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わんわんわん(3章)
つー・わんわんわん
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お皿、割っちゃった。洗濯と掃除はかろうじてできたけど、夕飯を作っておこうと考えたのが駄目だったんだ。
真っ黒焦げになったフライパンとその中身、その中身をフライパンから剥がそうとして菜箸は折れて、なんとか剥がした中身を皿に盛り付けようと思って手が滑ってその皿は割れる。
どうしよう、佐藤さんの助けになろうと思ったのに、物はたくさん壊しちゃったし、片付けようと思ったら犬っころに変わっちゃうし。散々だった。
取り敢えず台の上にある菜箸とフライパンは後でどうにかするとして──物理的に手が届かないのだ──、床に落ちたこの皿だけは今の僕でも手が届く。ただ手が小さいのが難点だ、とチョイチョイと皿をかき集める。
これくらいの血では別に狼狽えることもないし、別にどうでもいい。それよりも皿だ。
かき集めた後はどうしたら良いんだろう。このままゴミ箱に捨てたら袋が破れそうだし、ええと、ええと……
「キューン……」
どうしようどうしようとグルグル考え込んでいたから、パッとついた電気にも気が付かなかった。
「ちょ、サキちゃん、待った!」
いつの間にか帰ってきた佐藤さんに待ったをかけられ、そのまま抱き上げられた。ああ、皿の片付けがまだなのに……!
佐藤さんに抗議しようと抱き上げられたまま上を向くと、佐藤さんはそれはそれは焦ったような、怒ったような顔をしていた。
ああ、皿を割っちゃったから怒ってるんだ。どうやって償えば良いだろう。ペソペソ涙を流しながらもずっとそのことばかりを考えていた。
…………
急いで動物病院に連れて行かれ、血が出た手に処置をしてもらった。
ああ、そんなことしなくても良いのに。これは皿を割った僕の罰なんだから。ペソペソ泣いてせめて邪魔にならないように大人しくしなきゃ、と黙っていた。
それから医者と佐藤さんは少し話をして、怒った表情を崩さない佐藤さんに抱えられて家に帰ってきた。そして第一声。
「サキちゃん、お話があります。」
先程までの怒りの表情すらない、まるで感情が抜け落ちたかのような顔でそう言う。
「サキちゃん、何故素手で割れた皿に触っていたのかな?」
スッと無表情のまま平仮名五十音表を僕に差し出し──人間に戻った後の買い物の際にこれも買った。これで犬の時も意思疎通ができるだろう、ということらしい──さあ早く答えろ、と言わんばかりの圧をかけてきた。
僕は包帯が巻かれた前足で一文字一文字指していく。
『か、た、づ、け、る、た、め』
「……割れた皿を片付けるために、普通素手は使わない。手を使うなら手袋、それ以外なら箒と塵取りを使う。」
『し、ら、な、か、つ、た』
「知らなくても、血が出るやり方は間違っていると思うけど?」
『い、た、く、も、な、い、し、ど、う、で、も、い、い』
「……」
そこまで答えると、佐藤さんは黙り込んだ。いや、あの、そんなどうでも良いことを答えている場合ではないだろう。早く割れた皿を片付けなければ。僕の意識はそちらに向く。
「……俺、は、サキちゃんが怪我をしていたら、嫌だと思う。例え痛くないのだとしても、サキちゃんには怪我はしていてほしくないし、元気でいてほしい。」
何故、そう思うのだろうか。別に僕が怪我をしていたって佐藤さんに痛みが伝染するわけでもないし。
僕には到底理解できるものではなかった。
──楓真side
サキちゃんは俺の言葉を聞いて、首を傾げた。俺が思う『サキちゃんが大切』が伝わっていないのだろう。
今はサキちゃん可愛いとか思う暇もなく、伝わらないことへのもどかしさと、サキちゃんが自身を大切に出来ないことへの憤りで感情が満ちる。
何故、どうして、どうしたら……
もうどうして良いか分からず、思いついた唯一の『実力行使』を試す。
胸ポケットに入っていたボールペンの先を出し、サキちゃんに見える位置に置いた己の左手に、その切先を突き立てようと右手を振りかぶる──
…………
「ウオンウンワォン……」
それは勿論寸止めにするつもりだったが──だって突き刺さったら痛いから。痛いのはいくつになっても嫌だ──、その前にサキちゃんが自分の身を呈して俺の左手に覆い被さる。そしてあのよく分からない泣き声に繋がる。
俺の身を守ろうとまた自分の身を犠牲にするそのサマが……もう……
「サキちゃん?」
俺の言いたいことの一端も理解してもらえないことへの怒りをサキちゃんに向けてしまう。
もうどうしたら良いか、ただ俺は自分の身を犠牲にするなと言いたいだけなのに、とグルグルと燻る想いの波に呑まれる。
そんな俺をよそに、サキちゃんは平仮名五十音表を口で咥えて俺の左手の上に置いた。
『ご、め、ん、な、さ、い』
『さ、と、う、さ、ん、が、き、ず、つ、く、の、は、み、た、く、な、い』
『そ、れ、と、お、な、じ、こ、と、を、ぼ、く、は、や、っ、て、し、ま、っ、た、の、で、す、ね』
そう指してからキューンと落ち込んだような声を鳴らす。
「……、そう、俺はサキちゃんが大事だから、サキちゃんが傷ついているのは見たくない。だから、サキちゃんもサキちゃん自身を大事にしてほしい。」
そう伝えると分かったと言うように頭を擦り寄せ、右手をペロッと舐めた。
「サキちゃんが大事。だからいつも元気でいて。」
さっきは驚かせるようなことをしちゃってごめんね。
そう謝ってから、サキちゃんのモフモフな毛並みを堪能して、サキちゃんをたんと甘やかして、その後は何事もなく一日が終わった。
真っ黒焦げになったフライパンとその中身、その中身をフライパンから剥がそうとして菜箸は折れて、なんとか剥がした中身を皿に盛り付けようと思って手が滑ってその皿は割れる。
どうしよう、佐藤さんの助けになろうと思ったのに、物はたくさん壊しちゃったし、片付けようと思ったら犬っころに変わっちゃうし。散々だった。
取り敢えず台の上にある菜箸とフライパンは後でどうにかするとして──物理的に手が届かないのだ──、床に落ちたこの皿だけは今の僕でも手が届く。ただ手が小さいのが難点だ、とチョイチョイと皿をかき集める。
これくらいの血では別に狼狽えることもないし、別にどうでもいい。それよりも皿だ。
かき集めた後はどうしたら良いんだろう。このままゴミ箱に捨てたら袋が破れそうだし、ええと、ええと……
「キューン……」
どうしようどうしようとグルグル考え込んでいたから、パッとついた電気にも気が付かなかった。
「ちょ、サキちゃん、待った!」
いつの間にか帰ってきた佐藤さんに待ったをかけられ、そのまま抱き上げられた。ああ、皿の片付けがまだなのに……!
佐藤さんに抗議しようと抱き上げられたまま上を向くと、佐藤さんはそれはそれは焦ったような、怒ったような顔をしていた。
ああ、皿を割っちゃったから怒ってるんだ。どうやって償えば良いだろう。ペソペソ涙を流しながらもずっとそのことばかりを考えていた。
…………
急いで動物病院に連れて行かれ、血が出た手に処置をしてもらった。
ああ、そんなことしなくても良いのに。これは皿を割った僕の罰なんだから。ペソペソ泣いてせめて邪魔にならないように大人しくしなきゃ、と黙っていた。
それから医者と佐藤さんは少し話をして、怒った表情を崩さない佐藤さんに抱えられて家に帰ってきた。そして第一声。
「サキちゃん、お話があります。」
先程までの怒りの表情すらない、まるで感情が抜け落ちたかのような顔でそう言う。
「サキちゃん、何故素手で割れた皿に触っていたのかな?」
スッと無表情のまま平仮名五十音表を僕に差し出し──人間に戻った後の買い物の際にこれも買った。これで犬の時も意思疎通ができるだろう、ということらしい──さあ早く答えろ、と言わんばかりの圧をかけてきた。
僕は包帯が巻かれた前足で一文字一文字指していく。
『か、た、づ、け、る、た、め』
「……割れた皿を片付けるために、普通素手は使わない。手を使うなら手袋、それ以外なら箒と塵取りを使う。」
『し、ら、な、か、つ、た』
「知らなくても、血が出るやり方は間違っていると思うけど?」
『い、た、く、も、な、い、し、ど、う、で、も、い、い』
「……」
そこまで答えると、佐藤さんは黙り込んだ。いや、あの、そんなどうでも良いことを答えている場合ではないだろう。早く割れた皿を片付けなければ。僕の意識はそちらに向く。
「……俺、は、サキちゃんが怪我をしていたら、嫌だと思う。例え痛くないのだとしても、サキちゃんには怪我はしていてほしくないし、元気でいてほしい。」
何故、そう思うのだろうか。別に僕が怪我をしていたって佐藤さんに痛みが伝染するわけでもないし。
僕には到底理解できるものではなかった。
──楓真side
サキちゃんは俺の言葉を聞いて、首を傾げた。俺が思う『サキちゃんが大切』が伝わっていないのだろう。
今はサキちゃん可愛いとか思う暇もなく、伝わらないことへのもどかしさと、サキちゃんが自身を大切に出来ないことへの憤りで感情が満ちる。
何故、どうして、どうしたら……
もうどうして良いか分からず、思いついた唯一の『実力行使』を試す。
胸ポケットに入っていたボールペンの先を出し、サキちゃんに見える位置に置いた己の左手に、その切先を突き立てようと右手を振りかぶる──
…………
「ウオンウンワォン……」
それは勿論寸止めにするつもりだったが──だって突き刺さったら痛いから。痛いのはいくつになっても嫌だ──、その前にサキちゃんが自分の身を呈して俺の左手に覆い被さる。そしてあのよく分からない泣き声に繋がる。
俺の身を守ろうとまた自分の身を犠牲にするそのサマが……もう……
「サキちゃん?」
俺の言いたいことの一端も理解してもらえないことへの怒りをサキちゃんに向けてしまう。
もうどうしたら良いか、ただ俺は自分の身を犠牲にするなと言いたいだけなのに、とグルグルと燻る想いの波に呑まれる。
そんな俺をよそに、サキちゃんは平仮名五十音表を口で咥えて俺の左手の上に置いた。
『ご、め、ん、な、さ、い』
『さ、と、う、さ、ん、が、き、ず、つ、く、の、は、み、た、く、な、い』
『そ、れ、と、お、な、じ、こ、と、を、ぼ、く、は、や、っ、て、し、ま、っ、た、の、で、す、ね』
そう指してからキューンと落ち込んだような声を鳴らす。
「……、そう、俺はサキちゃんが大事だから、サキちゃんが傷ついているのは見たくない。だから、サキちゃんもサキちゃん自身を大事にしてほしい。」
そう伝えると分かったと言うように頭を擦り寄せ、右手をペロッと舐めた。
「サキちゃんが大事。だからいつも元気でいて。」
さっきは驚かせるようなことをしちゃってごめんね。
そう謝ってから、サキちゃんのモフモフな毛並みを堪能して、サキちゃんをたんと甘やかして、その後は何事もなく一日が終わった。
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