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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第149話 母親とは、違うやり方で

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「ここは人手が薄そうですね。人員を追加しておきますか」

「うん、そうだね」

 レイさんとベルさんの結婚式典も近づいてきたある日、俺はシアと一緒に式典会場の下見を行っていた。一人での下見は既にしていたから、今日はシアと話し合いながら、どこに人員を配置するかを確認している。

 俺とシアの手には会場の地図があって、そこに同じように印をつけていた。王族の結婚式典会場のため、かなり広い。その分外部から入れそうな場所もいくつかあって、そういった場所には重点的に人員を置くようにしていた。

「この結婚式典は絶対に成功させたいけど、何か悪さをするような人達っているのかな? 一応ローエンさん達にも聞いたりしたんだけど、特に当てはまる人達はいなかったんだけど」

「私の方もそうですね。もちろん二か国の平和を良く思わない人もいるとは思いますが、行動に移せる程数や力のある勢力はないと思います」

「やっぱりそうだよね」

 ほとんどの人はこの結婚式典を祝福してくれるだろう。そうじゃない人もいるかもしれないけど、フォルス家とアークゲート家両方の警備を潜り抜けられるとは思えない。

「もちろん警戒はしますが、何事もなく終わると、そう思いますよ」

「……そうだね」

 シアがそう言ってくれると安心する。元々そこまで心配や不安を感じていたわけじゃないけど、今のやり取りでそれらが完全に払しょくされた。

 俺達は外を確認した後は建物の中も確認する。受付や、色々と準備をする裏手も熱心に確認をした。少なくとも今の段階で、何か仕掛けられているような様子はない。当日も最終確認をするけど、今と同じ感じなら問題ないだろう。

 そうして一通り確認し終えた俺達は、結婚式典の中心となる式場に来ていた。ここでレイさんとベルさんは夫婦になることを宣言し、両者は結婚、そしてこの国とコールレイク帝国の結びつきはさらに強くなる。

 じっと会場を見ていると、シアもまた会場を眺めていることに気づいた。チラリと見た横顔は、少しだけど憂いの表情を浮かべているようだった。

「……結婚式典について考えてるの?」

 そう尋ねる。
 俺とシアは結婚式典をしていない。というよりも、こういった大規模な結婚式典は王族特有の物で、貴族はしないからだ。籍を入れるだけっていうのが普通だし、夫婦になる二人でひっそりと行うのが基本だった。

 結婚の挨拶として両者の実家に伺ったりはするけど、盛大なパーティをして家族を呼ぶといったこともない。けどシアが望むならそれをしてもいいと思った。少し遅くなってしまったけど彼女が望むなら。

「……少し、母の事について考えていました」

「シアの……母上?」

 けれどシアが言ったのは全く別の事だった。彼女の母……名前は確か、エリザベート・アークゲート。話を聞く限りは幼いシアに心の傷を負わせて、オーロラちゃんを塔に監禁した人物。
 シアから聞いた人物像では、好意的に見れる点は一つもなかった。もしも出会えば、文句の一つや二つ言っていただろう。

 そう、俺はシアの母であるエリザベートに会ったことがない。
 つまりそれはもう……彼女は……。

「元々、アークゲート家は女性が絶対優位な家系なんです。アークゲート特有の魔力は女性にしか遺伝しない。そしてアークゲート家の子供は、女性であることがほとんどです。母も、産んだ子供は全員女の子でしたから」

「フォルス家とは、逆なんだよね」

 女性が力を持つアークゲート家とは対照的に、フォルス家は男児が生まれやすい。女児が生まれた歴史もあったみたいだけど、少なくとも今現在はフォルスの血を引く女性はいない筈だ。

 俺の言葉にシアは頷いて、目を伏せた。

「ご存じだと思いますが、アークゲートは外から男性を連れてきて子を作ります。以前のアークゲートには男性の価値はそれしかなかった。アークゲートに尽くすために生きる。
 母も多数の男性と関係を持ち、そして私達を産みました。かつてのアークゲート家で絶対的な力を持っていた母……けどその横には、彼女を支える男性はいなかったんです。全員が全員、使われていただけでしたから」

「……魔法の力が、アークゲート家が全ての人、だったんだよね?」

 確認を取ると、シアはこくりと頷いた。

「はい、そうでした。ですがこうしてノヴァさんと結ばれて、結婚式典の会場を見て思います。母は、あんな生き方をして幸せだったのかな……なんて」

「どうだろうね、それはシアの母上にしか分からないと思うよ。だけど」

 それはきっと。

「少し、寂しいなって、俺は思っちゃうな」

「……そう……ですね」

 視界の隅で、シアが自身の左手首を右手で掴むのが見えた。

「アークゲート家当主として、ユティやオーラの事を考える必要もあります。母は母の妹のティアラやノークに男性を宛がっていたようですが、私はそういったことはしたくなかった。
 私の勝手で結婚させて子供を作るよりも、少しでも心を許せて一緒に歩める人と一緒になって欲しいと、そう思っています」

「……うん、それが良いと思うよ。シアの母上のようなやり方はあんまり……」

 シアの言葉を肯定すると、彼女は俺の方を見て微笑む。でもその笑顔は、少し迷っているようだった。

「ありがとうございます。ノヴァさんの言うように、私の考えが正しいことは分かるんです。でも時間は過ぎていきます。オーラはまだ良いでしょう。ですがユティは……あの人は結婚を考えてないようにも思えるんです」

「ユティさん……」

 確かにユティさんとの会話を思い返してみると、彼女が気にしているのはアークゲート家の事やシアの事、オーロラちゃんの事ばかりだ。シア達三姉妹は仲が良いけど、一番姉妹の事を想っていて、そして愛しているのはユティさんのように思える。

「それに、私達はこれまでのアークゲートを見過ぎました。だから急に方針を変えて何とか対応できた部分はありますが、追いつけない部分もある。それが男性との関係なのでは、と思ったりします」

「言いたいことは分かるよ。シアは自分のやり方が正しいって思ってるけど、それでユティさんやオーロラちゃんが寂しい思いをするんじゃないかって、そう思ってるんだね?」

「勝手に相手を決めたところで、その人は隣に立てないでしょう。もちろん例外はあると思いますが。ですがそもそも隣に立つ人が居なければ、それはそれで寂しいのではないかと、思ってしまうんです」

「……それを、ずっと考えてたの?」

「はい……この結婚式典の話を貰ってからは、特に」

 微笑むシアを見て、彼女は本当に優しい人だと思った。姉妹のためにここまで考えて、悩んで。
 だからそんなシアの心を、少しでも和らげたかった。

「何も結婚相手じゃなくてもいいんじゃないかな?」

「……え?」

 驚くシアに、俺は微笑みかけた。

「他の人でも、隣に立つ人ではなくても一緒にいる人にはなれるよ。俺やシア、アークゲートの人達……そういった人たちが傍にいるよ。
 だからもしシアが心配するような未来になっても俺達が傍にいる。それは、寂しいってことには絶対ならないでしょ?」

「…………」

 シアの目が、少しずつ輝き始める。彼女が何を考えているのか分からないけど、不安が消えたのは分かった。俺は小さく笑って、頭をかく。

「まあもちろん、好き合った人と結ばれるのが一番良いんだとは思うけどね」

 でも、と言って、俺は手を下ろして、まっすぐにシアを見た。

「そんな未来なら、シアの母上とは違うでしょ?」

 シアが気にしていたのは、母と同じじゃないかという事。彼女はあの路地裏で蹲っていた時も、母親と同じなんじゃないかと思って不安になっていた。
 だから俺に出来るのは、それを否定することだ。シアとシアの母は違う。絶対に違うんだって、そう、分かってもらうために。

「ふふっ」

 そしてシアは笑う。一切の不安のない表情で。

「私としたことが少し弱気になっていましたね。そもそも、もう新しいアークゲートを作ってしまったんだから後には退けません。進むしかない、ですね」

「うん、そうだよ。これからもユティさんやオーロラちゃんとは一緒に過ごしていくしね」

「そうですね」

 二人して微笑んで、俺達は結婚式典の下見を終えた。

 シアが選んだ方法は正しい。シアの母と同じ手は取るべきじゃない。
 それにその結果、ユティさんやオーロラちゃんに良い人が現れなくても俺達が、いろんな人が傍にいる。だから大丈夫っていうのも間違いじゃない。

 でもこの時、俺は気付かなかった。
 彼女達にとっての良い人がある人と同一人物である可能性に気付かなかったんだ。
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