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本条紗那編 喪失

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カーテンから朝の日差しが漏れてくる。リリリリンッと、目覚まし時計が起床を促すため、鳴り響いた。

 高校1年生の私、本条ほんじょう紗那さなは目覚ましを止め、自室のベットで目を覚ます。今日も学校に登校するために、素早く制服に着替えて、自室から出た。

 リビングに入ると既に紗那の母と父がテーブルで食事をしている。父は既に食後のコーヒーを飲みながら新聞を読み、母はいつものワイドショーを見ている。

「おはよ! お母さん、お父さん」

 私は空いている自分の定位置の席に座ると、母が席を立ち用意していた娘の分の食事をテーブルに運んでくれる。

「おはよう、紗那。今日は随分と早いのね。こんな朝から出かける用事でもあったの?」

 紗那の母は壁に掛った時計を見上げると、まだ6時30分だった。いつもの紗那ならもっと遅く、7時40分くらいが平均で起床する時間なのだから。

「うん、今日はおばあちゃんに前から頼まれてたスマホを届けに行こうと思って」

 私のバッグにはおばあちゃんから頼まれていたスマホが入っている。おばあちゃん自身契約や扱いが分からず、時間のある孫の私が付いて行き、契約させた。取り寄せた本体が私の家に届いたので、届けに行くのだ。ついでに設定や使い方も教えていくつもり。

「何もこんな朝から行くことないんじゃないか。ここから近いんだから」

 父が新聞のページを捲めくりながら言う。実際おばあちゃんの家はここから自転車で10分も掛らない。しかしおばあちゃんっ子の私からしたら、早く届けたいと思っていて、今日は早起きしたのだ。

 私はテーブルに並ばれたトーストとサラダを手早く胃に放り込み、オレンジジュースで流し込む。

「そんな風に食べてたら喉を詰まらせるわよ。時間があるならもっとゆっくり食べなさい」

 そう母に注意された矢先、私は喉に食べ物を詰まらせた。

「うっ、ごほごほっ」
「ほ~ら、言わんこっちゃない」

 母はそう言って私の背中を優しく叩いてくれた。そのおかげで喉の詰りが解消される。

「あ、ありがとうお母さん」
「ふふっ。紗那ったらいつまでたっても慌てんぼうさんなんだから」

 クスクスと笑みを零す母は相変わらず娘の私には甘い。いや、父もそうだ。二人は高校生になった私に対してどこまでも甘やかしてくる。だけどそんな両親が私はとっても大好きで、かけがえなの無い存在だ。

「そうか。朝からお袋も孫に会うのもきっと楽しみにしてるだろうしな。きっと菓子でも用意して待ってるだろうよ」

 父は空になったコップをキッチンで洗い、新聞を片付ける。そして腕時計で時間を確認する。恐らく会社に出勤する時間なのだろう。

「あら、お父さん。そろそろ出勤ですか?」
「ああ、行ってくる。紗那もお袋の所に行ったら挨拶はちゃんとしなさい」

 スーツ姿の父を母が綺麗に整える。

「分かってるよ。そんな子ども扱いしなくても良いのに」
「ははは。そうだな。紗那が一番お袋の所に行ってあげてるしな」

 父は玄関で革靴を履いて扉を開けて出勤していった。私は食べた食器をそのままに、急いで残りの身支度を整えて、父が出た5分後には家を出ようとする。

「じゃあ、私も行って来ます。お母さん、後片付け今日はゴメン!」
「はいはい。行ってらっしゃい」

 私も靴を履き、玄関を開けて家から出た。

 季節は冬。外は寒く、いつもより多めに雪が降っている。吐く息も白く染まる。明日はクリスマスイブだ。そんな皆が浮かれてしまう季節。

 私は愛用の母が編んでくれた白いマフラーを首に巻いて、家の脇に置いてある自転車のサドルの雪をどかす。冷たくお尻が冷えるがそれでもサドルに跨り、おばあちゃん家ちの方向の道へ、力強くペダルを漕ぎ出した。

 自転車であればそこまで遠くない。昨日電話で約束した時の様子では、とても嬉しそうな声だった。孫の私が来るのをきっと今か今かと待っていると思う。

 自転車で走り出してすぐだろうか。前方で歩いている人影が見えた。私からしたら見慣れた短髪の少年の姿。横を通るとすぐに私に気付く。

「おっ、紗那じゃん。こんな朝から会うなんて奇遇だな」
「隼人。おはよう。今日もバスケ部の朝練?」

 彼は今井隼人いまいはやと。私とは家も近く、幼い頃からの付き合いで、俗に言う幼馴染。小、中、高とずっと同じ学校に通っていて、両親同士が学生の頃からの友人なのだ。

「まぁな。いつもこの時間からだな。それで紗那は?」
「私はおばあちゃんの家に届け物。家近いし、寄ってから学校に行くの」

 私が説明すると、すぐに隼人は頷き理解した。

「あー、紗那のばあちゃんち、こっから近いもんな」
「そーゆーこと。じゃ、また後でね」

 私がペダルに足を掛けようとすると、

「ちょっと待って。紗那に伝えたいことがある」

 やけに真剣な眼差しで隼人は私を呼び止めた。

「もー、どうしたの。私急いでるんだけど?」

 私は振り向いて隼人の方を見た。彼は少し戸惑っているのか、ほんの少し下を向いていたが、すぐに私の方を向いた。

「あのさ、明日の夜時間ある? ちょっと付き合ってもらいたい場所があるんだけどさ……」

 私は少し急いでいたので一瞬迷ったものの、深く考えず二つ返事で了承する事にした。何の用事かは分からないけど、またいつもの遊びの誘いだろう。明日はクリスマスイヴだけど、彼氏のいない私には関係ない。

「んー、良いよ。じゃあ後でまた連絡して。私も明日は特に用事ないし」
「お、そうか。良かった。じゃ、また後で連絡するわ」

 隼人は少し上機嫌で私とは逆の道を歩き出した。

 私は自転車に再度ペダルに力を入れ、漕ぎ出した。そしてそろそろだろうか。祖母の家が近くなる。付近の道の交差点で信号待ちをしていて、赤から青へと信号が切り替わる。

 私のそばには黒いランドセルを背負った小学生が信号を走りながら渡ろうとしていた。いつも通りの信号。しかし――、耳鳴りが私をいきなり襲った。私は頭に手を添えて我慢する。

 心臓がバクバクと、激しく鼓動する。急な不安が私の全身を包んだ。そして心臓の鼓動が収まると、音が聞こえた。音の正体は分からない。しかし何か聞こえる。視界も雪で染まっていて、とても悪い。

 目を開けた。すると――そこには大型トラックが道路に突っ込もうとする寸前だった。

「ダメ!」

 その時私は無我夢中だった。信号が青なのに。どうして。そんな疑問が頭をよぎる。しかし体が勝手に動いていた。目の前には小さな子どもが今にも大型トラックに衝突する寸前だった。自転車をかなぐり捨てて、私は子どもに向かって走り出していた。

 間に合うとか、間に合わないとか。そんな事は頭になかった。ただその子を助けなければ、そんな思考だけが私の全てだった。それから私は一体どうなったのだろうか。あの子は助かったのだろうか?

 私にはそれすらも分からなかった。
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