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第一幕・天使爆誕(後編-06)

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「不審船が離岸しました」
「艦隊を展開! 取り逃がすなよ!」
沖で待機していた墨海艦隊がヤミ達の乗った船を取り囲んでいた。

「停船し、船籍と搭乗員を明らかにせよ。さも無くば攻撃する」
圧倒的な優位性をちらつかせながら高圧的に停船が命じられた。

「どうするおつもりで? もう、八方塞がりってこの事ですよぉ」
泣きそうな表情の船長の背中を、ドンッと叩くヤミ。

「心配しないでいいから、全速力でド真ん中を突っ切って!」
「もう、どうなっても知りませんからねぇ。ええぃっ! 乗りかかった船だって、まさにそのまま・・・」
諦め極地になった船長が舵を切り、速度を上げた。


「逃げるつもりか。余程、疚しいと見える。全艦、砲撃用意!」
艦隊司令官は攻撃命令を下し、双眼鏡を目に当てた。

その時である――

「よーし、旗を上げてぇ!」
ヤミの合図で、紅蘭と未羽がロープを引くとマストにスルスルと旗が掲げられて行く。

黒地の布、その中央に頭蓋骨と、交差した2本の大腿骨が白く染め抜かれている。

双眼鏡を除いていた艦隊司令官の顔が見る見る、蒼ざめて来た。

「Jolly Rogerだと・・・」
司令官の唇が、ワナワナと震えだしていた。

「全艦、砲撃中止! ヤツには絶対に手を出すなっ!」
「司令官、どう言う事なんですか?」
艦橋に居た誰もが、司令官の豹変ぶりに驚く。

「アイツには手を出すな。最高指導者からの命令だ。従わなかったら、我々は粛清される・・・」
苦虫を噛み潰した様な表情の司令官の居る艦橋に向かって、朗らかに笑い手を振るヤミであった。



 墨海艦隊の真っただ中を悠然と横断したヤミ達はその後、何者にも邪魔される事なく無事に首都・〈ケール〉近くの桟橋へと上陸したのであった。


「有難う。信じられない。本当にケールに戻れるなんて・・・」
「まぁ、国外脱出っていう目的は達せなかったけどね」
「SIS(英国情報部)には、私が説明する。勝手に依頼を変えたってね。そうすれば、依頼料も・・・」
「まぁ、そんな事はどうでも良いんだけどね」
「お前にしては珍しいな」
ゼンエンスキーとヤミの話に割って入る紅蘭。

「全くだ。お前がそんなお人よしだとは思えないが?」
未羽の顔には薄く笑みが浮かんでいる。

「今回はSISの依頼金より、もっと素晴らしいモノを手に入れたからボクは満足さ」
「素晴らしいモノとは?」
「〈チャリーンズ・エンジェル〉か?」
ゼンエンスキーが納得したかの様に呟いた。

「でも、ゼンちゃん。これからが大変だよ」
ヤミが真顔になった。

「この戦争、世界を巻き込んで長期化するのは間違いない」
未羽の顔からも笑みが消え、紅蘭も――
「行くも地獄。引くも地獄か」


「それでも、私は戦い続けなければならない。故国の為、そして、世界の為に」
ゼンエンスキーは強い意志を込めてきっぱりと言い放った。

「もしもの時は、〈チャリーンズ・エンジェル〉に御依頼を!」
ヤミが右手を差し出し、ゼンエンスキーと握手を交わす。

「ヤミの頼みなら二度とゴメンだが」
「マクライナの為なら」
紅蘭と未羽が2人の握手の上に手を重ねた。

「大丈夫だ、これは私達が始めた戦い。侵略者は必ず駆逐する」
「頑張れ、ゼンちゃん」

こうして、ゼンエンスキー大統領の救出劇は幕を卸したのであった。



 パーランド メルシャワ・キョパン空港――

「未羽、ヤミを見なかったか?」
「さっきまで居た筈だぞ?」
「全く、世話の焼けるヤツだ」
「直ぐに搭乗手続きだって言うのに・・・」
ヤミを探して回る2人。その頃、ヤミは――

「全く手間が掛かり過ぎだが・・・。まぁ、今回は良しとしよう。フィン」
空港ロビーの片隅でヤミがスマホで誰かと話し、通話を切った。


「いゃぁ、ボクも今回ばかりはヤバかったと思うよぉ」
「紅蘭と未羽。いずれ役に立つとは分かっていたがな」

フィンと呼んだ相手との通話は切れている。
つまり、ヤミと話していると思われる声は別人である。

「取り敢えず、日本に戻ってから次の事を考えようかなぁ」
「あの件も忘れずにな」
「りょぉかぁい!」


「おい、ヤミ!」
「こんな所で何をしている!」
話し込んでいたヤミの肩を後ろから掴む紅蘭。

「うわっ! びっくりしたぁ!」
振り向き様に目をパチクリさせるヤミ。

「誰と話していたんだ?」
「別にィ。間違い電話だよん」
狐に摘ままれた様に辺りを見回すが他には誰も居ない。

「ねぇねぇ、日本に戻ったら『大成金飯店』に行こうよぉ」
「お前・・・。本当に好きだな。あの店」
「だって、美味しいものは美味しい。だよね、未羽ちゃん」
「全く、お前には適わんな」
「んじゃ、決まりぃ! キャハハハハッ!」
そう言うと笑い声を上げながら走り出すヤミ。

その後を追う、紅蘭と未羽も心なしか楽しそうに見えたのであった。
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