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第38話 故郷へ

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「マーサさん! なにをしてるんだ」
「坊ちゃま、動かないでください。そこのお二人も動かないで」
「ああ。これでは私たちも動けないよ……、マーサさん理由を聞かせてくれないか」

「……ベクトを殺したのは私です」
「な……なぜマーサさんが……父上を」
「私の村を襲って蹂躙したのです。戦時ではない時にです。あの村は当時、ボレアリスの領地だったのです。それをあの男が侵略し、村のみんなを虐殺し……私の父も……」

「そういえば、あの廃村にあった、絵画の親子……娘がマーサさんに似てるわ」
「ふふ、ファリス様。あの画、まだ残っていたのね……。横に描かれていた、私の父は、あの村に駐屯していたボレアリスの将軍だったのです」

 当時、ボレアリス王国はバンドーム王国に侵攻する気などなかったらしい。しかし、国境の警備は強化をする必要があり、付近の村に軍を駐屯させていた。
 そこに、ベクトが指揮する大軍が攻めてきた。ボレアリス王国の英雄であったマーサの父も、大軍の急襲の前には何もできず、なんとか娘のマーサだけを逃がすので精一杯であった。

 マーサは、その戦いに巻き込まれた、近隣の木こりの娘のフリをして、マウンライケの砦に潜り込んだ。いつか、ベクトに復讐するために。

「フフン、あなたの実力ならば、ベクト殿なんて、いつでも殺せるのに、なぜそうしなかったのですか?」
「父の、村のみんなの恨み……あの男にとって、一番、苦しい復讐をしてやるためです」
「そのために三〇年も……」
「愛する息子を、眼の前で殺してやろうと思っていたのですが、その前に私の村に拠点を建設するという話を聞きまして……私の村に、あの男を踏み入れさせるものですか!」

 マーサはトルスから剣を外し、背中を蹴り押す。トルスはマシルとルーディアスにぶつかり、その隙を突いてマーサは屋敷から逃げ出した。今の状態で、マーサを追いかけて捕縛できる者はいないだろう。
 
「マーサさん……なぜだ……」

 トルスは泣いている。本当の母の様に想っていたのだろう。その人が、尊敬していた父を殺した、ましてや、本来は自分を殺す計画だったとは、想像すらできない。虚無感と絶望感に、トルスの涙は、ただ垂れ落ちる。

「マーサさんは嘘をついてたね。トルスを殺す気だったなら、とっくにやってるさ」
「ええ、あの人の実力なら、トルス様なんて、虫を殺すように一瞬で。恐ろしいですねぇ」
「トルス、君、マーサさんのこと、母親同様だと想ってるだろ。それと一緒だよ」
「ど、どういうことですか?」
「マーサさんも君のことを、息子同然に想っていたってことだよ」
 
 トルスが嗚咽おえつし、うずくまる。
 事実、そうであったのだろう。でなければ辻褄が合わない。そして、息子同然だと想っているからこそ、ずっとそばにいるために、ベクトを暗殺したのであろう。

 ***

 犯人こそ取り逃がしたが、国境の安定という王命に関しても解決した。一行は、王宮に戻るための準備をしている。旅の間の食料や、道具の手入れなどに数日を要した。今回の旅で医療道具もかなり消費した。王宮での在庫にも多少の不安を感じているフィリアであった。

「クルード殿下、お願いがあるのですが」
「なんだ? 言ってみろ」
「ここから、私の故郷のアルガス村に寄って王都に戻っても、大した回り道にはなりませんよね?」
「ああ、数日ほどしか変わらんな」
「ちょっと、寄っていってもいいですか? 王宮医院で使う注射針なども欲しくて」
「うむ。まあよいか。よし、そうしよう」

 一行の準備が終わり、屋敷の広間に集合する。

「え? フィリア医官の故郷に寄るだって? それはいい!」
「兄上、旅行ではないのですよ」
「平民の私には、使命だろうと、旅行だろうと関係ないね! 楽しみだ」
「ロワンはどうするのだ? 先に王都へ戻るか? お前、王宮では『行方知れず』という扱いになってると思うぞ……」
「何を言う! 一緒に旅行するに決まっているだろう! 友だからな。ふふふ」
「だから、旅行ではない!」
「さあ! 行きましょう! 私の故郷へ」
 
 ヴェルデモンテ家の屋敷の扉を開けると、明るい日差しが屋敷内を照らす。
 
 ――屋敷には、ベクトとトルスが描かれた、大きな絵画が飾られてある。

 その横に、若き日のマーサとその父が描かれた画が、額縁と額縁を寄せて飾られていた。
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