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目の前に座ったままの諏訪さんは、何を言うでもなく、ただただ俺が答えを出すのを待っていてくれた。
考えを巡らせるために落としていた視線を諏訪さんに移すと、さっきと同じように、すぐに目を合わせてくれる。
その視線の穏やかさに導かれるように、俺はゆっくりと言葉を口にする。
「答え、出ましたよ。諏訪さん」
「うん」
俺の言葉に、諏訪さんが短く応じる。
少し緊張しているように見えるのは、俺自身が緊張しているからだろうか。
彼がそうしてくれたように、頬に向かって手を伸ばし、指先でそっと触れる。
諏訪さんは俺にされるがままで、表情にも変化はない。
「俺、諏訪さんが好きです」
(……言った。言えた!)
もう後には引けないという不安と、伝えられたという達成感とがごちゃ混ぜになる。
きっと、すぐに何か言ってくれるだろうと思っていた。
けれど。
……。
……。
予想と違って、諏訪さんは、何も言わない。
反応がないことに耐えきれなくて口を開きかけた瞬間、
「……え?」
固まっていた諏訪さんが、小さく声を漏らした。信じられないものを聞いたとでもいうかのように。
それを聞いて、俺はもう一度告げる。
お人好しで、優しくて、不器用な諏訪さんに、ちゃんと届けと願いながら。
「好きです。だから、諏訪さんの側にいたいです」
……またしても、反応はない。
どうしたものかと思いながら諏訪さんを見つめていると、無言のままの彼の顔がゆっくりと赤くなっていく。
「あ、ええと……ごめん。そんな風に言ってもらえるだなんて思っていなくて……」
諏訪さんは、蚊の鳴くような声で言うと、顔を伏せてしまった。
「諏訪さん」
呼びかけて、触れたままだった手で、そっと顔を上げるよう促した。
彼はわずかに抵抗を示したけれど、
「諏訪さん」
もう一度呼ぶと、観念したように顔を上げる。
その顔は真っ赤に染まっていて、見たこともないような表情をしていた。思いがけないプレゼントを貰った子供が、嬉しくて泣き出す寸前みたいな、そんな表情。
諏訪さんが俺の言葉でそんな風になっているのだと思うと、今までに抱いたことのない感情が沸き上がって来るのを感じる。
(……可愛い)
(……愛しい)
あぁ、誰かを好きになるというのはこんなにも暴力的で、抗えない衝動に突き動かされるものなのだ。
そんなこと、初めて知った。
さっきまでグダグダと悩んでいたのはなんだったんだと言いたくなる。感情に任せて抱きつくと、固まったまま動かなかった彼も、戸惑うように、探るように、背中に腕を回してくれる。
「俺を必要だと言ってくれるのなら……諏訪さんの、力になります。諏訪さんのこと、精一杯大切にしますから、俺のことも大切にしてください」
「大切にするよ。臣も、臣が大事に思っている人たちも」
腕の中で俺を見上げた真っ赤な顔が、幸せそうに微笑んだ。
そうだ、この顔が見たかったんだ、と俺も笑顔になる。
どちらからともなく重ねた唇は温かくて、生まれて初めて全てが満たされたような気がした。
「あれ……? ここ……?」
唇が離れて目を開くと、そこはいたはずの真っ白で何もない部屋ではなくなっていた。
(和室……?)
生活感はなく、隅に文机があるだけの簡素な部屋。
「僕の部屋だよ」
「諏訪さんの⁉」
部屋⁉ 神様にも部屋があるのか。なんて、変なところに感心する。
「位置としてはさっきからずっとここにいたんだけどね。臣がどう決断するか分からないのに、こちら側に連れてくるわけにいかなかったから」
さっきまでは人間の住む世界と僕の暮らす世界の間くらいに居たんだよ、と教えられる。
とはいえ神様に自室とは。あぁでも、居場所がない方がおかしいか。
この部屋、人の家と同じような作りなんだな、などと考えていたら、いつの間にか背中が畳に着地していた。
「え……?」
目の前には諏訪さんの顔、その向こうには天井。
それを把握してようやく、押し倒されたのだと気づく。
「あのさ、臣」
諏訪さんが、ばつの悪そうな顔をしている。
こんな体勢にされれば、彼がどうしたいのかは言わなくても分かる。
「あんなこと言っておいて……舌の根も乾かないうちに情けないんだけど……」
「……俺に、力をくれなくていいって言ったのは、俺が諏訪さんのことを好きじゃなかった場合の話、ですよね?」
言いかけた言葉を遮って、諏訪さんの背中に腕を回す。
抱きつくようにして上半身を起こし、耳元でささやいた。
「今、諏訪さんが欲しいのは、俺があげられる力じゃなくて、俺自身でしょう? 全部あげますから、ちゃんともらってください」
諏訪さんの、息をのむ音が聞こえた。
「……ん……ぁ」
初めてキスをした時は、触れるだけだったにも関わらず、幸福感でめまいがした。けれど、今しているキスは、なんていうかもう、何が何だかわからないくらい凄かった。
口の中を諏訪さんの舌でかき回される。上顎をなぞられると、ゾクリと快感で体が震える。
いつ呼吸をすればいいのか分からなくて、俺は必死に諏訪さんにしがみついた。
「んん……っ、すわ……さ、くるし……っ」
息が吸えずに、涙目で訴えると、諏訪さんの唇が離れていく。
彼は愉快そうに目を細めて、酸素を取り込む時間をくれた。
はっ、はっ、と息を切らせている俺を見て、可愛い、とつぶやいた諏訪さんが、額に軽く口づける。
よかった、下手すぎてガッカリさせてしまったわけではなさそうだ。
少し安心したけれど、次の瞬間には、いい年をしてキスすらまともに出来ないなんて、と恥ずかしくなる。自分の経験の乏しさが情けなくて、居たたまれない。
「もう一回してもいい?」
「……はい」
頷くと、諏訪さんがそっと俺の耳に手を当てる。
キスどころか恋愛経験すらない俺は、この動作に意味があるなんて考えもしなかった。
「⁉」
再び口づけられて、さっきとの違いに思わず目を見開いた。
「や……音……」
「こうすると……キスしてる音、頭の中で響くでしょ」
面白がるように笑い、呼吸は鼻でしていてね、となおもキスを続けようとする彼を、
「諏訪さんがこんなに意地悪だなんて、知らなかったです」
と軽く睨んだけれど、
「じゃあ、これからたくさん知って? 良いところも、悪いところも」
などと返されてしまっては為す術がない。
物腰は穏やかなのに、どうやっても敵わない。彼の余裕が悔しかった。
元から上がっていた呼吸はあっという間に追い詰められ、考えがまとまらなくなっていく。
胸元に直接触れられて初めて、衣装の前がすっかり開かれていることに気づいた。
その途端、勝手に体がこわばる。
力が入ったのを感じ取った諏訪さんは、首筋にキスを散らしながら、
「緊張しなくて大丈夫。一緒に気持ちいいことをするだけだよ。ね?」
となだめるように言った。
首筋を強く吸われるのと同時に、指で胸の……自分で意図を持って触ったことのない場所を摘ままれる。
「あっ⁉」
思わず体が跳ねた。
「あ……っ、あ、ん……」
摘まんだ場所を撫でたり、爪を引っかけたり、そんなことをされるたびに、今まで出したこともないような声が漏れる。
「ひぁ……っ!」
もう片方を諏訪さんの舌に舐めあげられて上がった声は、高くうわずっていた。
(……恥ずかしい……)
こんなの、自分じゃないみたいだ。諏訪さんは嫌になったりしないだろうか、と不安になる。顔を見ようと体を動かすと、気づいてこちらを見上げた彼と目が合った。
……自分の胸に、舌を這わせたままの彼と。
「……ッ」
とんでもないものを見てしまった、と俺は慌てて頭を畳へと戻す。
「背中……平気? 布団を敷いておけばよかったな」
せっかくの気遣いだったけれど、そのまましゃべられたのでは答える余裕などない。コクコクと頷くのが精一杯だ。
のしかかっていた諏訪さんが不意に体をずらした直後に、しゅる、と布を解く音が聞こえて、俺の衣装の結び目がほどかれたのだと悟る。
下、脱がされる……⁈ と思ったけれど、逆に諏訪さんの手が中に潜り込んできた。
そっと中心に触れられると、びくっと体が跳ねる。
「ぁっ⁉ や、諏訪さ……ダメ……」
「怖い? 臣」
「人に……ぁ……触られたこと……っ、な、いから……あっ……変な感じ……っする……」
短い言葉を発する間にも、諏訪さんは俺を握り込んだまま手を上下に動かす。そのせいでまともに喋れないのがもどかしい。
「気持ち悪いわけではない?」
「ん……」
ちょっと気持ちいい、かも……? と戸惑いながら答えると、彼は嬉しそうに微笑む。
「それなら、快感に集中して」
ほら、と強めにこすられたその瞬間、意識がすべてそこに集まった気がした。
先端を円を描くようになぞっていた指が少しずつ滑らかに動くようになり、水音が聞こえだした頃には、諏訪さんの手で与えられる快楽をただ追っていた。
「良かった。気持ちよさそう……」
我慢できずに腰が揺れてしまう俺を見て、諏訪さんが呟く。その声が、掠れて甘い。
「は……あっ……俺だけ……じゃなく……て、諏訪さん、も……っ、気持ち、良く……ぁっ」
「臣が僕に触られてこんな風になってるのを見ていると、僕も気持ちいいよ」
欲と興奮で頬を上気させた諏訪さんはとても綺麗で、煽られるように俺の体温も上がっていく。
「す……わさん……服、脱いで? 俺……っ、コレどうなってるのか分からな……っ」
「ん? あぁ、そうか。洋装とは随分違うしね」
言いながら、諏訪さんはためらいなく服を脱ぎ落とす。その思い切りの良さに、俺のほうがうろたえてしまう。おしげもなく晒された素肌が目に入って、直視できずに視線をそらした。自分からねだったくせに。
神様は皆こんなにも美しいのだろうか。綺麗なのに、きちんと筋肉がついて引き締まった、男の人の体だ。
「ねぇ、臣。臣も脱がせていい?」
尋ねられて、一気に羞恥がわく。
「……俺、諏訪さんみたいにいい体してないよ? 白いし、薄いし……」
「好きな人の体以上に、いいものがある?」
心底不思議そうに、諏訪さんが首をかしげる。
「臣のものなら、髪の1本まで愛してるよ」
付け加えられた台詞。それを聞いて、殺し文句だ、と俺は諏訪さんの首元に顔を埋める。すごく照れくさいけれど、この上なく甘い言葉のおかげで、覚悟が決まった。
「……いいよ、脱がせて? 諏訪さん」
脱いだ互いの服を重ねて畳に敷いて、それを上から押して感触を確かめた諏訪さんが、ないよりはいいかな、と独り言のようにつぶやく。
「いいのに、気にしなくて」
「痛いと気が散るでしょう? ほんの少しだって僕から気が逸れるのは嫌なんだ」
僕だけを感じていて欲しい。その言葉が耳に届くのと同時に、俺は、改めて服の上に押し倒された。
仕切り直しとばかりに降ってきた唇が、額、頬、口と辿って少しずつ下へ降りていく。
胸を、音を立てて吸われる。会話を挟んだせいで落ち着きかけていたソコも、指を絡めて擦りあげられる。
「は……あ、ふ……」
たやすく上がっていく呼吸から逃れるように、諏訪さんの腹のあたりに手を伸ばす。
「諏訪さん……のっ、俺も、触りたい」
「それなら、一緒にしていい? 臣も触って」
俺のモノに何かが触れた感触がして、すぐにそれが諏訪さんのソレだと悟る。諏訪さんがひとまとめにして握ると、くちゅ、と耳をふさぎたくなるようないやらしい音がした。
「ほら、臣の手も、こっち」
耳をふさぐはずの手は、諏訪さんに導かれてくっつけられたお互いの中心に触れる。上からそっと諏訪さんの手で包まれると、自分のではないモノの感触に心拍数が上がる。
(諏訪さんのに、触れてる。俺とくっついてることで、硬くなってる。どうしよう、嬉しい。気持ちよくしてあげたい。気持ちよくなって欲しい)
自分から進んで手を上下させ始めるまで、大して時間はかからなかった。お互いのモノから滲む先走りを絡めて擦ると、諏訪さんの口からかすかに声が漏れる。
「気持ちいい? 諏訪さん」
「ん……」
小さく答えながら顔を寄せてきた諏訪さんに、キスをされる。最初は唇に触れるだけだったものが、徐々に深くなり、呼吸を奪われる。体のそこかしこが気持ちよくて、頭が働かなくなる。
「諏訪……さ……もぅ、イきそ……っ、あっ」
「僕……も……! ぅ、ぁ……っ」
お互いに言い終わると同時に、大きく体を震わせた。
「あ、あぁぁぁっ」
「う……っ」
「う……あぁ……」
諏訪さんは微かに呻いただけだったというのに、俺は欲を吐き出した後も快感が去ってくれず、耐えられずに声を漏らす。
そんな俺を、諏訪さんは息を整えながら抱きしめてくれる。
小さい頃もついさっきも、頬に触れられる度に冷たいと感じた指先が、今はとても熱かった。
「臣、大丈夫?」
「……はい、平気、です」
答えると、なぜかくすりと笑われた。理由を理解できずにいると、諏訪さんがからかうように言う。
「言葉遣い、戻っちゃったの?」
(……?)
頭の中で光景を巻き戻して行って、思い当たる。
「あ……」
そういえば、途中から丁寧語はどこかに行ってしまっていた。あんなことをされているのに、そんな余裕あるわけないじゃないかと心の中で言い訳をしたが、そんな俺を見透かしたように諏訪さんは続ける。
「僕はその方が嬉しいよ。できれば“さん”もなくしてほしい」
「……神様を呼び捨てになんかしたら、罰が当たりそうです」
「ふはっ」
……吹き出されてしまった。
「臣は、小さい頃から僕を大切にしてくれるものね。神社に来るたび手を合わせてくれてたろう?」
「……賽銭は入れられなかったですけど」
「お金が欲しいわけじゃないから構わないよ。僕ら神は信じてもらうことや必要としてもらうことが力になるんだから。そういう意味では僕は臣に恩があるし、これからだって君がいないと困る。だから、ね?」
真剣な顔で、臣とは対等の方が嬉しい、と訴える。
きっと、諏訪は相当に奇特な神様なのだろう。そして、そんな優しい彼の近くにいられる俺は、間違いなく、とても幸運だ。
「……諏訪?」
「うん」
試しに呼び捨てで読んでみると、この上なく嬉しそうに微笑むのだから、不敬なのはこの際諦めるしかなさそうだ。
「ねぇ、臣」
神妙な顔をした諏訪さ……諏訪が俺の腹に手を伸ばしながら言う。
「この先も、していい?」
この先。
男同士だってことも、おそらく俺が受け入れる側だってことも、諏訪と一緒に生きると決めた時に、ちゃんと考えた。
不意に伸びてきた指が、二人が吐き出した欲を掬い取る。
外気に触れてすっかり冷えたそれが肌の上を滑って、冷たさにゾクリとする。でも、それだけじゃない。
したことのない行為への怯えと、好きな人と繋がれるという喜びがそうさせるんだ。
「大丈夫。ちゃんと覚悟、できてる。ただ……その……嫌ではないけど、ここから先は少し怖い、から……」
未知の行為に対して感じる沢山の不安。震える手に力を込めて、抱えている不安を上回る強い決意で口にする。
「諏訪を好きってこと以外、全部分からなくして欲しい」
「……っ」
普段は穏やかな瞳が、欲を宿して揺れるのを見た。
考えを巡らせるために落としていた視線を諏訪さんに移すと、さっきと同じように、すぐに目を合わせてくれる。
その視線の穏やかさに導かれるように、俺はゆっくりと言葉を口にする。
「答え、出ましたよ。諏訪さん」
「うん」
俺の言葉に、諏訪さんが短く応じる。
少し緊張しているように見えるのは、俺自身が緊張しているからだろうか。
彼がそうしてくれたように、頬に向かって手を伸ばし、指先でそっと触れる。
諏訪さんは俺にされるがままで、表情にも変化はない。
「俺、諏訪さんが好きです」
(……言った。言えた!)
もう後には引けないという不安と、伝えられたという達成感とがごちゃ混ぜになる。
きっと、すぐに何か言ってくれるだろうと思っていた。
けれど。
……。
……。
予想と違って、諏訪さんは、何も言わない。
反応がないことに耐えきれなくて口を開きかけた瞬間、
「……え?」
固まっていた諏訪さんが、小さく声を漏らした。信じられないものを聞いたとでもいうかのように。
それを聞いて、俺はもう一度告げる。
お人好しで、優しくて、不器用な諏訪さんに、ちゃんと届けと願いながら。
「好きです。だから、諏訪さんの側にいたいです」
……またしても、反応はない。
どうしたものかと思いながら諏訪さんを見つめていると、無言のままの彼の顔がゆっくりと赤くなっていく。
「あ、ええと……ごめん。そんな風に言ってもらえるだなんて思っていなくて……」
諏訪さんは、蚊の鳴くような声で言うと、顔を伏せてしまった。
「諏訪さん」
呼びかけて、触れたままだった手で、そっと顔を上げるよう促した。
彼はわずかに抵抗を示したけれど、
「諏訪さん」
もう一度呼ぶと、観念したように顔を上げる。
その顔は真っ赤に染まっていて、見たこともないような表情をしていた。思いがけないプレゼントを貰った子供が、嬉しくて泣き出す寸前みたいな、そんな表情。
諏訪さんが俺の言葉でそんな風になっているのだと思うと、今までに抱いたことのない感情が沸き上がって来るのを感じる。
(……可愛い)
(……愛しい)
あぁ、誰かを好きになるというのはこんなにも暴力的で、抗えない衝動に突き動かされるものなのだ。
そんなこと、初めて知った。
さっきまでグダグダと悩んでいたのはなんだったんだと言いたくなる。感情に任せて抱きつくと、固まったまま動かなかった彼も、戸惑うように、探るように、背中に腕を回してくれる。
「俺を必要だと言ってくれるのなら……諏訪さんの、力になります。諏訪さんのこと、精一杯大切にしますから、俺のことも大切にしてください」
「大切にするよ。臣も、臣が大事に思っている人たちも」
腕の中で俺を見上げた真っ赤な顔が、幸せそうに微笑んだ。
そうだ、この顔が見たかったんだ、と俺も笑顔になる。
どちらからともなく重ねた唇は温かくて、生まれて初めて全てが満たされたような気がした。
「あれ……? ここ……?」
唇が離れて目を開くと、そこはいたはずの真っ白で何もない部屋ではなくなっていた。
(和室……?)
生活感はなく、隅に文机があるだけの簡素な部屋。
「僕の部屋だよ」
「諏訪さんの⁉」
部屋⁉ 神様にも部屋があるのか。なんて、変なところに感心する。
「位置としてはさっきからずっとここにいたんだけどね。臣がどう決断するか分からないのに、こちら側に連れてくるわけにいかなかったから」
さっきまでは人間の住む世界と僕の暮らす世界の間くらいに居たんだよ、と教えられる。
とはいえ神様に自室とは。あぁでも、居場所がない方がおかしいか。
この部屋、人の家と同じような作りなんだな、などと考えていたら、いつの間にか背中が畳に着地していた。
「え……?」
目の前には諏訪さんの顔、その向こうには天井。
それを把握してようやく、押し倒されたのだと気づく。
「あのさ、臣」
諏訪さんが、ばつの悪そうな顔をしている。
こんな体勢にされれば、彼がどうしたいのかは言わなくても分かる。
「あんなこと言っておいて……舌の根も乾かないうちに情けないんだけど……」
「……俺に、力をくれなくていいって言ったのは、俺が諏訪さんのことを好きじゃなかった場合の話、ですよね?」
言いかけた言葉を遮って、諏訪さんの背中に腕を回す。
抱きつくようにして上半身を起こし、耳元でささやいた。
「今、諏訪さんが欲しいのは、俺があげられる力じゃなくて、俺自身でしょう? 全部あげますから、ちゃんともらってください」
諏訪さんの、息をのむ音が聞こえた。
「……ん……ぁ」
初めてキスをした時は、触れるだけだったにも関わらず、幸福感でめまいがした。けれど、今しているキスは、なんていうかもう、何が何だかわからないくらい凄かった。
口の中を諏訪さんの舌でかき回される。上顎をなぞられると、ゾクリと快感で体が震える。
いつ呼吸をすればいいのか分からなくて、俺は必死に諏訪さんにしがみついた。
「んん……っ、すわ……さ、くるし……っ」
息が吸えずに、涙目で訴えると、諏訪さんの唇が離れていく。
彼は愉快そうに目を細めて、酸素を取り込む時間をくれた。
はっ、はっ、と息を切らせている俺を見て、可愛い、とつぶやいた諏訪さんが、額に軽く口づける。
よかった、下手すぎてガッカリさせてしまったわけではなさそうだ。
少し安心したけれど、次の瞬間には、いい年をしてキスすらまともに出来ないなんて、と恥ずかしくなる。自分の経験の乏しさが情けなくて、居たたまれない。
「もう一回してもいい?」
「……はい」
頷くと、諏訪さんがそっと俺の耳に手を当てる。
キスどころか恋愛経験すらない俺は、この動作に意味があるなんて考えもしなかった。
「⁉」
再び口づけられて、さっきとの違いに思わず目を見開いた。
「や……音……」
「こうすると……キスしてる音、頭の中で響くでしょ」
面白がるように笑い、呼吸は鼻でしていてね、となおもキスを続けようとする彼を、
「諏訪さんがこんなに意地悪だなんて、知らなかったです」
と軽く睨んだけれど、
「じゃあ、これからたくさん知って? 良いところも、悪いところも」
などと返されてしまっては為す術がない。
物腰は穏やかなのに、どうやっても敵わない。彼の余裕が悔しかった。
元から上がっていた呼吸はあっという間に追い詰められ、考えがまとまらなくなっていく。
胸元に直接触れられて初めて、衣装の前がすっかり開かれていることに気づいた。
その途端、勝手に体がこわばる。
力が入ったのを感じ取った諏訪さんは、首筋にキスを散らしながら、
「緊張しなくて大丈夫。一緒に気持ちいいことをするだけだよ。ね?」
となだめるように言った。
首筋を強く吸われるのと同時に、指で胸の……自分で意図を持って触ったことのない場所を摘ままれる。
「あっ⁉」
思わず体が跳ねた。
「あ……っ、あ、ん……」
摘まんだ場所を撫でたり、爪を引っかけたり、そんなことをされるたびに、今まで出したこともないような声が漏れる。
「ひぁ……っ!」
もう片方を諏訪さんの舌に舐めあげられて上がった声は、高くうわずっていた。
(……恥ずかしい……)
こんなの、自分じゃないみたいだ。諏訪さんは嫌になったりしないだろうか、と不安になる。顔を見ようと体を動かすと、気づいてこちらを見上げた彼と目が合った。
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「……ッ」
とんでもないものを見てしまった、と俺は慌てて頭を畳へと戻す。
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せっかくの気遣いだったけれど、そのまましゃべられたのでは答える余裕などない。コクコクと頷くのが精一杯だ。
のしかかっていた諏訪さんが不意に体をずらした直後に、しゅる、と布を解く音が聞こえて、俺の衣装の結び目がほどかれたのだと悟る。
下、脱がされる……⁈ と思ったけれど、逆に諏訪さんの手が中に潜り込んできた。
そっと中心に触れられると、びくっと体が跳ねる。
「ぁっ⁉ や、諏訪さ……ダメ……」
「怖い? 臣」
「人に……ぁ……触られたこと……っ、な、いから……あっ……変な感じ……っする……」
短い言葉を発する間にも、諏訪さんは俺を握り込んだまま手を上下に動かす。そのせいでまともに喋れないのがもどかしい。
「気持ち悪いわけではない?」
「ん……」
ちょっと気持ちいい、かも……? と戸惑いながら答えると、彼は嬉しそうに微笑む。
「それなら、快感に集中して」
ほら、と強めにこすられたその瞬間、意識がすべてそこに集まった気がした。
先端を円を描くようになぞっていた指が少しずつ滑らかに動くようになり、水音が聞こえだした頃には、諏訪さんの手で与えられる快楽をただ追っていた。
「良かった。気持ちよさそう……」
我慢できずに腰が揺れてしまう俺を見て、諏訪さんが呟く。その声が、掠れて甘い。
「は……あっ……俺だけ……じゃなく……て、諏訪さん、も……っ、気持ち、良く……ぁっ」
「臣が僕に触られてこんな風になってるのを見ていると、僕も気持ちいいよ」
欲と興奮で頬を上気させた諏訪さんはとても綺麗で、煽られるように俺の体温も上がっていく。
「す……わさん……服、脱いで? 俺……っ、コレどうなってるのか分からな……っ」
「ん? あぁ、そうか。洋装とは随分違うしね」
言いながら、諏訪さんはためらいなく服を脱ぎ落とす。その思い切りの良さに、俺のほうがうろたえてしまう。おしげもなく晒された素肌が目に入って、直視できずに視線をそらした。自分からねだったくせに。
神様は皆こんなにも美しいのだろうか。綺麗なのに、きちんと筋肉がついて引き締まった、男の人の体だ。
「ねぇ、臣。臣も脱がせていい?」
尋ねられて、一気に羞恥がわく。
「……俺、諏訪さんみたいにいい体してないよ? 白いし、薄いし……」
「好きな人の体以上に、いいものがある?」
心底不思議そうに、諏訪さんが首をかしげる。
「臣のものなら、髪の1本まで愛してるよ」
付け加えられた台詞。それを聞いて、殺し文句だ、と俺は諏訪さんの首元に顔を埋める。すごく照れくさいけれど、この上なく甘い言葉のおかげで、覚悟が決まった。
「……いいよ、脱がせて? 諏訪さん」
脱いだ互いの服を重ねて畳に敷いて、それを上から押して感触を確かめた諏訪さんが、ないよりはいいかな、と独り言のようにつぶやく。
「いいのに、気にしなくて」
「痛いと気が散るでしょう? ほんの少しだって僕から気が逸れるのは嫌なんだ」
僕だけを感じていて欲しい。その言葉が耳に届くのと同時に、俺は、改めて服の上に押し倒された。
仕切り直しとばかりに降ってきた唇が、額、頬、口と辿って少しずつ下へ降りていく。
胸を、音を立てて吸われる。会話を挟んだせいで落ち着きかけていたソコも、指を絡めて擦りあげられる。
「は……あ、ふ……」
たやすく上がっていく呼吸から逃れるように、諏訪さんの腹のあたりに手を伸ばす。
「諏訪さん……のっ、俺も、触りたい」
「それなら、一緒にしていい? 臣も触って」
俺のモノに何かが触れた感触がして、すぐにそれが諏訪さんのソレだと悟る。諏訪さんがひとまとめにして握ると、くちゅ、と耳をふさぎたくなるようないやらしい音がした。
「ほら、臣の手も、こっち」
耳をふさぐはずの手は、諏訪さんに導かれてくっつけられたお互いの中心に触れる。上からそっと諏訪さんの手で包まれると、自分のではないモノの感触に心拍数が上がる。
(諏訪さんのに、触れてる。俺とくっついてることで、硬くなってる。どうしよう、嬉しい。気持ちよくしてあげたい。気持ちよくなって欲しい)
自分から進んで手を上下させ始めるまで、大して時間はかからなかった。お互いのモノから滲む先走りを絡めて擦ると、諏訪さんの口からかすかに声が漏れる。
「気持ちいい? 諏訪さん」
「ん……」
小さく答えながら顔を寄せてきた諏訪さんに、キスをされる。最初は唇に触れるだけだったものが、徐々に深くなり、呼吸を奪われる。体のそこかしこが気持ちよくて、頭が働かなくなる。
「諏訪……さ……もぅ、イきそ……っ、あっ」
「僕……も……! ぅ、ぁ……っ」
お互いに言い終わると同時に、大きく体を震わせた。
「あ、あぁぁぁっ」
「う……っ」
「う……あぁ……」
諏訪さんは微かに呻いただけだったというのに、俺は欲を吐き出した後も快感が去ってくれず、耐えられずに声を漏らす。
そんな俺を、諏訪さんは息を整えながら抱きしめてくれる。
小さい頃もついさっきも、頬に触れられる度に冷たいと感じた指先が、今はとても熱かった。
「臣、大丈夫?」
「……はい、平気、です」
答えると、なぜかくすりと笑われた。理由を理解できずにいると、諏訪さんがからかうように言う。
「言葉遣い、戻っちゃったの?」
(……?)
頭の中で光景を巻き戻して行って、思い当たる。
「あ……」
そういえば、途中から丁寧語はどこかに行ってしまっていた。あんなことをされているのに、そんな余裕あるわけないじゃないかと心の中で言い訳をしたが、そんな俺を見透かしたように諏訪さんは続ける。
「僕はその方が嬉しいよ。できれば“さん”もなくしてほしい」
「……神様を呼び捨てになんかしたら、罰が当たりそうです」
「ふはっ」
……吹き出されてしまった。
「臣は、小さい頃から僕を大切にしてくれるものね。神社に来るたび手を合わせてくれてたろう?」
「……賽銭は入れられなかったですけど」
「お金が欲しいわけじゃないから構わないよ。僕ら神は信じてもらうことや必要としてもらうことが力になるんだから。そういう意味では僕は臣に恩があるし、これからだって君がいないと困る。だから、ね?」
真剣な顔で、臣とは対等の方が嬉しい、と訴える。
きっと、諏訪は相当に奇特な神様なのだろう。そして、そんな優しい彼の近くにいられる俺は、間違いなく、とても幸運だ。
「……諏訪?」
「うん」
試しに呼び捨てで読んでみると、この上なく嬉しそうに微笑むのだから、不敬なのはこの際諦めるしかなさそうだ。
「ねぇ、臣」
神妙な顔をした諏訪さ……諏訪が俺の腹に手を伸ばしながら言う。
「この先も、していい?」
この先。
男同士だってことも、おそらく俺が受け入れる側だってことも、諏訪と一緒に生きると決めた時に、ちゃんと考えた。
不意に伸びてきた指が、二人が吐き出した欲を掬い取る。
外気に触れてすっかり冷えたそれが肌の上を滑って、冷たさにゾクリとする。でも、それだけじゃない。
したことのない行為への怯えと、好きな人と繋がれるという喜びがそうさせるんだ。
「大丈夫。ちゃんと覚悟、できてる。ただ……その……嫌ではないけど、ここから先は少し怖い、から……」
未知の行為に対して感じる沢山の不安。震える手に力を込めて、抱えている不安を上回る強い決意で口にする。
「諏訪を好きってこと以外、全部分からなくして欲しい」
「……っ」
普段は穏やかな瞳が、欲を宿して揺れるのを見た。
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小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
生贄王は神様の腕の中
ひづき
BL
人外(神様)×若き王(妻子持ち)
古代文明の王様受けです。ゼリー系触手?が登場したり、受けに妻子がいたり、マニアックな方向に歪んでいます。
残酷な描写も、しれっとさらっと出てきます。
■余談(後日談?番外編?オマケ?)
本編の18年後。
本編最後に登場した隣国の王(40歳)×アジェルの妻が産んだ不貞の子(18歳)
ただヤってるだけ。
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