上 下
40 / 237
第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから

第40話 王都の研究所へ

しおりを挟む
 俺の屋敷では、意外な人物と食事をとることが多い。夕餉の時はシアがいるけど、そこに加えてターニャや他のメイドや執事も同じ部屋で食事をとる。
 だから昼食のときも俺が一人で食べるわけじゃなくて、ジルさんやターニャ、他の使用人たちも同席する。もちろん仕事の関係で先に食べたり、後に食べる使用人たちは除外されるけど。

「相変わらず料理が美味しいですね。午後の読書の時に眠くならないかが心配ですが」

 そう苦笑いするのは、俺の代理で仕事をほとんど請け負ってくれているジルさんだ。仕事を代行してくれているとはいえ元々の仕事量が少ないからか、彼もまた午後からは暇なようだけど。

「そう言って頂けると街で凄腕のシェフを捕まえてきた甲斐がありますね」

 得意げな表情をしているターニャを見ていると、ポケットの中で何かが震えるのを感じた。取り出してテーブルの上に出せば、黒い縁の便箋と真っ白な便箋の間に挟まった桃色の便箋に文字が書き込まれている最中だった。

「……オーロラちゃん?」

 彼女の便箋をよく見えるように他の二枚の便箋をポケットに仕舞う。すでにオーロラちゃんの便箋には2行ほど書き込まれていた。

「彼女はなんと?」

「……王都の研究所をシアが案内したいみたいだ。オーロラちゃんも一緒にだってさ」

「ほう、王都の研究所ですか」

 意外なことに、反応したのはジルさんだった。彼はコーヒーを一口飲むと息を吐く。

「色々な機器や武器を開発している機関ですな。暮らしを豊かにするものから、秘密裏に進められていたと言われている戦争で使うものまで、幅広い技術を研究する場所だったはずです」

「詳しいですね、ジルさん」

「そりゃあターニャ嬢の数倍は生きていますからな」

 大きな口を開けて豪快に笑うジルさん。彼の説明を聞いて、そんな大きな機関ならアークゲート家と関りがあるのも、そりゃそうかと感じた。
 そんな場所を紹介するなんて、なにか俺に見て欲しいものでもあるのだろうか?

「……ひょっとしたら旦那様専用の剣とか、紹介してくれるのかもしれませんね」

「え? いや、まさか……」

 考えていることを少しだけ当てられたけど、まさか俺一人のために大きな機関を動かすなんてことはしないだろう……と、思うのだが。

「分かりませんよ? ひょっとしたら時間や空間を切り裂く剣とか出てくるかも」

「もうおとぎ話じゃないか、それ」

 苦笑いしながらターニャの言葉に返答しつつ、俺は彼女からペンを受け取って返信用の便箋に書き込み始める。午後に予定はないので、当然了承だ。
 簡単に返事を書いてアークゲート家の家紋を3回押せば、いつも通り便箋は消えていった。最近は見ていなかった光景だけど、いつ見ても凄いと思う。

「どんなモノを見たのか、帰ってきたら教えてくださいね!」

「私も気になりますな。最先端の技術……男のロマン……」

「ははっ……あんまり上手くは説明できないと思うけど、任せてよ」

 共に食事をとっていたメイドや執事達も頷くのを見て微笑む。以前はたった一人だった俺の話を聞いてくれる人。それがこんなに多くなったのが嬉しかった。家に帰ってきた後も楽しみがあるっていうのは、良いことだ。そしてそんな環境を作ってくれたターニャには感謝しかない。




 ×××




 昼食も済ませて外出用の服に着替えて屋敷の門の前に。いつもの待ち合わせ場所で待っていれば、見慣れた金の光が視界に入ってくる。そっちを見れば、楕円形のゲートからシアが出てくるところだった。

 夜のような長い黒髪を風に揺らしながらふわりとシアは地面に足を着ける。ただゲートを潜っただけなのに、動作一つ一つに優雅さがあるように思えた。彼女は俺をみつけるとニッコリと微笑む。

「ただいま戻りました、ノヴァさん」

「ああ、おかえりシア」

 ただいまと、おかえり。そんな風に言い合える些細なことが無性に嬉しい。自然と笑顔になっていると、シアの後ろから続けて現れたのは金髪を横に纏めた小さな少女、オーロラちゃんだ。手を繋がずにゲートから出てくるのを見て、二人でゲートを使う場合にシアと手を繋ぐ必要はやっぱりないんだなぁ、と改めて思う。

 ゲートを潜り終えたオーロラちゃんも俺の姿を見つけ、花のような笑顔を見せてくれた。

「ノヴァお兄様! 久しぶりね!」

「うん、久しぶりだね」

 手紙のやり取りはしていたけど、実際に会うのはシアと正式に籍を入れたことを報告したときだったかな。そんなオーロラちゃんは、ほんの少しだけ背が伸びたような気がしなくもない。

「今日は王都の研究所? に行くみたいだけど……」

「ええ、お兄様に見せたいものがあるのよ」

「え? そうなの?」

 まさかターニャの言うおとぎ話の剣の話が本当になるのか? と思って目を丸くしてしまう。言葉を続けたのは、ゲートを閉じて新たに開く準備をしているシアだった。

「あとはちょっと協力して頂ければ嬉しい事がありまして……よしっ……詳細はゲートの先にいる人が説明してくれるので、そこで」

「うん、何でも言ってよ」

 シアの力になれるならそれほど嬉しいことはないから、どんなことでも協力するつもりだった。そう言うとシアは微笑んで俺の右に立ち、手を絡ませてくる。細長くした優しそうな目に、少しだけドキリとした。

「あ、ねえノヴァお兄様、私も手を繋いでいい?」

「え? ああ、いいよ」

 左からオーロラちゃんに言われたのでそう返すと、小さな手の感触が左手に広がった。これが両手に花というやつなのだろうか。右側は妻で、左側は妻の妹なわけだけど。

「じゃあ、行きますね」

「うん」

 シアの言葉に頷いて、俺達は三人で揃ってゲートを潜った。視界いっぱいに金の光が広がり、もう一歩踏み出すだけで景色ががらりと変わる。下を見ていれば、足が着いたのが床だったので室内なのだろう。そう思うと同時に視線を感じた。

 顔を上げてみるとそこは小さな部屋で、目の前には椅子に座った一人の女性が目を見開いてこちらを見ていた。紫のふわふわした髪をポニーテールにした、どこかユティさんと同じような、しかし彼女よりは活発そうな女性。会うのは初めてなのに、どこか見覚えがある気がする。

 そんな彼女はじっと俺達を見ている。いや、正確には俺とシアが繋いだ手を凝視しているようだった。名残惜しくもシアとオーロラちゃんの手が俺から離れると、初対面の女性の視線は上へと昇って俺と目が合ったけど。

「ノヴァさん、紹介します。こちらはナターシャ・ワイルダー。この研究機関に所属する天才でして、アークゲート家に技術協力をしてくれています。ナターシャ、こちらが以前話した夫のノヴァさんです」

「あ……」

 ナターシャ・ワイルダー。その家名を聞いて、彼女が誰なのか分かった。どうして彼女に見覚えがあるのか。それは彼女の姉を知っているからだ。

 名前はセシリア・ワイルダー。俺の兄であるゼロード・フォルスの婚約者の女性だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

“用済み”捨てられ子持ち令嬢は、隣国でオルゴールカフェを始めました

古森きり
恋愛
産後の肥立が悪いのに、ワンオペ育児で過労死したら異世界に転生していた! トイニェスティン侯爵令嬢として生まれたアンジェリカは、十五歳で『神の子』と呼ばれる『天性スキル』を持つ特別な赤子を処女受胎する。 しかし、召喚されてきた勇者や聖女に息子の『天性スキル』を略奪され、「用済み」として国外追放されてしまう。 行き倒れも覚悟した時、アンジェリカを救ったのは母国と敵対関係の魔人族オーガの夫婦。 彼らの薦めでオルゴール職人で人間族のルイと仮初の夫婦として一緒に暮らすことになる。 不安なことがいっぱいあるけど、母として必ず我が子を、今度こそ立派に育てて見せます! ノベルアップ+とアルファポリス、小説家になろう、カクヨムに掲載しています。

【完結】復讐に燃える帝国の悪役令嬢とそれに育てられた3人の王子と姫におまけ姫たちの恋愛物語<キャラ文芸筆休め自分用>

書くこと大好きな水銀党員
恋愛
 ミェースチ(旧名メアリー)はヒロインのシャルティアを苛め抜き。婚約者から婚約破棄と国外追放を言い渡され親族からも拷問を受けて捨てられる。  しかし、国外追放された地で悪運を味方につけて復讐だけを胸に皇帝寵愛を手に復活を遂げ。シャルティアに復讐するため活躍をする。狂気とまで言われる性格のそんな悪役令嬢の母親に育てられた王子たちと姫の恋愛物語。  病的なマザコン長男の薔薇騎士二番隊長ウリエル。  兄大好きっ子のブラコン好色次男の魔法砲撃一番隊長ラファエル。  緑髪の美少女で弟に異常な愛情を注ぐ病的なブラコンの長女、帝国姫ガブリエル。  赤い髪、赤い目と誰よりも胸に熱い思いを持ち。ウリエル、ラファエル、ガブリエル兄姉の背中を見て兄達で学び途中の若き唯一まともな王子ミカエル。  そんな彼らの弟の恋に悩んだり。女装したりと苦労しながらも息子たちは【悪役令嬢】ミェースチをなだめながら頑張っていく(??)狂気な日常のお話。 ~~~~~コンセプト~~~~~ ①【絶対悪役令嬢】+【復讐】+【家族】 ②【ブラコン×3】+【マザコン×5】 ③【恋愛過多】【修羅場】【胸糞】【コメディ色強め】  よくある悪役令嬢が悪役令嬢していない作品が多い中であえて毒者のままで居てもらおうと言うコメディ作品です。 くずのままの人が居ます注意してください。  完結しました。好みが分かれる作品なので毒吐きも歓迎します。  この番組〈復讐に燃える帝国の悪役令嬢とそれに育てられた3人の王子と姫とおまけ姫たちの恋愛物語【完結】〉は、明るい皆の党。水銀党と転プレ大好き委員会。ご覧のスポンサーでお送りしました。  次回のこの時間は!! ズーン………  帝国に一人男が過去を思い出す。彼は何事も……うまくいっておらずただただ運の悪い前世を思い出した。 「俺は……この力で世界を救う!! 邪魔をするな!!」  そう、彼は転生者。たった一つの能力を授かった転生者である。そんな彼の前に一人の少女のような姿が立ちはだかる。 「……あなたの力……浄化します」 「な、何!!」 「変身!!」  これは女神に頼まれたたった一人の物語である。 【魔法令嬢メアリー☆ヴァルキュリア】○月○日、日曜日夜9:30からスタート!!    

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

処理中です...