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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第157話 セシリアさんの初めての恋

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 それからしばらくして、オーロラちゃんがフォルスの屋敷から離れる日がやってきた。正式に引継ぎが始まるのか、生活の拠点をノークさんの屋敷に移すことになった。
 彼女は名残惜しそうにしながらフォルスの屋敷を離れ、今はノークさんの屋敷かたまにアークゲートの屋敷に居るという新しい生活へと旅立っていった。

 まるで別れのように書いたけど、手紙はほぼ毎日のようにくるし、その手紙からも楽しめている様子が伝わってくるから上手くやれているんだろう。
 ただその節々にはフォルスの屋敷に対する郷愁の念も感じられて、ちょっと苦笑いした。ここはオーロラちゃんの故郷というわけではないけど、そのくらい良い場所だったと思ってくれたのは嬉しかったかな。

 そうして俺の周りでも少しだけ変わったことがあったある日、俺は所用でワイルダー家を訪れていた。事前に向かうことは連絡していて、ゲートの機器を使用して移動すると、当主であるハインズさんとセシリアさんが出迎えてくれた。

「久しぶりだねノヴァ殿」

「ノヴァさん、ようこそおいでくださいました」

「お久しぶりです、ハインズさん、セシリアさん」

 軽く頭を下げると、ハインズさんはにっこりと笑って屋敷の方を手で指し示した。

「話は屋敷の中でゆっくりとしましょう。セシリア、用が出来たときに呼ぶから、もう行っていいよ。出迎えに来てくれてありがとう」

「セシリアさん、ありがとうございました」

「いえ、何か用事があれば呼んでくださいね」

 頭を下げるセシリアさんに微笑みかけて、彼女の横を通り過ぎて屋敷の中へ入っていく。出迎えの人の中に居なかったからもしやと思ったけど、ナタさんは不在のようだ。きっと王都の研究所で研究に明け暮れているんだろう。

 ハインズさんの後ろに従って、彼に案内された部屋に入る。以前も通されたことのある応接間だった。彼と俺は向かい合う形で椅子に座ると、ハインズさんは早速切り出した。

「まずは本題の方を片付けますか」

「そうですね」

 ハインズさんの言葉に頷いて、俺は紙やペンを取り出す。ハインズさんも同じようにして、俺達は互いの領地や、協力し合える部分、あるいは共同で進める予定の事業の事についての話を始める。

 今回ワイルダー家を訪れたのは共同で行っている事業などをハインズさんと話し合って詰めるのが目的だ。お互いの同意で、話し合いの場はフォルスの屋敷か、ワイルダー家の屋敷になっている。

 フォルス家が南側でも大きい家であるからある程度は相手を呼んで屋敷で対応するっていうのは外聞的に必要なことだけど、実を言うと俺が相手の屋敷に行く方が楽で早かったりする。ナタさんに作ってもらったゲートの機器のお陰で、一度訪れた屋敷にはいつでも行けるからだ。

「では、この件について――」

「はい、それでお願いします。では次にこちらの件ですが――」

 ハインズさんとの話に夢中になっていたからか、時間はどんどん過ぎていく。ある程度用意していた内容を話し合った後には、外の太陽の位置はかなり低くなっていた。訪れたのは昼過ぎだったから、それなりの時間が過ぎたようだ。

 ハインズさんも話し疲れたようで、結果をまとめた紙を手でまとめた後に大きく息を吐いていた。
 今日の所の話し合いはこれで終わり。もちろんこれで帰ってもいいんだけど、それは少し味気ない。そう思って、俺はハインズさんと世間話をすることにした。

「そう言えば、ワイルダー家は次期当主はどうするんですか? まだハインズさんはお若いですが、ナタさんに弟はいませんよね?」

 確か聞いた話ではセシリアさんとナタさんは彼女達だけの二人姉妹だった筈だ。だからワイルダー家の後継が少し気になって聞いてみると、ハインズさんは「ああ」と呟いた。

「一応教育を受けさせている養子はいるよ。ナタの二つ下だけど、義弟ながら二人の姉との関係性も良好だしね」

「なるほど……」

 ニコニコとした笑顔で答えるハインズさんを見て、やっぱり考えているかと思ったところで、彼は、ただ、と続けた。

「本人からするとナタになってもらった方がいいのではと思っているみたいでね」

「ナタさんに……ですか?」

 初耳の事に聞き返すと、ハインズさんは頷いて肯定した。

「実際、ナタはとても優秀だ。しっかりと教育をすれば、今からでも全然当主になれるだろう。ただ問題がいくつかあってね。そもそも南側では女性当主というのは珍しい」

 ハインズさんの言う通り、代々女性が当主を務めるアークゲート家の影響力が大きい北側と違って、南側の貴族の当主は全員が男性だ。過去には女性当主が居た時代もあったらしいけど、歴代の女性当主の総数は北側よりもはるかに少ない。

 ナタさんが優秀で、勉強をすれば当主にもなれるっていうのは俺も同意だけど、性別の壁という問題はあるだろう。

「そしてもう一つ、ナタにその気がまるでないんだ。あの子は自分の決めたことは誰に言われても曲げない主義でね。研究の道に進んだなら、その道から出てくることはないだろう。あの子も義弟にそう言っているらしいからね」

「なるほど……ナタさんらしいと言いますか……」

 彼女によく会う身だから分かるけど、ナタさんは一つの物事に集中して時間を忘れる研究者や開発者タイプの人物だ。

「そうだね。だから義弟の子も最近はそんなことを言わなくなったし、当主になるために一生懸命勉強しているよ。その次の代に関しても、そこまで心配はしていない」

「その次?」

 ハインズさんが言う次とは、養子の次の世代のことだろうか。そういった意味を込めて尋ねると、彼はにっこりと笑って扉に声をかけた。すぐに扉が開いて、一人のメイドが入ってくる。彼女にセシリアさんを呼んでくるように言ったハインズさんは、満足そうに椅子に背を預けた。

 すぐ分かる、と雰囲気が物語っていたから、少し待つことにする。しばらくして、扉がノックされて、セシリアさんが部屋の中に入ってきた。
 彼女は空いている席に腰を下ろすと、どうして呼ばれたのか分からなかったようで、ハインズさんに声をかけた。

「あの……」

「ああ、セシリア。今回呼んだのは他でもない、お礼を言う機会だと思ったからさ」

「お……礼?」

 ハインズさんの言っている意味が分からなくて聞き返す。セシリアさんもしっくり来ていないみたいだったけど、やがて何かに思い当たったのか、ほんの少しだけ顔を赤らめた。

「ノヴァ殿、約束を守って頂けたこと、感謝を申し上げます」

「……え?」

 改めて畏まって言われて少し困惑していると、ハインズさんは笑顔を浮かべて続きを口にした。

「セシリアに関する約束ですよ。良い人を紹介してくれるという。アラン殿にセシリアの事を話して頂いたでしょう?」

「……あ」

 そこでようやく言われていることが分かった。分かったんだけど。

「え? じゃ、じゃあ……?」

 チラリとセシリアさんを見てみると、彼女はまんざらではない表情をしている。どうやら俺の思っている以上に、セシリアさんとアランさんの相性は良かったらしい。
 それを悟ると同時に、ハインズさんは声を出して笑った。

「いやぁ、本当に良い人を紹介してもらったよ。セシリアも最近は活き活きとしていてね。正直なことを言うと、ノヴァ殿に近い位置にいるアラン殿の事は気にしていたんだ。けどまさか彼の方から接近してきてくれるとはね。ナタも気に入っているし、とても良い物件だと思っているよ」

「……お父様、あの人の事をまるで物のように言うのはやめてください」

「ははっ、ごめんごめん。ただ手放しで褒められるほどの人物だっていうのは分かって欲しい。……まあ、あまり笑顔を見せてくれないのが不安点ではあるけどね」

 ハインズさんの言葉に、セシリアさんはむっとした顔で彼を睨んだ。

「あの人は不器用なだけで、根は優しい人です。不安になんて、なりません」

「セシリアさん……」

「……あ」

 俺の言葉に自分が何を言っているのか理解したようで、セシリアさんは顔を真っ赤にして俯いた。そんなセシリアさんはゼロードの婚約者だった時には見たことがなかった。
 セシリアさんの様子を見て満足そうに頷いたハインズさんは、俺の方に視線を向ける。

「だから改めて、ありがとうございました。娘を心配する一人の父親として、深くお礼を申し上げます」

「……私からも、ありがとうございました。ノヴァさん」

 二人から感謝されて、少しむずがゆくなる。二人が結ばれればいいなと思ってはいたしちょっとだけ背中を押したというか、そんな感じの所はあるけど、結局はアランさんとセシリアさん二人の相性が良かったってことだろう。

 そんな事を思っていると、ハインズさんは伺うように俺に尋ねてきた。

「そ、それでだけど……ノヴァ殿はアラン殿と仲が良いよね? その……セシリアについてアラン殿から何か聞いていないかい? どんな些細なことでもいいんだけど」

「…………」

 ハインズさんからの質問に、無言ながらも俺をじっと見るセシリアさん。二人にやや気おされながらも、俺はアランさんとの会話を思い出して、ゆっくりと口を開いた。

「……その、申し上げにくいんですけど、あまり聞いたことはないです」

「……そうかい」

 はぁ、とため息を吐くハインズさんには悪いけど、アランさんからセシリアさんはおろか、女性の話を聞いたことがない。もちろん手紙を開発してくれたナタさんに感謝した話や、関わりがあるシアの話をすることはあるけど、アランさん自身の女性事情に関しては皆無だった。
 酒を一緒に呑むことがあっても、そういった話になったことがない。まあ、俺自身そういった話を多く出来るわけじゃないからっていうのもあるけど。

「……実は、アランさんとたまにお話をすることがあるんです。ですがその……彼にはどこか影があると言いますか……」

「影……」

 セシリアさんの言葉を聞いて、俺は思い出す。確か親しくなった後、俺とシアの関係について一度聞かれたことがあった。あの時、アランさんは自分の両親は参考にならない、と言っていたけど、ひょっとしたらそれが関係するのかもしれない。

 優秀ながら、あまり笑顔を見せたことがないって、アランさんの事をターニャに聞いたときも、彼女の友人のメイドはそう言っていたらしい。
 脳裏に黒髪の友人を思い浮かべたものの、その表情はよく見る無表情だった。
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