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それぞれの夜

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 逃げるべき相手に自分から近付いてしまった己の不運を呪う。それでもエッタは表面上の平静を取り繕った。

「……捜索っていっても、もう十年前の話なんでしょ? もうこの辺には居ないんじゃ?」
「モチロン他でも進められているさ。けど最初の地ってのは特別さ。そうだろラダ?」
「まあ、そうだな」

 家族の移動は見張られている。七つの子供が単独で余所の土地に移るとは考え難い。それ故に未だこの地は有力とされ、拠点が残されていた。

「なあエッタ。お前一体どこに住んでいたんだ?」
「孤児院だって言わなかったっけ」
「言ってねえな。んじゃ何歳なんだ?」

 心なしかラダの質問が尋問じみているような気がする。

 まだ正確な年齢を伝えていなかったエッタは、自分が少し年下に見られている事に気付いていた。十六歳と正直に言えば聖女に関連付けられる可能性がある。

「十四だよ」
「――思ってたより上だな」

 パカっと彼女の口が開いた。ギリギリ下を攻めた年齢を言ったのに、一体幾つに見えていたのか。

「ちょっ、おまっ、何泣いてんだよ!」

 言葉もなく、ただ滂沱の涙を流し始めたエッタにラダは慌てた。
 身長はそれなりだが、体が薄いのは多分代謝が良いから。そうに違いない。代謝の落ちる年齢になればふっくらする。既に成人は迎えたけど、成長はコレからだ! 泣きながらも心は反論で一杯だ。しかし口に出すのが良くないのは分かる。我慢の結果が目から溢れている。

「ハハハ、スゲー涙だな!!」既に出来上がっていたボルは珍しいものを見たと喜び、「うんうん、涙で男をホンローしてこそ一人前の女だよ」料理の合間にちびちびと呑んでいたマリーも酔いが回りはじめ、ズレた事を言う。

 ちっとも慰められないので、却って冷静になった。袖で顔を拭いながら考える。怪しまれては困るのだ。今更年齢を下方修正するのも避けたい。嘘をついたという事実が残るからだ。誤魔化さなくてはならない。

「まあ、ろくに食べる物も無かったんだろうさ。なあに大丈夫。この街にいたら美味しいものも、たらふく食べられるからね! あっという間にブクブクさ!」
「マリーさん! ありがとう!!」

 アッサリと救ってくれた女神に、エッタは本心からお礼を言った。
 そして食べ過ぎには気を付けようと思った。






 
 同時刻――森の中の孤児院では、全ての子供達がベッドに入っていた。朝は早く、肉体労働も多いので皆グッスリと寝静まっている。
 その中で一人、十四歳になる少年サイだけがシーツに包まりながらも、まんじりともせずにいた。
 皆と同じく疲れている筈なのに眠れない――。

 寝返りを打っていると、コツコツという足音が微かに耳に届く。院長ロミアの見回りだ。サイは動きを止め目を瞑って寝たフリをする。

 暫くすると軋みながらドアが開き、部屋の中にロミアが入ってきた。
 一人ずつ様子を見ているのだろう。蝋燭の仄かな灯りがゆっくりと移動しているのが分かった。

 サイのベッドは奥にある。今までは入り口付近にエッタが居た。年長組が双方向から他の子供達の面倒を見る為だった。もうエッタは居ない。配置替えが必要か、明日院長に相談しよう。
 つらつらと考えている内に、すぐ側まで明かりが来ていた。

 呼吸を深くする。顔に僅かな熱が当たる。暫し留まった後、フッと気配が遠かった。
 コツコツという音が離れていく。
 十分離れと判断してほんの少し呼吸を楽にする。
「何を悩んでいる」
「ひっ」
 余りの近さに、咄嗟に声が漏れた。
「しー、静かに。眠れないなら話をしようか」



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