上 下
5 / 9

4

しおりを挟む
 スーパーに到着し、木蔦さんのお家に何があって何が無いか聞いたところ、とんでもない問題が浮上した。

「塩もないんですか……?」

「はい。」

「……では逆に聞きますが、お家にある調味料はいかほどで……?」

「多分何もない、です。買った覚えがありません。」

「……なるほど。」

 この答えを聞いて、この人の普段の食事は外食や冷凍、カップ麺がメインなのだろうと当たりをつけた。

「じ、じゃあヤカンは……」

「あー……あったか……どうだったか……」

「……電子レンジは?」

「ありません。」

 おっとぉ……? 木蔦さんの毎日の食事、冷凍やカップ麺の線も消えた。……そうか。外食ばかりなのか。理解した。

 外食が悪いわけではないのだが、それでも栄養は偏ってしまうよな。この人の凄まじく悪い栄養事情に目眩がした。

「じゃあ普段は外食がメインなんですね。」

「いや、栄養補給食を……メインに?」

 木蔦さんのその一言に、僕はここがスーパーであると分かっていても、膝から崩れ落ちるのを止められなかった。

 駄目だ、この人にちゃんとしたご飯を食べさせないと……!

 ムキになったとも言えるかもしれないが、それでもこの人を放っておけるほど僕は無情でもない、と思いたい。

 だからこの現状を知った今、僕は木蔦さんが嫌がるまで首を突っ込ませてもらう! 

「分かりました。季節外れではありますが、今日は鍋にしましょう!」

 眉間の皺を伸ばすように揉み、ため息を零さないように気をつけながらメニューを発表する。

「鍋……それはあれですよね、なんかいっぱい色んなものが入ってる……」

「はい。これなら一品でもいろんな栄養が摂れると思いました。」

「はぁ……」

「ではそうと決まれば諸々買っていきましょう! ほら、ちゃっちゃか歩く!」

「あ、ええと、はい……」

 僕の勢いに飲み込まれた木蔦さんはタジタジになりながら僕の後をついてきた。

…………

 材料を買い込み、木蔦さんのお家に案内された。車を止めて『アレ、家』と言われた方向を見上げると、そこは所謂高層マンションとか言うやつが目に入った。

 僕、場違いでは……?と気後れしている間にも木蔦さんはさっさとエレベーターに乗り込んでいく。

 僕も取り残されないように急ぎ、それに飛び乗った。もう、ここまで来たら場違いとか言ってられないもの。

 相当の速さで昇っていくのを体全体で感じながら、これからの手順を今一度頭の中で確認していくことにした。場違いウンヌンで胃を縮めたくも無かったし。

 そういうわけで、エレベーターの中の沈黙なんて気にしている暇なんて僕には無かった。

 そうしている間にもチン、と軽い音を立ててエレベーターは止まり、木蔦さんに倣って僕も降りる。その先には扉が一つだけがあった。

 木蔦さんはその唯一の扉を鍵で開け、これまたさっさと中へ入っていく。僕は己と木蔦さんとの生活レベルの違いに戸惑い、一瞬立ち止まってしまった。

「……入らないんですか?」

「…………あ、はい、入ります。お邪魔します。」

 木蔦さんに声を掛けられて、初めて意識が現実に戻って来たような気持ちになった。

 いけないいけない、これから気合いを入れなきゃならないというのに。しっかりしろ、自分。心の中で己に喝を入れる。

「いらっしゃい。……と言っても、何もおもてなしできるものは本当、無くて、ですね……」

 まあ、ヤカンすら無いんだもんね。本当、今までどうやって生きてきたのか不思議で仕方がない。

「あ、いえ、お構いなく。夕飯を作るのにも時間はかかりますし、もう早速作り始めちゃいますね。」

「お願いします。」

 グイッと腕まくりをしながら、台所へと案内してもらう。

…………

 今日は寄せ鍋風のものを作る予定だ。

 風、というのはあれだ。季節的に買えたものと買わなかったものとがあって、取り敢えず買ったものであり合わせるつもりだからね。

 まず、キャベツを買ってきている時点でどちらかと言うともつ鍋に近い具材となっている。

 仕方ないじゃん、安くて美味しそうだったんだもの。春キャベツなんて、絶対美味しいに決まっている。食べる前から分かる。

 それなら寄せ鍋ではなくもつ鍋にすれば、ともいかない理由があった。

 何せ木蔦さんの普段の食事がアレなので、いきなりもつ鍋にしたら胃にダメージを喰らいそうだと思って、ね。そういう配慮でもある。

 タレは醤油ベース、油ものとして魚のつみれ、あとはなんか色々野菜。もう本当色々買ったからね、入れない選択肢はない。

…………

 ホカホカと湯気を立てて、出汁の香りが部屋いっぱいに広がる。うん、我ながら良い出来だ。自画自賛したくなるほど。

 これなら木蔦さんも食べやすいだろう。多分。

 向かいに座る木蔦さんの目は爛々と輝き、瞬きすら惜しいと言わんばかりに食卓の真ん中に置いた鍋を凝視している。

「ほら、見つめていないで、食べましょうよ。」

「……魔法使いだ。」

 ちょっと何を言っているのか分からないのでその呟きには反応せず、さっさと二人分よそる。

 スーパーで夕飯の話をしている時に僕も一緒に食べていけば良いと提案されたからね。御伴侶に預かろうと思って。ご飯だけに御伴侶、ってか。……自分で言ってて寒くなった。やめたやめた、鍋を食べることだけを考えよう。

「さぁ、冷める前に食べましょう。」

「……いただきます。」

「はい、いただきます。」

 恐る恐る木蔦さんは出汁を吸ってクタクタになった野菜を一口食べた。するとその瞬間、彼は頬を赤く染め、愛おしいものをしみじみ感じ入るような表情を浮かべた。

 無表情ですらあの輝きを放っていた顔だったのに、嬉しそうにしているとより一層その美しさに磨きがかかるだなんて。

 その輝きで僕の目が潰れたらどうしてくれよう。そんなありもしない心配をしてしまう程、美味しそうに嬉しそうにしている木蔦さんは美しかった。

「美味しい……」

 思わず漏れ出たかのような呟きは、静かな部屋だからこそ僕にも聞こえた。それが嘘やおべっかではないと表情と声色がありありと伝えてくれていて、作り手としてこれ以上ない褒め言葉だと僕も嬉しくなる。

 メガネを直すフリをして顔を隠すが、多分ニヤケ顔は隠せていないだろう。今一度顔を引き締める。

「おかわり、しても良いですか?」

「勿論。あなたのために作ったんですから、どんどん食べてください。」

「やった……」

 それにやっぱり一人で食べるご飯よりも、誰かと食べる方が何倍も美味しく感じる気がする。

 久しぶりのこの感覚に、ホコホコと心身ともに温かくなったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔力なしの嫌われ者の俺が、なぜか冷徹王子に溺愛される

ぶんぐ
BL
社畜リーマンは、階段から落ちたと思ったら…なんと異世界に転移していた!みんな魔法が使える世界で、俺だけ全く魔法が使えず、おまけにみんなには避けられてしまう。それでも頑張るぞ!って思ってたら、なぜか冷徹王子から口説かれてるんだけど?── 嫌われ→愛され 不憫受け 美形×平凡 要素があります。 ※総愛され気味の描写が出てきますが、CPは1つだけです。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

王道にはしたくないので

八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉 幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。 これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

BL学園の姫になってしまいました!

内田ぴえろ
BL
人里離れた場所にある全寮制の男子校、私立百華咲学園。 その学園で、姫として生徒から持て囃されているのは、高等部の2年生である白川 雪月(しらかわ ゆづき)。 彼は、前世の記憶を持つ転生者で、前世ではオタクで腐女子だった。 何の因果か、男に生まれ変わって男子校に入学してしまい、同じ転生者&前世の魂の双子であり、今世では黒騎士と呼ばれている、黒瀬 凪(くろせ なぎ)と共に学園生活を送ることに。 歓喜に震えながらも姫としての体裁を守るために腐っていることを隠しつつ、今世で出来たリアルの推しに貢ぐことをやめない、波乱万丈なオタ活BL学園ライフが今始まる!

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...