上 下
60 / 127
10章 冬休み その一

60

しおりを挟む
「あれが我が家です。」

 冬休みに入り何日か経った今日は、山吹さんと柊木さんのお家へお邪魔する日。目的地まで歩いていた私達は山吹さんが指さした方を見て言葉を失った。

 そう、そこにあったのは豪邸だったのだ。……凄いね。語彙力が無くなるくらい驚いている。

 大きいとは事前に聞いていたが想像を上回る大きさだった。

「帰ったー。」
「ただいま戻りました。」

 その豪邸になんの躊躇もなく入っていく二人に倣って恐る恐る玄関に入る。

 わあ、玄関も広かった。六人入っても余裕の広さ。ここでもこの広さなら部屋の中とかどうなってるんだろう……

「お帰り、りん、あかね。元気だった?」

 そんな風にオロオロしていたら一番手前の扉から一人の女性が出てきた。とても優しそうな雰囲気のその女性はふうわり笑った。あ、その笑い方山吹さんに似てる。

「ええ、もちろん。」
「ああ。……母さん、音霧の皆で来たぞ。」
「皆もいらっしゃい。」
「お邪魔します。」

 もしかして山吹さんのお母様かな?

 そう考えているとその女性と目が合う。その瞬間にその女性は瞠目した。なんだろう。何か口元についてるかな。

 拭ってみるが何もなかった。じゃあどうしたんだろう。

「ちょっと! りん! あかね! こんなに可愛い子がいるってこと、なんで黙ってたの!」

 バシバシと山吹さんの肩を叩くその女性。どこか興奮しているみたいだ。叩かれている山吹さんは痛い痛いと声を出している。

「いたっ、事前に連絡しましたよね。」
「あらそうだったかしら?」
「……とにかく家ん中入らせろよ。ずっとここにいてもあれだろ?」
「そうね。さ、皆も入って。」

 そう言って女性が出てきた部屋へと案内される。そこは広いリビングだった。置かれている家具なども見て、これは部屋という一つの芸術か、とまで考えてしまったところで。

「好きな所に座っていいぞ。」

 柊木さんにそう言われるが、どこに座っていいか分からない。どこか隅っこに……

「あなたは私の隣よ!」

 そんな考えを見通したのか、女性はぽんぽんと自分が座るソファの隣を叩く。そ、そこに座るのね。言われた通りに座り、一呼吸。

「はじめましてよね。私は竜胆と茜の母、山吹 小雪よ。是非名前で呼んでちょうだいね。……あなたのお名前は?」
「花蘇芳 藍です。よろしくお願いします。こ、小雪さん。」

 本当に名前で呼んでもいいのかと考えたが、本人の希望なのでその通りに。

 しかし小雪さんは何故かとても驚いた表情を浮かべていた。

 名前で呼ばれたことに驚いてる? いや、小雪さん自らのお願いだったのだ、そんなはずは……

「あなたが……」

 はて、私は何か驚かせるようなことをしてしまっただろうか。思い当たる点はないけどなあ。

「いえ、でもそんな子じゃなさそうよね。ならあの噂は……?」

 小雪さんは一人ぶつぶつと自問自答しているみたいだ。皆さんも頭の上にハテナを浮かべている。山吹さんや柊木さんまでも。二人にすらも通じない話を一人でしているようだった。

「なあ、母さんは一体何の話をしてんだ?」
「藍さんに何かあったんですか?」
「あ、いえ……なんでもないのよ。ええ。なんにも。」

 敢えて何もないことを強調するということは、きっと何かあったのだろう。見当はつかないが。

 しかし教えてはもらえないような雰囲気なので黙るしかない。

「他のお友達の紹介もしてもらいましょうか。」













 あれから皆さんも自己紹介し、すぐに打ち解けた。小雪さんが呟いていた『あの噂』が何なのか気になるが、聞けるような雰囲気ではない。いつかは聞いてみたいけど……。ここにいる間に聞ければいいな。

 もぐ、と夕ご飯を食べながらそんなことを考えていた。あ、この焼き魚も美味しい。

「ねえ、藍ちゃん。お母様はお元気?」
「え……? 私の母のこと、ご存知なんですか?」

 全く覚えていない私の母。声も姿も何一つ覚えていない。小さな頃からマスターに育ててもらったし。

「ええ、まあ。何度か話したりしたわ。亡くなったとは聞いていないからお元気かどうか気になって。」
「母さん! その話は!」
「どうしたの、りん。」
「……なんでも、ないです。でも、その話題は……」
「……分かった。深く聞かないことにするわね。」
「ありがとう、ございます。」

 山吹さん、なんか知ってる? でも何を……?

「山吹さん?」
「……なんでもないですよ。ただ、覚えていないのならそれでいいと思いまして。」
「覚えていないなら? どういうことですか?」
「……黙秘します。」

 その言葉を最後に、黙々とご飯を食べ始めた。なんか私だけ除け者にされている気分。山吹さんも小雪さんも何を知っているのだろう。本当気になる。

「あ、このサラダのドレッシング美味しい!」
「本当だ。」

 少し離れた席で楽しそうに話す桃さんと藤さん。福寿さんは相変わらず無言で食べていた。私もそっちの話に入りたいなー。小雪さんも山吹さんも柊木さんも何も喋らないんだもん。もぐ、とご飯を口に入れる。あ、このお米甘くて美味しい。



 二人が隠している事柄が何かを知ったのは、その次の日のことだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

夫は魅了されてしまったようです

杉本凪咲
恋愛
パーティー会場で唐突に叫ばれた離婚宣言。 どうやら私の夫は、華やかな男爵令嬢に魅了されてしまったらしい。 散々私を侮辱する二人に返したのは、淡々とした言葉。 本当に離婚でよろしいのですね?

処理中です...