上 下
20 / 127
4章 初めての女友達

20

しおりを挟む
「ここは変わらないね。」

 最後に見た時と何も変わらないストレリチアのレトロな外観。まあ、一ヶ月程でガラリと店の雰囲気が変わっていたらマスターどうしたの、と心配しただろうが。

「わあ、レトロな感じがすごく好み!」

 キラキラと目を輝かせているいちごさん。そう言ってもらえると誘った私も嬉しくなってくる。

「それはよかった。」

 扉を開けるとチリン、と来店を知らせるベルが鳴る。

「いらっしゃいま……藍じゃないか! よく来たな。」
「お久しぶりです、マスター。」

 マスターこと龍二リュウジさん。白髪混じりの黒髪を一つに結い、眼鏡を掛けている。にっこり笑うと目元に出来る皺がチャーミングポイント。私が小さい頃からとてもよくしてもらっている恩人。

「まあ空いてるとこ座り、な……藍お前……友達……出来たのか……?」

 マスターはいちごさんを見て瞠目し、その後くしゃりと泣きそうな表情で笑った。今までの私をずっと見てきたマスターだからこその反応だろう。

 マスターににっこり笑って言う。

「マスター。私、ついさっき友達出来たの。同じ花学だって。」
「空木 いちごです。先程藍ちゃんに助けて頂きました。不束者ですがよろしくお願いします。」
「そうか……」

 空いているテーブル席に二人着き、マスターの紹介もしておこうと口を開く。

「いちごさん、マスターは私の親代わりの恩人なの。」
「そうだったのね。」
「ああ、五歳の頃から面倒を見ている。もはや実質的な親だな。」

 カウンターに近い席に座っているため、それ越しに会話がなされる。

「へえ、そうなんですか!」
「ああ。……そうだ藍、ちゃんと飯食ってるか?」
「はい。ちゃんと三食。」

 私自身は二食でも一食でもいいんだけど、音霧の皆さんにちゃんと食べろと言われたので少しずつではあるがしっかり食べている。としっかり告げる。ドヤ顔で。

「本当かあ?」
「今回も本当です。」

 昔、ちゃんと食べていると嘘をついて栄養失調で倒れたこともあって私の話を信じてもらえない。嘘ついたの小学校の頃の一回だけなのに。それからはちゃんと食べていなければ食べていないと言っている。いい加減信じて欲しい。

「そうか。寮生活はどうだ?」
「聞いてください! なんと音霧寮は……」

 そこまで言いかけてはたと気づく。音霧寮がエートスの集まりだということは秘密だったと。いちごさんもいるし、これは話せないや。

「やっぱり藍は音霧寮か。まあ、当たり前っちゃあ当たり前か。」
「え? 音霧寮を知ってるんですか?」

 それも当たり前と言った。どういうこと? もしかして音霧寮がエートスの集まりだと知っているのかな?

 もしそうならば、何故知っている? あまり公にされていないらしいのに。疑問が浮かび上がる。

「ああ。だが今の音霧寮のやつらやばいって噂を聞くが……大丈夫か?」

 そこまで知っているんだ。

「私も気になる! あの怖い人達の中にいるの怖くないの?」

 やっぱりその噂は誰でも知っているのか……。ならばここで私が汚名返上しなければ……! 謎の使命感に駆られる。

「皆さんいい人ですよ。私が三食しっかり食べてるのも皆さんがいるからです。」

 一人だったら絶対食べない。断言してもいい。今までもそうだったし。

「じゃあいいやつらだな。なんだ、噂は嘘なのか。」

 マスターの判断基準はそこなんだね。

「関わってみれば怖くないと分かるんですけど……。というかそもそも何故怖がられているのかはっきり聞いてないんですよね。」

 柊木さんは目の色だと言っていたが、柊木さんと山吹さんは黒のカラコンをしているので目の色で怖がられているだけではないのかもしれないと私は思っている。

「まずあの見た目だよね。カラコン入れてカラフルな色にしてるし、金髪銀髪いるし、目元が怖いし!」

 いちごさんは音霧の皆さんの怖い要素を挙げる。目の色は仕方ないからなあ……。むしろ黒目だと思われている人達の方がカラコンしているとは言えない。

「見た目は怖いかもしれないけど、話してみると全く怖くないよ?」
「そうなの……?」
「うん。山吹さんは音霧寮の母とも言えるね。料理も上手だし。藤さんはいつもニコニコしていてフレンドリーな感じだから話しやすいよ。」
「へえ……」

「桃さんはいつも元気で、周りを明るくするの。ちょっと煩いと感じる時もあるけどね。柊木さんは見た目すごく怖いけど、周りをよく観察して動いてる。驚くくらいに。福寿さんは背も高いし威圧感はあるけど、とても優しいしなんか落ち着くの。」
「へ、へえ……」

 ここ一ヶ月程で感じた印象を指折り伝えてみる。いちごさんは信じられないとでも言うような表情だった。まあ、確かにすぐ信じろと言われても、今まで言われてきた噂の印象を覆すのは容易ではないだろう。

「まあ、何か飲んで落ち着いたらどうだ? メニューはそこにあるだろう?」
「いちごさん、そうしよう?」
「そう、だね。」

 まだ衝撃から抜け出せていない様子のいちごさん。これほどまでに怖がられていたとは。そのことに私も驚いた。

「あ、そうだ! 助けてもらったお礼したいから、奢らせて!」
「え? そんないいのに。」

 そんな大したことしてないのに。

「お願い! 奢らせて! 本当にあの時困ってたの!」
「え、あ、えと……では……お言葉に甘えて。ありがとうございます。」

 あまりの必死さに了承してしまった。このような状況は初めてで、この決断が正しかったのか不安になる。

「本当にありがとうね!」

 にーっと可愛い笑みで言われると正しかったのかな、と自信がつく。

「じゃあ私は紅茶にしようかな。」
「私はいつものブレンドにします。」
「あいよ。ちょっと待ってな。」

 そう言ってマスターは作業に専念し、私達二人の空間が出来上がった。

「……さっきの話だけどさ、やっぱりまだ音霧寮の人が怖いっていう気持ちは消えない、かな。」

 頬を掻き、苦笑いするいちごさん。その答えに私はそれでもいいと思った。

「それでいいと思うよ。考えを変えるってとても大変なことだから。」
「うん……」

 まだ納得出来ないような様子のいちごさん。これからの私達の行動次第で幾らでも周りの考えが変わるだろうし、今はそのままでいいと思う。

「あ、そうだ、いちごさんの好きな食べ物って何?」

 ついさっき友達になったばかりでいちごさんのことを全く知らないことにふと気がついた。重い空気をガラリと変えるためにも質問してみる。

「私は……オムライスかな。藍ちゃんは?」

 私は……

「卵料理かな。」

 スクランブルエッグは極めてしまうくらいだもの。あの素朴な味が好きなんだよなあ。

「わあ、似てるね!」
「ね!」

 ふふ、と笑い合う。いつかいちごさんとオムライス屋さん巡りしたいなあ。

「ほら、紅茶とブレンドだ。飲みな。」
「ありがとうございます。」

 コトリといちごさんと私の目の前にそれぞれ頼んだものが置かれる。

 私の目の前にはここのブレンドコーヒー。砂糖が入った瓶に手を伸ばして……

「藍、砂糖入れすぎんなよ?」
「む……分かりました。少しにします。」

 砂糖をスプーン一杯分入れ、かき混ぜる。マスターの口煩さは、お母さんがいればこんな感じだったのかな、と感じさせるものだった。そういえば私のお母さんは……あれ?

「ここの紅茶美味しい!」

 キラキラと顔を輝かせながら紅茶を飲んでいたいちごさん。そうなる気持ちはよく分かる。ここのメニューにあるのはどれも美味しいんだよね。

「そう言ってくれると嬉しいな。」
「私、ここの常連になります!」

 はいはい、と元気よく手を挙げて宣言した。

「お、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。」

 マスターも嬉しそう。

「また藍ちゃんと来ます! ね、藍ちゃん!」
「是非。」

 数十分程しかまだ一緒にいないが、いちごさんはとても人懐っこいと思う。私の第一印象は冷徹な人らしいけど、この数十分過ごして少し仲良くなれたのではなかろうか。

 より一層強く思う。この幸せが続きますように、と。



────

ストレリチア
「輝かしい未来」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

コミュ障な幼馴染が俺にだけ饒舌な件〜クラスでは孤立している彼女が、二人きりの時だけ俺を愛称で呼んでくる〜

青野そら
青春
友達はいるが、パッとしないモブのような主人公、幸田 多久(こうだ たく)。 彼には美少女の幼馴染がいる。 それはクラスで常にぼっちな橘 理代(たちばな りよ)だ。 学校で話しかけられるとまともに返せない理代だが、多久と二人きりの時だけは素の姿を見せてくれて── これは、コミュ障な幼馴染を救う物語。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

副会長様は平凡を望む

BL
全ての元凶は毬藻頭の彼の転入でした。 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー 『生徒会長を以前の姿に更生させてほしい』 …は? 「え、無理です」 丁重にお断りしたところ、理事長に泣きつかれました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...