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136.初めて貴方の言葉に耳を塞ぎたかった。◆

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◆◆◆
冷や汗が出て気持ち悪い。
指先が冷えて血の気が引く。

僅かに魔力が溜まったからか先程までの怠さが改善傾向にあるはずなのに、私の心は地に落ちた様に重い。

それなのに、ルーカスは私を背負いバッグまで持ちながら前に進もうとしてまた枝をバキッと折っていた。

震えてしまう手の振動がルーカスにも伝わったのだろう。またトーンの低い声で続いてルーカスが話し始めた。

「何年も前から計画はあったみたいだ…。
だが健康状態が良くない子達はすぐに死んでしまうと…初めは奴隷商人に取り入ってもらえなくて、金回りが良くなって孤児達の健康状態も改善された為に奴隷商人がこれならいいと交流を始めたみたいだ…。

養子へと行った子は全て奴隷へ連れて行かれてる…。
執務室の金庫に…全てリストがあった…。

肥えていく神父に、増えていく装飾品。
罪悪感に耐えきれなかった前補佐官。

全部訳がわかった時にはさすがに僕も堪えた…。」

「嫌…嫌…嫌、嘘、嘘でしょ…?
だってっ…。それじゃあ…私が…回復魔法や…解術をしたからっ…。」
「それは違う!!」

「っ…。」
「ロティはお金が貰えなくても…人々に回復魔法を掛けたり、解術をしただろうから…。

悪用したのは神父の方だ…。
ロティの魔法に高値をつけてそれを全部自分のものにしていたあいつが悪い…。」
「……っ、嘘じゃ…ない…んだ…。」

「…僕が何度トレイさんにまかせて透明化して探ったと思ってる?
昨日も…部屋を出てすぐに透明化して執務室に戻って…あいつとケードの話を盗み聞きした。

なんか言い出すのかと聞いていたら…今度はトレイさんの解術が終わったら僕をロティから遠ざけると言っていた…。
奴隷商人に売るか、殺すかはどちらでも良いと…。ロティが見てなければ大丈夫だと…ケードが言っていたんだ。

じゃあロティはどうなるんだと思ったら…ケードが自分の花嫁にすると言っていた…。
そのために教会の手伝いとか…神父の補佐とかをしていたんだから…と!

僕との思い出を記憶の魔女にお願いしてケードの思い出としてすり替えて貰うと…言っていたんだ。

それを聞いたら…もうあそこにはいられないと思った…。

勝手な…事してごめん…。
トレイさんには全部話してるんだ…。

そしたら逃げた方がいいって…。
自分は教会で僕達のために時間を稼ぐからって…。」
「っ……。」

泣いている暇などないのに。
どうして涙がでてくるのだろう。

何で涙を流してるのだろう。

私が自分の魔法なのに神父のいいように使わせてしまったから?
養子に行くと言った子が奴隷になっていたから?
前の補佐が逃げたから?
変わったと思ったケードが酷い企みをしていたから?
ルーカスが私に話さずトレイヴァンに話していたから?
そのトレイヴァンが身を挺して私達を逃す様にしているから?

わからない、どの理由で涙が流れているのか、自分でも。

泣く暇があれば頭を働かせたいのに愚鈍化して呆然としてしまいそうだ。

私がそんな状態でもルーカスは足を動かすのをやめず、森の中の少しだけ開けた場所で立ち止まったルーカスが太陽の方角を見たその時だった。


ヴーーーーーッッ!!ヴーーーーーッッ!!


後ろの方で劈く様なサイレンの音がする。
町があるほうから響いているみたいだ。
初めて聞く音にルーカスも戸惑ったのか、そのサイレンの方に体を向けて話す。

「…まさか俺達を探してる?」
「こんなに…早く?」

「急ごうっ!」

まだ1時間位しか経っていないだろう。
私達がいないのに気付くのが早いし、トレイヴァンの身が心配になってしまった。
がくんと動いたルーカス焦りながら森をまた小走りで走り出そうとしたその時。

私達は前から来る人の音に全く気付いて居なかった。
3人組の男がニヤリと笑いながら私達の目の前にいたのだ。


「おっと、見つけちまったぜ。ラッキーじゃねーか。俺達が一番乗りだ。こいつらで間違いないんだろ?」
「そうですね、そのようです。30分ほど前に告知が来ていた時には黄緑色の髪の男の子と金髪の女の子とありましたし。」
「ならちゃっちゃと捕まえよう。」

長剣、杖、短剣をそれぞれ手に持ち3人の男達は私達にジリジリと近づいてくる。
話の内容からかなり早い段階で逃げ出していたのがバレていたのかと泣きそうになった。

「ごめん、ロティ。一回降ろす。」
「ルーカスッ…。」

ルーカスがしゃがみ込み私とバッグを地面に下ろして私の前で構えをとっている。
もしかしなくともルーカスは戦う気なのだろう。

戦闘なんて前に攫われた時ですら布の被せられ、見た事がないため目の前で起きそうな事に私は体が勝手に震えてしまっている。


「一度でもロティに触れてみろ…、ぶちのめされても文句を言うなよ…。」
「おー怖いね、威勢がいい。
じゃあ俺から行くか。面倒だが生捕りらしい。ま、息をしてりゃーいいだろうし…。
なあ!!」

噛み付く様な声を出しながら長剣を持った男はルーカス目掛け真っ直ぐに剣を突いてきた。それをルーカスは横に避け交わすと一瞬にして男との距離を詰め、左手で男の右の頬に拳が思い切り当たる。

「グッッ!」

殴られた男は後ろにぐらついて倒れそうだ。しかし、今度は短剣を持った男が高く飛び、その勢いのままルーカスに降り掛かろうとしていた。

「くらえ…!」
「ルーカス!避けて!」

ルーカスが刺されると心臓がヒヤリと冷えた。
だが高く飛び襲い掛かる男すらルーカスにはきちんと見ていたのだろう。足を曲げ地面を蹴ると空中にいる男よりもさらに高く飛び、その男目掛け踵を振り下ろした。

「ッガハ!」

ドサリと地面に叩きつけられた男がルーカスに蹴られた部分を痛そうに押さえ蹲っている。地面にも当たったせいかどこもかしこも痛いのだろう。

「《火弾》!」

着地したルーカスに向け杖を持った男が火の玉を飛ばしてきていた。
タイミングを見計らっていたのだろう、着地と同時にルーカスに当たる様に向けられたそれを避けれなそうだ。

ボォンッ!

一瞬にしてルーカスの上半身に当たり火がルーカスを包む。燃えたぎる火の中で短く唸るルーカスの声に血の気が引きそうになった。

(このままじゃまずい!!)
「《高回復ハイヒール》!!」

ルーカスに向け回復魔法を放ったが多少距離はあって、魔法が効くかはわからなかった。だが私から出た緑の光がルーカスに飛んでいったところを見ると効いているということだろう。

緑の光が火の中に飛び込んでいって瞬時に光と、ルーカスは火を消すためにか地面にごろごろと転がり私の前まで来た。

漸く見えた顔は多少赤くなっている部分もあるし、髪は多少焼けてしまっているが、顔に関しては魔法で直せるだろうと私はまたルーカスに回復魔法を掛けた。

「《回復ヒール》!」

痛そうな赤い跡が消えていく。
ルーカスが私をチラッと見ると優しい眼差しを向けてくれた。

「ッチ!!めんどくせーな!」
「うっぐぁ…。」

「早く起きろ!いつまで蹲ってんだ!
それにお前!こんな森で火弾はあぶねーじゃねーか!下手したら俺達まで焼けちまう!」
「ちょこまかとうざったらしいからだ!
文句があるならサッサと決めれば良かっただろう!」

長剣の男が苛立ちながら口から出ていた血を腕でグッと拭う。自分では血が出ていた事に気付かなかったのだろう。
拭った血を見ると顔を歪めルーカスと私を思い切り睨みつけてきた。

いつもみたいに回復魔法が使えるなら、きっとこの戦闘は勝てるだろう。
けれど、私が今2回魔法を使っただけなのにまた体に力が入りにくくなっている。

ルーカスも教会から身体強化魔法を使っていたからか、今になって息が軽く乱れ顔色が幾分悪く見えた。

(このままじゃ…。)

捕まってしまうだろう。
捕まったら教会に戻され、ルーカスとは離れ離れになり私は記憶を変えられてしまう。
ルーカスに至っては奴隷か死だと話していたのを思い出し、息が苦しくなってしまう。


ザザ、ガサガサッ。ガサッ。

森の少し奥で人影が見えた。
その人影がこちらに気付くと一目散に枝や葉を掻き分け走ってきているのが見える。

あちらの援軍だろうか。私達を捕まえるために神父とケードが賞金でも掛けて冒険者を動かしているのだろうか。

(…嫌だ。)

そう思ってもこの事態を変える力がない。
涙が溜まる目には顔を顰めた長剣の男が森の奥の人影を見ながら口を開く姿が見える。

「チッ…他の冒険者も来たか…山分けは嫌だったんだが仕方ないか。
おおぉーーい!早くしろ!!」
「どの道逃せば賞金も無くなりますしね。
確実に捕まえた方がいい。」


バキッ、カザッ!!

森の中を掻き分け転びそうになりながらまた3人の男達が私達の目の前に現れた。
息を荒げ目を大きく見開いて僅かに嬉しそうな表情を浮かべたその人達は、私とルーカスを見てきた。

「ここに居たのか!!」
「貴方…達は…。」

顔をよく見てハッとしてしまう。
前に河原で回復魔法を掛けて助けた冒険者達だ。確か、サヌーのパーティだったはず。

この人達も私達を追ってきたのかと絶望感に溢れそうになった。

「手を貸してくれ。さっきからちょこまかと動かれて捕まえられねーんだ。」
「……ああ。勿論…手を貸すさ。」

攻撃をしてきた冒険者達はサヌー達の前でにやりと笑っている。
完全に勝機を得たのだ。大人6人と子供2人じゃ戦力が違い過ぎる。

冒険者と私達に挟まれたサヌー達は私達に1度笑顔を見せると、その顔を私達から冒険者側へと向け、攻撃をしてきた冒険者達へと剣や杖を向けて戦闘姿勢を取っていた。

「っ!?」
「何の真似だっ!?」

「この子達に手を貸すんだ。俺達は一度命を助けてもらっているからな!
早く行け!!ロティ!!」
「っ、すまない…恩に着る…。ロティまた背中に乗って…。」
「サヌーさんっ…ごめんなさい…。ありがとう…!」

「やっと返せるんだ。頼ってくれ。」

後ろ姿しか見えないサヌー達だが、3人とも手を上げひらひらと動かしてくれている。

ルーカスの背中にまた乗ると、今度は少し私を持ちにくそうにルーカスは立ち上がった。
ルーカスの体も限界が近いのだろうか、息を乱しながらもサヌー達にぺこりと頭を下げると、すぐさままた森の中へと走っていく。

どん底からの這い上がった状況にルーカスは森の奥へと足を動かしてその場から遠かったのだった。
◆◆◆
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