上 下
33 / 39
わんわんわんわん(4章)

すりー・わんわんわんわん

しおりを挟む
 あれからも色々なお店を見て回り、お腹も空いてきた頃。クゥと鳴った僕の腹の音に反応した佐藤さんはフッと優しく笑ってご飯にしようかと提案してくれた。

「何か食べたいものはあるか?」

「そうですねぇ……」

 そう言われても、食べたいものってパッと思いつくものでもなく。食べたいもの、食べたいもの……としばらく考え込む。

「思いつかないなら、この近くに美味しい定食屋さんがある。そこにしないか?」

「行ってみたいです!」

 料理上手の佐藤さんが美味しいと言うんだから美味しいに違いない。

 それに定食屋さんなら色々な種類があるだろうし、もしかしたら佐藤さんの好きな食べ物をリサーチすることもできるかもしれない。

 そんな思惑も持ちながら、案内されるまま移動する。

…………

『定食屋 楽』

 そう書かれた暖簾をくぐり中へと入る。冷房の効いた店内にホッと息を吐く。暑いところを歩いてきてからのこの涼しさはまさに天国。

 ちょうど空いた席にするりと座り、二人でメニュー表を眺める。

「わあ、いろんな種類がありますね。」

 定食から蕎麦うどん、ラーメンまである。あ、丼ものもあるみたいだ。

 ふむ、なるほど。これでは迷ってしまうな、と幸せな悩みを持ちながらメニュー表を睨んでしまう。あ、そうだ。

「佐藤さんのオススメはありますか?」

 ここに何度も来たことのある佐藤さんのオススメなら間違いないだろう。そう確信して聞いてみた。

「そう、だなあ……。俺はここに来たらだいたい煮魚定食を頼むから……他のものを頼んだことはなくてな。あ、天ぷらが美味いと聞いたことがある。」

「煮魚、好きなんですか?」

「ああ。というか魚全般が好き、という感じか。」

「へえ! それなら僕も同じものを!」

 魚好き、か。佐藤さんのことをまた一つ知れたと嬉しくなり、それなら佐藤さんイチオシの煮魚定食を僕も食べて感想を言い合いたいと同じものを頼むことにした。





──楓真side

「うっま!」

 サキちゃんは俺と同じ煮魚定食を頼み一口食べると、目を輝かせて思わず言葉が漏れたようにそうこぼす。

「確かにこの味を知っていると、毎回頼みたくなりますね。」

 サキちゃんはウンウンと頷きながらヒョイパクヒョイパクと美味しそうに食べる。これは我が家でも毎回そうで、作るこちらまで嬉しくなるほどだ。

「お、ボウズ分かってるじゃねえか! この煮魚はな……」

 ほら、店主のオヤジさんも嬉しそうに照れくさそうに鼻を掻いて、魚についてのうんちくをツラツラと話していく。

 それを楽しそうに聞くサキちゃんの姿がより一層オヤジさんの語る口を助長させているのは、まあ、良いか。

「……、……。それにしても、お前さんが誰かを連れてくるなんて初めてだな。」

 そしてその口は俺の方へと向く。何か変なことでもあっただろうかと首を傾げるが、そんな俺を気にすることなく話は続いていった。

「いつも顔色一つ変えずに煮魚定食を食べていくだけだったもんな。何度も来て頼んでくれるということは、美味しいと思ってくれているのだろうと分かってはいたが、美味しいものを食べても変わらない表情を見て少し心配だったんだが……」

 心配は杞憂だったんだな。今、良い顔しているぞ。

 そう言って笑ったオヤジさん。まさかそんな風に思われていたとはつゆ知らず。驚きで目を見開く。

「それか、そこのボウズと一緒だからか?」

 ニヤァと何もかも見透かされたような言葉と笑みを送られ、何故か気恥ずかしさに襲われる。

「ほう、お前さんはそういう顔も出来るのか。本当、良い人に出会えて良かったな。」

 オヤジさんの言う『良い人』がどんな意味を持つのかは分からないが──何となく、恋人だとも気付かれていそうだ──、恋愛抜きにしてもサキちゃんとの出会いは俺にとってすごく大きな転機になったことは間違いない。

 それを肯定してもらったようで、心がポカポカと温かくなったような気持ちになった。

 この日に食べた煮魚定食は、いつもよりも美味しく感じられたような気がしたのだった。

…………

「それにしても、佐藤さんって本当に表情変わらない人だったんですね。僕からしたらそっちの方が想像出来ないですけど。」

 そう言ってケラケラと笑うサキちゃん。そりゃあそうだ。サキちゃんといると自分ですら知らない自分が顔を覗かせるのだから。驚きの毎日と言っても過言ではないだろう。

「そんなにコロコロ表情変えてたか?」

「はい! それはも」

「咲羅! ここにいたのね!」

 と、サキちゃんと楽しくお喋りをしていたというのに、それを遮って誰かがサキちゃんに話しかけてきた。

 それも、俺も聞いたことのある、あの嫌な感じの……

「叔母さん……」

 サキちゃんの親戚の声だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

瞳の代償 〜片目を失ったらイケメンたちと同居生活が始まりました〜

Kei
BL
昨年の春から上京して都内の大学に通い一人暮らしを始めた大学2年生の黒崎水樹(男です)。無事試験が終わり夏休みに突入したばかりの頃、水樹は同じ大学に通う親友の斎藤大貴にバンドの地下ライブに誘われる。熱狂的なライブは無事に終了したかに思えたが、…… 「え!?そんな物までファンサで投げるの!?」 この物語は何処にでもいる(いや、アイドル並みの可愛さの)男子大学生が流れに流されいつのまにかイケメンの男性たちと同居生活を送る話です。 流血表現がありますが苦手な人はご遠慮ください。また、男性同士の恋愛シーンも含まれます。こちらも苦手な方は今すぐにホームボタンを押して逃げてください。 もし、もしかしたらR18が入る、可能性がないこともないかもしれません。 誤字脱字の指摘ありがとうございます

聖女召喚!……って俺、男〜しかも兵士なんだけど?

バナナ男さん
BL
主人公の現在暮らす世界は化け物に蹂躙された地獄の様な世界であった。 嘘か誠かむかしむかしのお話、世界中を黒い雲が覆い赤い雨が降って生物を化け物に変えたのだとか。 そんな世界で兵士として暮らす大樹は突然見知らぬ場所に召喚され「 世界を救って下さい、聖女様 」と言われるが、俺男〜しかも兵士なんだけど?? 異世界の王子様( 最初結構なクズ、後に溺愛、執着 )✕ 強化された平凡兵士( ノンケ、チート ) 途中少々無理やり的な表現ありなので注意して下さいませm(。≧Д≦。)m 名前はどうか気にしないで下さい・・

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった

なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。 ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…

家の中で空気扱いされて、メンタルボロボロな男の子

こじらせた処女
BL
学歴主義の家庭で育った周音(あまね)は、両親の期待に応えられず、受験に失敗してしまう。試験そのものがトラウマになってしまった周音の成績は右肩下がりに落ちていき、いつしか両親は彼を居ないものとして扱う様になる。  そんな彼とは裏腹に、弟の亜季は優秀で、両親はますます周音への態度が冷たくなっていき、彼は家に居るのが辛くなり、毎週末、いとこの慶の家にご飯を食べに行く様になる。  慶の家に行くことがストレスの捌け口になっていた周音であるが、どんどん精神的に参ってしまい、夜尿をしてしまうほどに追い詰められてしまう。ストレス発散のために慶の財布からお金を盗むようになるが、それもバレてしまい…?

子悪党令息の息子として生まれました

菟圃(うさぎはたけ)
BL
悪役に好かれていますがどうやって逃げられますか!? ネヴィレントとラグザンドの間に生まれたホロとイディのお話。 「お父様とお母様本当に仲がいいね」 「良すぎて目の毒だ」 ーーーーーーーーーーー 「僕達の子ども達本当に可愛い!!」 「ゆっくりと見守って上げよう」 偶にネヴィレントとラグザンドも出てきます。

純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京
BL
隣国との戦で活躍した将軍・アーセールは、戦功の報償として(手違いで)第八王子・ルーウェを所望した。 かつて、アーセールはルーウェの言葉で救われており、ずっと、ルーウェの言葉を護符のようにして過ごしてきた。 一度、話がしたかっただけ……。 けれど、虐げられて育ったルーウェは、アーセールのことなど覚えて居らず、婚礼の夜、酷く怯えて居た……。 純情将軍×虐げられ王子の癒し愛

処理中です...