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わんわんわん(3章)
しっくす・わんわんわん
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本が発売されてから今日まで、何事もなく平和な時間が過ぎていった。
僕としても、近々この家を出ていくと決めているから、大好きな佐藤さんと一緒に暮らす最初で最後の同居──さすがに同棲、とまでは言えない。何か気恥ずかしくて──生活を五感をフルに使って堪能している。
少し変態的な気がするが、一時的だと思って見逃してくれ。と、どこの誰に言い訳をしているか分からないが、まあ概ねそんな気持ちで過ごしている。
そんな生活が急変したのは、それから一週間くらい経った頃だった。
「サキちゃん!!」
ここ一週間くらいの間、暇な時は部屋に篭っていた佐藤さんが急に部屋を飛び出してきて、僕の名前を怒っているのかと言わんばかりに呼んだのがことの始まり。
「こ、こ、こ」
今まで見たことがないくらい慌てた様子で、言葉にならない音を発し続ける佐藤さんはワタワタと手をあちこちに振る。
「こ?」
「さ、こ、ど、」
これは少し落ち着くまで待っているべきか。そう考えて、僕は一言お茶でも淹れましょうかと提案した。
…………
「すまない。落ち着いた。」
温かいお茶を出すと、佐藤さんは勢いよくズズズと一気に飲み干した。もしかして喉が渇いていたのか……? だなんて邪推したりしてこの無言の空間から現実逃避したりする。
「……」
「……」
いや、本当、気まずい。佐藤さんも珍しく黙り込んでいるし……。
どうすればこの気まずさから脱せるのかウンウンと悩むが、一向に妙案が出るはずもなく。脳内で白旗を振っている僕の姿が目に浮かぶ。
……あれ、待てよ? 佐藤さんのこの深刻具合から言って、もしかして、僕の好意を知ったから出ていけとか言われる類のものなのでは?
佐藤さんは良い人だから、自ら出ていけとは言えずに葛藤しているのかもしれない。
「あの、その……だな。サキちゃん、一つ聞いていいか?」
ああ、この幸せもここで終わりか。そう諦観したところで、佐藤さんが言いづらそうにそう切り出してきた。
「はい。僕に答えられることならば。」
もうこれは腹を括るしかないらしい。一つ深呼吸してからそう答える。
「……この小手 咲羅とは、サキちゃんのことなのか?」
佐藤さんの手に握られていたのは、僕の新作だった。あ、ちょ、そ、それ、待って、読んだとか言わないよね??
前ヒット作は読んだらしいことは知っていたが、まさか新作をも読まれていたとは思わなかった。だってこの前佐藤さんが本はあまり読まないって言っていたし!
……まさか深刻に切り出された話がそれだとは思わず、肩透かしを喰らった気分になった。まあ、違う意味では追い込まれる質問でもあったが。
「え、わ、わ、」
「その慌てよう……そうか、サキちゃんがそうなのか……」
あー僕のばかやろー! 今誤魔化せば知られなかったかもしれないのに!
「……ハイ、ボクデス」
もうこうなったらどうにでもなれ、という投げやりな気持ちで肯定した。
「そうか。……で、サキちゃん。──」
「え?」
何を言われたのか、一瞬理解できなかった。だから聞き返したわけだが。
その時の佐藤さんの顔は今までで一番真剣で、そして、ほんのり赤かったような気がする。
──楓真side
本屋で見つけた一冊の本。それは俺の一押しの作家、小手 咲羅の新作らしかった。これは運命だなんだと言い訳をして即買いし、暇を見つけてはそれを読み耽った。
それの内容と言えば、至る所に既視感を覚えるもので。思わず読みながら首を傾げてしまったことも数えきれないほどだった。
ポメラニアンに変わった主人公が優しい人に拾われ、その過程で愛を知り、その愛を拾った人に返す。というもの。
あれ、この既視感は……ここ最近でそんなこと、見聞きしただろうか?
いや、見聞きというか、どちらかというと体験したような……?
今一度作者名を見返し、一つの推論が頭に浮かんだ。
「サキちゃん……?」
もしそうだとしたら、この話の結末はどうなるんだ? あと十ページ程度で終わるそれをジッと見つめ、その疑問に頭が埋め尽くされる。
だってここから先はまだ俺らすら体験していない未来の領域だ。この本の主人公はどういった終わりへと向かう?
その疑問はすなわち、これからサキちゃんがどうしたいかに繋がると言っても過言ではない。
俺は少しの眠気と戦いながら、しかし結末を見届けるまで眠れないと今一度集中する。
…………
「これは……!」
最後の一ページまで読み終え、息を呑んだ。サキちゃんの心を盗み見たような心持ちになるラストであったが、しかし嫌な気分には微塵もならなかった。むしろ……
そうか、サキちゃんは俺と共にあることを選んでくれたのか。それは俺にとっても幸せなことであると本を読んで気がついた。
『……初めて愛を教えてくれた人だったから。それはある意味刷り込みのような理由かもしれないが、それでも僕にとってはそれが大きなキッカケだった。それがあったからこそ佐々木さんを意識し、親愛に収まらない愛情を自覚できたのだ。(中略)そして僕達はそれを大事に胸に抱え、お互いに持ったそれを交換した。……』
本の中では、『僕』と『佐々木』──現実で言うサキちゃんと俺だろう──は恋愛の意味で両思いになるのが話のゴールだった。思いが通じ合ったところで話は終わっていたのだから。
つまり、サキちゃんは俺とこうなりたい、と思っているのだろう。
そこまで考えた時、柄にもなくポポポと顔が火照ってしまった。
こ、これはサキちゃんに真実を聞き出さないといけない。そう使命感のようなものに駆られた俺は、部屋を飛び出した。
僕としても、近々この家を出ていくと決めているから、大好きな佐藤さんと一緒に暮らす最初で最後の同居──さすがに同棲、とまでは言えない。何か気恥ずかしくて──生活を五感をフルに使って堪能している。
少し変態的な気がするが、一時的だと思って見逃してくれ。と、どこの誰に言い訳をしているか分からないが、まあ概ねそんな気持ちで過ごしている。
そんな生活が急変したのは、それから一週間くらい経った頃だった。
「サキちゃん!!」
ここ一週間くらいの間、暇な時は部屋に篭っていた佐藤さんが急に部屋を飛び出してきて、僕の名前を怒っているのかと言わんばかりに呼んだのがことの始まり。
「こ、こ、こ」
今まで見たことがないくらい慌てた様子で、言葉にならない音を発し続ける佐藤さんはワタワタと手をあちこちに振る。
「こ?」
「さ、こ、ど、」
これは少し落ち着くまで待っているべきか。そう考えて、僕は一言お茶でも淹れましょうかと提案した。
…………
「すまない。落ち着いた。」
温かいお茶を出すと、佐藤さんは勢いよくズズズと一気に飲み干した。もしかして喉が渇いていたのか……? だなんて邪推したりしてこの無言の空間から現実逃避したりする。
「……」
「……」
いや、本当、気まずい。佐藤さんも珍しく黙り込んでいるし……。
どうすればこの気まずさから脱せるのかウンウンと悩むが、一向に妙案が出るはずもなく。脳内で白旗を振っている僕の姿が目に浮かぶ。
……あれ、待てよ? 佐藤さんのこの深刻具合から言って、もしかして、僕の好意を知ったから出ていけとか言われる類のものなのでは?
佐藤さんは良い人だから、自ら出ていけとは言えずに葛藤しているのかもしれない。
「あの、その……だな。サキちゃん、一つ聞いていいか?」
ああ、この幸せもここで終わりか。そう諦観したところで、佐藤さんが言いづらそうにそう切り出してきた。
「はい。僕に答えられることならば。」
もうこれは腹を括るしかないらしい。一つ深呼吸してからそう答える。
「……この小手 咲羅とは、サキちゃんのことなのか?」
佐藤さんの手に握られていたのは、僕の新作だった。あ、ちょ、そ、それ、待って、読んだとか言わないよね??
前ヒット作は読んだらしいことは知っていたが、まさか新作をも読まれていたとは思わなかった。だってこの前佐藤さんが本はあまり読まないって言っていたし!
……まさか深刻に切り出された話がそれだとは思わず、肩透かしを喰らった気分になった。まあ、違う意味では追い込まれる質問でもあったが。
「え、わ、わ、」
「その慌てよう……そうか、サキちゃんがそうなのか……」
あー僕のばかやろー! 今誤魔化せば知られなかったかもしれないのに!
「……ハイ、ボクデス」
もうこうなったらどうにでもなれ、という投げやりな気持ちで肯定した。
「そうか。……で、サキちゃん。──」
「え?」
何を言われたのか、一瞬理解できなかった。だから聞き返したわけだが。
その時の佐藤さんの顔は今までで一番真剣で、そして、ほんのり赤かったような気がする。
──楓真side
本屋で見つけた一冊の本。それは俺の一押しの作家、小手 咲羅の新作らしかった。これは運命だなんだと言い訳をして即買いし、暇を見つけてはそれを読み耽った。
それの内容と言えば、至る所に既視感を覚えるもので。思わず読みながら首を傾げてしまったことも数えきれないほどだった。
ポメラニアンに変わった主人公が優しい人に拾われ、その過程で愛を知り、その愛を拾った人に返す。というもの。
あれ、この既視感は……ここ最近でそんなこと、見聞きしただろうか?
いや、見聞きというか、どちらかというと体験したような……?
今一度作者名を見返し、一つの推論が頭に浮かんだ。
「サキちゃん……?」
もしそうだとしたら、この話の結末はどうなるんだ? あと十ページ程度で終わるそれをジッと見つめ、その疑問に頭が埋め尽くされる。
だってここから先はまだ俺らすら体験していない未来の領域だ。この本の主人公はどういった終わりへと向かう?
その疑問はすなわち、これからサキちゃんがどうしたいかに繋がると言っても過言ではない。
俺は少しの眠気と戦いながら、しかし結末を見届けるまで眠れないと今一度集中する。
…………
「これは……!」
最後の一ページまで読み終え、息を呑んだ。サキちゃんの心を盗み見たような心持ちになるラストであったが、しかし嫌な気分には微塵もならなかった。むしろ……
そうか、サキちゃんは俺と共にあることを選んでくれたのか。それは俺にとっても幸せなことであると本を読んで気がついた。
『……初めて愛を教えてくれた人だったから。それはある意味刷り込みのような理由かもしれないが、それでも僕にとってはそれが大きなキッカケだった。それがあったからこそ佐々木さんを意識し、親愛に収まらない愛情を自覚できたのだ。(中略)そして僕達はそれを大事に胸に抱え、お互いに持ったそれを交換した。……』
本の中では、『僕』と『佐々木』──現実で言うサキちゃんと俺だろう──は恋愛の意味で両思いになるのが話のゴールだった。思いが通じ合ったところで話は終わっていたのだから。
つまり、サキちゃんは俺とこうなりたい、と思っているのだろう。
そこまで考えた時、柄にもなくポポポと顔が火照ってしまった。
こ、これはサキちゃんに真実を聞き出さないといけない。そう使命感のようなものに駆られた俺は、部屋を飛び出した。
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