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今井隼人編 その花言葉は、あなただけを見つめる。

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 時間は夜の24時、俺は自室のベッドで横になっていた。学校の冬休みが終わり、一応は行っているものの、それは何もしていないと、常に不安と悲しみに押しつぶされそうだからだった。

 布団に入ったものの、全然眠れないのでぼんやりと、携帯から音楽を聴いている。段々と眠気が出てきたものの、かと言って熟睡する事は出来ず俺は夢を見ていた。

 そこはいつも俺が通っている高校の教室で、紗那と俺が二人で他愛もない世間話をしていた。確か3か月前くらいに見たバラエティ番組について話していたんだと思う。

「え~、あのフライパンを頭で叩くの面白いじゃんっ」
「いや、あれのどこが面白いんだよ。紗那のお笑いポイントはほんと謎だよな。マジでさ」

(ああ、この日は確か凄く面白くないお笑い芸人のネタについて話してたっけ。でも紗那は妙にツボにハマっててさ。爆笑してたよな)

 変だな、やけに懐かしいな。少し前の事だったはずなのに、とても昔のように感じる。

 俺は夢の中でぼんやりそう思う。するとこの夢の教室の空間にザザザッと歪なノイズが一瞬走る。気が付くと教室の扉を開けて見知らぬ少女が入って来た。見たこともない少女。

(誰だろうこの子。夢だから不思議じゃないけど、それにしては妙な格好をしているな)

 それもそのはず、その姿は幼く年齢は13歳くらい。白のドレスを身に纏い、その手には不釣り合いな程の大きな銀色の鎌を携たずさえている。鎌を持つ見た目は死神とも言えなくはないが、それにしては清らかで、イメージと似つかわしくない。とても不思議な少女だった。

 そして横にいた紗那が制服から、奇妙な姿になっているのに気付いた。

「え、紗那なのか……?」

 俺はこの時になってふわふわした夢心地ではなく、やけにリアル過ぎるくらい、ハッキリと意識して言葉を出した。夢のはずなのに、やけに現実味を帯びている。

「そうだよ、隼人。私だよ、びっくりした?」

 頭には黄色く丸い輪っか。白いワンピースに、首にはロケットペンダント。背中には小さな白い羽がちょこんと可愛らしく生えている。そして耳には俺が仏壇に供えたハートのイヤリングが耳に付けられていた。

 その姿はまるで、

「とても天使みたいだな、紗那」

 俺がそう言うと、気恥ずかしそうに紗那が赤面した。コスプレをしたような恰好だったけど、今の俺からしたら本物の天使に思えた。

「えへへっ。うん、私ね天使になったみたいなの。だから、隼人の事が心配で会いに来たんだよ。もう今の隼人見てられないんだからさ」

 そう言う紗那は俺の頬をいきなり抓って来た。痛みはない、そう思っていたけど気のせいか少し痛みが走った気がした。

「俺さ、お前が居なくたってずっと辛くてさ……、わけわかんなくてさ……」
「そうだよね。ごめんね。急にいなくなって。すっごく辛いよね。分かるよ。逆の立場だったら私立ち直れないと思うもん」

 紗那は出し抜けに俺を抱きしめてきた。とてもぽかぽかと温かくて向日葵ひまわりの匂いがした。

向日葵ひまわりと、ピアス、私の為にありがとうね」
「本当はクリスマスプレゼントに、直接渡したかった。でも渡せなくてさ、そうやって付けてくれるの見ると、やっぱり似合ってるよ」

 これは幻で夢で、でも俺が見ている紗那はとても綺麗だった。綺麗で可愛らしくて、何も変わっていなかった。いつも横にいてくれた彼女だった。

「ねぇ、隼人は向日葵ひまわりの花言葉覚えてる?」
「花言葉?」

 子どもの頃どうして向日葵がそんな好きなのか聞いた事がある。紗那は向日葵の花冠はなかんむりを一生懸命に作っていたので、気になったのを俺は覚えている。

「向日葵の花言葉はね、『憧れ』、『あなただけを見つめる』なの。見た目も元気いっぱいで、この花を見ているとね、悲しい事があっても元気が出たりしたの」

 いつの間にか紗那の手には一輪の向日葵が握られている。それを俺に手渡す。

「いつも紗那は向日葵が好きだったよな。ガキの頃はプレゼントしたら凄い喜ぶから、こっちまで嬉しくなってきてさ」

 俺は昔の事を考えると、急に胸が苦しくなった。ドクンドクンと、直接心臓を掴まれているような。すると今まで俺達に干渉してこなかった死神らしき少女が宙を浮いて寄って来た。

「今あなたの魂はとても不安定です。このまま放っておけば、紗那さんの望まない未来が来る可能性があります」

 幼い死神の恰好をした少女は、真剣な表情で、淡々と事務的に俺に言って来た。話の意図が分からず、胸の苦しみが増えるばかりで、立ってすらいられなくなり、膝立ちで地面に手を付けてしまう。

「はぁ、はぁ……!」

 苦しい。苦しくて。この苦しみから解き放たれたいと、切に願いたくなる。俺の身体から、ドス黒い煙が湧いてきた。夢のはずなのに、何でこんなに苦しくてたまらないのか、理解が追いつかない。黒い煙は一向に消えるどころか、増々俺の身体から漏れてくる。手にしていた向日葵も消える。

 誰か助けて。苦しい。切ない。悲しい。どうしてこんな思いをしなくちゃいけないんだ。

 俺は神様がいるのなら呪いたい。こんな不公平な世界を呪いってやりたい!

 何で紗那が、あんなに心優しい紗那が死ななくちゃいけなかったんだ!もっと死ぬなら、犯罪者や悪事を働く奴らこそがと思ってしまう。そう思えば思う程、俺を包むドス黒い煙は部屋を充満していく。止められない。もう自分でもこの感情は止められそうになかった。

「苦しい、苦しい! ああああああああああっ!」

 俺は悲鳴とも慟哭どうこくとも言えぬ叫びをあげる。胸から黒い拳程の邪気の塊が生まれだしていた。

「正気を保って下さい! 今井隼人さん!」

 声とともに、死神らしき少女が部屋を充満していく黒い瘴気しょうきを、その巨大な鎌で一振りして全て消し飛ばした。途端に部屋から瘴気は消えて晴れる。

「紗那さん、このままでは彼の感情はいずれ崩壊します。貴女の力で救ってあげて下さい。これは貴女が天使である事と、それ以上に彼にとって特別な存在だからこそ出来るのです!」


 死神らしき少女に対し紗那はそれに力強く頷いて、目を瞑り集中し始めた。どこからか、聞いた事もない声で、時間もないで嬢ちゃん! と聞こえたような気もする。

「分かってます、ルクスさん。隼人は私が絶対に救ってみせます!」

 俺は意識が朦朧としているものの、瘴気が消えて少し楽になった。しかしまたすぐに俺を包む瘴気が復活していく。紗那が助けようとしてくれているのが見える。

「待ってて隼人。今その不安や苦しみを私が楽にしてあげる。心配しなくても良いんだよ!」

 紗那は両手を横に広げると、光の槍が出現した。その槍は短剣の様にサイズは小さい。まだ新米の彼女では精一杯のサイズ。それでも力強く持ち手部分を握り、眩しく光槍ライトスピアーを俺めがけて一直線に放った。

「お願い、隼人を助けて!」

 願いを込められた槍は隼人の胸をしっかりと貫いた。光槍ライトスピアーは俺の身体全体を包み込み、邪気の根源を引き出してるであろう胸の黒い塊を砕く。

「あ、俺……」

 俺は槍に貫かれたものの、痛みもなく、とてもスッキリした気分になっていた。脱力してぐったりとその場で座り込んでしまう。

「大丈夫、隼人!?」

 紗那が駆け寄って抱き起してくれる。

「ありがとう。何だかとっても気分が悪かったけど、今は楽になったよ」
「もうっ、心配させないでよ!」

 夢の中でも紗那に心配させてしまう俺は、少し恥ずかしくなってしまう。彼女の瞳は少し潤んでいた。

「紗那さん。そろそろ時間もあと少しです」

 死神らしき少女が、紗那に何か伝えている。何かは不明だが、とても大事な雰囲気のようだ。彼女の言葉に頷き、紗那がこちらに向く。

「隼人、少し話しをしよっか」
「あ、ああ。わかった」

 俺が返事を言うが早いか、場所がさっき居た教室から別の場所に移動していたのだった。
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