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2巻
2-1
しおりを挟む手抜き料理をしたって、たまにはいいよね?
僕、山崎健斗はある日突然、気が付くと異世界にいた。
どうしたものかと途方に暮れたが、なぜか持っていたタブレットに入っていた、様々なアプリのおかげで快適に過ごせそうだということが判明する。
冒険者となった僕は、Bランクの冒険者パーティ『暁』に加入して、使役獣を手に入れたり、魔法薬師の資格をゲットしたりと、楽しく過ごしていた。
そんな異世界での、ある日のこと。
「今日もいい天気だな~」
《シュ~》
僕の言葉に同意するように、『使役獣』のアプリで使役している葉羽蛇のハーネが鳴き声を上げる。
僕は今、家の裏側にある野菜を植えている畑に、地球のものを買えるアプリ『ショッピング』で購入した肥料をやり、特大じょうろで水を撒いていた。
この畑には、『ショッピング』で購入したトマトとキュウリ、それからバジルが植えられている。
「水やりはこんなものかな……それにしても、あっちぃ~」
麦わら帽子を被っているので顔周りに影が出来て、太陽の眩しさがだいぶ和らいでいるけど、最近は日中、気温がかなり上がるので暑い。
首に巻いていたタオルで顔と首に流れる汗を拭いていると、ハーネが羽を動かしてそよ風を送ってくれた。
なんだか扇風機に当たってるみたいだな。
ありがとうと言いながら空を見上げると、大きな雲が青い空を泳ぐように動いている。
「そろそろお昼ご飯の時間だな。ハーネ、お腹空いたか?」
《シュー!》
「そうかそうか。それじゃあ昼ご飯にしよう」
《シュシュ~!》
僕の腕に絡まりながら尻尾をフリフリ振るハーネをそのままに、使っていた道具を仕舞って家の中へと戻った。
汗を掻いたので部屋に戻って一度着替えてから、台所に立つ。
「ん~……何を食べようかな」
実は今日、久し振りに一人で家にいるのだ。
暁の全員で一軒家に住んでいるんだけど、フェリスさんとクルゥ君は用事があるみたいで、夕食を外で済ませてくると言っていた。
ラグラーさんとケルヴィンさんは、暁としてギルドから魔獣の討伐依頼を受けていて明日まで帰ってこないし、グレイシスさんも魔法薬作りに必要なものを採取するために二、三日家を空ける予定だ。
そんなわけで、ゆっくりと過ごせる。
こんな日は、たまには手抜き料理でもいいでしょ。
「おにぎりと味噌汁にしよっと」
冷蔵庫の中からラップで包んだ残り物のご飯を数個取り出し、台所の上に並べる。
「ハーネ、よろしくな」
《シュッ!》
ハーネは僕の腕から離れると、ラップで包んだご飯の周りをグルリと体で囲み――葉脈のような模様が入った羽を、まるで蜂が飛んでいるみたいな音と共に目では追えない速さで動かし始めた。
その間に僕は、ケトルに水を入れて火にかけてから、『ショッピング』で鮭フレークと即席味噌汁を購入。
手の平に浮かぶ魔法陣から出てきたのは、ガラス瓶に入った解れた鮭と、豆腐、長ネギ、油揚げが入った味噌汁だ。
「毎日じゃなくても、たま~に味噌汁が食べたくなるんだよね」
フリーズドライ製法で仕上げられた味噌汁は、香りや風味がいい上に、お湯を注いだ瞬間に出来上がる、究極の時短料理。
元の世界で独身生活をしていた時には、大変お世話になった商品だ。
《シュー!》
マグカップの中に袋から出した味噌汁の素を入れていると、ハーネが僕の元まで飛んできて頭の上に乗る。
「お、もう終わったの?」
《シュ~ッ》
ピコピコ尻尾を振るハーネ。
ハーネが囲んでいたラップで包まれたご飯を手に取ると、出来立てのようにホカホカと温まっていた。
魔法なのか何なのかは分かってないんだけど、今回のご飯みたいに、ハーネが何かを体で取り囲んで超高速で羽を動かすと、その囲んだものを温めることが出来るのだ。
疲れないのかと聞いたこともあるんだけど、何が? といった感じに首を傾げられたので、平気らしい。
まるで電子レンジのようだと思った僕は、『ハーネレンジ』と名付けて、かなり重宝しているのだ。
そんな温まったご飯をラップから取り出して、鮭フレークと共にガラスボウルに入れて混ぜる。
それを丸と三角に握って二つの皿に盛り付けてから、味噌汁のもとが入っているマグカップにお湯を注ぐ。
一瞬にして味噌汁のいい香りが台所の中に広がった。
「よし、出来上がり~。居間に持って行って食べよう」
食卓が置かれている居間へ行き、早速食べることにする。
「いっただきまーす!」
《シュ~!》
おにぎりを掴んでバクリと齧りつく僕の横で、ハーネは羽を動かして僕の肩から自分用の皿の位置まで頭を下げる。そして、パカリと開いた口でおにぎりを一口で食べてしまった。
僕が味噌汁とおにぎりを二個食べ終わる頃には、ハーネ用の皿にあった六個のおにぎりは綺麗にお腹の中に消えていた。
ハーネさん? 体の中間だけがツチノコみたいに丸く膨らんでますよ?
そんなこんなで食べ終わった食器を洗って片付け、室内の掃除も粗方やり終えると、もう今日はやることがなくなってしまった。
何をしようかと悩んでいたら――
ドンドンドンッ! と玄関が力強く叩かれた。
その音に、フェリスさん達が帰ってきたのかと思った……んだけど、もしそうなら、鍵を持ってるんだからドアを叩く必要はない。
来客があるとも聞いてないんだけどな、とハーネと顔を見合わせていると、玄関を叩く音が更に強くなった。
家には他に誰もいないし、扉を叩く強い音にちょっとだけビビる。
「すまん! 知人の紹介で、ここにいる魔法薬師に会いに来た! 誰か……誰かいないか!?」
ただ、玄関の向こうから聞こえてきた聞き覚えのあるその声に、僕は目を瞬かせた。
慌てて立ち上がって玄関まで走り、鍵を開けてドアを開く。
「……あ、やっぱり」
「ケ、ケント? お前……何でここにいるんだ?」
そこにいたのは、この世界に来て最初にお世話になった街の警ら隊の隊長――アッギスさんだった。
アッギスさんは、驚いた表情で僕を見下ろしている。
まぁ、立ち話もなんだからということで、家の中に入ってもらうことにした。
最初は断ろうとしていたアッギスさんだったが、すぐにここに来た目的を思い出したのか、「邪魔するぞ」と頭を下げながら、入ってきてくれた。
居間のソファーにアッギスさんと向かい合って座ってから、僕は首を傾げる。
「急にアッギスさんが訪ねてきてビックリしました」
「あぁ、そういえば暁に入ったってこの前言ってたよな……すっかり忘れていたよ」
アッギスさんは首の後ろを撫で、苦笑してから口を開く。
「俺の奥さん……妻が妊娠中だってのは、この前話しただろう?」
「確か、臨月なんですよね? 何かあったんですか?」
「実は、妊婦が稀にかかる『魔力中毒症』になってしまってな……」
「妊婦さんがかかる、魔力中毒症……?」
聞けば、『魔力中毒』とは、体内に許容量を超える魔力が溜まった時に発症するらしい。
症状としては、眩暈や吐き気が出ることが多く、次に耳鳴りや目の充血、動悸息切れなどなど、様々な症状が出る。
妊婦だけでなく、成長と共に増える魔力量に体がついていけない子供もかかることがあるが、体が出来上がっていけば自然に治る。
一方で妊婦の場合は、自分の魔力に子供の魔力もプラスされることで、発症するんだとか。
もっとも、お腹の中にいる子供の魔力量は基本的に少ないので、影響が出ることは少ない。しかしごく稀に、魔力量が多い時に発症するそうだ。
「最近まで、そんなに魔力量が多いと言われてなかったから安心していたんだが……ここ数日で急に魔力量が増えたみたいなんだ。出産してしまえば徐々によくなるんだが、悪阻の時よりも酷い吐き気で飯も食えない状態で……日に日にやつれていく妻を見ていると、妻の体や生まれてくる子供のことが心配でな」
「確かに心配ですよね」
「それに、もう本当にいつ生まれてもおかしくない状況なんだ。なのに、あんな状態で産気付いたら……体力が持つかどうか分からないと医者に言われたんだ」
「えっ、それって結構ヤバい状態ですよね!?」
どうも、いろんな病院や薬師、魔法薬師に奥さんを診てもらったが、そこで処方される薬も魔法薬も、どれも同じようなものだったらしく、症状は全く改善されなかったらしい。
魔力中毒症に効果がある薬は色々とあって、普通であれば飲めばすぐに症状が治まるはずなのだが……アッギスさんの奥さんの場合は、なぜか改善されないという。
ただ、妊娠しているため、色々な薬を飲むのは避けたい。妊娠中に薬や魔法薬を飲み過ぎると、生まれてくる赤ちゃんによくない影響が出てしまうのだ。地球でも似た話を聞いたことがあったっけ。
そんなことを思っていると、アッギスさんが溜息を吐きながら話を続ける。
「魔法薬師協会に勤めている友人がいるから、そいつに相談したんだが……魔法薬師協会で販売している魔法薬であれば治るかもしれないと言われてな。ただ、協会の薬は高級で、もし複数回飲まないといけなくなった場合、金銭的に辛くなってくる。であれば、魔法薬師に直接依頼したらいいということで、暁の魔法薬師二人――フェリスさんと、特にグレイシスさんならどうかと、紹介されたんだよ」
師匠! 貴女ってやっぱり凄い魔法薬師なんですね!
ただ、話を聞いた僕は申し訳ない気持ちになってしまった。
「アッギスさん……すみません。グレイシスさんは、魔法薬の調合で使う材料の採取に出ていて、あと数日は帰ってこないんです」
「そんなっ! なんとか……なんとかして、連絡は取れないか?」
「その……連絡が一切出来ないダンジョンに潜っている最中でして……」
僕の言葉に、アッギスさんの瞳が落胆の色に染まった。
そんな彼を見て、僕はどうにかして助けることが出来ないかと考える。
「あの、アッギスさん」
「いや……すまない。急に押し掛けてしまったりして」
そう言って、アッギスさんはソファーから立ち上がる。
大きな背中を丸め、足取り重く玄関へと歩くアッギスさんの背中に、僕は声をかけた。
「待ってください! あの、もしよければ……奥さんに処方する魔法薬、僕に調合させていただけませんか?」
アッギスさんは僕の突然の言葉に困惑した様子だった。
そんな彼に、魔法薬師の証であるエメラルドが付いたバングルを見せて、自分が魔法薬師の資格を取得したことと、グレイシスさんの唯一の弟子であることも伝える。
「もしも僕の腕が信用出来ないなら、グレイシスさん達が帰ってきた時に、すぐに魔法薬を調合してもらえるよう頼むことにします。そのためにも、今までに奥さんが服用した魔法薬の種類を教えてくれませんか?」
そう言うと、アッギスさんは逡巡した様子を見せたが、すぐに承諾してくれた。
紙に今までの症状と服用した魔法薬の種類を書き、最後にアッギスさんの住んでいる住所を書き込んでから、懐に手を入れる。
そこから取り出されたのは、小さな瓶。
どうやら、奥さんが服用していた魔法薬の一つらしい。
アッギスさんはその瓶を眺めながら、しみじみと頷く。
「しかし……まさか、ケントが魔法薬師になっているとは驚いたな」
そう言って、先ほど書いた紙と一緒に僕に手渡してくれた。
「俺は……妻の症状がよくなって子供が無事に生まれてくるためだったら、なんでもするつもりだ。だから、ケントが妻を治してくれる魔法薬を調合出来るなら、お願いしたい。もし……どうしても無理そうなら、その時はその師匠とやらに頼みたい。それでいいか?」
「はい、もちろんです!」
僕が頷くと、「よろしくな」と僕の肩を叩いてから、アッギスさんは帰っていった。
『情報 Lv3』
玄関を閉めて鍵をかけ、アッギスさんが書いてくれた紙を見ながら居間へと戻る。
ソファーに座ると、頭の上にハーネが乗ってくる。
僕がう~んと首を傾げれば、ハーネも真似するように頭を傾けていた。
ハーネの行動が本当に可愛くて癒される。
「どこに行っても同じ薬を処方されるってことは、医師から同じ病気だと診断されたわけだな。でもその魔法薬では治らない……となると、魔法薬の材料の質があまりいいものじゃなかったのか、調合の仕方や魔力量が足りてないってことだよな?」
今まで処方された薬を書き出してもらったけど、確かにどれも似たようなものだし。
『魔力抑制薬』
『吐き気止め』
『眩暈止め』
主にこの三つの魔法薬が多く処方されている。
それを確認した僕は、タブレットを出して、アプリ『魔法薬の調合 Lv2』を開く。
紙に書かれた薬と同じようなものがアプリの中にあるか確認するためだ。
いざ見てみると、表の上の方にあった……ってことは、調合する難易度としては、そんなに高くはないんだな。
それから机の上にある、アッギスさんが置いていった魔法薬を『カメラ』のアプリで撮り、『情報 Lv2』で確認してみる。
【魔力抑制剤】
・特徴 :魔力の過剰な放出を抑え、鎮静させるはたらきがある
これしか書いていなかった。
顎に手を当てながら『情報』を見ていた僕は、ふと、『情報』のレベルを上げたらどうなんだろうかと考える。
レベルを上げれば、この他にも何か情報が表示されるかもしれない。
ということで、サクッとレベルを上げようと決めた。
アプリの画面の右上をタップする。
【Lvを上げますか? はい/いいえ】
『はい』をタップ。
【※『情報 Lv3』にするには、560000ポイントが必要になります】
『同意』をタップ。
するとすぐに、画面上から五十六万ポイントが消え、時計マークが浮かんだ。
タブレット内のポイント……つまるところお金が一気に減ったことに内心ちょっとビビりながらも、また頑張って貯めようと決心する。
以前、アッギスさんに何かあった時は絶対に助けると心に誓った。
その時が思ったよりもかなり早く来たけど、今やらなきゃいつやるんだ!
アッギスさんには、あんな寂しそうな笑顔は似合わない。
そんなことを思っていると、アプリの時計マークが消えた。
「んじゃ、早速使ってみますかね」
『情報』を開くと新しい項目が出来ていた。
元々あったのは、【人物/食/装備】の三つ。
そこに【魔獣・魔草/薬・魔法薬/その他】の三項目が加わっている。
そのうちの『薬・魔法薬』をタップし、さっき『カメラ』で撮ったばかりの、アッギスさんが持ってきた魔法薬を表示する。
【魔力抑制剤】
・調合者 :魔法薬師 アィエル・ゴートン
・入手難易度 :C
・特徴 :魔力の過剰な放出を抑え、鎮静させるはたらきがある
・用法 用量 :一日一回就寝前に服用
・魔法薬ランク :C
・治癒速度 :D
「お、結構新しい感じになったじゃん。見える箇所も増えたし」
一気に五つも増えるとはありがたい。
まぁ、調合者の名前が出てくるとは思わなかったけど、かなり詳しい情報が手に入ったんじゃないだろうか?
しかし、魔法薬ランクがCって……微妙なラインだな。
アッギスさんの奥さんに処方する魔法薬は、魔法薬ランクがB以上のものじゃないと意味がないってことは分かった。
腕を組んで情報を見ていた僕は、ふと思い出したことがあり、一旦自分の部屋へ戻って机の引き出しを漁る。
この引き出しには、以前練習のために大量に作った魔法薬を、他に置き場所がなかったのでしまっているのだ。
《シュ~?》
頭に乗ったままのハーネが不思議そうに声を上げた。
「ん~? いや、ちょっと前に魔力を抑える薬を作ったのを思い出したんだけど……ラベルを付けるの忘れて、どれか分かんなくなっちゃったんだよ」
たくさんある小さな瓶を手に持って「これか?」「それともこっちか?」と悩んでいると、ハーネが頭の上から下りてきた。
そして、羽を動かしながら引き出しの上まで移動すると、枝分かれした舌をチロチロッと出しながら魔法薬をジーッと眺め――
《シュー!》
一つの小瓶を咥えた。
え、もしかして捜し出してくれたの?
驚きつつも『カメラ』で撮って『情報』で確認すれば、それはまさに捜していた魔力抑制の魔法薬だった。
ど~お? 偉いでしょー! とでも言いたげに、頭の両側に付いている羽のような耳や尻尾をピコピコ動かし、得意満面なハーネ。
うちの子、可愛いだけじゃなくて色々と超優秀だ。
「ハーネ、今日の夕食はハーネが好きなご飯をいっぱい作ってやるからな!」
そんなことを言いながら、ひとしきりハーネを褒めたり撫でたりしてから、魔法薬を持って居間へ戻る。
机の上に自分が調合した魔法薬を置き、もう一度『情報』で確認。
【魔力抑制剤】
・調合者 :魔法薬師 ケント・ヤマザキ
・入手難易度 :――
・効果 :魔力の過剰な放出を抑え、鎮静させるはたらきがある
・用法 用量 :一日一回就寝前に服用
・魔法薬ランク :C
・治癒速度 :C
僕が調合した魔力抑制剤は、アィエル・ゴートン氏が調合したものと同じCランクだった。
これじゃあアッギスさんの奥さんに飲ませても意味がないだろう。
僕が魔法薬を調合する時は地球の素材を混ぜると効能が上がるんだけど、これは確かこの世界の素材だけで作ったもの。
ちゃんと地球の素材を使えば、ランクも上がるだろう。
……ただ、効果は上がるかもしれないけど、確実に治せる魔法薬を調合出来るかどうか……今の僕のレベルだと微妙だよな。
確実に治せないんじゃ、意味がない。
僕はうーんとしばし悩んでから、よしっ! と両手で膝を叩く。
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