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128.貴方がいないなら。◆

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◆◆◆
攫われかけた次の日、何事も無かったかのようにその日は始まった。

普段と違ったのは祈りの後の治療室で治療者を待っていた時の事。
いつもなら回復魔法を掛ける人が何人かいるはずなのに、今日はたった1人見た事がないやつれた男の人がのそりと治療室へと入ってきた。神父曰くこの人が昨日言っていた仕事の依頼主だそうだ。

目の下には大きなクマがあり、目に光がなく、どこか虚な暗い表情を隠そうともしないで私の目の前の椅子にゆっくりと座るとじっと私を見つめてきた。

「…貴女が解術者ですか。」

白髪の長髪の男性は虚な表情を私に向けぼそりとつぶやく様に話す。
「はい、神父様」以外は言葉にしない様にと私もルーカスも釘を刺されているため、気不味い顔で神父を見ると早く答えろと言わんばかりにぎろりと私を睨んでいる。

「ひっ、へぃっ!そうです!」
「…。」

「あ、あの?」
「…すみません、こんな幼い子だとは…思ってなくて…。」
「この子が今まで解けなかった呪いはありません。幼子ですが、解術は本物です。」

神父が余裕のある表情でゆったりと男の人に伝えると、男の人は眉間に皺を寄せて頭に手を当てながら項垂れてしまった。

「…だが、これは無理かもしれません…。」

そう呟くと男の人は自分の来ていたシャツのボタンをぷちぷちと外し、私とルーカスと神父に向けてそれを見せてきた。

心臓のある場所に、心臓を掴んでいる様にも見える呪いの跡がくっきりと男の人に刻まれていたのだ。

私が恥ずかしげもなくまじまじと見ると男の人は短い溜息をついた。

「不老不死の呪いです…。私が私に掛けました。」
「不老不死っ!?」

「ええ。」
「どうして…そんな呪いを…。」

今までに見た事がない。
と言うよりも自分で自分に呪いを掛けた人も初めて見るレベルの話だ。

厄介な呪いの中には体が徐々に呪いに蝕まれて動けなくなるものや、そのうち死に至るものがあったが、死に関連する呪いは解読が難しく時間を要してしまうことが多かった。

不老不死なら言葉通り、老けないし、死なないと言うことか。もしかしなくとも1番難易度が高いかもしれない。

お爺さんに見えるこの人は何年間生きている人間なのかまるでわからない。ただ表情は酷く暗く、絶望が刻まれている様な気がした。

不老不死なんて厄介な呪いを理由も知らずに解くとは無理難題だ。
自分に掛けた呪いなら経緯や意味はわかるだろうと私はじっと男の人を見た。


「あまり…理由は口外したくない。
解術者だけに話します…。」
「防犯上2人きりには…。」

神父が口を挟むと男の人は苦い顔をしながら首を横に振った。

「なら話せません。
私は手荒な事はもう絶対しないと神に誓っているのです。
虫すら殺さずに生きてきた…。」

消える様なその姿と声が嘘をついているとは思えず、私は神父とルーカスを交互に見つめて話す。

「…大丈夫。この人の話を聞きたいの。
ルーカス…悪いけど部屋の前にいてくれる?」
「…わかった。」
「この子が言うなら仕方がありませんが…。ルーカス…、きちんと体制は取っておくように…。」

「…はい。
じゃあ…ロティ…僕は外にいるから…。何かあったら大きい声を出してね。」

ルーカスも神父も渋々ながらに理解してくれ、私の言う通りにしてくれた。
神父に至っては私に文句のいくつか飛ばしたかったところだったのだろうが、目の前に男の人がいるため猫を被って言わなかったのだろう。

2人とも部屋から出ると男の人は私に頭を下げた。

「…信じてくれて…ありがとう。」
「どういたしまして。話を聞いてもいい?」

「まず私の名前から…。
トレイヴァン・レンツ=ブイトーニと申します。

私が自分に不老不死の呪いを掛けたのは1000年以上前のことになります…。

今こんな成りですが、一時期は一国の王でありました。
私が不老不死の呪いを自身に掛けようと思った始まりは…ある時1人の妖精と出会い私は彼女を一目見て恋に落ちたところからです…。

綺麗で…美しくて…彼女を自分の妻に迎えたいと思い必死に口説きました。
名前はエオラと言うのですが…、幸いにもエオラも私を愛してくれて…妻になってくれたのです。
ですが私は人間。エオラは妖精。

人間と妖精じゃ生きる時の長さが違いすぎます。人間は長生きをしても100年と少しですが…妖精では千年以上生きる者もいるそうで…。
歳を取って老ける人間と歳を取っても暫くは若いままの姿を保つ妖精とでは残酷なくらい時を感じてしまったのです。

お互いを愛し合っていて離れがたかった…。同じ時を生きたくて…。日々過ぎていく時間が愛おしくて悲しかった…。

ですが…私は思ってしまったのです…。
なら…私の寿命を伸ばして、妖精と同じような時を生きればいいのだと。


一国の王とは……便利なもので。
ありとあらゆる禁術や呪術を思うままに研究や実験することが出来ました…。
身分の低い者や罪人の命すら私の思うまま…。
私は罪悪感など無くその者達の命を実験に惜しみなく使いました…。

何年、何十年かけて、各地から呪術者を集め、沢山の犠牲と失敗を積み重ねて……漸く不老不死の呪いの術式を編み出し自分に呪いを掛けたのです…。

試しに腕を切り落としたり、心臓をナイフで刺したりしましたが、呪いは成功していて死ぬこともなく…私は永遠の命を手に入れたのです。

自分の国で…愛する妻と共に末長く暮らせる、そう思っていました。
ですが……妻は殺されたのです。
私が実験に使った人間の仲間や家族に…。

美しいエオラの最後は直視できないほど残忍なものでした…。

何百人もの命を繋ぎ作った術式をもう一つと編み出すことも出来ず…私はエオラを救えなかった。
エオラが死んで以降、私は砂を噛む思いでした……。

自分のせいで愛する妻を失う事になったことへの絶望。
愛する者へ会えない悲しみ…。
他の者を妻に迎えろと臣下に言われましたが、受け入れられなかった。どうしても…。
エオラじゃないと…私は愛せなかった…。

エオラがいないならこの命もいらないと手放そうとしましたが…呪いはかけられても解くことができませんでした。

王を辞め、幾つも国を訪ね、時には殺されながら嫌でも蘇るこの体と共に呪いの解術者を探しました。
何年も、何十年も、何百年も。
ひたすら…探しました。探し始めから…1000年以上経っていて…もうはっきりとした数字すら覚えていません…。

だが誰1人とこの呪いの解術をする事ができませんでした。

生きる屍のまま、私は世界を彷徨い続けていたのです…。

そんな時、聖女の噂を聞いたのです。
もしかしたらと思い訪ねてきましたが…。

まさかこんな小さな女の子とは思っていなかったのです…。

こんな……傲慢で…不快な…話を…。
聞いてくれてありがとうございました…。」

ぺこっと頭を軽く下げ、全て話し終えた様子のトレイヴァンは苦しそうな顔をしたまま目を閉じている。

トレイヴァンはエオラの話をしている時にとても幸せそうな顔をしていて、エオラが死んでしまった時には胸を押さえ言葉を必死に絞り出す様に話していた。
自分の過ちに気づいた時には絶望の色を見せて私から見ても後悔が目に見えてしまう。

上手いことは言ってあげれそうにない。

トレイヴァンが犯した罪と悲しみは一言二言で済ませられるものでもなさそうだ。

私はトレイヴァンの胸の呪いを見つめながらおずおずと口を開いた。

「呪いに…触ってもいい…?」
「解術の手順ですからね…。どうぞ。」

何人者解術者を訪ねたと言っていただけはある。
すんなり了解し、触れやすい様服を少し退けてくれたため、私は呪いの跡に手を伸ばした。
呪いの跡に私の手が触れると呪いの術式が頭に流れ込んでくる。

「術式が…かなり複雑というより…ぐちゃぐちゃになった鉄糸みたいに固くなってる…。
解くのが…大変そう…。」
「やはり貴女も無理ですか…。大体の解読者は術式を見た時点で諦めていましたが…。
こんな術式は絶対に解けないと…。」

「少し試してみてもいい…?」
「ええ…少しでも、多くでも…。時間なら腐るほどありますから。」

トレイヴァンは死ねないのだ。
それは腐るほどに時間を持て余しているのだろう。

自分で呪いをかけたとは言え、こうなることは想定していなかったのか。
きっと愛している者と過ごす時間しか見えていなったのかもしれない。だから他人の命も犠牲に出来たのではないだろうか。

この術式には沢山の命が絡み合って形を成しているらしく、術式の糸口を見つけるのも一苦労だ。目を閉じて集中し糸口を探す様に術式を辿っていく。

呪いの術式はぐちゃぐちゃにされて丸めてしまった毛糸の様。最も毛糸なら柔らかくてまだ取りやすいのにこの糸は鉄で出来ているみたいに硬く下手に触ればまた変に折り曲がってしまいそうで怖い。

慎重に、慎重に。
糸口がないか必死にトレイヴァンの中を探っていく。



「…貴女の魔法は綺麗ですね。」
「え…?」

集中し過ぎていて何分経ったかわからないが、ふとトレイヴァンに話し掛けられた。
顔を見ると虚な表情はなく、懐かしむ様な優しい表情をして私を見ている。

気付かなかったが私から緑の魔法の光が漏れていたようで、その光をトレイヴァンは手で優しく包み込んだ。

「私の妻に似てる優しい魔法です。
心地が良い。穏やかな気持ちは何年、何百年振りでしょうか…。」
「あの…一つ聞きたい事があって…。
妖精さんは皆長生きなの…?」

「少なくとも200年は当たり前に生きるみたいですよ…。
エオラも…私に会った時には224歳でした。ですが、見た目は少し大人びた少女のようで…。とても可憐で美しかった…
どうしても欲しいと思い…猛アタックしました。」

エオラの話をすると術式が蠢く感じがして、もしかしたらと思いそのまま私はトレイヴァンに尋ねた。

「見た目が好きだったの…?」
「見た目も…中身…どちらもですね。
初めは見た目に惚れてしまったのは事実ですがね…。

優しくて温かなエラは誰にでも平等に接する事のできる少し風変わりな妖精でした。
いつまでも…一緒居たかった…。
だがそれを望んではいけなかったんです…。」

「…後悔…してるんだね。」
「していますよ…。エオラがいないこんな世界なんて…居ても意味がない…。寂しくて…寂しくて…たまらないんです…。」

今にも泣きそうな顔をしたトレイヴァンだったが、私はそれどころじゃなかった。

エオラの話をしていると術式が僅かに緩みを見せた為トレイヴァンの中にある探し物の端を見つけられたのだ。

「っった。」
「え?」
「術式の糸口があった…!トレイヴァンさん、多分…いや…絶対…すんごく時間はかかっちゃうけど…それでもいいならこの呪い解けると思う…!」

「本…当……です…か。」
「うん。ただ…本当に時間はかかると思うの…。それこそ…数年単位かも…。」

私がトレイヴァンの胸から手を離し、伏せながら言うとトレイヴァンは椅子から床に勢いよく降りて土下座をして私に頭を下げた。


「それでもいいですっ!お願いです!私に死をくれっ…!エオラの元に…還りたいんだ…。」

「あのっ、じゃあ…神父様を1度呼んでもいい…?私1人じゃ…決められなくて…。」
「ええ、すみません…。取り乱しました…。
呼んで構いませんよ。ただ今さっき私が話した事は出来るだけ内密に…。それとあの少年も…こちらに来て構わないですよ。」

頭を上げ正座をしたトレイヴァンは安心したような、嬉しそうな顔をしていた。

きっと初めてなのかもしれない。
解術が出来るかもとトレイヴァンにとって希望の言葉を貰えたのは。

目の下のクマやコケた頬がトレイヴァンの人相をよくなく見せているが、嬉しそうな顔やエオラを話す姿は悪い人には見えず助けてあげたいとさえ思ってしまう。


愛している人の死に直面してどれだけの悲しみや絶望を抱いたのだろう。
死にたくても死ねないのはどんな気持ちなのだろう。

頭の中で沢山の疑問が溢れて仕方がない。
だが今考え込む時間はなさそうだ、早く神父に事情を説明しよう。


◇◆◇


「少し試してみてわかったんだけど…。
解けるとは思うけど数年かかりそう…な気がする…。」

私が神父とルーカスを部屋に入れた後、おずおずと神父にトレイヴァンの解術について話をした。

解くのが難しい術式は今までにいくつかあり、解術に何日も時間を掛けたケースは1.2つではない。

しかし今回は数年かかるかもしれないと言う事できちんと神父に報告しておかないと後々面倒になるのはごめんだ。

神父は私をじっとみた後トレイヴァンに向き直り柔かに表情を変え手で扉を指して話す。

「…トレイヴァン・レンツ=ブイトーニ殿。隣の部屋で少し話しをしましょう。
貴方の安寧の為に…。」
「………わかりました。」

そう言うと神父とトレイヴァンは治療室から出て行ってしまった。何を話すのかはわからないが、神父は治療には前向きそうな感じに思える。

扉が閉まるとルーカスは私の背中に手を当てて心配そうに覗き込んできた。


「ロティ…大丈夫だった?」
「うん、平気…。お話してもらっただけだし…。」

「平気なのに……なんでそんなに悲しそうなの…?」

ルーカスに言われて心臓がドキッと跳ねてしまう。
先程のトレイヴァンの話が自分の中でかなり残ってしまっているのに今言われて気付いてしまった。

トレイヴァンの話を自分やルーカスに置き換えたらと考えると怖くて怖くてたまらなくて。
ルーカスと恋人になれたのに何かの理由で死んでしまったら…?2度と会えなくなってしまったら…?と考えると立ちすくんでしまいそうになる。

ルーカスが眉を下げて私を見つめている中、私は不安な心のまま顔を伏せてルーカスに尋ねた。


「ル…ルーカスは……。私が…死んじゃったり……殺されちゃったら…どうする…?」
「…ロティが……?
…死………?」

聞いてよかったのかわからない。
ただ私の不安が漏れてルーカスまでも不安にさせる様なことを言ってしまった気がする。

ルーカスからどんな答えが出てくるのかも、ルーカスがそれを聞いてどう思うのかも考えもしないまま聞いてしまった。

少しの沈黙。
かえって耳が痛くなり、心臓が締め付けられるようだ。

何も話さないルーカスに私はゆっくりとまた口を開いて顔を見ようと伏せていた顔をのそりと動かした。

「うん…。そう……わ!?ルーカス!?」
「え、あ…。あれ…?」

ルーカスの目からはポロポロと静かに涙が溢れていた。ルーカス自身気付いていなかったのだろう、本人も驚いて手で涙を焦って拭っている。

「ご、ごめんね!急に変な事言ってっ…。」
「いや…泣くつもりはなかったのに……。
おかしいな……。

でも…ロティが…居なくなったら、僕はきっと…耐えられない…。」
「ごめんなさいっ…。居なくならないから…泣かないで…。」

呼吸を荒げず、ルーカスは涙がただで出てきて止まらないと言った様子だ。
ルーカスの綺麗な涙を私も自分の手で拭うとルーカスは少し照れた様に顔を赤くさせている。

「泣いてるとは…思ってなくて…。かっこ悪…ごめん…。」
「私だって…ルーカスと同じ気持ちだと思う…。私も…ルーカスが居なくなったら…生きていられない…。」


どうしてなんだろう。
いつかは絶対死を迎えるんだ。
なのにまだ覚悟がないからなのか、まだルーカスとの時間が足りないからなのか、離れたくない。

きっと無理には離されてしまったら私はまともに機能しなくなってしまう気がする。

ルーカスと共に生きて、老いて。
同じ時間を過ごしたい。
そうしてゆっくりと自然に離れるまで、私はルーカスと一緒に生きたい。

ルーカスは私の背中に回した手をグッと引き寄せて優しく私を抱きしめてくれた。
泣いたせいか少しだけ熱いルーカスが私の耳元で泣き声で話す。

「お爺ちゃんとお婆さんになるまで…一緒に居てくれる…?」
「うん…。ルーカスと一緒にそうなりたいな…。」

死が2人を別つまで。
出来れば沢山の時間を私達に与えてくれるようにと、私はルーカスを抱きしめながら神様に静かに祈りを捧げた。
◆◆◆
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