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第四幕・魔鏡伝説(後編-06)

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「お前がホセ?」
紅蘭と未羽を両脇に控えたヤミが尋ねた。

「ち、違う。俺はホセ様の部下の1人だ。ホ、ホセ様は・・・」
慌ててキョロキョロと周囲を見回したホセは足元に倒れている男を指差して叫ぶ。

「こ・・・、コイツがホセ様だっ」
「ったく、往生際が悪い奴だねぇ」
ヤミは呆れた様に両手を広げる。

「こんな奴に、ヴィオレーテがっ」
「可怜的家伙!(情けない奴の意)」
未羽は唇を噛み、紅蘭は呆れ果てる。

「お、お前らっ。俺は神だぞ、俺に危害を加えると天罰が下るぞ!神獣がもうすぐ・・・」
必死に強がって見せるホセ。
それ程、3体の神獣を信じているのであろう、だが体はガタガタと震えている。

「ビビってんじゃ~ん。ホセくぅ~ん」
ヤミは意味有り気な笑みを浮かべる。

「アイツは何を言ってるんだ?」
紅蘭は不思議そうな顔である。

「ルイス・フェルナンデスを知っているな? お前が殺したんだろう?」
未羽が重く低い声で問い掛ける。

「前村長の・・・。あ、あれは、俺が悪いんじゃない。そ、そうだ。【魔鏡】様のお告げで仕方なく」
「ファナは?」
「ヴィオレーテもか?」
未羽と紅蘭も語気を強めて凄んだ視線で見つめる。

「俺は悪くないんだ・・・。全ては【魔鏡】様の命令でやった事だ・・・」
怯えながら後退るホセ。

そこには根っから気弱でありながら、弱者に対しては強気になる救いようのない男の姿があった。
そして、ホセはこの期に及んでもなんとか逃げるチャンスを探していたのである。

(あの真ん中のヤツがリーダーか? よく見てみりゃ、一番ちっこいし、ひ弱そうだな。そうだ、アイツを人質にしたらここから逃げ出せるんじゃ? )
こ狡い笑みを浮かべるホセ。
紅蘭と未羽の圧倒的な戦闘力を目の当たりにして、小柄なヤミが手軽な相手と見たのであろう。

「あ、あのう」
「何だい? ボク達はお前と話す事なんて無いんだけど?」
「その、どうしても話しておかないといけない事を思い出しまして」
「ふーん」
ヤミはチラリと両脇の紅蘭と未羽を見る。

「偶然じゃん。ボクもお前に聞きたい事が1つ有ったよぉ」
ヤミの表情は硬いままである。

「それは丁度良かったです。そちらのお2人とは別に貴女だけに、お話をしたいのですが?」
「まぁ、いっかぁ。特別に聞いてあげよう。ホセ君」
そう言うとヤミはホセへ向かって歩き始めた。


(しめしめ、上手く行った。馬鹿な小娘が)
思わず顔が緩むホセ、だがそれを紅蘭と未羽は卑下した表情で見つめている。


「それで、話って? 何なのさ?」
ホセと対面したヤミ。

「それは、コレなんですが」
ホセは手を伸ばし、ヤミへ何かを見せようとする演技をする。

「ほらっ、おとなしくしろっ」
ホセはヤミの肩を掴むと自らの脇に抱え込み、反対側の手で隠し持っていた拳銃をヤミのこめかみに近づけた。


「あっはっはっはぁ! 形勢逆転だな。コイツの命が惜しかったら、道を開けろぉっ!」
勝ち誇った様に叫ぶホセ、だが紅蘭と未羽は眉一つ動かさない。

(アレ? どうして道を開けない?  コイツ、リーダーだろ? 違うのか? そうか、コイツ等、どうしたら良いか分からないんだ)
自分の都合の良い様に全ての物事を解釈しているホセ。

「はあぁぁぁ」
ヤミの口から、大きな溜息が漏れた。

「ホントどうしようもない奴」
(へっ?)
ヤミの溜息の意味が分からないホセが逡巡した時であった。

〈バシンッ〉
ヤミの右手が肘を起点に半回転し、裏拳がホセの顔面にヒットした。

「グワッ」
突然の事に為す術もなく銃を落とし、両手で顔面を押さえて蹲るホセ。
タラタラと鼻血が流れ出す。


「あ~、もう。バッチィの触っちゃったじゃんかぁ」
ヤミは右手を〈プルプル〉震わせると左手でホセの胸倉を掴む。

「ひいぃっ」
殴られると思ったのであろう、ホセは目を瞑った。

「あのさぁ、時間が勿体ないから、さっさと答えてくんない?」
「な、何を?」
「【神薬】・・・。いや、【MDMA】の保管場所」
「し、知らんな」
ホセは考えた。
ここで、生き残りさえすれば【神薬】で再び大儲け出来ると。
そして、間もなく3体の神獣が自分を助けに来てくれると。

「もし、知ってても言わん!」
「やっぱり知ってんじゃん。教えてくんないなら、仕方ないかなぁ」
ヤミがニッコリと笑った。
いつの間にか、右手には注射器が握られている。

「注射器? な、何の?」
ホセの目が毒々しい紫色の液体の入った注射器に注がれた。

「バルビツール酸系のお薬だよ。チオペンタールナトリウムを主成分にボクがオリジナル調合した自白剤さ」
「じっ、自白剤?」
「そう。しかも、即効性があるから何でも喋りたくなるよぉ。但しぃ」
「な、何だっ?」
「喋った後は、意識が戻る補償は無いんだよねぇ。まだ、ヒトに試した事なくってさぁ」
「じ、人体実験? い、嫌だ。よ、よせ。な、何でも知ってる事は話すからっ」
ホセは顔面蒼白になり懇願する。

「もう、遅い。最初から素直に教えてくれないとぉ。脅した後じぁさぁ、信用出来ないしぃ」
「た、助けて・・・。お、お願い・・・」
「そう言って命乞いした人が何人犠牲になったのさ、お前、一度でも助けた事が有るのか?」
「ぐっ!」
「それじゃあ、〈プスッ〉とな」
「うわあぁぁぁ・・・。あぁ・・・ぁぁぁ」
注射器の中身が一気に注入され、ホセは虚ろな目になると、独語をブツブツと喋り続けた。


「【コミエンゾ・シウダッド】から南へ300M。砂地の真ん中にある中世期の牢獄・・・」


 その後、3体の神獣はホセの願いも空しく、姿を現す事は無かった・・・。当然だが。


「よし、これで目的は半分達成したよぉ」
「半分?」
「また残っているのか?」
「ついでに、【神薬】とやらも消滅させておこうと思ってさ」
「それなら」
「話に乗るか」
突然の展開ではあったが、紅蘭と未羽はヤミが最初から考えていた事と察したのである。



【コミエンゾ・シウダッド】医療施設・屋上――


「おい、ヤミ。コレハは?」
まだ眠ったままのファナを車椅子に乗せたまま屋上へと連れて来た紅蘭と未羽が驚く。

「やだなぁ、ヘリコプターだよ。2人共、知らないの?」
あっけらかんと笑うヤミ。


「そうじゃない。ヤミ」
「何故、ここにヘリコプターが有る?」
「さぁね。親切な足長おじさんじゃない? ところで、未羽ちゃん、飛ばせるよね?」
ヤミに言われて、未羽は機体をゆっくりと見る。

「ユーロコプター・エキュレイユ。AS350か、無論、飛ばせるが」
「それじゃ、お願いしょっかな。紅蘭ちゃん、ファナちゃんを乗せるから、手伝って」
「あ、あぁ」
未羽が操縦席に座り、紅蘭とヤミはファナを車椅子から移譲させて、それぞれ着席する。

「未羽ちゃん。最初の目的地はココ」
ヤミはノートパソコンを広げて地図を見せる。


「【コミエンゾ・シウダッド】から南・・・。まさか?」
「そう、そのまさかだよ。それと、ランチャーも勿論、使えるよね?」
「ランチャー?」
未羽は改めて、操作盤を見た。

「ツイン・ランチャーが装備されているナ」
「じゅあ、そっちも。ルイスとヴィオレーテの敵討ちの総仕上げにね」
「OK? 宜しくう。んじゃあ、Ready・Go!」
「收到!(了解の意)」


〈ヒュンヒュンヒュンヒュン・バラバラバラッ〉
ヤミ達4人を乗せたヘリコプターが、【コミエンゾ・シウダッド】の夜空へと舞い上がったのである。


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