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9章 文化祭二日目

54 藤side

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「さて、花蘇芳さんの代わりをどうしようね。さすがに子供に働かせるのはあれだし……」

 普段は高校生だけど今は……一桁くらいの歳だろう。確かに働かせるのは無理があるね。

「はたらく?」
「そうそう、藍ちゃんは働けないだろうから他に……」
「あいもはたらく!」
「……え?」

 はーい、と手を挙げて宣言するチビ藍ちゃん。うーん、ちょっと難しいような気がするけどなあ……

「そう? じゃあ花蘇芳さんにも手伝ってもらおうかな?」
「はーい!」

 実質文化祭の実行委員的な存在の天部ちゃんが良いと言っているのなら良いのだろう。

「じゃあ……」














 チビ藍ちゃんは来た客にメニューを渡すという仕事を任された。今のところ順調に仕事をこなしている。見ていて微笑ましい。

「はい! めにゅーです!」
「ありがとう。偉いねー。」
「んふふー」

 チビ藍ちゃんもお手伝いが出来て得意気だ。もう一度言う、微笑ましい。

 ただ、そんな中でもチビ藍ちゃんの見た目を良く思わない人もいる。眉間に皺を寄せてチビ藍ちゃんを見る人もいた。

 まあ、そこは仕方がないだろう。危害を加える様子もないので動きながらも傍観する。

「やっほー!」

 桃と椿がA組にやってきた。そういえば二人とも午後は自由時間なんだっけ。

 席に座った二人の元へチビ藍ちゃんがメニューを置きに行く。

「……あーちゃん?」

 椿の目線はチビ藍ちゃんに向いている。あーちゃんって言えば椿が小さい頃に出会った女の子だっけか。

「んー? あいは、はなずおう あいってなまえだよ?」
「……っ、花蘇芳があーちゃん……?」

 チビ藍ちゃんは首を傾げている。チビ藍ちゃんがあーちゃんなのだとしたら、首を傾げることもしないはずだけど……。じゃああーちゃんではない?

 いや、でも椿があーちゃんだと言っているのならそうなのだろう。ならば何故チビ藍ちゃんは椿を知らない?

「……つーくん、と言えば分かるか?」
「つーくん?」
「……ほら。」

 右目も見えるように髪の毛を弄る。そしてマスクを外す。

「……お前と公園で話したつーくんだ。覚えてないか?」

 周りがどよめいた。椿が人前でマスクを取り、声を発したから。珍獣でも見たかのようなどよめき具合だ。

「んー? わかんない。」
「……そうか。」

 椿からしょぼんと落胆した音が聞こえてきそうだ。その様が珍しくて俺は一人勝手に驚いてしまった。

「……人違いだったかもしれない。すまんな。」
「んーん、いいよー? あ、めにゅーここにおいておくね!」
「……ありがとう。」
「うん!」

 ててて、と裏に戻って行ったチビ藍ちゃん。その後ろ姿をじっと見つめる椿。なんだろう、なんか引っ掛かるような……













椿side

「つばっち、本当にあいさんがあーちゃんなの?」
「……多分。しかしあんなに笑っているあーちゃんは見たことがないから断言は出来ない。」
「そっか。」

 いつも目の下にクマを作り、笑顔もぎこちなかったあーちゃんの姿を思い出す。

 髪色、目の色、顔の作りは花蘇芳もあーちゃんも同じだが、目が違う。あんなにキラキラした目をしていなかった。

 マスクと髪を元に戻し、考察する。

「ほら、考え込む前に頼もうよ。せっかくあいさんがメニュー持ってきてくれたんだし。」
「……ああ。」












「んぐ……そうだ、あーちゃんの話を聞かせてよ。」

 桃がどら焼きを頬張りながら聞いてきた。そこまで面白い話ではないのだが……。

「……何から話せばいいか。」
「うーん、じゃあどうやって出会ったの?」

 俺もどら焼きを頬張りながら話し始める。

「……そうだな……あの日はいつも通り公園で時間を潰していたんだがな……





 俺が四歳くらいの頃、毎日のように俺はずっと公園で時間を無駄に潰していた。

 ただベンチに座ってぼーっとするだけ。特に何かしたいわけでもなかったからそうしていた。

 そんなことをしていたのも、ただ単に家にいたくなかったから。

 家にいると母親が俺のことを化け物を見るかのような目で見てきて、そんな視線に耐えられなかった小さな俺は、家を出てはベンチに座ってぼーっとしていた。

 夕方にならなければ家に帰らなくてもいいのに、と毎日思っていた。




 ある日、いつも通りぼーっとしていたら、ふっとベンチの横に人影が。今までそんなこともなかったので驚きながらもそちらを向くと、真っ白い髪を肩の辺りまで伸ばした灰色目の女の子が立っていた。それが後のあーちゃんだった。

『ねえ、かなしそうだよ? どうしたの?』

 その子の目に光は無く、クマも酷かった。自分と似たような境遇だろうことが推測出来た。

 それなのに他人である俺を気遣ってくれる。そんな優しさに胸を打たれた。

『……ぼく、さみしい。』

 思わずポロリと言葉が零れた。誰にも言うつもりなどなかったのに。

『そうなんだ……。わたしもね、ひとりでさみしいよ? だからね、おともだちになろ?』
『……いい、の?』
『うん。』

 そう言って笑ったあーちゃんの顔を、俺は一生忘れないだろう。

 笑い慣れていない、ぎこちないなりの笑みを。






 それからというもの、ほぼ毎日と言ってもいいほど公園でお喋りした。あーちゃん、つーくん、とお互いを呼びあって。

 公園の近くにある花壇に可愛い花が咲いていた、この前見た雲が面白い形をしていた、などたわいもない話をしたんだ。

 この時俺は確かに幸せだった。家に帰ってから親に気持ち悪いと何度も言われたとしても、昼間になればまたあーちゃんに会える。そのことが俺の心の拠り所となっていった。





 だが、そんな幸せも長くは続かなかった。

 ある日を境にあーちゃんが公園に来なくなったのだ。晴れの日も、雨の日も、雪の日も、ベンチに座って待っていたのだが、あーちゃんが現れる気配がない。

『……ぼくのこと、きらいになっちゃったのかな。』

 ぽつりと溢れた独り言も、誰も聞いてくれない。あーちゃんがいてくれたおかげで耐えられた親の暴言にも、もう耐えられそうになかった。

 俺はいつの間にか一人でいることが辛くなっていたのだ。

『……もう、おはなしできないのかな。』

 夕方になった。そろそろ帰らないといけない。また辛い時間がやってくる。

あーちゃんはまだ来ない。











「……まあ、こんな感じだ。その後一度もあーちゃんに会うことはなかった。」
「そっか。でもなんでぱったり来なくなったんだろうね。」
「……分からない。しかし、花蘇芳が俺を覚えていないことと何か関係があるのではと俺は考えている。」
「うーん、確かにそこなんだよねー。なんで覚えていないんだろう。」
「……さあ。情報が少なすぎるから何とも。」
「そこんところが明らかになる日が来ればいいね!」
「……ああ。」

 ズズズ、とほうじ茶を啜った。明らかになる日が来ることを願いながら。





────

フクジュソウ
「悲しき思い出」
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