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129.愛の言葉は照れくさい?◆
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「トレイさん、エオラさんの髪色はどんな色だったの?」
「亜麻色でしたよ、長いストレートの。
天使かと思うほど美しかったのです…。」
「天使はロティだ。」
「ル、ルーカス!変なこと言わないで!」
「おや、変じゃありませんよ。ロティさん。
愛する者へ愛の言葉を送るのは普通の事です。」
「っ…そ、そうだ。」
「ルーカス…変に照れないで…。恥ずかしくなるから…。」
「お2人はまだまだですね。可愛らしいカップルです。」
トレイヴァンの解術を始めてから今日で1週間が経つ。
最初は硬かったトレイヴァンだったが、解術ついでにエオラの話をしてもらうと別人かと思うほどに雰囲気が穏やかになり、嬉しそうに話してくれた。
トレイヴァンは長いからと愛称で呼んでいいと言ってくれたため、トレイさんと呼ぶ様になり親しみが日に日に増していっている。
いつもなら治療室には私、ルーカス、神父、治療者の4人がいるはずなのだが、トレイヴァンがエオラの事を惚気る様に話す姿に神父はげんなりとして始まりと終わりには居るものの、2日目から治療室に入らなくなった。
エオラの話を聞いている内に段々と打ち解けて聞いたり聞かれたりする内に私とルーカスの関係もあっさりバレてしまって、トレイヴァンとルーカスが時々共謀し惚気を加速させてしまっている。
けれど、そうして惚気話をしているからか、地道ではあるが解術作業は進んでいた。
「トレイさんって本当にエオラさんの事が好きなんだね。エオラさんの話になると術式が緩む感じがあるから多少進みが良くなるもん。」
「エオラと居たい一心で編み出したものですから…。きっとエオラに反応しているのでしょうね。」
優しく微笑むトレイヴァンの表情にはやはりどこかに寂しさや悲しみが見える。
話を聞いてもまだまだトレイヴァンはエオラを愛している様だ。
そんな様子を見たルーカスが真剣な顔でトレイヴァンを見つめ口を開いた。
「想う気持ちは…変わらないんですか…?」
「…変わりませんね。
私はしつこいのかもしれません。色々な方法を試そうとしましたから…エオラが亡くなった後も死者を蘇らせる魔法も調べましたし。
それに転生して戻ってくる時に備えて魔導具も用意したりしました。
と…いっても転生したら普通なら以前の記憶もなく、姿も変わるそうなので…。
私の最愛のエオラにはもう2度と会えないのだと気付くまで時間がかかりましたよ…。」
「そ、そうなの…?転生したら忘れちゃうの…?」
「普通は…、ですよ。殆どの人間は覚えていないみたいですがね。
私が解術者を探して歩く中、4人魔女にも会いまして、魔女がそういう話を教えてくれたのです。他にも色々と面白い話も聞かせて貰いました。」
意味深に話すトレイヴァンにルーカスはそわそわと体をもぞつかせてじっと見入っているし、私も初めて聞く魔女と言う存在に興味を惹かれ気になってしまう。
2人の期待の眼差しを浴びたトレイヴァンはふと笑うと穏やかに続きを話してくれた。
「ふふ、聞きたそうですね。では…。
魔女は希少で世界でも数人しかいないそうで…。私が会ったのは破壊の魔女、眠りの魔女、記憶の魔女、魅了の魔女ですね。
希少な存在なのに記憶と魅力の魔女は割と近いところに居て驚きましたよ。
まあ…もう300年も前の話ですから大分古い情報です。
破壊の魔女は名前に似合わずひっそりと暮らしてましたし。
眠りの魔女は本当に眠っていたので会った内に入るかわかりませんがね。
面白い話を教えてくれたのは破壊の魔女でして。魔女はなんでも人間族なのに長命で、しかも自身で生まれ変わりが出来るそうですよ。そうすると記憶まで保ったまま幼い頃の自分に戻るそうです。
人間皆そうならいいのにと羨ましくなりました。
破壊の魔女にも私のこの呪いを壊してもらおうと思いましたが、これは無理だった様で…。苛立った破壊の魔女に3回ほど殺されました…。
不老不死は死ぬと無理矢理体を再生させるので激痛じゃ済まされない程の痛みを伴いながら復活するのですが…いやはや…あれには参りました。」
体を摩りながら困った様に話すトレイヴァンに私は顔を顰めてしまった。
人族なのに長命でしかも生まれ変わる事が出来るなんて狡すぎる。トレイヴァンが望むものを限定的に持つ人間がいることに不平等を感じてしまった。
不平等は好きではないが、好き嫌いの話ではないのはよく分かってる。
けれど心のモヤつきが顔にまで思い切り出てしまうのが自分でも止められない。
「なんか…魔女さんはずるいね。」
「ふふ…まだ貴方達には言えませんが、魔女も縛りがあるようですよ。
それに葛藤しながら生きているみたいで、魔女の中には魔女だと隠して生きる者もいると話していました。」
「…トレイさん。記憶の魔女のことについて少し知りたいんですけど…。
その…記憶の魔女はどこにいますか?
記憶の魔女というくらいなら記憶に関する魔法が使える魔女?」
「私の情報は300年前なので不確かですが…それでよければ。記憶の魔女は大陸の中央に居ましたよ。ここからだとかなり遠いですね。勿論魔法は記憶に関することでした。
私もエオラの忘れかけていた思い出を思い出させて貰いました。少々高くつきましたがね。」
「お金…かかるのか。貯めておかないとな…。」
それを聞くとルーカスは眉間に皺を寄せて顎に手を当て考えるように話していた。
ルーカスは何か思い出したい記憶でもあるのだろうか。
母親の事をあまり話したりしないが、ルーカスだって思い出したい母親記憶があるのだろう。もしかしたら父親の記憶とかかもしれない。嫌がられなければ今度聞いてみようか。
解術しながらそんなことを考えていると、トレイヴァンは肩をすくめてルーカスに話した。
「気分次第みたいですけどね。
私の場合は自分がお金みたいなものですから。」
「どういうこと?」
「まだ言っていませんでしたか。なら…少し待って下さい。」
少し俯いたトレイヴァンは先程の穏やかな空気を一変させ、表情には悲しみの色を広げさせていた。
今にも泣きそうな顔だと思ったら、案の定目からぽろぽろと涙が溢れている。
「エオラの最後を思えばすぐに出てしまいますね…、でもこれでいい。」
そう話したトレイヴァンの体が薄らと水色の魔法の光に包まれると、溢れ出ていた涙が次々と煌めく石のようになり、涙の代わりに落ちてゆくのだ。
「わっ!?涙が綺麗な石になった!」
「私の家系の魔力が高いものだけ涙が宝石に変わるのです。私はこれを売って生計を立てられるのでお金についてはあまり困ったことはありませんでした。ついでにこれも差し上げます。
ここに来て沢山エオラの話をさせてくれるお礼に。」
トレイヴァンは涙の石を集めると私とルーカスに半分づつに分けて差し出してきた。
小さな宝石の様な石は透明にキラキラ光っていてとても綺麗だ。
これを売って生計を立てていると言ってはいたが、この石の価値が全くわからない。
折角の好意を無駄にしたくもないし、価値がわからなくとも見ているだけで綺麗な石だ。
私は素直に手を伸ばしそれを受け取ると、ルーカスもまた同じようにトレイヴァンから石を受け取った。
「あ、ありがとう。」
「ありがとう。」
手のひらに3個ほど転がる煌めく石をじっくりと見る。ここにくる治療者達の中には宝石や装飾品を沢山付けた人もいたが、今まで見た中で1番綺麗で美しいかもしれない。
涙だったのに不恰好な形の石ではなく雫の様な形で石が中から光を出している様に見える。
綺麗すぎる石に見惚れていると解術のためにトレイヴァンの胸に当てていた右手がふと離されてしまった。
石に集中しすぎてしまい解術を放置してしまった事に怒ってしまったのかと焦ってトレイヴァンの顔を見たが、トレイヴァンは私に微笑みながら話す。
「さて…今日はこれくらいにしませんか?
あまり煮詰めても早々に解けるものでもないでしょうし。いつも夕方まで解術をしてくれていますし、たまにはデートでもしたほうがいいですよ。」
「デ!?」
「っ!ありがとう、トレイさん。行こうロティ。」
そう言ったルーカスはチャンスと言わんばかりに私の手を取り治療室から急いで出ようと引っ張ってきた。
私は慌ててもらった石を落とさない様に握りしめてトレイヴァンに言う。
「トレイさん!ま、また明日!」
「はい、また明日よろしくお願い致しますね。」
柔かに笑顔を見せて手を振って私達を見送るトレイヴァン。
有難い気遣いにより今日の治療は唐突に中止になり、神父への報告も未だかつてないほど特急で報告する羽目になったが、ルーカスと私の急ぎ様に圧倒された神父が何も言ってこなかっただけなのは幸運だったと言えよう。
手を繋いでいた事もバレずに済み、そのまま孤児院へと私達は足を早めた。
◇◆◇
孤児院はまだ11時過ぎということもあり、がらんとしていたため私達は手を繋いだまま廊下を歩いて自室へと向かっている。
折角貰ったこの綺麗な石は無くす前にしまっておくべきだろう。
秘密のお菓子と共に隠そうとニヤついてしまっていると、目の前に人影が見え慌てて表情を戻した。
よく見るといつもなら絶対いないであろうケードが自分の部屋の前で片付けでもしているのか物を出していた。
ケードの部屋には入った事はないが何やら物が多いのか部屋の外にまで溢れ出ている。
「ケード。珍しいね、こんな時間にいるの。」
「やぁ、ロティ…。とルーカス。
俺は少し片付けをしていただけだよ。
それより…手なんか繋いで…勘違いをされるから離した方がいいと思うよ?」
話しかけたケードの眼差しが私とルーカスの繋いだ手を睨む様に見てきて思わず私は背筋がぞくりと震えてしまった。
前のケードならこんな表情見たことがない。
優しい口調で微笑んでいるように見えるのに目が全然笑ってない。
私はパッとルーカスの手を離し、なんとか話題を変えなければと聞こうと思っていたことを尋ねる事にした。
「そ、そうだね。それよりケード。
ケードはいつ孤児院を出るの?いなくなる日教えて欲しいな。」
「ああ…いなくなるけど、いなくならないよ。」
「え!?どう言うこと!?」
「このまま教会の仕事も一部手伝うから、教会から出ては行かないんだ。
隣の教会の人専用の部屋をもらう予定ではあるから孤児院を出て行く事には変わらないけど。補佐官がいなくなるからその後任に着く予定だよ。」
そのために部屋の片付けをしているのかと納得してしまった。
補佐が居なくなるのは知っていたが、まさかケードがその後任に着くとは思わなかった。
【私の後任には貴女方もよく知っている人がつきますから。最も…ロティは充分気をつけた方がいい…。】
と言っていたのはケードのことだったらしい。しかし気をつけた方がいい、の意味はあまりわからない。
ケードだし安全だとは思うが、一応忘れないように胸に留めておかねば。
「へぇ…そうなんだ。それは驚いた…。
じゃ、お別れの手紙はいらないかな。」
「ロティがくれるならなんでも貰うよ?」
「お菓子だけあげればいい。食べなきゃ腐るし。」
「強いて言うなら手紙の方が嬉しいけどね。そのほうがいつまでも残していられるし。」
にこりと笑みを見せたケードにまたしても背筋がぞくっと震えてしまった。
前のケードなら嫌だとか文句の1つも言えたのに、今のケードにはかなり言いにくい。
無理に触れてこないし、気遣いを見せるケードは大人になった感じがするのにどことなく怖くて距離を置きたくなる。
ちらりと廊下を見て通れるスペースがあるのを確認すると私は急ぐ様にケードの横のスペースを移動しながら伝えた。
「か、考えておくね。ルーカス、行こうっ。」
「うん。」
「遊ぶなら気をつけるんだよ。」
「う、うん。」
ケードの横を足速に私達は通り抜けて自室へと向う事に成功した様だ。
引き続き片付けをするケードに僅かにホッとしてしまった。
自室に着きルーカスの顔を見ると手を離したことに少し不満げな様子だったが、致し方ないだろう。ここで下手にバレない方がいい事はルーカスも承知の上のはずだ。
私はそれよりもケードへの嫌な予感が募る事が自分の事なのに不思議でたまらなく不安に思ってしまった。
(このまま…ここを出るまで…何もありませんように。)
そう思いながら私は貰った石を秘密のお菓子と前に貰った金貨と共に仕舞い込んだのだった。
◆◆◆
❇︎解術は呪いに触れて行うため、トレイヴァンの解除中はロティはずっとトレイヴァンの胸に触れていなくてはならない。
始めはその姿が面白くなかったルーカスだったが、あまりにもトレイヴァンがエオラの惚気をぶちまけるため時間が経つにつれて慣れてしまいすっかり安心しきっている。
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