上 下
35 / 39
わんわんわんわん(4章)

ふぁいぶ・わんわんわんわん

しおりを挟む
「さ、と……さん……?」

 何故僕が痛みを感じずにいられるか。頭では理解できても、心が追いつかない。

 倒れる佐藤さんに駆け寄る人、叔母を拘束しようとする人、スマホを耳に当てて何か焦ったように喋る人、いろんな人が周りにはいた。

 それなのに、僕は、何も……

 僕が刺されるべきだったのに。何度そう思っても、現実が変わるわけではない。だけど、だけど……

 あ……佐藤さん、止血、しなきゃ……

 思考があっちこっち行ってまとまらない。が、今の僕に出来ることと言えばそれくらいだった。

…………

 ──命に別状はありません。

 医者のその言葉を聞いてもなお、僕は安心できずにいた。だってまだ佐藤さん、目を覚さないんだもの。

 病室で眠る佐藤さんを、パイプ椅子に座って眺めている僕。隣で見ているしか僕には出来なくて、自分の力不足を感じて、それで、僕は、僕は……

 後悔と懺悔で自分の体が埋め尽くされていくような、とてもやるせない気持ちでいっぱいになる。

 ポフン

 と、その時聞こえた間抜けな音と共に、状況を瞬時に理解する。なんたってこの音は何度も聞いたから。

「……キャン!?」

 何故今犬っころになった!? これじゃあ人間の時よりも役に立たないじゃあないか! と嘆くも時すでに遅し。こうなってしまえば、ストレスを解消するまでこのままだ。

 パイプ椅子にちょこんと乗っかったまま──どうしよう、怖くて一人で降りられない──、オロオロと狼狽えるしか出来なかった。

…………

 あれからしばらくオロオロしていたが、山葵田さんがお見舞いに来てくれたことで事態は変わる。

 ああ、ちなみにまだ人間の時に電話で山葵田さんには事情を説明して、何かあったら頼る旨も伝えていたのだ。

 ほら、仕事の連絡とかさ、あと幼馴染と聞いてたから佐藤さんの親御さんへ連絡を入れたりとかさ──佐藤さんのスマホの電話帳なるものから探したが、見つけられなかったのだ──。

「電話くれてありがと、う……あれ、サキちゃん!? またポメったん?」

「キューンキューン……」

 犬っころになってからぺそぺそ泣くことしか出来ずにいた役立たずの僕を見て、驚いた様子の山葵田さん。

「あー、ちょ、待っ、落ち着いて落ち着いて! 大丈夫だよ~俺が来たからには心配事は何もないよ~」

 ワッシャワッシャと頭を雑に撫でられ、慰められる。

「大丈夫大丈夫、楓真はすぐ起きるって。だってサキちゃんのポメ姿を見逃すはずがないでしょ?」

 ……どうしよう、山葵田さんのその言葉、説得力がありすぎて一気に落ち着いた。スンッと涙が引いたとも言う。何だろう、この安心感。

 どれほど佐藤さんが動物好きかを間近で見てきたと思っているんだ。

「でもあれだね、本物ではないとは言え今のサキちゃんは犬だからね。もしかしたら病院、追い出されるかも……」

「キャン!?」

 俺の姉ちゃんも犬になってた時、ポメガに詳しい人がいない病院では出入り禁止になってたからさ~。この病院も、ね。

 と、今の僕からしたら最悪な事実を突きつけられる。

「てことでさ、楓真が目覚めるまでは俺の家においでよ。」

 ガーンとショックを受けている間に、山葵田さんに抱き上げられて病院を後にする。ちょうど面会終了時間も迫っていたこともあり、そのまま運ばれることにした。

…………

「さぁて、ようこそ我が家へ!」

 僕がこれ以上落ち込まないように、山葵田さんは軽いノリで歓迎してくれた。

「キャン」

 お邪魔します、そう言ったつもり。

 それは山葵田さんにも伝わったらしく、はいよー、と返事をしてくれた。

 床に下ろされ、それでさ、と山葵田さんは話し始める。

「で、今日の夕飯のことなんだけど……さ。」

 と何か言いづらそうに言葉を濁す山葵田さんの声を遮るように、タイミング良くピンポーンと呼び鈴が鳴る。誰かが来たみたいだ。

「糀~! あ~け~て~!」

 ピンポンピンポンと何度も鳴らされる合間に女の人の声が聞こえてきた。彼女さんだろうか?

 山葵田さんは『五月蝿い!』と怒鳴りながら玄関へと客を迎えに行った。

 僕はその後ろをチャカチャカ爪音を鳴らしながらついて行き、どんな方が来たのか覗いてみることにした。

「やっほ~糀! ちゃんと持ってきたぞよ!」

 テンション高い美女は、レジ袋を山葵田さんの目の前に掲げる。

「サンキュー姉ちゃん。これでサキちゃんのご飯はどうにかなりそうだ。」

「で、私にも紹介してくれるんだよね?」

「それが条件だったからね~。良いよ~」

 そんなやり取りを見て、そうか、このテンション高い美女が山葵田さんのお姉さんか、と納得した。

 僕の夕飯の調達をしてくれたみたいだ。ありがたや、ありがたや。人間に戻ったらお礼をしに行かねば。やることが一つ増えた。

「お、君がサキちゃんだね? 私はこいつの姉の山葵田 舞果よ~」

「キャン」

 ああ、そうか。確か山葵田さんのお姉さんは僕と同じポメガ性を持つんだっけ。だから呼ばれたのかもしれない。

 よろしくお願いします、と一つ鳴き、わしゃわしゃと撫でられるがままになった。あ、この人の撫で方はプロだわ。そう思いながら。

…………

 山葵田さんのお姉さんの来訪もあり、三人──二人と一匹とも言う──でたくさんお喋りした。多分、僕がこれ以上気負わないように、と気遣いしてくれていたんだと思う。

 それでも、やっぱり一人になった時に考えるのは佐藤さんのことで。

 夜中、眠っている山葵田さんを起こさないように静かに歩き、リビングの窓辺から月を見上げて、

 佐藤さん、ごめんなさい。僕のせいで。

 何度も何度も月に向かって懺悔する。

 それは、朝日が昇るまで繰り返されたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたアルフォン伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 アルフォンのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

処理中です...