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第二幕・花嫁泥棒(中編-04)

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「ヤミ。信用して良いのか? 湖底トンネルだと、未羽の援護は期待出来ないぞ」
「大丈夫だよ、紅蘭ちゃん。言ったじゃん、ボク達は失敗出来ないって」
「そうか・・・。そうだな」
何かを悟った様に紅蘭が笑った。


隊長を先頭にして、ヤミ達は階段を降りて行く――

「ヤミ、ヤミ!」
抱き抱えられたまま、アスカはヤミの耳元に口を寄せる。

「アイツ、信用出来ない。悪いヤツ」
他の誰にも聞こえない様に小声である。

「大丈夫、ボク達に任せておいてよぉ。アスカちゃん」
軽くアスカの頭をポンポンと叩くヤミ。
紅蘭は黙って2人の後に続く――


「ここだ」
先頭を歩いていた隊長の足が止まった。

「この梯子を下りて行くと、地下通路に繋がっている」
古びたドアを隊長が指さし、ヤミはシゲシゲと眺め、スンスンと周囲の匂いを嗅ぐ。

「かび臭いなあ。開けてくれる」
「分かった」
隊長は微かな笑みを浮べてドアに近づき、閂に手を掛けた。

ギイィィィィッと音を立てて扉が開かれ、ヤミは暗闇を覗き込む。

「灯りは?」
「電気は通っていないが、下にランプが用意してある」
「成る程、それなら何とかなるかなぁ」
「後は、ひたすら真っ直ぐに進めば湖岸に出られる」
「時間は?」
「5分もあれば」
「よーし、それじゃ隊長さん。先に降りてランプを用意してくれるかい?」
「分かった」
そう言って隊長が梯子を降り始めた直後――

「紅蘭ちゃん!」
ヤミの言葉と同時に紅蘭はドアを閉め、環貫を掛ける。

「おい! 何だ! どうした?」
慌てて階段を上って来た隊長が内側からドアを叩きながら喚く。

「ヤミ・・・?」
何が起きたのかとアスカはヤミの顔を見つめる。

「急ぐよ」
「なっ!」
ヤミはアスカを抱きかかえたまま、来た道を走り出す。

「アイツはボク達を罠に掛けようとしていたんだ。恐らく地下通路にはかなりの【ソンブラ】が待機している。200人居るって言ってたのが本当なら、100人以上は居る計算」
「どうして分かった?」
「アイツがドアを開ける時に微かだけど、液体シリコンの匂いがしたんだ」
「液体? シリコン?」
不思議がるアスカに後ろを走っている紅蘭が言葉を繋いだ。

「液体シリコンは金属・木製を問わずに摩擦係数を軽くして滑らかに動く様にする。だが、揮発性も強いから数分もすれば匂いは殆ど分からなくなる。そうだな、ヤミ?」
「もう、紅蘭ちゃんってば、いいトコ持ってくなぁ」
「だが、その僅かな残香を感じられたのは」
「そう! 天才調合師と呼ばれたボクの鼻があってこそだけどねぇ」

アスカは頭の回転が追い付いていない。

「アイツはボク達を罠に掛け様として取引を持ち掛けたのさ。きっと盗聴器でも襟の裏につけてあって仲間に僕達との話を聞かせ、急いで準備をしたって所かなぁ」
「それなりに訓練されている組織みたいだな、【ソンブラ】は。こういった時にどう対応するかを事前に徹底している」
「マテオ!」
アスカがその名を叫んだ。

「マテオ?」
「何者だ?」
「マテオ、【ソンブラ】の親玉! いつも卑怯な事ばかりする!」
「そうか・・・。それなら、真っ先にぶっ潰してやる!」
アスカを抱きかかえたまま走るヤミの顔を見上げ、すぐ後ろを走る紅蘭の顔を何度も見返すアスカ。

「父上の言った通り・・・。【暗黒のグリフォン】」
「ん? 何か言ったぁ?」
「何でもないよ」
初めて笑みを見せたアスカであった。


 ヤミと紅蘭は塔の正面扉へと向けて駆け抜ける。

「居たぞ!」
「こっちだ! 急げ!」
塔の外周に居た【ソンブラ】達が拳銃を携え扉の前に立ち塞がる。

「紅蘭ちゃん!」
「任せろっ!」
ヤミを追い抜いた紅蘭は、加速を付けて立ち塞がる【ソンブラ】達の手前で大きくジャンプした。

まるで若鮎が水面を跳ねたかの様な流麗な動きの中で、紅蘭の目は的確に敵の数と位置を把握する。

(6人か、それなら!)
空中で回転しがら、紅蘭は両手に2本ずつ長さ30センチ程の細い鏢を脹脛(ふくらはぎ)の脚絆から引き抜き、手首を返す。

ピュンッ!
僅かな音と共に、4つの銀色の光が紅蘭の手から敵に向かって伸びた。

グサッ!
「うわっ!」
紅蘭の放った鏢は寸分の狂いもなく、拳銃を構えた【ソンブラ】達4人の手の甲を貫通していた。

「畜生!」
紅蘭からの攻撃を免れた2人が銃口を紅蘭へと向け、引き金を引く寸前――

ヒュン!
紅蘭の両手から縄鏢が伸び、2人の【ソンブラ】が構えた銃口にと突き刺さった。

ガシャーン!
ドーン!
【ソンブラ】の構えていた銃は銃口を紅蘭の縄鏢に塞がれ、暴発する。

「ぎゃあぁぁぁぁっ!」
「お、俺の手がぁ!」
血塗れになった両手をブルブルの震わせて喚く2人の間を紅蘭とヤミが走り抜ける。

バーン!
勢いよく正面扉が開かれ、塔の灯りが唯一の脱出ルートである橋を照らした。


「み、未羽さん!」
扉が開かれたのを見たオリビーが興奮気味に叫んだ。

「分かっている、騒ぐな。ここからが私の仕事だ」
こう言うと、未羽は暗視スコープを付けたAI L96A1を構えた。


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