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第四幕・魔鏡伝説(中編-04)

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<チチチチッ・チチチッ>

ファナの寝ているベッドの側で未羽の話を聞いていたヤミと紅蘭が、ふと窓辺
に顔を向けると、カーテンの隙間から光が漏れている。

「いつの間にか夜が明けたみたいだな」
立ちあがった紅蘭がカーテンを開けた。

<シャッ>
カーテンレールを滑る音が聞こえ、眩しい光が差し込んで来る。

「ふわあぁぁぁっ、眠い訳だ」
背伸びしながら、大きな欠伸をするヤミ。

「ん・・・」
ベッドの上でファナが小さく呻く。

「ファナっ!」
「未羽、姉ちゃん? ここは?」
ゆっくりと目を開けるファナ。

「ヤミ! 紅蘭!」
未羽の声のトーンが上がった。

「気が付いたのか」
「ふむふむ、麻酔が切れる時間もほぼ予測通り」
紅蘭とヤミもベッドに寄り立つ。

「あの、貴女達は誰っス?」
「心配するな、ファナ。私の友達だ」
「とも・・・だち・・・」
ファナは意識が少しずつはっきりとし、これ迄の事を思い出していく。

「ありがとうっス。助けてくれたんスね」
「兎に角、無事で良かった。ワタシは、孫紅蘭だ」
「紅蘭さん?」
ファナが伸ばそうとした手を取って、優しく包み込む紅蘭。

「ボクは、ヤミ。ヤミ・イーシャだよ。宜しくぅ」
お道化て敬礼のポーズを取るヤミを見て、ファナが軽く笑った。

「未羽姉ちゃん・・・」
「私の最高の仲間達だ。もう、何も心配しなくていいぞ」
ベッドの上で半身を起こしたファナを優しく抱きしめる未羽。

「そう、ボク達は【チャリーンズ・エンジェル】さ。ボクがリーダーのメインキャラ!」
そう言うとヤミはベッドから少し離れた位置に立ち、歌舞伎役者の様なポーズを取った。

「世の為、人の為、悪党の野望を打ち砕く、【チャリーンズ・エンジェル】! この眼鏡の輝きを恐れぬならぁ。さぁ、かかってこい!」
<クスクスクス>
ヤミの大喜利を見て、ファナが笑った。

「えっ! ち、ちょっとぉ。未羽ちゃんも紅蘭ちゃんも、ボクの両脇で決めのポーズしてよぉ」
「別にお前がリーダーと決めてる訳では無い」
「え~、ひっどおぉぃ。紅蘭ちゃんってばぁ!」
「そうだな。私達は同じ目的の時にのみ揃って行動する」
「もう、未羽ちゃんまでぇ。ま、いっか!」
ヤミは頭に手を当てて、舌をペロッと見せて笑い、皆がそれが合図の様に笑い出したのであった。



 未羽の話で凡その流れを掴んでいたヤミ達は、ファナからも話を聞いて現在の【コミエンゾ・シウダッド】の情勢を理解したのである。


「つまり、そのホセなんちゃらが悪代官って訳かぁ」
「そうっス。今、アチキの家が乗っ取られて、母さんもそこに」
「軟禁されている状態か。ルイスは?」
「分からないっス。あの日から父さんに会ってないっス。母さんもアチキを逃がす時に一瞬だけだったし」
「だとすると、それだけでは有るまい。【神薬】とやらを使われているかも知れないな」
「ファナ、その【神薬】というのは?」
「よく分からないっス。でも、【神薬】を使うと悩みが無くなって天国に行った気分になれるって評判っス」
ファナの言葉に、ヤミ達は顔を見合わせる。


(間違いないな)
(麻薬・・・、覚醒剤か)
(メキシコはまだ麻薬戦争も落ち着いていない)
3人がそれぞれの考えを目だけで疎通し合っていた。

(それに)
ヤミの瞳の色が微かに変わった。

(絵瑠夢の鼻が感じたアレは・・・。メチレンジオキシメタンフェタミン、余程の組織が裏に有ると考えるのが自然だけど)
一瞬、考え込んだかに見えたヤミが未羽と紅蘭に耳打ちする。


「恐らくだけど、その【神薬】ってのは【MDMA】。メキシコの麻薬戦争とは違うルートで持ち込まれて使われていると思う」
「つまり、ホセってヤツが何処からか持ち込んだ?」
「もしくは、ホセを媒体にして流通させているヤツが居る?」
「恐らく、そんな所だろうね。先ずは、村長公邸とやらに潜入して見ないとさぁ」
「どうやって?」
「未羽ちゃん、間取りは分かる?」
「何となく覚えているが、ファナの方が?」
「いや、ボクの勘だけど。ファナちゃんには見せない方がいいモノが映ると思うんだよぉ」
「映る?」
「そうか!」
未羽と紅蘭が顔を見合わせ、ヤミがニコリと笑った。

「そう、出番だよ、パットちゃん!」

<パタパタパタ>
ヤミの声が合図であったかの様に、何処からか飛んで来たパットがヤミの肩に止まったのであった。



 その夜、闇に紛れて、村長公邸へと走る影が2つ――

「ファナちゃんは?」
「紅蘭が付いてる。心配は無いだろう」
「オッケー。んじゃ、レディ・ゴー!」
ヤミと未羽は壁伝いに慎重に近づいて行く。

「まるで忍者だな」
ヤミに渡された衣装を見た未羽は思わず呟く。
「やだなぁ、くノ一って言ってよぉ。それとも、いつかみたいに網タイツスタイルの方が良かった?」
ニンマリと笑うヤミ。

「いや、これで十分だ。下手に口を出すとかえってややこしいモノになりそうだからな」
「ほうほう、それは居たい所を突かれたねぇ。し、静かに!」
ヤミの耳がピクリと動き、唇に人差し指を立てて当てる。

(妃弦、何人だと思う・・・)
ヤミは心の中で尋ね、耳を欹てる。

(凡そやけど。5人か6人、呼吸のおかしいのが混ざっとるわ、女やな)
(その女。汗にまで匂いが、出てる。完全に中毒になってるな)
(有難う。妃弦、絵瑠夢)
ヤミが軽く頭を振りながら自問自答している様子をジッと見つめる未羽。

「未羽ちゃん、これからパットちゃんを飛ばすけど」
「あぁ」
神妙なヤミの表情から何かを察した様に未羽が頷いた。

「ファナちゃんに見せられないモノ。多分、未羽ちゃんも見たくないモノだと思う。心を落ち着けて」
「・・・分かってる」
意を決した様に大きく頷く未羽。

「それじゃ、頼んだよ。パットちゃん!」

<パタパタパタ>
ヤミの肩からパットが飛び立つと、2人は物陰に移動し小型のモニターの電源を入れたのであった。

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