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第26話 マシルとクルード

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(冷静に対処しなきゃ。前世のときのような過ちは、もうごめんだわ!)

 前世、取り乱して、自分の致命傷にも気づかずに怪我人の応急処置をしていた光景を思い出したフィリアは、同じ轍を踏まないように、自分に言い聞かせる。
 
 辺りを見回すと、王妃と王妃の近衛兵はすでに捕らえられている。国王は馬車に横たわっている。フィリア自身にも怪我はない。

「クルード様! 落ち着いてください! まず、胸の傷口を圧迫止血して!」
「あ、あぁ」

 顔面蒼白のクルードが、情けない声で返事をする。マシルは地面に転がり、ビクンビクンと体が動いている。とても危ない状態だ。
 
(この出血量……腹部大動脈が断裂している。どうしよう)

 胸部の刺傷は致命傷ではないが、腹部の太い動脈が断裂されていることにより、出血性ショックの可能性がある。まずはこの部分の処置が必要だが、血管の縫合なんて、前世で、座学でしか学んだことしかない。果たしてフィリアにできるのか。しかも、設備の整っていないこんな場所で。しかし、そんなことを言っていてもしょうがない。時間が経てば経つほどマシルは死に近づいていくのだから。

「クルード様、そのまま胸の傷口を押さえていてください」
「あ……あぁ」
「マシル様、痛みがあるでしょうが、絶対に動かないでください」

 フィリアは、クルードに指示を出し、マシルに話しかける。意識が朦朧としているマシルは、フィリアに視線を向けることなく空を見ている。
 
「フ、フフン。フィリアさんは、相変わらず無茶を言いますね」

 フィリアは腹部をメスで切開し、皮膚を固定する。手順としては、動脈を一旦、糸で結び、血管を縫合する。上手くつながれば結んでいた糸を外すことで、血は正常にながれる。単純だが、高等な技術が必要な手術、しかも、設備のない所で、助手もいなくほぼ手探りで、血で指先が滑るような悪環境下で行わなければならい。フィリアの技術では成功するとは思えない。

「私、痛みには強い方ですが、さ、流石に耐えるのは難しいですね」
(悲鳴も上げずに……マシル様は本当にすごい方だわ)
「マシル……ああ」


 クルードがマシルの胸の傷を抑えながら涙を流している。その涙はマシルの顔にぼたぼたと落ちる。朦朧としたマシルの意識が少しはっきりとして、優しい表情でクルードに話しかける。
 
「おやおや、クルード様……私のために涙なんか流さないでください」
「嫌だ……死なないでくれ……マシル兄さん」

「フ、フフフ。久しぶりにその呼び名で呼んでくれましたね。クルード」
「マシル兄さんが死んでしまったら俺は……どうすればいいんだ」
「クルード。私はね、君の従兄弟であったことが、本当に幸せでした。隣国フォレス領に生まれ、捕虜同然で政治のためにこの国へ連れてこられて……。この国の大人たちに、ひどい仕打ちを受け……いつか殺してやろうとも思うほど憎悪が積もる毎日でした」

 幼少期にフォレス領から連れてこられたマシルは王宮の厩舎の掃除や肥溜めの掃除など、まさに奴隷がするような仕事をさせられていた。寝食をする場所も質素で隙間風のあるような場所。冬には何度凍え死にそうになったことだろうか。

 そんなとき、とある方の妾の子供の世話係をすることになったのだ。それが、クルードである。庶子である幼少期のクルードは冷遇されていた。血筋をたどるとマシルと従兄弟に当たることを良いことに押し付けられたのだ。

 まだ幼いクルードと、マシルは寝食を共にし、厩舎や肥溜めの掃除も一緒にし、遊びと称して剣術も教わり、兄弟のように一〇年間を過ごした。そんなある日、王宮からの知らせがあり、どういうわけか、クルードが仕官を命じられることなった。また一人、奴隷のような生活を強いられるのかと落ち込んでいたが、クルードはマシルが一緒でないと仕官しないと申し出たのだ。

「クルード、君のお陰で私は人間らしい暮らしができるようになったのですよ。本当に感謝してます」
「当たり前じゃないか、マシル兄さんが俺を育ててくれたんだから」
「奴隷同然の私を連れていることで、色々大変だったでしょう。奴隷貴族なんて蔑まれ」
「そんなこと、なにも気にしてない」
「でもね、よかった。クルード、君の盾になって死ねるのならば本望ですよ……」
「兄さん……マシル兄さん。ダメだ! 死んではダメだ」
「どうか……どうか、クルードは幸せになってくださいね。君は真面目すぎるから……」
「兄さん!」
「ああ、痛みが無くなってきました。そろそろお別れのときですね。どうか……」
「マシル兄さんーー!」

 そっと目を閉じるマシルにすがりつき、涙を流すクルードは全身を震わせている。唯一心を許せる者がこの世から去ってしまうのを目の当たりにすると、流石のクルードも感情が押さえきれないのだろう。


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