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第11話 アルガス村で

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 フィリアの眼下に見慣れた道が目に映り始める。思えばあっという間に故郷のアルガス村に着いた気がするのは、トマスのお陰だったのだろう。
 
 (ああ、やっと帰ってきたんだ。パパやママ、先生に早く会いたい)

 村の入口を通ると、いつの間にかフィリアは駆け足になっていた。もう少し、あと少し。ようやく懐かしい我が家が見えてきた。フィリアが勢いよく家の扉を開くと、ジョンが駆けて来る。

「ジョン! ただいま!」

 ジョンは盛大に尻尾を振りながら、フィリアに飛びかかり、顔を舐め回す。

「ちょっと、くすぐったいよ、ジョン」
「フィリア!」

 ジョンと家の庭で戯れるフィリアに気付いて、家から出てきた、驚いた顔の母、リリアが駆け寄り、フィリアを力いっぱい抱きしめた。

「元気にしてた? もっと顔をよく見せてちょうだい。ああ。夢じゃないのね」
「ちょ、苦しいよ。ぷはぁ、元気にしてたよ。ママ……会いたかった」
「パパは? 鍛冶場?」
「ええ。早く会いに行ってあげて。きっと涙を流して喜ぶわ」

 鍛冶場に向うと、いつものように熱気に包まれている。肌がヒリヒリとする感じをなつかしく思う。父ロベルトは相変わらず熱された鉄を打っている。

「パーパ!」

 ロベルトは、手に持つ金槌を落とす。落下した金槌の音と同時にフィリアのいる方を振り向く。

「フィリア……本当にフィリアか」
「うん。ただいま。パパ」

 フィリアを抱きしめる腕の汗が背中を濡らし、ロベルトの涙はフィリアの肩を濡らした。初めて見る父の涙に驚きを隠せないフィリアだったが、今は目一杯抱きしめさせてあげようと身を任せていた。

「よし! 今日はママにごちそうをつくってもらおう! 仕事はもうやめだ」
「あ、先生にも挨拶しに行ってこないと」
「ん? 王都で会えなかったのか? 先生はお前に会うために先日、王都へと旅立ったんだぞ」
「え? そうなの? うん。会ってない」
「そうか、入れ違いか。先生、残念がるだろうな」

 その日の夜はリリアが腕によりをかけてごちそうを作り、久しぶりの一家団欒は幸せを絵に描いた夢のような時間だった。

「そうだ、あのね今回村に戻ってきたのはね、パパに作って欲しいものがあったからなの」
「何だ? 医術の道具か何かか?」
「うん。管状になった細い針が欲しいの」
「どのくらい細い針だ?」
「んっとね、22ゲージだから……外径が0.7ミリ程ね」
「そりゃ随分と細いな。ちょっと試行錯誤しそうだが明日やってみるよ」
「ありがとう。とても大事な任務で必要なの」

 王宮で検死師をやっていること、禁足地に行った話などをすると、両親は目を丸くして驚いていたが、応援は……流石にしてくれている感じはしない。しかし、魔女の嫌疑を晴らすためには必要なことなのだ。

 ***

 アルガス村は、フィリアが王宮に連行された後も、観光地として栄えていた。各地から、戦場の聖女の恩恵にあやかろうと多くの人々が訪れる。その中には、招かざる客もいる。ガラの悪い男たちは休暇でアルガス村に向かっている。見るからに、なにか問題を起こしそうな輩たちは我が物顔で村の観光地を回っている。その騒がしさに嫌な顔をするほかの観光客や、村の人には一切気を使わない振る舞いだ。

「この村はワインの名産地らしいぜ」
「いいな! この村のワイン全部俺達で飲み干してやろうぜ」
「よし! 誰が一番飲めるか、勝負しようぜ」
「お、あそこ、ワインの醸造所じゃないか? 行ってみようぜ」

 すでに酒を飲んで酔っているだろう、この男たち。ずかずかと醸造所内に入っていく。

「誰だお前たちは! ここは部外者の立入禁止だぞ」

 勝手に入って来た男たちに気付いた、醸造所のフレーヴが怒鳴る。
 
「うるせぇな、ジジイ。ここの酒を買ってやるんだ。黙ってワインをもってこい」
「ここでは、観光客へのワインの販売は行っておらん。ワインが飲みたければ、この村の酒場か食堂へ行け!」
「だってよお、この時間はまだ開店してねぇんだよ。金ならいくらでも払ってやるから酒もってきな」
「断る! 早く出て行け! 村の男達を呼ぶぞ!」
「あ? 呼んでみろよ! こら。俺達相手に勝てるのか?」
「……」
「さ、黙って酒を出せばいいだんよ。田舎者が」
「……試飲用のワインを出してやる。飲んだらさっさと出ていってくれ」

 観光地となると、招かざる客も増えるものだ。それはアルガス村も例外ではなく、度々訪れるこの類の輩には困っているのだった。
 
 ***

  フィリアは注射器のスケッチをし、村のガラス職人のダンダの工房に出かけた。

「おお。聖女のフィリアちゃんじゃないか! 村に戻ってこられたのか」
「はい! なんとか無事に。ダンダさん。お久しぶりです」

 聖女のフィリア。聖女印の特効水のお陰で、この村が潤い、この通り名で呼ばれることが多い。最初は恥ずかしかったが、慣れというのは不思議なもので、『聖女』と呼ばれると抵抗なく返事をできるほどだ。

「で、聖女さん。どうしたんだい?」
「今日はお願いがあって来たの。ちょっとこれを見てくれる?」

 フィリアは注射器の詳細ををスケッチした紙を見せる。不器用だった前世では絵の下手さも絶望的であったが、器用になると絵のレベルも相当なもので、この画力ならば、注射器の詳細までうまく伝わる。

「ほう……このガラスの部分か。目盛り……ゴム……押し棒……随分と精密だな」
「そうなの。できるかしら」
「俺を誰だと思ってるんだ! 朝飯前よ! とは言えないが、作ってみることにしよう二日間ほど時間をくれ」

 注射器ができるまでの二日間、フィリアがは村の生活を満喫している。久しぶりのジョンの散歩をすると、平和だった昔を思い出す。小川をバシャバシャと駆け回るジョンを見ながら微笑んでいると、

「おい! 犬をどけろ」
「あ、ごめんなさい」
「お、聖女のフィリアじゃないか。村に戻ったんだな」

 フィリアが小さい頃、釣りの邪魔をして怒られた青年だ。

「私、いつも釣りの邪魔をしちゃいますね」
「ははは。懐かしいな。ほら、今日も魚をやるよ」
「ありがとう。パパが喜ぶわ」
「お前のお陰で、観光客が増えてうちの食堂も大繁盛だからな。そのお礼だよ」

 はやり、生まれ育った村は居心地が良い。早く魔女の嫌疑が晴れて故郷でまた暮らせることを願いながら、久しぶりの故郷を満喫するフィリアであった。
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