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7巻
7-1
しおりを挟む行方不明の原因は……?
僕、山崎健斗はある日突然、気が付くと異世界にいた。
どうしたものかと途方に暮れたが、なぜか持っていたタブレットに入っていた様々なアプリのおかげで、快適に過ごせそうだということが判明する。
冒険者となった僕は、Bランクの冒険者パーティ『暁』に加入して、使役獣を手に入れたり、魔法薬師の資格をゲットしたりと、楽しく過ごしていた。
この前は、暁のパーティメンバー全員で温泉旅行に行って羽を伸ばしたんだけど……そこでクルゥ君が攫われるという大事件が起きる。
そして、彼を取り戻すために、僕達はクルゥ君の実家へ向かった。
クルゥ君が今の暁にいる理由を知ったり、クルゥ君の兄妹であるクインさんやクリスティアナちゃんと協力して、後継者問題を解決したりした。
そんなクインさん達も、時々暁に遊びに来てくれるようになって、歳の近い友人が増えて嬉しいなんて思っていたんだけど……
ある日、ギルドに行くと、行方不明者が続出する『フィッミーの草原』のダンジョンの噂を聞いた。そのことをフェリスさんに伝えると、なんとそのダンジョンから、パーティメンバーのカオツさんとグレイシスさんが帰ってこないという事態が明かされる。
そして僕達は新たなトラブルにフリーズしたのだった。
「まぁ、まだカオツさん達が行方不明になったと決まったわけじゃないですもんね!」
僕は気を取り直すように、皆に向かって言った。
フェリスさんは頷くと、腕輪をしている左手を顔の位置まで持ち上げた。
「あ……私、グレイシスとこれで連絡を取れるから、確認してみるわね」
そのまま腕輪に向かって話しかけるフェリスさん。
「もしも~し、グレイシス?」
『……』
「グレイシス? カオツ? 私の声、聞こえないの?」
『……』
「ねぇったら!」
『……』
シーン。
腕輪からは一切何の反応もない。
フェリスさんが腕を下ろして困った表情になり、僕達も顔をだんだん引き攣らせる。
僕達に心配をかけないようにしてくれたのか、フェリスさんが咳払いして言った。
「ふっ、ちょっと腕輪の調子が悪いだけよ! こんな時に役立つ、すんごい魔法アイテムを持っているのよ!」
フェリスさんはポケットに手を突っ込んでゴソゴソと動かしてから、何かを取り出した。
そして、テーブルの上に広げて置く。
その場にいた暁のメンバー、ラグラーさんとケルヴィンさんも、テーブルに近づいてきた。
なんだ、これは? と皆で額を突き合わせる。
それは端々がボロボロになっているだけの、ただの白い紙だった。
「なぁ、フェリス……この汚ねぇー紙はなんなんだ?」
ラグラーさんが眉を顰めて言った。
「ちょっ、失礼ね! これはすっごく貴重な魔法道具なんだからね!?」
「すっごく貴重な魔法アイテムなのに、ポケットの中に入れているのか」
フェリスさんがラグラーさんに言い返している横で、クルゥ君は小声で突っ込みを入れていた。
その言葉はフェリスさんには聞こえていなかったようだ。
そのままラグラーさんに対して、ブツブツ文句を言っている。
その後も「全然そうは見えねぇ」と言うラグラーさんの言葉に僕が内心同意していると、フェリスさんが紙の上に手を翳した。
「我は求む――『フィッミーの草原』にいる仲間の情報を」
フェリスさんが白い紙に魔力を流しながらそう問えば、何もなかった紙の中央に黒い文字が浮かび上がってきた。
その文字は丸っこく、どちらかと言えば可愛らしいものだった。
堅い雰囲気で始まっただけに、その文字を見て僕は拍子抜けする。
【何が知りたいのかな~?】
文字だけでなく、浮かび上がってきた文があまりにフランクな語りかけ方だったことに、僕以外の皆も驚いていた。
そんな中、フェリスさんは特に気にした様子もなく、紙に向かって話しかける。
「私の仲間はそのダンジョンにいる?」
【いるよー!】
ひとまずカオツさん達の消息が分かって、皆でホッとした。
「彼らと連絡が取れないんだけど」
【ダンジョン内の特殊な場所にいるみたいだからね。連絡は取れないよ】
「その場から彼らが無事に戻る方法は?」
【解放条件を満たすこと!】
「その解放条件とは?」
【ダンジョンの重大機密保持のため、これ以上は回答出来ないんだ~。ごめんちょっ!】
おどけたテンションの返答に、フェリスさんが舌打ちする。
「じゃあ、最後に……二人は元気?」
【健康! 至福~!】
その回答を見た僕達は、ホッと安堵の息を漏らした。
フェリスさんが紙から翳していた手を下げると、文字が消えてただの紙へと戻る。
「はぁ、ダンジョン内に二人がいるのは確定ね。行方不明っていうのも間違いなさそうだけど…… 特に危害を受けている様子はなさそうでよかったわ」
フェリスさんがそうまとめた後、ラグラーさんは首を傾げて尋ねる。
「まぁ、そうだけどよ……でも『至福』っていうのが分かんないな。なんだ?」
だけど、それに解答を出せる人はいなくて、物知りなフェリスさんも「……さぁ?」とお手上げの様子だ。
「分かるのは、ダンジョン内に囚われてるけれど困っている訳ではないってことね。何かグレイシス達にとって良いことが起きているとか……?」
その良いことが何か……さっぱり分からない。
皆揃って首を捻っていると、フェリスさんがため息を吐く。
「身に危険が迫っている場合は、はっきりそう教えてくれるようになっているけれど、逆に何も問題がない場合は、あんまり詳細な情報をくれないのよ……」
「でも、囚われているなら二人を早く助けてあげなきゃいけないのには変わりないじゃん」
いても立ってもいられない様子で、クルゥ君がフェリスさんに言うと――
「まぁ……助けにいきたいのは山々なんだけどね? うーん……」
フェリスさんは、腕を組みながら眉間に皺を寄せる。
どこか歯切れが悪い。
「何かあるんですか?」
僕が尋ねると、フェリスさんは言いにくそうに口を開いた。
「実は……私、長期の依頼が明後日から入ってるの。だから、カオツ達のところに行けないんだよね。パーティのリーダーとして、一度受けた依頼は、絶対にキャンセルが出来ないし」
「えぇーっ!?」
「本当ですか!?」
クルゥ君と僕が同時に驚愕する。
だが、驚きはそれだけでは終わらない。
「あとさぁ~、まだ言ってなかったんだけど……クルゥも連れていくつもりだったから、依頼する時に私と連名にしちゃってて」
「は、はぁ~っ!? そんな話、聞いてないんだけど!」
クルゥ君が、さっきより一段大きな声を出す。
「ごめんごめん、今日クルゥが戻ってきてから話す予定だったんだけど……タイミングが被っちゃって言えてなかったのよね」
顔の前で両手を合わせて、ぺこりと頭を下げるフェリスさん。
僕としても、フェリスさんとクルゥ君の両方が来られないというのは困るけれど、既に他の依頼が入っているなら仕方ない。
冒険者は信頼で成り立っているし、一度受けた依頼を断るのはなかなか出来ないからね。
まぁ、ラグラーさん達がいれば、なんとかなるでしょう!
しかしそこで、フェリスさんとのやり取り中に、二人がやけに静かだったことを思い出す。
嫌な予感がした。
「ま、まさか……ラグラーさん達も依頼、なんてことは……」
俺がラグラーさんとケルヴィンさんの方を見れば、二人ともきまりの悪そうな顔をしている。
少しの沈黙の後、ラグラーさんが勢いよく頭を下げた。
「す、すまん! そのまさかなんだが……俺らも、フェリスと同じで長期の依頼が明日から入ってんだよ」
「う、噓でしょ……」
僕は、自分一人だけしか残っていないという絶望的な状況に言葉を失う。
フェリスさんも、どうやらラグラーさんとケルヴィンさんを向かわせようとしていたみたいで、それが出来ないと分かった瞬間、慌て出す。
「ちょ、ちょっとこの状況をなんとかするために出掛けてくるわ! 皆は待ってて!」
一瞬顎に手を当てて考えた後、フェリスさんは僕達にそう言い残してから、家を出ていってしまった。
フェリスさんなら何か秘策があるのかもしれない。
そう思った僕達は、彼女が戻ってくるのを待つことにしたのだった。
それから二時間後――
「たっだいまぁ~!」
出ていった時より少し明るめのテンションで、フェリスさんが居間に戻ってきた。
入ってきたのは、フェリスさんともう一人。
僕はその人の顔を見てから瞬きする。
「あれ? リークさんがどうしてここに?」
ニッコニコ顔のフェリスさんの後ろにいたのは、ギルドのスタッフで僕の料理友達でもあるリークさんだった。
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助っ人……その一ということは何人かいるのだろうか? ここには一人しかいないけど。
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リークさんが皆に挨拶した後、フェリスさんが経緯を説明し始める。
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彼女がそこまで話したところで、ラグラーさんとケルヴィンさんが待ったをかけた。
「いやいやいや、なんでケント一人で行くことがもう決まってるんだ?」
「そうだぞ、フェリス。グレイシスとカオツが行方不明になっているダンジョンに、ギルド職員がいるとはいえ、ケントを向かわせるのは危ないんじゃないか?」
フェリスさんがラグラーさん達にビシッと指を突きつける。
「現状、私達の中にケント君と一緒にダンジョンに行ける人がいないんだからしょうがないじゃない。それに心配しないで。リーク君はSランクの中でもかなりの実力者だし、特殊能力者でもある友達から、空間を繋ぐ道具を借りたから」
そう言ってフェリスさんがリークさんに目を向けると、彼はポケットからレザー製のブレスレットを取り出す。
「このブレスレットは、マスターが作った特殊な魔法道具っす。これに魔力を注げば、どんな特殊な状況下でも、どんな場所にいたとしても、マスターがいるギルドに戻って来ることが出来るっすね」
ブレスレットを渡された僕は、そのまま腕につける。
タブレットが変化したブレスレット、物を収納するための魔法腕輪、魔法薬師であることを証明するブレスレット、そして今リークさんから渡されたブレスレット。
いつの間にか、腕が装飾品だらけになった。
まぁ、変形させたり、隠したり出来るからいいんだけど……
初めてこの世界に来た時、装飾品をたくさん身に付けている冒険者が多いように感じたけど、あれはオシャレというより必要なものを身に付けていたんですね。
そんなことを思い出していると、リークさんがポケットの中からはがきサイズの紙を取り出した。
「こっちは、『強制帰還魔法陣』が書かれた紙っす。ダンジョンで行方不明者を見つけたら、これを使ってギルドへ戻すように言われてるんすよ」
話を聞くと、紙に刻まれた『強制帰還魔法陣』もギルドマスターさんが特殊能力を使って用意したものなんだとか。
ブレスレットと同じで、どんな所にいてもギルマスさんがいる場所の近くに転移することが出来る代物だと教えてもらった。
何よりすごいのは、普通なら魔法陣が発動出来ない場所であっても、ギルマスさんが作った魔法陣は、そういった制限など一切関係なく発動出来るらしい。
そして、リークさんは皆に向かって言葉を続ける。
「今回俺が来たのは、フェリスさんに頼まれたからってのもあるんですが……行方不明の冒険者が続出している件を解決するように、俺自身がマスターから命じられたってのもありまして」
話を聞くと、本当は一人で調査へ行く予定だったところに、僕のお守りがプラスされたようだ。
リークさんの足を引っ張ることになるんじゃなかろうか? と僕は心の中で不安になった。
それを見透かしたように、フェリスさんが指をV字にしてこちらに向ける。
「大丈夫! もう一人心強~い助っ人がいるから」
そう言えば……リークさんを紹介する時、フェリスさんがその一とか言っていたっけ。
「で、それはいったい誰なんですか?」
「ケント君は会ったことあるわ、チェイサーよ」
フェリスさんの言葉で、ちょっと陽気で赤い髪の美しい女性の姿が、僕の脳内に浮かんだ。
「チェイサーさん……って、フェリスさんの茶飲み友達の……あのチェイサーさんですか?」
「そうよ!」
「ねぇ……チェイサーって誰?」
僕とフェリスさんの会話を聞いていたクルゥ君が、首を傾げながら聞いてくる。
僕自身、まだ一度しか会ったことがないので、どう説明するか悩みつつ、「フェリスさんの友人で、一度だけお茶を飲みにいったことがあって……」なんてしどろもどろになりながら答える。
「本当にそんな人で大丈夫なの?」
クルゥ君は、僕の言葉を聞いた後、ちょっと失礼なことを言っていた。
「彼女の強さは……そうね、もしチェイサーがリーク君と戦ったら、リーク君を指先で転がせるくらい強いわよ」
フェリスさんがそう補足すると、リークさんが興味深そうに言った。
「へぇ~……それは一度手合わせしてみたいっすね」
「ん~、たぶんお願いすれば快く手合わせしてくれるとは思うけど、絶対にダンジョン内や周りに誰もいない状況ではしないことね」
「どうしてっすか?」
「リークさんはSランクの冒険者なんだから、フェリスの友達が怪我をしても大丈夫なようにってことじゃないの?」
クルゥ君がそう言えば、フェリスさんは違うと首を振る。
「その逆よ、クルゥ。なんていうか……彼女はケルヴィンと一緒で戦闘になると一切の手加減が出来ないのよね~。しかも持っている能力や使う魔法も殺傷能力が高いものがほとんどだし……だから、もしも手合わせをしたいと思ったら、Sランクの人が数人と治癒魔法が得意な人を揃えてから挑んでね。死なれても困るからさ!」
にっこりと笑って言うフェリスさんの言葉に、リークさんは苦い顔をした。
「Sランクを数人揃えるって……そんくらいの人数がいないと、その人を止められないってことっすね」
「そういうこと」
何はともあれ、僕の『お守り』役は、超絶強いチェイサーさんとSランク冒険者のリークさんがついてくれることでまとまった。
とても心強いです。
それから大人同士の話し合いの末、僕がダンジョンに行っても大丈夫という結論が出た。
そして、暁の代表として僕がダンジョンへ行くことが決定したのだった。
「それじゃあ、そのチェイサーさんとはどこで合流すればいいんすか?」
話し合いが終わり、一度ギルドに戻ることになったリークさんが、帰り際にフェリスさんに聞いた。
「チェイサーとは、ダンジョンに入ってから会ってもらうことになるわ」
「分かりました。それじゃあ師匠、出発の時になりましたら迎えに来るっすね」
「はい、よろしくお願いします」
僕が帰っていくリークさんに手を振っていると、フェリスさんから「師匠?」と不思議そうな顔をされた。
料理好きなリークさんと初めてダンジョンに行って以来、時々料理を教える僕をリークさんは、料理の先生という意味を込めて『師匠』と呼んでくれるのだ。
僕が名称の理由をそう説明すると、フェリスさんに納得された。
「なるほどね。あ、そうそう、ケント君。ちょっと手を出してもらえる?」
「手……ですか?」
不思議に思いながら右手を出すと、フェリスさんが僕の手の甲に自分の手を翳す。
「はい、終了~」
「……これは?」
顔の前に手を出すと、手の甲に黒い蝶の紋様みたいなものがあるのが見えた。
僕が気になって問えば、チェイサーさんを呼び出す――召喚陣のようなものだと教えてもらった。
それと一緒に、フェリスさんは黒い液体が入った小瓶を手渡してきた。
「ダンジョンに行ったら、瓶に入った液をその召喚陣にかけて。そうすれば、チェイサーがケント君のもとに召喚されるから」
「分かりました! あ、でも突然呼び出して大丈夫なんですかね? チェイサーさんの都合とかは……」
預かった小瓶を腕輪の中に収納しながら、僕はフェリスさんに聞いた。
「その辺は大丈夫。ちょうど立て込んでいた仕事が終わったみたいだから、今は暇だからいつでもどーぞって言っていたわ」
「それならよかったです」
そこまで話したところで、フェリスさんが俯きがちにこちらを見る。
「今回はケント君以外全員行けないってのが、とっても申し訳ないんだけど……」
「それはしょうがないですよ」
僕は顔の前で手を振った。
一度受けた依頼を断ること、それも断れないと言われた依頼を受けることの大変さは、僕も分かっている。
こういう契約は、自分の体調が悪かろうがパーティメンバーが危機的状況にあろうが、依頼をキャンセル又は依頼期間の延長を求めた瞬間から『依頼を完遂出来ないパーティ』のレッテルを貼られる。
そして一度でもそうした認識を受けると、それまで培ってきたパーティとしての信頼や価値は大暴落してしまうのだ。
こっちの問題は、強力な助っ人と、なんと言ってもギルドマスターの助けもあるんで……なんとかなると信じたい!
「二人は僕が無事に助け出すので、皆さんも気を付けて行って来てくださいね」
僕は皆を元気にしようと、自分の胸を叩いてそう言った。
その言葉に、皆も頷く。
こうして、僕は暁の皆と離れて、グレイシスさんとカオツさんが囚われているダンジョンへ行くことになったのだった。
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