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第九章 クラウディス地方

111 宰相の葛藤

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 宰相からの「貸し渋り対策」の説明は、いつの間にか『金融ギルド』への俺の出資額の話へと、出だしとは全く違う方向に進んでしまっている。すると今度は、クリスが学校でのドーベルウィンと俺との決闘の際にあった「決闘賭博」の件を話しだしてしまった。

「あのとき私はグレンに三〇〇〇万ラントを賭けまして、五七〇〇万ラント勝ちました」

 これには宰相もアルフォンス卿も硬直してしまった。

「グレンも二〇〇〇万ラントを自分に賭けて三八〇〇万ラントを手にしていまして、そのお金と私のお金を一つにして『セイラ基金』として、学園で使うようにしております」

「・・・・・クリスティーナよ。お前はいつの間にそのような胆力を身につけたのだ。しかもセイラの名を使って」

 宰相が娘に聞いている。それも恐る恐る聞いている感じだ。

「お父様。私、元々このような性格ですわ」

「そうだったのか・・・・・」

 宰相はサラリと答えるクリスに苦笑している。しばらく後、苦笑を収めた宰相は、クリスに顔を向けてこう言った。

「うむ。これで約束通り、後のパーティーは全て出席してくれるな」

「・・・・・はい、分かりました」

 宰相のその言葉に、先程まで胸を張っていたクリスが急にしおらしくなってしまった。もしかしてクラウディス地方への帰省のバーターって、パーティーへの全出席だったのか。いやいや、クリスも勢い余ってそんな約束をしてしまったのだな。俺がアルフォンス卿に目をやると、吹き出しそうになっているのを我慢しているように見える。

「いやぁ、グレン・アルフォードを触媒とすると面白い事が次々と分かるな。刺激的だ」

 今度はアルフォンス卿から俺の方に視線を向けられてしまった。瞬間的にこれはいかんと思った俺は、クラウディス地方トスの山あいの村アビルダに『玉鋼たまはがね』を取りに行った話を持ち出して場面展開を狙う。するとクリスがアビルダの『玉鋼』を、ノルト地方で作られている包丁に使ってはどうかと思い手筈した事を話した。

「『玉鋼』を使った刀はよく斬れるとのことで、斬れる金属で包丁を作ったならば、よく斬れるはずで、必ず需要があると思いました」

 宰相と次兄アルフォンス卿はクリスの話を聞いて唸っている。思いもしなかったからだろう。

「領地の中で産出される金属と加工する技術を組み合わせ、他にはない付加価値の高い物品を作ることができたなら、領民のためにも、領国経営にとっても益になるのではと」

「クリスティーナはそこまで考えておったのか!」

「いい発想だと思う。妹にそのような才能があったとは」

 二人共感心している。まぁ、あの場にいた俺だってビックリしたから当然なのだが。クリスには経営であるとか、営業であるとか、そういった方面の才能を持っているのは間違いない。ただ経済が発展していないこのエレノ世界で、その能力が発揮される場が限られる、というのが残念なところだが。

「ところで・・・・・ クラウディス地方に関する件とは一体、なんであるのか・・・・・」

 宰相の言葉に俺が目配せすると、察したクリスは立ち上がり、長兄デイヴィッド閣下から預かった封書を宰相とアルフォンス卿に恭しく渡した。受け取った封書を開けて手紙を読み始めた二人の顔は、これまでとは打って変わって、非常に険しいものとなった。

「こ、これは・・・・・」

「・・・・・本当なのか」

 宰相も次兄アルフォンス卿も絶句している。長兄デイヴィッドからの手紙には不作、不作と言っても大凶作と書かれているのだから険しい顔になるのは当たり前。俺はクラウディス地方で見た話とモンセルで小耳に挟んだ話を織り交ぜて説明した。

「ですので王都への道を急いだのです」

 クリスはそう告げた。往路では二日半をかけたものを復路では二日で走破したのだから、かかる時間を二割縮めた計算になる。そこまでしてでも言わなければならなかった事がこの不作問題だった。宰相が俺に尋ねてきた。

「アルフォード商会を介してサルジニア公国から小麦を仕入れる事ができるかを模索と書いてあるが可能なのか」

「最近、サルジニア公国にジニア=アルフォード商会を設立しておりまして、そちらの方に打診を」

「そういえばモンセルはサルジニア公国に近かったな」

 俺の説明を聞いたアルフォンス卿がそう言って頷いている。

「しかし、購入することは可能だろうか?」

「おそらく可能ではないかと。ただ・・・・・」

「ただ?」

「ノルト=クラウディス領の分は賄えても、ノルデン全土の足りなくなるである量は補えないかと」

「なるほど・・・・・」

 宰相は俺の答えに溜息をついた。誰が聞いても溜息をつくしかないだろう。

「東部地域、北部地域はは凶作になる可能性が高いとして、西部地域や南部地域がどうかというのは、現段階では未知数。全容が把握出来るまでには三月かかるか・・・・・」

 宰相はそう独語した。なるほど。情報伝播の遅いエレノ世界では全国の収穫量を把握できるのに、それだけの時間がかかるという事だな。しかも貴族領が国土の七割と圧倒的多数を占める。直轄領は早期に分かっても、貴族領はバラバラだ。こういう事を考えるに貴族統治は行政側にとって支障をきたす。これじゃ現実世界で貴族制が廃れるのは当然だ。

「不作である事を広く知らせる事は・・・・・」

「それは難しいだろう」

 クリスの案を次兄アルフォンスは一蹴した。どうして? という顔をするクリスに俺は説明した。

「事前に教えれば、それこそ閣下の責任問題にされかねない」

 俺は言った。今不作の事を知らせれば、事前に知っていたにも関わらず何ら対策を打たなかったのは何故か、と問う声が高まるだろう、と説明した。

「どうしてなのですか?」

「貴族だからさ」

 俺の答えにクリスは呆然としている。宰相は目を瞑り、アルフォンスは肩をすくめた。

「クリスティーナ。アルフォードの直言は正しい。これは貴族の習性なのだ」

 アルフォンス卿は半ば呆れているクリスを諭した。貴族はいい立ち位置を得るために、利用できるものなら何でも利用すると。そうしなければいつまで経っても日陰の地位に甘んじ続けなければならないからだ。今の環境を変えんとするならば、起こっている状況を自分優位に進める事に傾注し、他の不利益を振り向くことなど決してない。そう断言した。

「!!!!!」

 クリスが明らかに不機嫌になっている。勝ち気なクリスは、そのような受け身の発想自体が嫌いなのだ。一方、宰相は黙して何も語らない。その態度は次兄アルフォンス卿の言葉を肯定していると言っても差し支えないだろう。本当の事を言っているのだから。

「ですから今は所領と領民の事はデイヴィッド閣下にお任せし、動かぬようにする事が・・・・・」

「得策だな」

 俺の言うことに宰相が相槌を打った。そのまま次兄アルフォンス卿に視線を動かし、指示を出す。

「アルフォンス。内の者から話があらば、デイヴィッドと相談の上で事に当たれ。話があったならば・・・・・・・だ」

 アルフォンス卿は返事をして一礼した。なるほど、話がなければやらない・・・・ということか。確かにいくら所領持ちが他派より少ないとは言え、宰相派に属する貴族に対し全員手当をすれば目立ってしまい、要らぬ疑念を持たれかねない。この辺りの割り切りが宰相家として百年以上その地位にあるノルト=クラウディス家の処世なのだろう。

「この凶作、春場がヤマだろうな。二十年前の凶作の時は乗り切ったが・・・・」

 二十年前にも凶作があったのか。宰相の呟きに内心驚いた。もしかするとのどかなエレノ世界でも一定周期、収穫に変動があるやもしれない。

「クリスティーナ、アルフォード。よくぞ知らせてくれた。改めて礼を言うぞ。旅の疲れもあるだろう。ゆっくり休むように」

 宰相の言葉に一礼をした俺とクリスは席を立って執務室を後にした。

「グレン。今回は本当にありがとう。お礼を言います」

 侍女メアリーの部屋に向かう途中、クリスは礼を言ってきた。

「いやいや、こちらこそ。楽しかったな、色々あって」

「ええ」

 俺がクリスが気を使わないように言っていると、後ろから俺たちを呼びながら近づいてくる人影があった。振り返るとクリスの次兄アルフォンス卿である。

「アルフォードよ。今回の件、色々ありがとう。実は頼みがある。これからはフィーゼラーを介してお前とやり取りしたいのだが、どうだろうか」

「グレゴールとですね。元よりそのつもりで」

「お前! もしかしてそのために・・・・・」

 連れてきたのだ。むしろ最初に思いついたのがそれだったのだから。俺の意図を察したアルフォンス卿はフッと笑い、妹であるクリスに向かって言った。

「そういうことだ。お前もグレゴールの面倒を見てやってくれ」

 クリスが頷くと安心したのか、アルフォンス卿は立ち去った。おそらくは宰相も了解している話なのだろう。しかしノルト=クラウディス一家は察しのいい人間が多い。俺はメアリーの部屋に着くと、預かっていた家財道具一式を【収納】で一気に下ろす。メアリーからの礼を受けた後、片付けの邪魔になってはいけないからと、みんなで部屋を後にした。

 俺とクリスと二人の従者は居間に案内され、一緒に食事を摂って歓談した。クリスも二人の従者も何故か楽しそうだ。学園に帰るため、屋敷の馬車溜まりに向かうとそこにはノルト=クラウディス公爵家の紋章があしらわれた馬車が準備されていた。俺の為にノルト=クラウディス家が用意してくれた馬車だ。

「クリス、トーマス、シャロン、みんなありがとう。学園でまた会おう!」

「ええ。会いましょう」
「そのときにはよろしく」
「それまでお元気で」

 馬車に乗り込む俺にみんなが声をかけてくれた。馬車が走り出す中、お互いに手を振って別れを惜しむ。こうして十二日間に及んだ、クリス達とのクラウディス地方への旅はようやく終わった。
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