ったこともないオーロラちゃんがひどく辛辣な意見を口にする。ただこれに関しては俺も同意だ。ユティさんとシアから聞く限り、メリッサという人はかなりシアの事を下に見ていて、魔法で害したこともあるみたいだし。
 同じような兄を持っていたから分かるけど、同じようにそうなって当然だと、そう思った。

「オーラ、死者の事をどうこう言うのは……それに私は特に気にしていませんから」

 苦笑いしながらそう言うシアだけど、彼女からは本当にどうとも思っていないっていうのが伝わった。俺がゼロードの事を今は何とも思っていないように、シアにとってももう過去の出来事になっている、ということだろう。

 そう思っていると、シアはさて、と話を切り替えた。

「あの人についてはこんなところですが、その後の母についてもお話ししますね。と言っても、ユティが話した通りです。私はしばらく後……その時にはもう18歳になっていたと思いますが、母に当主の座をかけた決闘を申し込み、ここからは離れた場所で私達は人知れず激突しました。月の見えない真夜中だったと思います。
 ……正直母は強くはありましたが、それでも私の方が上でした。彼女が使う魔法の全てを分析し、その全てを無効化して、最終的にはどんな魔法も届かないようにして勝利しました。意外とあっさりと勝ってしまったなと……今でもそう思っています」

「……シア?」

 そこまで話したシアは普段のシアとは少し違うように思えた。何かを堪えているような、辛そうな、そんな表情だった。
 手を強く握ってみても、それは一向に和らぐことはなかった。

 彼女は大きく息を吐いて、俺の方を見る。

「化け物」

 時が、止まった気がした。

「そう、母に言われました。最後の最後、地面に伏した母に、言葉の限りに罵倒されながら言われた、今でも耳に残っている言葉です」

 微笑むシア。けれどその笑顔はとても悲しくて、見ているだけで胸が締め付けられるような感じがした。

「ノヴァさんに出会ってから、母と決闘をするまでの8年間。私の中にはノヴァさんしかありませんでした。それだけでよかった筈なのにその時になって初めて、私の中にはもう居ないと思っていた昔の私が泣いた気がしました。
 ……私、ノヴァさんと会うまでは母に認められたかったんです。メリッサのように、ユティのように、オーラのように……別に認められなくても、ただ見てくれるだけでも良かった。その瞳に、私の姿を映してほしかった。私にとって、母はただ一人の私自身を見て欲しかった人だったんです。
 少なくとも生まれてからの10年間は、それだけのために必死になって生きてきたんですから」

 あぁ、と俺は思った。シアは今でこそ俺の事をよく考えてくれているし、俺達の幸せの事を考えてくれている。けれど路地裏で初めて会ったとき、彼女は自分の不甲斐なさを嘆いていた。姉妹と同じように出来ない自分を責めていた。
 そして俺と再会してから、彼女が我を失うほど取り乱したのは母親に関することだけだ。

 シアの中で、母親であるエリザベート・アークゲートは大きな存在なんだと、そう感じた。それはきっと今もだ。悲しそうに笑っているのが何よりの証拠だろう。

「ちょっとは期待もあったんです……強くなった私なら母は見てくれるかもしれない。ひょっとしたら喜んでくれるかもしれないと。
 けれど向けられるのは敵対心や怒りといった強い感情ばかり。見てはくれていても、流石に辛いものがありました」

「……シア」

「すごいですよね。実の娘に対して殺してやるとか、地獄に落ちろとか言ってくるんですよ? 本当……酷いなぁ……って」

「シア……シア、もういいよ」

 聞いているのも辛くなって、俺はシアを止めにかかる。けどシアは止まらなかった。その口から紡がれる声音は、子供が泣いているように思えてならなかった。

「だから一度だけ、言ったんです。私はここまで強くなったよ、と。その一言で全てが伝わればいいと思いました。少しでも母が私の事を見て、そして認めてくれればと。意識を失う直前の母に、願いを込めてそう言ったんです」

 もう、シアは止まらなかった。誰も止めることは出来なかった。俺もユティもオーロラちゃんも、悲痛な面持ちで彼女を見るしかできない。

「お前なんて、産まなければ良かった。私の全てを奪う化け物め」

 その言葉が、やけに耳に響いた気がした。

「……それが母の最期の言葉です。それを聞いて気絶した母を、心の中がぐしゃぐしゃになった私はゲートでどこかに飛ばしました。本当ならその場で殺害するのが正しかったんでしょうけど、どうしてもできなかった。だから少しでも気持ちを辛くしないように、ゲートの座標をめちゃくちゃに設定して母をその中に落としました。繋がった先はきっと、大空か深海か、あるいははるか遠い世界か……いずれにせよ、もはや母はこの世にはいないでしょう。
 こうして私は母を殺し、当主の座を簒奪しました」

 シアは俺が両手で握る自分の左手に、右手を重ねた。俺を見て、言葉を紡ぐ。

「すみませんノヴァさん……正直メリッサについてはまったく気にしていないのですが、母に関しては少し思うところがありまして……」

「俺の方こそごめん……辛いことを、話させたね」

「いえ……ただ、しばらくこうして手を握っていて頂けると嬉しいです」

 頷き返すと、シアはまだ少し寂しさの残る笑顔を浮かべた。
 俺達の間に沈黙が落ちる。誰も何も話さなかった。ユティさんは静かに俯き、いつもは明るいオーロラちゃんも悲しげな表情で俺やシアを見つめている。俺もシアも、何も言わずに黙っているだけだ。

 この日、俺はアークゲート家の過去を知った。けどそれは必要なことだったと思う。こうして四人揃って静かに黙っているだけでも、何もしていなくても、心の整理がつくまでの短いけど十分な時間が必要だった。

 そして十分な時間が過ぎれば、俺達は普段通りに動き始めた。誰から言ったかは忘れたけど、アークゲート家の屋敷で夕食を全員で食べた。その頃にはシアの執務室での重々しい雰囲気はなくなっていて、いつもの日常に戻っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】復讐に燃える帝国の悪役令嬢とそれに育てられた3人の王子と姫におまけ姫たちの恋愛物語<キャラ文芸筆休め自分用>

書くこと大好きな水銀党員
恋愛
 ミェースチ(旧名メアリー)はヒロインのシャルティアを苛め抜き。婚約者から婚約破棄と国外追放を言い渡され親族からも拷問を受けて捨てられる。  しかし、国外追放された地で悪運を味方につけて復讐だけを胸に皇帝寵愛を手に復活を遂げ。シャルティアに復讐するため活躍をする。狂気とまで言われる性格のそんな悪役令嬢の母親に育てられた王子たちと姫の恋愛物語。  病的なマザコン長男の薔薇騎士二番隊長ウリエル。  兄大好きっ子のブラコン好色次男の魔法砲撃一番隊長ラファエル。  緑髪の美少女で弟に異常な愛情を注ぐ病的なブラコンの長女、帝国姫ガブリエル。  赤い髪、赤い目と誰よりも胸に熱い思いを持ち。ウリエル、ラファエル、ガブリエル兄姉の背中を見て兄達で学び途中の若き唯一まともな王子ミカエル。  そんな彼らの弟の恋に悩んだり。女装したりと苦労しながらも息子たちは【悪役令嬢】ミェースチをなだめながら頑張っていく(??)狂気な日常のお話。 ~~~~~コンセプト~~~~~ ①【絶対悪役令嬢】+【復讐】+【家族】 ②【ブラコン×3】+【マザコン×5】 ③【恋愛過多】【修羅場】【胸糞】【コメディ色強め】  よくある悪役令嬢が悪役令嬢していない作品が多い中であえて毒者のままで居てもらおうと言うコメディ作品です。 くずのままの人が居ます注意してください。  完結しました。好みが分かれる作品なので毒吐きも歓迎します。  この番組〈復讐に燃える帝国の悪役令嬢とそれに育てられた3人の王子と姫とおまけ姫たちの恋愛物語【完結】〉は、明るい皆の党。水銀党と転プレ大好き委員会。ご覧のスポンサーでお送りしました。  次回のこの時間は!! ズーン………  帝国に一人男が過去を思い出す。彼は何事も……うまくいっておらずただただ運の悪い前世を思い出した。 「俺は……この力で世界を救う!! 邪魔をするな!!」  そう、彼は転生者。たった一つの能力を授かった転生者である。そんな彼の前に一人の少女のような姿が立ちはだかる。 「……あなたの力……浄化します」 「な、何!!」 「変身!!」  これは女神に頼まれたたった一人の物語である。 【魔法令嬢メアリー☆ヴァルキュリア】○月○日、日曜日夜9:30からスタート!!    

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

“用済み”捨てられ子持ち令嬢は、隣国でオルゴールカフェを始めました

古森きり
恋愛
産後の肥立が悪いのに、ワンオペ育児で過労死したら異世界に転生していた! トイニェスティン侯爵令嬢として生まれたアンジェリカは、十五歳で『神の子』と呼ばれる『天性スキル』を持つ特別な赤子を処女受胎する。 しかし、召喚されてきた勇者や聖女に息子の『天性スキル』を略奪され、「用済み」として国外追放されてしまう。 行き倒れも覚悟した時、アンジェリカを救ったのは母国と敵対関係の魔人族オーガの夫婦。 彼らの薦めでオルゴール職人で人間族のルイと仮初の夫婦として一緒に暮らすことになる。 不安なことがいっぱいあるけど、母として必ず我が子を、今度こそ立派に育てて見せます! ノベルアップ+とアルファポリス、小説家になろう、カクヨムに掲載しています。

侯爵騎士は魔法学園を謳歌したい〜有名侯爵騎士一族に転生したので実力を隠して親のスネかじって生きていこうとしたら魔法学園へ追放されちゃった〜

すずと
ファンタジー
 目指せ子供部屋おじさんイン異世界。あ、はい、序盤でその夢は砕け散ります  ブラック企業で働く毎日だった俺だが、ある日いきなり意識がプツンと途切れた。気が付くと俺はヘイヴン侯爵家の三男、リオン・ヘイヴンに転生していた。  こりゃラッキーと思ったね。専属メイドもいるし、俺はヘイヴン侯爵家のスネかじりとして生きていこうと決意した。前世でやたらと働いたからそれくらいは許されるだろう。  実力を隠して、親達に呆れられたらこっちの勝ちだ、しめしめ。  なんて考えていた時期が俺にもありました。 「お前はヘイヴン侯爵家に必要ない。出て行け」  実力を隠し過ぎてヘイブン家を追放されちゃいましたとさ。  親の最後の情けか、全寮制のアルバート魔法学園への入学手続きは済ましてくれていたけども……。  ええい! こうなったら仕方ない。学園生活を謳歌してやるぜ!  なんて思ってたのに色々起こりすぎて学園生活を謳歌できないんですが。

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...