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今井隼人編 優しい死神さん、私の事覚えていますか?

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 私は1人、夕闇の中で高層ビルの屋上にぽつりと佇んでいた。

「私は今まで何人の魂を見送ったのでしょうか…」

 考えても分かりません。しかし自分がやれる精一杯の事はやったはず。そう思わなければ、死神の仕事は務まらなくなってしまう。今まで感謝してくれた魂達が私を支えてくれている。

 ふわりと気持ち良いそよ風が流れた。季節はまだ寒いのだが、心が晴れない頭を冷やしてくれる。

 目を瞑って静かに流れる風を感じようとした。

 とても静かで当然そこには誰もいない。こうして一人でいる時間は好きだ。ぼんやりと自分の周りには青白く光る魂が漂っていた。この魂たちは既に私によって無事逝くことが出来た者達の残滓ざんしだ。それに意志や悪意もなく、ただ感謝の気持ちを残していった、そんな思いが小さな魂の残滓となって包んでいる。

「貴方たちは今どうしてるのでしょうね。新しい人生を頑張ってまっとうしているのでしょうか…?」

 漂う魂の残滓に問うたところで、それらは何も反応しない。ただふわふわと彼女の周りを漂い、いずれすぐに消えてしまう。それが私にとっての日常。

 今までどれくらいの人間を見送ってきたかは、もう覚えていません。しかし先日見送った少女、本条紗那さんの事は覚えています。彼女の事を思うと非常に残念だと思いましたが、運命の輪廻を変えることは出来ない以上、悩んでも仕方ないと辛いですが思います。

 少しずつ陽が落ちて、周囲がゆっくりと暗くなり始めた頃。

 白く清らかな翼をはためかせる音と一緒に何者がやって来ました。瞼をゆっくりと開け来訪者を見上げると、そこには見習いだろうと思われた天使様が一人と、白猫が空を浮いています。そしてそのまま天使様と白猫がそばに降りて来ました。

「お久しぶりです。ミーシャさん。私の事覚えてますか?」

 そう言って少し気恥ずかしそうに微笑む彼女には、当然見覚えがあります。

「紗那さん…ですか?でもどうして」

 本条紗那さんは確かに事故で死んだ。そして死神である私によって正しく魂は導かれた。しかしその姿形すがたかたちは生前の思っていたものとは大きく違っています。頭には黄色く丸い輪っか。白いワンピースに、首にはロケットペンダント。背中には小さな白い羽がちょこんと可愛らしく生えています。

「その節は本当にお世話になりました。ミーシャさんのおかげで私の魂は救われました」

 ぺこりと頭を下げて紗那はミーシャにお礼を言う。しかし私は釈然としません。
 。
「いえ、こちらこそ。ですがその姿、天使様ですよね。紗那さんが天使様に転生したと言う事なのでしょうか」

 私は事態がよく呑み込めないでいると、紗那の横でふわふわ飛んでいた白猫が、

「よーー!みーたん!久しぶりじゃねぇか。前に会ったのは500年前の戦国時代だったか?見ないうちにすっかり一人前になりやがって。昔は泣き虫だったお前さんがねぇ…」

と、猫の割にやけに感慨深い表情で話しかけてきたのです。その方は私もよく知った方でした。

「ルクス様。お久しぶりです。そんな昔話は今はやめてください。少し恥ずかしいですから」
「んだよ。久しぶりの再会だってのに。お転婆なお前さんが俺は好きだったんだぜ?」

 にひひと前足を口に添えて笑いながら、猫のルクス様はもう片方の前足で私の肩をぽんぽんと叩いてきます。

「どうしてルクス様が紗那様と一緒におられるのでしょうか」

 私が首を傾げていると、

「ミーシャさん。私の事を様だなんて呼ばないで欲しいです。今まで通り紗那と呼んで下さい。喉に小骨が詰まったみたいで嫌です。ルクスさんの話だと、天使も死神も神の使いで存在の格や差異はないと聞きました」
「そうだぞ、みーたん。細かい事なんざいいだろ。俺はこのひよっ子の補佐で来てるんだぜ」

 この世界では天使も死神に特別な人間世界のような格差社会などはありません。ルクス様が私の頭に乗り、長い髪を撫でてきます。

「なるほど。分かりました。しかしどうして紗那さんが転生してしまったのでしょうか。ルクス様は知っておられますか?」

 私の頭で欠伸をするルクス様は少し投げやりな口調ですが、答えていきます。

「さぁな。神や女神の考え何て俺は興味ねぇよ。まっ、天使としての適性があったから、転生させたんじゃねぇか。お前だって今は立派な死神だしな。紗那は女神フォルトゥナに何て言われたんだ?」
「目が覚めたらこの姿で地上に生まれてました。そして目の前に綺麗な女性が『私は女神フォルトゥナ。貴女にはこれから天使としての役目を全うして頂きます』、とだけ言われて、その手にもつ舵輪だりんを回して消えていきました。そしたらルクスさんが私の頭にいつの間にか乗ってて」
「俺もこいつの面倒をあいつからいきなり頼まれてな。気楽にやってこうぜ、みーたんも嬢ちゃんもな」

 ルクス様がぽむぽむと私の頭を叩く。

「ルクス様がそう言うなら、深く追求致しません。きっとフォルトゥナ様にもお考えがあっての事なのでしょう」

 ふと、自らの鎌の鈍い光を見つめる。空は暗くなりつつなり、月光が空を照らしていく。世界はどこまでも綺麗で、しかし至る所で生命の灯火は消えていく。

 長く世界を見続けてきましたが、未だに神と呼ばれた存在とはほとんど接したことがありません。だから不思議に思うのです。どうしてこの世界は理不尽で、身勝手な事ばかりが横行しているのだろうと。だけど目の前にいる天使に転生した少女を見ると、まだ新しい可能性があるのだと思いました。
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