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スーパーに到着し、木蔦さんのお家に何があって何が無いか聞いたところ、とんでもない問題が浮上した。
「塩もないんですか……?」
「はい。」
「……では逆に聞きますが、お家にある調味料はいかほどで……?」
「多分何もない、です。買った覚えがありません。」
「……なるほど。」
この答えを聞いて、この人の普段の食事は外食や冷凍、カップ麺がメインなのだろうと当たりをつけた。
「じ、じゃあヤカンは……」
「あー……あったか……どうだったか……」
「……電子レンジは?」
「ありません。」
おっとぉ……? 木蔦さんの毎日の食事、冷凍やカップ麺の線も消えた。……そうか。外食ばかりなのか。理解した。
外食が悪いわけではないのだが、それでも栄養は偏ってしまうよな。この人の凄まじく悪い栄養事情に目眩がした。
「じゃあ普段は外食がメインなんですね。」
「いや、栄養補給食を……メインに?」
木蔦さんのその一言に、僕はここがスーパーであると分かっていても、膝から崩れ落ちるのを止められなかった。
駄目だ、この人にちゃんとしたご飯を食べさせないと……!
ムキになったとも言えるかもしれないが、それでもこの人を放っておけるほど僕は無情でもない、と思いたい。
だからこの現状を知った今、僕は木蔦さんが嫌がるまで首を突っ込ませてもらう!
「分かりました。季節外れではありますが、今日は鍋にしましょう!」
眉間の皺を伸ばすように揉み、ため息を零さないように気をつけながらメニューを発表する。
「鍋……それはあれですよね、なんかいっぱい色んなものが入ってる……」
「はい。これなら一品でもいろんな栄養が摂れると思いました。」
「はぁ……」
「ではそうと決まれば諸々買っていきましょう! ほら、ちゃっちゃか歩く!」
「あ、ええと、はい……」
僕の勢いに飲み込まれた木蔦さんはタジタジになりながら僕の後をついてきた。
…………
材料を買い込み、木蔦さんのお家に案内された。車を止めて『アレ、家』と言われた方向を見上げると、そこは所謂高層マンションとか言うやつが目に入った。
僕、場違いでは……?と気後れしている間にも木蔦さんはさっさとエレベーターに乗り込んでいく。
僕も取り残されないように急ぎ、それに飛び乗った。もう、ここまで来たら場違いとか言ってられないもの。
相当の速さで昇っていくのを体全体で感じながら、これからの手順を今一度頭の中で確認していくことにした。場違いウンヌンで胃を縮めたくも無かったし。
そういうわけで、エレベーターの中の沈黙なんて気にしている暇なんて僕には無かった。
そうしている間にもチン、と軽い音を立ててエレベーターは止まり、木蔦さんに倣って僕も降りる。その先には扉が一つだけがあった。
木蔦さんはその唯一の扉を鍵で開け、これまたさっさと中へ入っていく。僕は己と木蔦さんとの生活レベルの違いに戸惑い、一瞬立ち止まってしまった。
「……入らないんですか?」
「…………あ、はい、入ります。お邪魔します。」
木蔦さんに声を掛けられて、初めて意識が現実に戻って来たような気持ちになった。
いけないいけない、これから気合いを入れなきゃならないというのに。しっかりしろ、自分。心の中で己に喝を入れる。
「いらっしゃい。……と言っても、何もおもてなしできるものは本当、無くて、ですね……」
まあ、ヤカンすら無いんだもんね。本当、今までどうやって生きてきたのか不思議で仕方がない。
「あ、いえ、お構いなく。夕飯を作るのにも時間はかかりますし、もう早速作り始めちゃいますね。」
「お願いします。」
グイッと腕まくりをしながら、台所へと案内してもらう。
…………
今日は寄せ鍋風のものを作る予定だ。
風、というのはあれだ。季節的に買えたものと買わなかったものとがあって、取り敢えず買ったものであり合わせるつもりだからね。
まず、キャベツを買ってきている時点でどちらかと言うともつ鍋に近い具材となっている。
仕方ないじゃん、安くて美味しそうだったんだもの。春キャベツなんて、絶対美味しいに決まっている。食べる前から分かる。
それなら寄せ鍋ではなくもつ鍋にすれば、ともいかない理由があった。
何せ木蔦さんの普段の食事がアレなので、いきなりもつ鍋にしたら胃にダメージを喰らいそうだと思って、ね。そういう配慮でもある。
タレは醤油ベース、油ものとして魚のつみれ、あとはなんか色々野菜。もう本当色々買ったからね、入れない選択肢はない。
…………
ホカホカと湯気を立てて、出汁の香りが部屋いっぱいに広がる。うん、我ながら良い出来だ。自画自賛したくなるほど。
これなら木蔦さんも食べやすいだろう。多分。
向かいに座る木蔦さんの目は爛々と輝き、瞬きすら惜しいと言わんばかりに食卓の真ん中に置いた鍋を凝視している。
「ほら、見つめていないで、食べましょうよ。」
「……魔法使いだ。」
ちょっと何を言っているのか分からないのでその呟きには反応せず、さっさと二人分よそる。
スーパーで夕飯の話をしている時に僕も一緒に食べていけば良いと提案されたからね。御伴侶に預かろうと思って。ご飯だけに御伴侶、ってか。……自分で言ってて寒くなった。やめたやめた、鍋を食べることだけを考えよう。
「さぁ、冷める前に食べましょう。」
「……いただきます。」
「はい、いただきます。」
恐る恐る木蔦さんは出汁を吸ってクタクタになった野菜を一口食べた。するとその瞬間、彼は頬を赤く染め、愛おしいものをしみじみ感じ入るような表情を浮かべた。
無表情ですらあの輝きを放っていた顔だったのに、嬉しそうにしているとより一層その美しさに磨きがかかるだなんて。
その輝きで僕の目が潰れたらどうしてくれよう。そんなありもしない心配をしてしまう程、美味しそうに嬉しそうにしている木蔦さんは美しかった。
「美味しい……」
思わず漏れ出たかのような呟きは、静かな部屋だからこそ僕にも聞こえた。それが嘘やおべっかではないと表情と声色がありありと伝えてくれていて、作り手としてこれ以上ない褒め言葉だと僕も嬉しくなる。
メガネを直すフリをして顔を隠すが、多分ニヤケ顔は隠せていないだろう。今一度顔を引き締める。
「おかわり、しても良いですか?」
「勿論。あなたのために作ったんですから、どんどん食べてください。」
「やった……」
それにやっぱり一人で食べるご飯よりも、誰かと食べる方が何倍も美味しく感じる気がする。
久しぶりのこの感覚に、ホコホコと心身ともに温かくなったのだった。
「塩もないんですか……?」
「はい。」
「……では逆に聞きますが、お家にある調味料はいかほどで……?」
「多分何もない、です。買った覚えがありません。」
「……なるほど。」
この答えを聞いて、この人の普段の食事は外食や冷凍、カップ麺がメインなのだろうと当たりをつけた。
「じ、じゃあヤカンは……」
「あー……あったか……どうだったか……」
「……電子レンジは?」
「ありません。」
おっとぉ……? 木蔦さんの毎日の食事、冷凍やカップ麺の線も消えた。……そうか。外食ばかりなのか。理解した。
外食が悪いわけではないのだが、それでも栄養は偏ってしまうよな。この人の凄まじく悪い栄養事情に目眩がした。
「じゃあ普段は外食がメインなんですね。」
「いや、栄養補給食を……メインに?」
木蔦さんのその一言に、僕はここがスーパーであると分かっていても、膝から崩れ落ちるのを止められなかった。
駄目だ、この人にちゃんとしたご飯を食べさせないと……!
ムキになったとも言えるかもしれないが、それでもこの人を放っておけるほど僕は無情でもない、と思いたい。
だからこの現状を知った今、僕は木蔦さんが嫌がるまで首を突っ込ませてもらう!
「分かりました。季節外れではありますが、今日は鍋にしましょう!」
眉間の皺を伸ばすように揉み、ため息を零さないように気をつけながらメニューを発表する。
「鍋……それはあれですよね、なんかいっぱい色んなものが入ってる……」
「はい。これなら一品でもいろんな栄養が摂れると思いました。」
「はぁ……」
「ではそうと決まれば諸々買っていきましょう! ほら、ちゃっちゃか歩く!」
「あ、ええと、はい……」
僕の勢いに飲み込まれた木蔦さんはタジタジになりながら僕の後をついてきた。
…………
材料を買い込み、木蔦さんのお家に案内された。車を止めて『アレ、家』と言われた方向を見上げると、そこは所謂高層マンションとか言うやつが目に入った。
僕、場違いでは……?と気後れしている間にも木蔦さんはさっさとエレベーターに乗り込んでいく。
僕も取り残されないように急ぎ、それに飛び乗った。もう、ここまで来たら場違いとか言ってられないもの。
相当の速さで昇っていくのを体全体で感じながら、これからの手順を今一度頭の中で確認していくことにした。場違いウンヌンで胃を縮めたくも無かったし。
そういうわけで、エレベーターの中の沈黙なんて気にしている暇なんて僕には無かった。
そうしている間にもチン、と軽い音を立ててエレベーターは止まり、木蔦さんに倣って僕も降りる。その先には扉が一つだけがあった。
木蔦さんはその唯一の扉を鍵で開け、これまたさっさと中へ入っていく。僕は己と木蔦さんとの生活レベルの違いに戸惑い、一瞬立ち止まってしまった。
「……入らないんですか?」
「…………あ、はい、入ります。お邪魔します。」
木蔦さんに声を掛けられて、初めて意識が現実に戻って来たような気持ちになった。
いけないいけない、これから気合いを入れなきゃならないというのに。しっかりしろ、自分。心の中で己に喝を入れる。
「いらっしゃい。……と言っても、何もおもてなしできるものは本当、無くて、ですね……」
まあ、ヤカンすら無いんだもんね。本当、今までどうやって生きてきたのか不思議で仕方がない。
「あ、いえ、お構いなく。夕飯を作るのにも時間はかかりますし、もう早速作り始めちゃいますね。」
「お願いします。」
グイッと腕まくりをしながら、台所へと案内してもらう。
…………
今日は寄せ鍋風のものを作る予定だ。
風、というのはあれだ。季節的に買えたものと買わなかったものとがあって、取り敢えず買ったものであり合わせるつもりだからね。
まず、キャベツを買ってきている時点でどちらかと言うともつ鍋に近い具材となっている。
仕方ないじゃん、安くて美味しそうだったんだもの。春キャベツなんて、絶対美味しいに決まっている。食べる前から分かる。
それなら寄せ鍋ではなくもつ鍋にすれば、ともいかない理由があった。
何せ木蔦さんの普段の食事がアレなので、いきなりもつ鍋にしたら胃にダメージを喰らいそうだと思って、ね。そういう配慮でもある。
タレは醤油ベース、油ものとして魚のつみれ、あとはなんか色々野菜。もう本当色々買ったからね、入れない選択肢はない。
…………
ホカホカと湯気を立てて、出汁の香りが部屋いっぱいに広がる。うん、我ながら良い出来だ。自画自賛したくなるほど。
これなら木蔦さんも食べやすいだろう。多分。
向かいに座る木蔦さんの目は爛々と輝き、瞬きすら惜しいと言わんばかりに食卓の真ん中に置いた鍋を凝視している。
「ほら、見つめていないで、食べましょうよ。」
「……魔法使いだ。」
ちょっと何を言っているのか分からないのでその呟きには反応せず、さっさと二人分よそる。
スーパーで夕飯の話をしている時に僕も一緒に食べていけば良いと提案されたからね。御伴侶に預かろうと思って。ご飯だけに御伴侶、ってか。……自分で言ってて寒くなった。やめたやめた、鍋を食べることだけを考えよう。
「さぁ、冷める前に食べましょう。」
「……いただきます。」
「はい、いただきます。」
恐る恐る木蔦さんは出汁を吸ってクタクタになった野菜を一口食べた。するとその瞬間、彼は頬を赤く染め、愛おしいものをしみじみ感じ入るような表情を浮かべた。
無表情ですらあの輝きを放っていた顔だったのに、嬉しそうにしているとより一層その美しさに磨きがかかるだなんて。
その輝きで僕の目が潰れたらどうしてくれよう。そんなありもしない心配をしてしまう程、美味しそうに嬉しそうにしている木蔦さんは美しかった。
「美味しい……」
思わず漏れ出たかのような呟きは、静かな部屋だからこそ僕にも聞こえた。それが嘘やおべっかではないと表情と声色がありありと伝えてくれていて、作り手としてこれ以上ない褒め言葉だと僕も嬉しくなる。
メガネを直すフリをして顔を隠すが、多分ニヤケ顔は隠せていないだろう。今一度顔を引き締める。
「おかわり、しても良いですか?」
「勿論。あなたのために作ったんですから、どんどん食べてください。」
「やった……」
それにやっぱり一人で食べるご飯よりも、誰かと食べる方が何倍も美味しく感じる気がする。
久しぶりのこの感覚に、ホコホコと心身ともに温かくなったのだった。
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