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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから
第78話俺の妻があっさりと酒に負ける筈が……
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「そういえば奥様、あまりお酒は嗜まないので?」
その言葉に俺とシアは弾けるように手を離す。テーブルの下で握り合っていたから、特にバレるようなことはなかった。いや、別に夫婦なんだしこの屋敷の旦那とその妻なんだからダメなことでもない筈なんだけど、なんというかちょっと気恥かしいというか。
……少し気持ちを落ち着けて、ジルさんの言葉を考えた。そういえば、シアがお酒を飲んでいるところはあまり見たことがないかもしれない。いや、一度もないか?
「そうですね、付き合いで飲むことはありますが、自分から飲むことはありません」
「……まさかとは思いますが、お酒に弱いのですか?」
驚いて目を見開くターニャ。「まさか」って、ちょっと失礼じゃないだろうか。人の妻を何だと思っているんだ。確かにシアがお酒に弱かったら、それはそれで意外過ぎるけど。
「うーん、逆と言いますか……そもそも酔わない体質なんです。体内の魔力が不純物をかき消すので」
「なんとも勿体ないですな。この酔いを味わえないとは……」
心底残念そうな表情でそう言ったジルさんは、お酒の入った大きな器を見て呟いた。
「味は分かるんですよね?」
「はい……ただそこまで美味しいとは思わなくて、それなら果実の飲料でいいかなと」
「あー、確かに少し苦さがありますからね」
ターニャの言う通り、酒には苦さがある。酔えないならシアのようにお酒を飲まないというのも、なんとなく分かる気がした。
「……ふむ? ですがそれならば、魔力を抑えれば酔えるのでは?」
酒を飲んでいたジルさんの言葉に、シアは首を傾げる。
「お、おそらくは?」
「ふむ……人生で一度くらいは酔うというのを覚えても良いのではないですか?」
「……なにを言っているんですか、と言いたいところですが、一度くらいは良いかもしれませんね。ここは旦那様と奥様の屋敷で安全ですし、そもそも奥様なら少し酔った程度で危険になることもないでしょう」
「……はぁ」
これはあれじゃないだろうか。国境付近警備の仕事場で見た、無理やり飲ませる図ではないだろうか。ターニャも少し酒が回っているみたいだし、無理やりは良くないだろう。
よし、ここは困っているシアに助け舟を。
「おいおい、酒を飲むかどうかはシアが決めることだし、今まで飲んでないなら別に飲まなくても――」
「いえ、ちょっと興味があります」
「え」
助け舟が波にさらわれて水の中に消えていった。
シアの視線はじっと俺の席に置かれたグラスに注がれている。俺も軽くだけど飲むために、そこには酒が注がれていて。
「ちょっと思ってはいたんです。ノヴァさんと同じものを飲みたいなと」
「あ、ああ……そうなんだ」
これまでそんな素振りを見せなかったし、乾杯するときも果実飲料で乾杯していたから気にしていないのかなって思ってたけど、意外とそうでもなかったのか。
「なら、早速飲んでみましょう! エレナさん、頼めるか!?」
「え!? は、はい!」
ジルさんはすぐにやる気になってメイドのエレナさんを呼んだ。ついさっき食べ終えたばかりのエレナさんが弾かれるように立ち上がって奥へと消えていく。そんな彼女の後ろ姿に心の中で感謝を告げた。
少し待てば、エレナさんは俺のと同じお酒を注いだグラスを丁寧な動きで運んでくる。それをシアのテーブルの上に丁寧に置いて、頭を下げた。
「…………」
手に取って優雅な動きでそれを眺めるシア。目が一瞬蒼く光ったけどすぐにまた灰色に戻る。
なんというか、ただお酒を手にしているだけなのにやけに色気があるというか。髪色と同じ紺色のお酒だから合っているのも相まって、目を離せない魅力がある。
「ささっ、奥様ぜひ一口!」
「……分かっているとは思いますが、あんまり一気に飲んではいけませんからね」
「分かっていますよ」
ふっと力を抜くようなしぐさをして、シアは一口。口に含んだ瞬間に目を見開いた。
「あっ……美味しい」
かなり驚いたようで、じっとお酒を眺めていた。
「こんなに美味しいなら、もっと早く飲んでいればよかったですね」
「大丈夫? 気分悪くなったりしてない?」
「はい、特に問題はありません」
「そっか」
体質的にも酒に強かったのかもしれない。そう思っていると、シアはもう一口口にしてから何かに気づいたようにグラスを差し出した。
それが乾杯したいということなんだって気づいて、俺もグラスを持ってシアのグラスに軽く叩く。甲高い音が響き渡った。
「ふふっ」
楽しそうに笑ってもう一口。何に乾杯したのかよく分からないけど、シアが楽しそうだからいいか。
「おぉ、奥様良い飲みっぷりですな!」
「楽しんでもらえているようで何よりです」
ジルさんもターニャも嬉しそうだ。
「はははっ、奥様も素晴らしいお方だ。私の酒も飲みますかな?」
「いえ、ノヴァさんのと同じやつで」
「はははっ、そうですよね」
「ジルさん、私が貰いますから注いでください」
しょんぼりとしながらも無理に笑ったジルさんを慰めるターニャの図。なんだろう、お爺ちゃんの晩酌に付き合う孫娘みたいな感じだ。
メイドのエレナさんはすぐに動いて、シア用のお酒を厨房から持ってきてくれる。
テーブルに置かれたそれを自分のグラスに注いでニッコリと微笑むシアの姿が印象的だった。
「……なんとなくそうかなと思っていましたが、魔力を抑えてもお酒の味が変わるわけではありませんでしたね。
ですが、ノヴァさんと一緒のお酒を飲んでいるというのは嬉しい事です」
「そうか。シアが喜んでくれて良かったよ」
「ノヴァさんは他にも好むお酒があるんですか? いつもこのお酒を飲んでいる印象がありますが」
「うーん」
シアの言う通り俺が好むのは葡萄を元にしたもので、他にも飲むことはあるけど一番はやっぱりこれかもしれない。
「どうだろう……いくつかあるけど基本的にはこれかな。これからも一緒の、飲む?」
「はい、是非とも」
そう言ってグラスを差し出してくるシア。なんでこんなに乾杯したいのか分からないけど、俺はそのグラスにグラスで応えた。
×××
夜、就寝の準備をして寝室に入る。いつもはその場にいるはずのシアの姿はなくて、部屋を見渡してもどこにもいない。何かあったのかなと少しだけ不安になったとき。
背中に、衝撃を感じた。
一瞬驚いたけど、それが小さくて柔らかいものだったから、襲撃を受けたとかではなさそうだ。というより、これは……。
「ふふふっ……ノヴァくん……」
「シ、シア?」
感触が離れたことで振り返ると、思いもしなかったシアがいた。少し赤らんだ顔に満面の笑み。
そんなシアを見て混乱するしかない。
食堂の時は普通のシアで、やっぱり予想通りシアはお酒にも強いんだなぁって思っていたのに。
「ノヴァくんと一緒の飲めて……嬉しかったぁ……」
俺の妻はあっさりとお酒に負けてしまっていた。
その言葉に俺とシアは弾けるように手を離す。テーブルの下で握り合っていたから、特にバレるようなことはなかった。いや、別に夫婦なんだしこの屋敷の旦那とその妻なんだからダメなことでもない筈なんだけど、なんというかちょっと気恥かしいというか。
……少し気持ちを落ち着けて、ジルさんの言葉を考えた。そういえば、シアがお酒を飲んでいるところはあまり見たことがないかもしれない。いや、一度もないか?
「そうですね、付き合いで飲むことはありますが、自分から飲むことはありません」
「……まさかとは思いますが、お酒に弱いのですか?」
驚いて目を見開くターニャ。「まさか」って、ちょっと失礼じゃないだろうか。人の妻を何だと思っているんだ。確かにシアがお酒に弱かったら、それはそれで意外過ぎるけど。
「うーん、逆と言いますか……そもそも酔わない体質なんです。体内の魔力が不純物をかき消すので」
「なんとも勿体ないですな。この酔いを味わえないとは……」
心底残念そうな表情でそう言ったジルさんは、お酒の入った大きな器を見て呟いた。
「味は分かるんですよね?」
「はい……ただそこまで美味しいとは思わなくて、それなら果実の飲料でいいかなと」
「あー、確かに少し苦さがありますからね」
ターニャの言う通り、酒には苦さがある。酔えないならシアのようにお酒を飲まないというのも、なんとなく分かる気がした。
「……ふむ? ですがそれならば、魔力を抑えれば酔えるのでは?」
酒を飲んでいたジルさんの言葉に、シアは首を傾げる。
「お、おそらくは?」
「ふむ……人生で一度くらいは酔うというのを覚えても良いのではないですか?」
「……なにを言っているんですか、と言いたいところですが、一度くらいは良いかもしれませんね。ここは旦那様と奥様の屋敷で安全ですし、そもそも奥様なら少し酔った程度で危険になることもないでしょう」
「……はぁ」
これはあれじゃないだろうか。国境付近警備の仕事場で見た、無理やり飲ませる図ではないだろうか。ターニャも少し酒が回っているみたいだし、無理やりは良くないだろう。
よし、ここは困っているシアに助け舟を。
「おいおい、酒を飲むかどうかはシアが決めることだし、今まで飲んでないなら別に飲まなくても――」
「いえ、ちょっと興味があります」
「え」
助け舟が波にさらわれて水の中に消えていった。
シアの視線はじっと俺の席に置かれたグラスに注がれている。俺も軽くだけど飲むために、そこには酒が注がれていて。
「ちょっと思ってはいたんです。ノヴァさんと同じものを飲みたいなと」
「あ、ああ……そうなんだ」
これまでそんな素振りを見せなかったし、乾杯するときも果実飲料で乾杯していたから気にしていないのかなって思ってたけど、意外とそうでもなかったのか。
「なら、早速飲んでみましょう! エレナさん、頼めるか!?」
「え!? は、はい!」
ジルさんはすぐにやる気になってメイドのエレナさんを呼んだ。ついさっき食べ終えたばかりのエレナさんが弾かれるように立ち上がって奥へと消えていく。そんな彼女の後ろ姿に心の中で感謝を告げた。
少し待てば、エレナさんは俺のと同じお酒を注いだグラスを丁寧な動きで運んでくる。それをシアのテーブルの上に丁寧に置いて、頭を下げた。
「…………」
手に取って優雅な動きでそれを眺めるシア。目が一瞬蒼く光ったけどすぐにまた灰色に戻る。
なんというか、ただお酒を手にしているだけなのにやけに色気があるというか。髪色と同じ紺色のお酒だから合っているのも相まって、目を離せない魅力がある。
「ささっ、奥様ぜひ一口!」
「……分かっているとは思いますが、あんまり一気に飲んではいけませんからね」
「分かっていますよ」
ふっと力を抜くようなしぐさをして、シアは一口。口に含んだ瞬間に目を見開いた。
「あっ……美味しい」
かなり驚いたようで、じっとお酒を眺めていた。
「こんなに美味しいなら、もっと早く飲んでいればよかったですね」
「大丈夫? 気分悪くなったりしてない?」
「はい、特に問題はありません」
「そっか」
体質的にも酒に強かったのかもしれない。そう思っていると、シアはもう一口口にしてから何かに気づいたようにグラスを差し出した。
それが乾杯したいということなんだって気づいて、俺もグラスを持ってシアのグラスに軽く叩く。甲高い音が響き渡った。
「ふふっ」
楽しそうに笑ってもう一口。何に乾杯したのかよく分からないけど、シアが楽しそうだからいいか。
「おぉ、奥様良い飲みっぷりですな!」
「楽しんでもらえているようで何よりです」
ジルさんもターニャも嬉しそうだ。
「はははっ、奥様も素晴らしいお方だ。私の酒も飲みますかな?」
「いえ、ノヴァさんのと同じやつで」
「はははっ、そうですよね」
「ジルさん、私が貰いますから注いでください」
しょんぼりとしながらも無理に笑ったジルさんを慰めるターニャの図。なんだろう、お爺ちゃんの晩酌に付き合う孫娘みたいな感じだ。
メイドのエレナさんはすぐに動いて、シア用のお酒を厨房から持ってきてくれる。
テーブルに置かれたそれを自分のグラスに注いでニッコリと微笑むシアの姿が印象的だった。
「……なんとなくそうかなと思っていましたが、魔力を抑えてもお酒の味が変わるわけではありませんでしたね。
ですが、ノヴァさんと一緒のお酒を飲んでいるというのは嬉しい事です」
「そうか。シアが喜んでくれて良かったよ」
「ノヴァさんは他にも好むお酒があるんですか? いつもこのお酒を飲んでいる印象がありますが」
「うーん」
シアの言う通り俺が好むのは葡萄を元にしたもので、他にも飲むことはあるけど一番はやっぱりこれかもしれない。
「どうだろう……いくつかあるけど基本的にはこれかな。これからも一緒の、飲む?」
「はい、是非とも」
そう言ってグラスを差し出してくるシア。なんでこんなに乾杯したいのか分からないけど、俺はそのグラスにグラスで応えた。
×××
夜、就寝の準備をして寝室に入る。いつもはその場にいるはずのシアの姿はなくて、部屋を見渡してもどこにもいない。何かあったのかなと少しだけ不安になったとき。
背中に、衝撃を感じた。
一瞬驚いたけど、それが小さくて柔らかいものだったから、襲撃を受けたとかではなさそうだ。というより、これは……。
「ふふふっ……ノヴァくん……」
「シ、シア?」
感触が離れたことで振り返ると、思いもしなかったシアがいた。少し赤らんだ顔に満面の笑み。
そんなシアを見て混乱するしかない。
食堂の時は普通のシアで、やっぱり予想通りシアはお酒にも強いんだなぁって思っていたのに。
「ノヴァくんと一緒の飲めて……嬉しかったぁ……」
俺の妻はあっさりとお酒に負けてしまっていた。
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