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第36話 廃村

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「ロワン様、包帯を取り替えましょう」
「ああ、すまない、フィリア医官」

 兵舎の治療室から、トルスの屋敷へ移り療養しているロワン。術後の経過も良く、じきに普段通り動けるようになるであろう。

「よく、あの傷でこの砦まで来られましたね」
「いや、逆に、よくあの傷を治せたな。本当に感謝する」
「感謝ならクルード王子殿下へおっしゃってください、死ぬ寸前くらい血をロワン様に分けてくださったのですから」
「血だと? どういうことだ」
「刀傷によって、多くの血が流れ危なかったのですが、王子殿下の血をロワン様の体に入れたのです」
「そんなことが……では、この体にはクルードの血が流れているのか」

 自分の身体を見まわして嬉しそうな顔をするロワンに、にんまりとしてしまう。

「嬉しそうですね」
「まあな。私の身体の中に、友の血が流れているのだからな。ふふふ」

 ***

「しかし、ロワン殿、よくあの傷から生還したものだ。もう身体の方はよいのか?」
「ええ、トルス殿、お世話になりました」
「マーサさん、お茶をお願いできる?」
「はい。坊ちゃま」

 屋敷の応接間で、ティータイムを楽しむフィリアたちは、動けるようになったロワンを交え、談笑している。まさか、クルードとロワンが談笑するなんて、少し前ならば、考えられない光景だ。

「マーサさんって、とっても良い方ですね。焼き菓子も美味しいし」
「フィリア、お前は本当に食い意地が張っているな」
「まったく、王子殿下は、すぐに私の文句をおっしゃるのですね」
「ははは。マーサさんはね、私が生まれる前のボレアリスとの戦争に巻き込まれた国境近くの山小屋から逃げてきた人なんだ」
 
 三〇年前に起こった、国境での戦争。補給地点として使われた村の近くにある山小屋に当時二五歳のマーサは父親と住んでいた。建国前からボレアリス王国と争いは絶えなかったが、ヴァンドーム王国が建国されてから一〇年が立ったある日、再度ボレアリス王国軍が攻めてきたのだ。

 先の戦争での、フィリアが住んでいたアルガス村のように、補給地点とされた村は、ボレアリス王国軍に侵入を許してしまい、多くの村は全滅。なんとか最終防衛線である、この砦で敵軍を退けることができたのだった。

 近くの山小屋に住んでいたマーサはこの時に戦に巻き込まれ、父親は殺された。一人でこの砦に逃げ延び、ヴェルデモンテ家に仕えるようになったのだ。トルスを産んですぐに病気で亡くなったベクトの妻の代わりに、トルスの母代わりとなり、育ててきた。

 ベクトの厳しい教育に、いつもベソをかいていたトルスは、屋敷に戻ると、いつもマーサに抱きつく。夜はマーサの添い寝で本を読んでもらう毎日。はたから見ても、親子と間違えるほどだったのだとか。

「ほんと、お母さんって感じですものね。ああ、私もママに会いたくなっちゃった」
「あらあら、私のお話しをしてらっしゃったのですか?」
「あ、マーサさん。焼き菓子、とっても美味しかったわ。」
「まあ、ありがとうございます。フィリア様」
 
「さて、ベクト殿暗殺の真相はまだわからぬが、ボレアリスとの国境の強化をしてこいとの王命も下っている。一度、国境付近の偵察に行こうと思う」
「では、クルード殿下、我が砦の兵士を連れて行ってください」
「あはは。トルス、それじゃ偵察にならないじゃないか、私たちだけで行くよ。お前は、砦での政務があるだろうし。それでいいだろ? クルード」
「ええ、兄上。そういたしましょう」
「クルード……殿下、このロワンも行きましょう」
「けが人は、留守番だ」
「だめだ、我が友に危険が迫ったらどうするのだ!」
「ロワン……お前、性格が急に別人みたいだぞ」

 ***

 マウンライケ領の北部はとにかく道が険しい。国境が近いこともあって、敢えて道を整備をしないのは、攻め込まれた時に敵軍の足を少しでも遅くするためでもあるらしい。所々、馬を降りて歩かなければ落馬の危険がある。

「なあ、クルード。ここだろ? あとここも! 見てくれよ。もう傷が塞がってるんだ」
「わかったから、脱がなくていい。あーもう! あっち行けって」
「フフン、本当に嬉しそうですね。あのニヒルなロワン様はどこに行ってしまったのやら」
「そういえば、マシル先生もフィリア医官に命を救われたんですよね?」
「ええ、私も流石にあの傷ならば死ぬと思っておりましたよ」
「フィリア医官、お前は本当にすごいな。まさに戦場の聖女だな」
「なんか、私、ロワン様に褒められると、怖いな……」
「本心だ。ここにいる猛者たちと、フィリア医官がいれば無敵だと思っている」
「あはは。身分は平民の私が最弱だけどな」

 たしかに、王国最強の武、ルーディアス、マシル。文武両道のクルード、ロワン。そこに、戦場の聖女フィリアならば、精鋭中の精鋭パーティであろう。こうなると、ルーディアスとマシルの、どちらが強いのかが知りたくなるフィリアであった。
 
 「ここからは、馬に乗って進めそうだな。一気に村まで行こう」

 クルードの号令がかかった。一行が少し湿った土の上を馬で駆けると、湖が見えてきた。この湖沿いを進むと、補給地点として使っていた村の跡地が見えてくるはずだ。

「もうすぐ日が暮れそうですね。ねえ、クルード殿下、今日はここで野営にしませんか?」
「いや、村の跡地の方が都合が良かろう。使える家もあるだろうし」
「滅んだ村に泊まるなんて、嫌ですよ。村人の幽霊がでるかもしれないし」
「出るわけ無いだろ、そんなもの。星の呪いみたいなものだ」

 結局、廃村に着いたのは、日が暮れてからであった。三〇年前に滅びた村だ。建物も風化しかけているが、幸い石造りの家はかろうじて寝泊まりくらいできるであろう。一行は、この家の庭で火を焚き、食事を作り始める。
 
「美味い! 美味いぞマシル。まるで王都の颯香亭の味だ」
「あら、ルーディアス様、知らなかったのですか? マシル様はそこの元副料理長ですよ」
「えー! 本当かい? 君は本当に色んなことができるんだね」
「いえいえ、多趣味なだけですよ」
「私なんて、剣術以外なにも持ってないしな、平民だし。とても、マシルの従兄弟だとは思えんよ」
「え! ルーディアス様とマシル様も従兄弟なんですか?」
「当たり前だろ、私の従兄弟なんだから、兄上の従兄弟でもある」
「それなら王族じゃないですか! マシル様は、なぜ不遇な幼少期だったのですか?」
「フフン、内緒です。さあ、さっさと食べて、明日に備え寝ましょう」

 険しい道を進み、馬に揺られ、多分疲れていたのだろう。フィリアは横になるとすぐに眠りに落ちた。勿論、幽霊の類なんて言うものは出てこなかった。
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