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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから

第105話 一方その頃シアは

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 ゲートを繋いで別邸へと到着した私はノヴァさんと別れ、一人で会場を目指します。ノヴァさんは今回の主役ですので、控室にて時間が来るまで待機だそうです。
 きっとトラヴィス・フォルスと今後の予定を共有するのだと思います。急に次期当主になったため、なるべく早く引継ぎなどをしないといけませんからね。

 なのでこれまでとは違って、ノヴァさんも忙しい日々になっていくと思います。あまり無理しすぎないように私も協力できることがあれば協力し、それで夜は疲れを癒してあげたいですね。私もノヴァさんに癒されているのでお互い様ですが。

 そんなわけで会場の扉を開けば、中には大勢の貴族たちが集まっていました。今回は親睦会ではなく発表式なので料理などは置いていないようです。短い発表になるでしょうし、皆さん忙しいでしょうからそれが最善ですね。

 扉を開いたことで一気に注目されて、多くの人が私を見ます。ただじっと婦人を見ているのも良くない事なのですぐ目を逸らしましたね。南側の貴族の当主や次期当主、また人によっては妻を連れてきている人もいます。あまり南側の貴族達とは懇意ではないのですが、知り合い程度の仲の貴族はちらほら。

「これはこれはレティシア様、お久しぶりでございます」

「お久しぶりですね、バルトロ様」

「レティシア様、お久しぶりです」

「はい、アーガス様もお元気そうでなによりです」

「初めましてレティシア様、ジラート・アンゲナスと申します。北の大貴族にして救国の英雄とも呼ばれる貴女様にお会いできて光栄です」

「初めましてジラート様。そんな風に持ち上げられると、照れてしまいますね」

 顔見知りの貴族とも、見たことがあるだけで話をしたことがない貴族とも他愛のない話をします。全員が全員あいさつ程度で笑顔を浮かべて去っていきますが、私の事を測ろうとしているのでしょう。
 彼らからすれば南側に北側の大物が急にやってきたようなものですからね。私個人としてはただノヴァさんと結ばれたかっただけで政治的な意図はほとんどないのですが。

「あの……レティシア様、ご主人は?」

「主人はちょっと席を外しておりまして」

 あぁ、ノヴァさんを主人と呼ぶのは良いですね。今までそう呼ぶ機会はありませんでしたが、中々に甘美な響きです。
 しかし質問してきた貴族の方はちらりと目線を奥へと投げかけています。その視線を追って、なるほど、と私は思いました。

 この場は次期当主の発表式。多くの貴族達はゼロードが失脚した今、次期当主は次男であるカイラスだと思っています。しかしこの場にはカイラスが居て、三男であるノヴァさんがいない。
 こうなればおのずと答えが見えてくるというものです。ただ、それを受け入れきれている人はいなさそうですが。

 挨拶もほどほどに貴族達も離れていきます。義理の兄であるカイラスには軽く頭を下げる程度にすると、向こうも微妙そうな顔をして会釈しました。彼の顔色もそこまで悪くないので、魔力を抑え込むのはこれくらいの力で良さそうですね。

「あなた様は、レティシア・アークゲート様ではありませんか?」

 ふと後ろから足音が聞こえて、声をかけられました。
 振り返ってみると、そこには一人の婦人。

「初めまして、私はローズ・フォルスと申します。アインスタット家の出身で、カイラス・フォルスの妻です」

「初めまして、レティシア・フォルス・アークゲートです」

 名前を告げて礼を取ると、ローズ婦人の笑顔がほんの一瞬固まりました。先ほどから言動は丁寧ですが、どこか私を推し測ろうとする気持ちが感じられますね。

 彼女の実家であるアインスタット家は王の補佐も務める名家で、歴史的にはフォルス家の方が長いですが、現状ではこちらの方が立場はやや上な印象があります。
 アインスタット家の当主は知り合いですが、ご息女であるローズ婦人とは初対面です。ですがこうして見てみると中々に強気な女性のようですね。

「それにしてもレティシア様がフォルス家の一員になってから少し時間が経ちましたが、ようやく挨拶が出来ましたわ。私、楽しみにしていましたの」

 言葉の裏を読み取ると、次男の妻である自分になんで挨拶に来なかったのか? という感じでしょう。なるほど、自尊心もあると。

「そうなんですね。私もローズ様と会えて嬉しく思います」

「そうだ、よければ近いうちにお茶会をしませんか? 新しく義妹となったレティシア様におもてなしをしたいのですが」

「お心遣いは嬉しいですが、遠慮させていただきます。何分忙しいもので」

 忙しいのは事実ですが、別にこの方と仲良くする利点が見いだせないので即答させてもらいました。私の言葉にローズ婦人の笑顔は固まりますが、どうせ何かを仕込むためのお茶会でしょう。調べさせるまでもありません。

「そ、そうですか、それは残念です……セシリア様やリーゼロッテ様ともお茶会をしたのですが……」

 少し引きつった笑顔を浮かべつつも、義理の姉や母の名を出してくるあたりまだ諦めてはいないようです。取り付く島もない返答にここまで食い下がるとなると、別の意図があるのは明白ですね。
 カイラス経由で次期当主がノヴァさんになることは聞いていると思うので、弱点を見つけようと近づいてきた、というのが一番しっくりくる理由でしょうか。

 普通の婦人ならアインスタット家という格式高い家名と、義理の姉という立場によってなかなか断れないのでしょうけど。

「レティシア様は、何か趣味などはありますか?」

「趣味ですか?」

 咄嗟に読書と答えようとしましたが、あれはノヴァさんと一緒の空間で、しかも近い位置で読書しているのが好きなだけですし、趣味かと言われると微妙です。かといってじゃあノヴァさんと一緒の空間にいる事、と答えるのもなんか違う気がしましたし。

 ですがそれ以外で時間を割いていることと言えば仕事と家の事とノヴァさんの事とノヴァさんとの将来の事なのでなんて答えましょうか。

 そんなことを考えていると、思いつかないことを見抜かれたのか、ローズ婦人の口角がほんの少しだけ上がりました。

「レティシア様? お言葉ですが、貴婦人らしい趣味の一つや二つは持っておいた方がよろしいですよ? 婦人が主催する交流会というのも数が多いですからね。お知りになりませんでしたか?」

「初めて知りましたね。当主達を集めて政策について話し合う当主会は参加……いえ、主催したことはあるのですが」

「そ、そうですか……ですが私達夫人の交流会で注目を浴びることは、夫を立てるという事にもつながるのですよ?」

「夫を立てる?」

 そう言われてしまうと気にならずにはいられない。ノヴァさんが喜ぶなら、してもいいかもしれないとちょっとだけ思いました。

「ええ、そうです。考えてみれば分かると思いますが、妻の格の高さは夫の格の高さとも言えますから」

「なるほど……ノヴァさん……いえ、夫には話してみますが、もし彼が参加して欲しいと言うなら、その時は参加するかもしれませんね」

「……はい?」

 思ったことを口にすれば、唖然とした表情で聞き返されてしまいました。
 何かおかしなことを言ったでしょうか?

「なにか?」

「いえ……参加に夫の意見を求めるのですか?」

「? はい、夫が全てですから」

「……レティシア様は参加したいという気持ちはないと?」

「いえ、夫が望むならぜひ参加したいと思っていますよ」

「…………」

 絶句してしまったローズ婦人。おそらくは婦人の交流会? というので自分の優位性を見せたかったのだと思いますが、それが失敗したと言った形でしょうか? 念のために彼女の出席した交流会について調べておきましょうか。

 それにしてもノヴァさんはそういうのを望むでしょうか。もし彼が望むなら、婦人の交流会で一番の人気を集めるのもやぶさかではありません。話術や魔法でいくらでも注目は集められるでしょうし。念のために後日聞いてみることにしましょう。

「……なんなのこの女……生意気にも程が……」

 ボソボソと何かを呟いているローズ婦人をじっと見てみれば、彼女は私の視線に気づいてはっとした表情になりました。

「そ、それではもし参加する場合はお声がけください。いくつかの交流会を紹介させてもらいますわ」

「その時はよろしくお願いします」

「では、私はこれで」

「はい、ありがとうございました」

 会話を終えて少しだけ足早に去っていく背中を見つめて、彼女との会話を思い返します。
 ローズ・フォルス。以前の名前はローズ・アインスタット。やや自尊心が高く、女性としての魅力を磨くことに余念がないものの、婦人として他の婦人よりも上位に立ちたい気持ちが強そうですね。

 話の中では分かりませんでしたが、おそらくはゼロードとセシリアさんの関係ほど、カイラスと不仲というわけではなさそうです。ただカイラスのみならず自分が偉くなりたい、優位に立ちたいという気持ちは強そうですね。いえ、正確にはカイラスは自分の一部で、自分がそうなりたいという気持ちの方が強いかもしれません。

「……ふむ」

 今後の流れで誰かの妻が脅威になるという事はないと思っていましたが、念のためユティ辺りに頼んで情報を集めてもらいましょうか。カイラスの情報はありますが、それに付随する形でしかローズ婦人の情報はありませんでしたからね。

 さっそくこの式が終わったら連絡を、と思ったところで、壇上にトラヴィスとノヴァさんが出てきました。次期当主がノヴァさんだというのがほぼ確定になり、会場はざわつき始めます。

 壇上にいたノヴァさんは会場を見渡していましたが、私を見つけると視線を釘付けにして微笑みました。それに対して小さく手を振って満面の笑みを浮かべて返します。

 会場のやや緊張した雰囲気にも関わらず、こうしたほっこりとしたやり取りが出来るのも中々に良いものですね。
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