8 / 12
今井隼人編 優しい死神さん、私の事覚えていますか?
しおりを挟む
私は1人、夕闇の中で高層ビルの屋上にぽつりと佇んでいた。
「私は今まで何人の魂を見送ったのでしょうか…」
考えても分かりません。しかし自分がやれる精一杯の事はやったはず。そう思わなければ、死神の仕事は務まらなくなってしまう。今まで感謝してくれた魂達が私を支えてくれている。
ふわりと気持ち良いそよ風が流れた。季節はまだ寒いのだが、心が晴れない頭を冷やしてくれる。
目を瞑って静かに流れる風を感じようとした。
とても静かで当然そこには誰もいない。こうして一人でいる時間は好きだ。ぼんやりと自分の周りには青白く光る魂が漂っていた。この魂たちは既に私によって無事逝くことが出来た者達の残滓だ。それに意志や悪意もなく、ただ感謝の気持ちを残していった、そんな思いが小さな魂の残滓となって包んでいる。
「貴方たちは今どうしてるのでしょうね。新しい人生を頑張って全うしているのでしょうか…?」
漂う魂の残滓に問うたところで、それらは何も反応しない。ただふわふわと彼女の周りを漂い、いずれすぐに消えてしまう。それが私にとっての日常。
今までどれくらいの人間を見送ってきたかは、もう覚えていません。しかし先日見送った少女、本条紗那さんの事は覚えています。彼女の事を思うと非常に残念だと思いましたが、運命の輪廻を変えることは出来ない以上、悩んでも仕方ないと辛いですが思います。
少しずつ陽が落ちて、周囲がゆっくりと暗くなり始めた頃。
白く清らかな翼をはためかせる音と一緒に何者がやって来ました。瞼をゆっくりと開け来訪者を見上げると、そこには見習いだろうと思われた天使様が一人と、白猫が空を浮いています。そしてそのまま天使様と白猫がそばに降りて来ました。
「お久しぶりです。ミーシャさん。私の事覚えてますか?」
そう言って少し気恥ずかしそうに微笑む彼女には、当然見覚えがあります。
「紗那さん…ですか?でもどうして」
本条紗那さんは確かに事故で死んだ。そして死神である私によって正しく魂は導かれた。しかしその姿形は生前の思っていたものとは大きく違っています。頭には黄色く丸い輪っか。白いワンピースに、首にはロケットペンダント。背中には小さな白い羽がちょこんと可愛らしく生えています。
「その節は本当にお世話になりました。ミーシャさんのおかげで私の魂は救われました」
ぺこりと頭を下げて紗那はミーシャにお礼を言う。しかし私は釈然としません。
。
「いえ、こちらこそ。ですがその姿、天使様ですよね。紗那さんが天使様に転生したと言う事なのでしょうか」
私は事態がよく呑み込めないでいると、紗那の横でふわふわ飛んでいた白猫が、
「よーー!みーたん!久しぶりじゃねぇか。前に会ったのは500年前の戦国時代だったか?見ないうちにすっかり一人前になりやがって。昔は泣き虫だったお前さんがねぇ…」
と、猫の割にやけに感慨深い表情で話しかけてきたのです。その方は私もよく知った方でした。
「ルクス様。お久しぶりです。そんな昔話は今はやめてください。少し恥ずかしいですから」
「んだよ。久しぶりの再会だってのに。お転婆なお前さんが俺は好きだったんだぜ?」
にひひと前足を口に添えて笑いながら、猫のルクス様はもう片方の前足で私の肩をぽんぽんと叩いてきます。
「どうしてルクス様が紗那様と一緒におられるのでしょうか」
私が首を傾げていると、
「ミーシャさん。私の事を様だなんて呼ばないで欲しいです。今まで通り紗那と呼んで下さい。喉に小骨が詰まったみたいで嫌です。ルクスさんの話だと、天使も死神も神の使いで存在の格や差異はないと聞きました」
「そうだぞ、みーたん。細かい事なんざいいだろ。俺はこのひよっ子の補佐で来てるんだぜ」
この世界では天使も死神に特別な人間世界のような格差社会などはありません。ルクス様が私の頭に乗り、長い髪を撫でてきます。
「なるほど。分かりました。しかしどうして紗那さんが転生してしまったのでしょうか。ルクス様は知っておられますか?」
私の頭で欠伸をするルクス様は少し投げやりな口調ですが、答えていきます。
「さぁな。神や女神の考え何て俺は興味ねぇよ。まっ、天使としての適性があったから、転生させたんじゃねぇか。お前だって今は立派な死神だしな。紗那は女神フォルトゥナに何て言われたんだ?」
「目が覚めたらこの姿で地上に生まれてました。そして目の前に綺麗な女性が『私は女神フォルトゥナ。貴女にはこれから天使としての役目を全うして頂きます』、とだけ言われて、その手にもつ舵輪を回して消えていきました。そしたらルクスさんが私の頭にいつの間にか乗ってて」
「俺もこいつの面倒をあいつからいきなり頼まれてな。気楽にやってこうぜ、みーたんも嬢ちゃんもな」
ルクス様がぽむぽむと私の頭を叩く。
「ルクス様がそう言うなら、深く追求致しません。きっとフォルトゥナ様にもお考えがあっての事なのでしょう」
ふと、自らの鎌の鈍い光を見つめる。空は暗くなりつつなり、月光が空を照らしていく。世界はどこまでも綺麗で、しかし至る所で生命の灯火は消えていく。
長く世界を見続けてきましたが、未だに神と呼ばれた存在とはほとんど接したことがありません。だから不思議に思うのです。どうしてこの世界は理不尽で、身勝手な事ばかりが横行しているのだろうと。だけど目の前にいる天使に転生した少女を見ると、まだ新しい可能性があるのだと思いました。
「私は今まで何人の魂を見送ったのでしょうか…」
考えても分かりません。しかし自分がやれる精一杯の事はやったはず。そう思わなければ、死神の仕事は務まらなくなってしまう。今まで感謝してくれた魂達が私を支えてくれている。
ふわりと気持ち良いそよ風が流れた。季節はまだ寒いのだが、心が晴れない頭を冷やしてくれる。
目を瞑って静かに流れる風を感じようとした。
とても静かで当然そこには誰もいない。こうして一人でいる時間は好きだ。ぼんやりと自分の周りには青白く光る魂が漂っていた。この魂たちは既に私によって無事逝くことが出来た者達の残滓だ。それに意志や悪意もなく、ただ感謝の気持ちを残していった、そんな思いが小さな魂の残滓となって包んでいる。
「貴方たちは今どうしてるのでしょうね。新しい人生を頑張って全うしているのでしょうか…?」
漂う魂の残滓に問うたところで、それらは何も反応しない。ただふわふわと彼女の周りを漂い、いずれすぐに消えてしまう。それが私にとっての日常。
今までどれくらいの人間を見送ってきたかは、もう覚えていません。しかし先日見送った少女、本条紗那さんの事は覚えています。彼女の事を思うと非常に残念だと思いましたが、運命の輪廻を変えることは出来ない以上、悩んでも仕方ないと辛いですが思います。
少しずつ陽が落ちて、周囲がゆっくりと暗くなり始めた頃。
白く清らかな翼をはためかせる音と一緒に何者がやって来ました。瞼をゆっくりと開け来訪者を見上げると、そこには見習いだろうと思われた天使様が一人と、白猫が空を浮いています。そしてそのまま天使様と白猫がそばに降りて来ました。
「お久しぶりです。ミーシャさん。私の事覚えてますか?」
そう言って少し気恥ずかしそうに微笑む彼女には、当然見覚えがあります。
「紗那さん…ですか?でもどうして」
本条紗那さんは確かに事故で死んだ。そして死神である私によって正しく魂は導かれた。しかしその姿形は生前の思っていたものとは大きく違っています。頭には黄色く丸い輪っか。白いワンピースに、首にはロケットペンダント。背中には小さな白い羽がちょこんと可愛らしく生えています。
「その節は本当にお世話になりました。ミーシャさんのおかげで私の魂は救われました」
ぺこりと頭を下げて紗那はミーシャにお礼を言う。しかし私は釈然としません。
。
「いえ、こちらこそ。ですがその姿、天使様ですよね。紗那さんが天使様に転生したと言う事なのでしょうか」
私は事態がよく呑み込めないでいると、紗那の横でふわふわ飛んでいた白猫が、
「よーー!みーたん!久しぶりじゃねぇか。前に会ったのは500年前の戦国時代だったか?見ないうちにすっかり一人前になりやがって。昔は泣き虫だったお前さんがねぇ…」
と、猫の割にやけに感慨深い表情で話しかけてきたのです。その方は私もよく知った方でした。
「ルクス様。お久しぶりです。そんな昔話は今はやめてください。少し恥ずかしいですから」
「んだよ。久しぶりの再会だってのに。お転婆なお前さんが俺は好きだったんだぜ?」
にひひと前足を口に添えて笑いながら、猫のルクス様はもう片方の前足で私の肩をぽんぽんと叩いてきます。
「どうしてルクス様が紗那様と一緒におられるのでしょうか」
私が首を傾げていると、
「ミーシャさん。私の事を様だなんて呼ばないで欲しいです。今まで通り紗那と呼んで下さい。喉に小骨が詰まったみたいで嫌です。ルクスさんの話だと、天使も死神も神の使いで存在の格や差異はないと聞きました」
「そうだぞ、みーたん。細かい事なんざいいだろ。俺はこのひよっ子の補佐で来てるんだぜ」
この世界では天使も死神に特別な人間世界のような格差社会などはありません。ルクス様が私の頭に乗り、長い髪を撫でてきます。
「なるほど。分かりました。しかしどうして紗那さんが転生してしまったのでしょうか。ルクス様は知っておられますか?」
私の頭で欠伸をするルクス様は少し投げやりな口調ですが、答えていきます。
「さぁな。神や女神の考え何て俺は興味ねぇよ。まっ、天使としての適性があったから、転生させたんじゃねぇか。お前だって今は立派な死神だしな。紗那は女神フォルトゥナに何て言われたんだ?」
「目が覚めたらこの姿で地上に生まれてました。そして目の前に綺麗な女性が『私は女神フォルトゥナ。貴女にはこれから天使としての役目を全うして頂きます』、とだけ言われて、その手にもつ舵輪を回して消えていきました。そしたらルクスさんが私の頭にいつの間にか乗ってて」
「俺もこいつの面倒をあいつからいきなり頼まれてな。気楽にやってこうぜ、みーたんも嬢ちゃんもな」
ルクス様がぽむぽむと私の頭を叩く。
「ルクス様がそう言うなら、深く追求致しません。きっとフォルトゥナ様にもお考えがあっての事なのでしょう」
ふと、自らの鎌の鈍い光を見つめる。空は暗くなりつつなり、月光が空を照らしていく。世界はどこまでも綺麗で、しかし至る所で生命の灯火は消えていく。
長く世界を見続けてきましたが、未だに神と呼ばれた存在とはほとんど接したことがありません。だから不思議に思うのです。どうしてこの世界は理不尽で、身勝手な事ばかりが横行しているのだろうと。だけど目の前にいる天使に転生した少女を見ると、まだ新しい可能性があるのだと思いました。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる