ほら、ホラーだよ

根津美也

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56.お住まい拝見

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 数日たったある日、おばさんの担当さんの町伏さんが雑誌記者とカメラマンをともなってやってきた。

「神無月ひかる先生のお住まいがオールドスタイルの和風のお住まいだってお伺いしましたので、それなら是非、先生の『お住まい拝見』という企画で取材させていただきたいと思いまして」

 応対に出たママに、町伏さんが連れてきた女性の雑誌記者はそんな挨拶をした。

 ママは知っていたらしい。事前にあっちこっち片付けていたのは、建て替えのための準備ではなくて、撮影のためみたいだった。

「神無月先生は今お呼びしましたのでもうしばらくしたらここに降りてくると思いますけれど、その間。こちらでお待ちいただけますか?」

 ママはいつもはひかるちゃんなどと言っているが、今日はよそいきことばで神無月先生などと言っている。

「どうぞおかまいなく。それより時間がもったいないので、先生がおいでになる前にお家のあちこちを撮影させていただいていいですか?」

 雑誌記者さんはおそろしく早口でせっかちそうだった。
「どうぞどうぞ」

 それで一階部分の撮影がはじまった。

 今回、町伏さんはただの紹介者なので撮影のじゃまになるという点ではぼくと同じ立場だった。それで二人して撮影隊の後ろからついてまわることになった。

 改めて自分のうちをまわって、ぼくはびっくりした。リビング続きの和室の様子がいつもとすっかり変わっていたのだ。

 まず、床の間に置かれていたいろんなガラクタがいつのまにかすっきり片付けられて、どこから出してきたのか花鳥風月の掛け軸がかかり、花も飾られていた。

「このお花は奥様が活けたのですか?」
「ええ、まあ」
「センスがおよろしいですね」
「まあ、お上手おっしゃって、お恥ずかしいですわ」
「いえ、ホント。私、自分が感じたものをすぐ口に出してしまいますのよ。あ、ハシくんここ撮って」

 カメラマンはハシくんというらしい。ハシくんの持っているカメラは一眼レフデジカメというやつだ。ぼく達の記念撮影と違って、同じ場所を何度もパシャパシャとシャッターを切って、なんかものすごくかっこいい。

「奥様、こちらの欄間の透かし彫りすごいですわねえ。今どきこんな細工のできる職人さんなんでいないんじゃないですか?ハシくんここ撮って」

パシャッ、パシャッ。

「まあ、和室つづきの縁側!ゆとりの空間ですわ。それにこの建具の桟とガラス!なんてノスタルジックなんでしょう!ハシくん、ここ撮って」

パシャッ、パシャッ。

 記者さんはリビング続きの洋室にも目をつけた。そちらはパパの書斎兼応接になっている。
「奥様こちらもよろしいですか?」
「どうぞどうぞ」

「まあ、重厚な感じ。洋室というのにふさわしいわ。今どきのものはみんな洋風ですけれど、洋室と言えるような代物じゃありませんわ。これこそ洋室!あらアンティークな蓄音機があるわ。レトロだわ!ハシくん、ここ撮って」 

 パシャッ、パシャッ。

 え? アンティークな蓄音機だって?そんなものパパの書斎にあったっけ?

 ぼくはパパの書斎をのぞき込んで目を丸くした。あったんだ。アンティークな蓄音機。どっから出したんだ?

「あら、このスタンド、アールヌーボー調ですわね。それにこの地球儀!まるでシャーロック・ホームズお部屋みたい!ハシくん。ここ撮って」

 パシャッ、パシャッ。

 え?スタンド?地球儀?パパそんなもん置いてたっけ?それに机の上には洋書と丸めがねとパイプがのっている。 そこには確か新聞、古雑誌、皺くちゃなハンカチなんかが載っていたような気がするけど・・・

「オールドスタイルの日本家屋っていいですわねえ。大正ロマンの香りがしますわねえ、なんか癒されますわ・・・えーとこちらのドアは玄関に通じているんですね」
 
雑誌記者さんは早口で褒めまくりながら、ドンドンドアをあけて先に進んでいく。
「この暗い廊下もいいですね」
「そうですか?私はこの暗い廊下がいやなんですけど」

 ママがいつもこぼしているセリフを言うが記者さんはまるで意に介せず、
「いえいえ、この暗い中から奥様みたいな目が覚めるような明るい美しい方が出ていらっしゃる。そのコントラストがまたいいですわ。それにこの玄関のつくり!もう昔の映画でしか見ることができなくなりましたよね。この玄関も撮っていいですか?」
「どうぞどうぞ」

 パシャッ、パシャッ。

 玄関を撮影していたらやっとおばさんが「お待たせしました」と二階から降りてきた。
なんと和服を着ている!

「あ、先生、ちょうどいいところに。ちょっと玄関に立っていただけます?」
「ここですか?」
「そうそう、ああすてきだわ。昭和ノスタルジーって感じ。ハシくん撮って」

 パシャッ、パシャッ。

「先生、次は書斎で執筆中のところを」
「はいはい」
 ぼくは二階に行くのかと思ったら、おばさんは1階和室の和机の前に座った。見ると、机の上に原稿用紙と万年筆が置かれている。

「あ、ご署名入りの原稿用紙にモンブランの万年筆ですね。さすが妖怪作家の神無月先生。使ってらっしゃるものが違いますね」

 おばさんはもっともらしい顔をして机の前でポーズをとった。
 これにはぼくの隣にいた町伏さんが真っ先に噴出した。だって、おばさんはいつもTシャツにトレーナー、その上から綿入れ半纏を着て、いまだに親から買ってもらった学習机の上にパソコンを置いて、原稿はA4の白紙に印字してるんだから。

 町伏さんがぼくに耳打ちした「署名入りの原稿用紙で原稿なんて貰ったことないですよ。あれ、この撮影のためカラゾンから取り寄せたんじゃないですかね」

 すると、おばさんはギロリと目をむいてぼくたちをひとにらみすると「ここで妖怪たちと出合ったんですぅ」と、ぼくらへの口止めともとれる言い方で雑誌記者に告げた。

「なるほど、なるほど、先生はこのノスタルジーあふれるレトロなご自宅で妖怪たちの構想をふくらませたのですね」
 雑誌記者さんは納得している。

 しかし、その直後、ぼくとおばさんは同時に噴出してしまった。

 なぜなら、紋付羽織り・袴を着た座敷オヤジが神妙な面持ちで床の間に座っているのを見たからだった。

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