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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから

第101話 心も体も一つに

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 激動の一日を終えた後、俺とシアはようやくといった感じで屋敷へと帰ってきていた。別邸での貴族たちの見送りが終わった後はオーロラちゃんをアークゲートの屋敷に送り届けたし、帰ってくる頃には夜も遅い時間になっていた。

 別邸に向かってすぐにゼロードと戦い、その後はすぐに解散の流れになったから当然夕食も食べていない。
 ただあんなことがあったからか食欲は湧かなかった。シアも同じようだったから、彼女とは入口で一時別れて、俺は一人ターニャの元へ。今日はもう休むという旨を伝えた。
 ターニャは何か聞きたそうな顔をしていたけど、質問はしないでくれた。明日、俺の方から話すことにしよう。ゼロードの件だからまた怒りそうだな。

 外行きの服から着替えて、俺達の部屋へと戻る。部屋にはすでに着替え終えていたシアがいて、ベッドに座ってじっと窓の外を見ていた。
 歩いて彼女の横顔が見えるところまで移動すれば、その表情には影が射している。

 ゼロードの一件があってから今まで、シアはどこか元気がない。というよりも、ほんの少しだけ落ち込んでいるように思えた。
 シアの隣にゆっくりと腰を下ろす。近くで見てみても、やっぱりどこか影がある。

 俺の視線に気づいたシアは窓から目線を離して目を合わせてくれる。そうしてぎこちない笑みを浮かべた。
 彼女の左手が、俺の右手と重なる。

「……フォルスの屋敷でのゼロードとの戦いで、ノヴァさんがどこか納得していないのに気づいていたんです。あのときノヴァさんは自分の力ではなく私の力で勝ったと、そう思っていたんだろうって。だから今回の一件で、ノヴァさんにはゼロードに勝ってもらいたかった。
 他ならないノヴァさんの手で、ノヴァさんが思い悩むことがないように」

「……シア」

 今だから分かるけど、シアの言う通りだと思う。俺は実家での決着に納得がいってなかったんだと思う。シアの力は圧倒的で、覇気を上回っている。それを心の中では感じていたから。

「だから以前開発した失敗作の魔法を使いました。私の魔力が一切使えなくなる代わりにゼロードの覇気を無力化する魔法。これがあればノヴァさんはゼロードと剣の腕だけで戦える、そう思いました。これならノヴァさんの中の引っ掛かりを解消できるって」

 でも、とシアは俯いて続ける。

「その結果、私はノヴァさんを危険に晒しました。ゼロードの覇気が強くなった時オーラがいなければ、私は大切なノヴァさんを失うところでした。私のミスで……私のせいで……あなたを……」

「……シア、よく聞いて。あれはシアのせいじゃない。それにシアは俺の事を思ってくれた。そのためにオーロラちゃんにも来てもらったんでしょ? だから大丈夫だよ」

 シアがそんな魔法を開発していたことには驚いたけど、彼女は全部俺のためにやってくれただけだ。それこそ、元はと言えば俺が実家での戦いで納得していれば良かっただけ。
 だから俺はシアに感謝こそすれど、責めるつもりなんて一切ない。それはあの別邸で言った時から変わらないから。

「ありがとうございます……でも、ちょっと違うんです」

 けど、シアはゆっくりと首を横に振った。そして俺に抱き着いてきた。背中に手を回して、シアを支える。一気に距離がゼロになって、心臓の鼓動が速くなる。

「ノヴァさんは気にしていないと言って頂きました……私だって、二度とこのようなことを起こさないと心に誓っています……ですが……ですが……」

 顔を上げたとき、シアの目は潤んでいた。

「私は……どうしてもノヴァさんを失いたくない」

 手が伸びる。小さな手が俺の頬に触れて、優しく撫でる。温かい熱が、シアの手から伝わってくる。

「こうして触れられる位置にいて欲しい、ずっと側に、いて欲しいんです」

 耐えられるはずがなかった。考えすら頭から消えて、俺は気づけばシアに口づけしていた。彼女の不安を瞳の奥に見てそれを何とかしないとって、きっと無意識に思ったから。

 長い、長い口づけ。愛を確かめ合う行為。確かめなくても、胸を、体を熱くする行為。

 それらを一旦終えて離れたとき、空気が入らなくてやや赤く、そして涙目になった最愛の人を見たとき。
 体の奥底から、衝動が溢れてくる。気づいたときにはシアをベッドに優しく押し倒していた。

 艶やかな髪。俺を見つめて、ぼやけた瞳。上気した頬に、着やせする完璧といっていい美。
 それらを見れるのが俺だけという事実に、脳が蕩けそうになる。

 ――落ち……つけ……

 必死に頭に言い聞かせる。行為に関しては習ったことはないけど知っている。いったいどこでそれを知ったのかは分からないけど、きっと本能として刻まれている。
 けど今までそれをしなかったのは、シアとの二人の時間を楽しみたかったから。彼女を傷つけたくなかったから。彼女を大切にしたかったから。
 理由なんていくらでも用意できた。でもきっと最初から気づいていた。

 一度シアとそういったことをすれば、きっと止まれないからだって。

 だから少なくとも落ち着こうと自分に言い聞かせようとして。

「ノヴァさん……」

 シアの声で思考は消えて、彼女の声だけが頭に残った。
 口に手の甲を当てて、視線を意図的に逸らすシアの姿だけを脳裏に焼き付けた。

「その……私も最近知ったのですが、アークゲートは元々そういう家系でして、こういった行為に関する魔法もあったみたいなんです。だから……その……」

 尻すぼみになりながらも、彼女は本当にゆっくりとした動きで瞳を俺に向けた。
 何度も見た愛おしい灰色の瞳の中にも、愛の色が見て取れた。

「使っている間は子供が出来ない魔法も……ありました。今はそれを使っています」

 そして灰色の瞳の中には、愛だけでなく情欲の色も灯っていて。

「だから、ノヴァさんは心配しなくていいんです」

 脳が揺れる。

「だから、我慢しなくていいんです」

 シアの声が、優しく俺自身を締め付けていた理性という名の糸を解していく。

「ノヴァ……さん……っ」

「シアっ」

 そして、全ての糸は切れた。

 その日、初めて俺とシアは心でも体でも結ばれた。二人して、お互いにどこまでも求めあった。
 そして海に沈むほど互いに満たされて、愛を深めた。

 この運命の日の事を俺は一生忘れない。それはもちろんゼロードの事件だったり、初めて俺が力に目覚めた日でもあるけどそれ以上に。
 その日の終わりの光景が、愛が、脳裏に焼き付いているから。

 ちなみに翌日は俺もシアも二人揃って寝坊した。慌てて起きたときにはターニャは既に作業をしていて、その態度から彼女が「意図的に」起こさなかったことを悟った。

『やはり時間の問題でしたね。むしろ遅すぎでは? 旦那様、奥様、おめでとうございます』

 その言葉に俺とシアが顔を真っ赤にしたのは言うまでもない。
 これからシアとそういったことをするときは休日にしようと、心の中で決心した。
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