上 下
26 / 45

26 涙

しおりを挟む
「は……? 何を言っているんですか?」
「いつも笑っているヒダン嬢が一人で、しかもこんな所で、泣いていたんですよ。婚約者であるあなたに一言も言わずに。上手く行っていないなによりの証拠でしょう?」
「な……」

 その言葉に私はガタッと音を立てて立ち上がる。音なんて気にしていられない。これは私の気持ちの問題なのだからラル様は悪くない。誤解だけは解いてしまいたい。

「ち、ちちち違うんです! ……あ、その、話に割り込んで申し訳ありません。しかし言わせてください! ラル様は何も悪くありません!」
「と、言っていますが?」

 ラル様のその言葉にエウロパ先生は一つ溜息をついた。

「……まあ、今日はそういうことにしてあげます。しかしお二人できちんと話し合った方が得策かと。」

 そう言い置いてエウロパ先生はこの場から離れて行った。引っ掻き回すだけ引っ掻き回していったエウロパ先生に少し苛立ちを覚えたが、それを早々に消し去る。私は怒ってはいけないのだから。

 さてここに残ったのはラル様と私の二人。ああ、私はどうしたら……。

「……助言、感謝します。」

 ぽつりと先生の後ろ姿に向けて呟いたラル様。それを私はぼーっと見ていた。

「よし、マリー、話そう。」

 ラル様はくるりとこちらを向き、私の目を見てそう仰った。しかし一体何を話すというのでしょう。

 ラル様に促されるまま椅子に座り、隣に座ったラル様は私をじっと見つめる。その視線に居心地が悪くなり目を逸らす。

「マリー、泣いていたのは何故だ?」

 直球だね。しかし何故って……ラル様への恋心を自覚した瞬間に失恋だと理解したからなのだが……

 まさか本人に言えるわけがない。

「目、目にゴミが入って……」

 私のその言葉に、ラル様はしゅんと顔を悲しげに変える。

「……私は、そんなに頼りないか?」
「ち、違っ……」
「違くないだろう。……マリーの話、聞きたいのだが。」
「でも……」

 どこから話していいか分からないのだ。

 この世界が物語の中のものであると知って? それの内容までは分からないけど私はライバルキャラだと分かっていて? だからラル様とは結ばれないと知ってしまって泣いていた、だなんて頭がおかしいと思われかねない。

「どんな話でも聞きたい。」
「……あまりにも突飛すぎますよ。」
「それでも構わない。聞きたい。」

 ……そんなに優しくされるとまた涙が出そうになる。恋しい思いが募っていき、涙として溢れてしまいそうだ。失恋だと分かっていてもなお。

「泣くのも我慢しなくていい。」
「そん、な……優しくしな、いで……く、ださ、い……」

 ゆらゆらと視界が揺れていく。涙で前が見えないとはこのことか。

「ああ、マリーの泣いている顔、初めて見れたな。」

 この場に合わない少し嬉しそうな声が聞こえたと共に私の目からは涙が零れ落ちた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

闇の魔法師は暗躍する

yahimoti
ファンタジー
闇の魔法師は暗躍する ロストヒストリーワールドDXII エンドロール後の異世界で 2 ◾️ペトロニウス・グローヴズ編 舞台はドルツリア大陸 アクションRPGゲーム ロストヒストリーワールドの世界。 剣と魔法の異世界だ。 ただし、ゲームのメインストーリーは終わっている。 エンドロール後の世界。 これは転生あるいは転移して来た者達の異世界見聞録。 まだ勇者がいろいろやっちゃっている頃。 もう1人の転生者のお話し。 引きこもりで「血管迷走神経反射」なので血を見るのが怖い稀代の大魔法師。 表立って活躍するのは苦手なのでコソコソ暗躍する。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...