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41.初めての友情
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運動会は日曜日に行われたので、翌日の月曜日は代休だった。
火曜日、学校に行くために家を出ると、ゲンガクが相変わらず待ちかまえていた。ただちょっといじけていた。両手をジャンバーのポケットに突っ込んでトポトポと歩いている。
この間までの、人の首を抱え込むような押し付けがましさがうそのようだ。そんなふうに思っていたらゲンガクが口をとんがらせてボソボソと言った。
「おいらに頼めば1番とれたのによ」
そうかもしれない。でもその1番は、昨日の2番よりうれしくなかったろう。
「1番とってみればわかるさ。金メダルと銀メダルじゃ違うんだ」
そろそろそのセリフもミミタコで気持ちに浸透してこなくなった。
「まあ、段階を踏むってのもいいかもな。いきなり1番じゃな。そうだ、おまえもこうしてやる気になったんだからさ、そろそろなんでも1番いこうぜ。これからがおいらの出番だな、うん」
ゲンガクはやや気を取り直したみたいだった。けど・・・気を取り直したところで悪いんだけど・・・。
「おい、なんだよ」
ゲンガクはギクッとした様子で身構えた。
実は、ヤッチとこれからも一緒に勉強しようねと約束をしていた。ヤッチと一緒に勉強の成果を試したい。受験組みには負けないぞ、おー!って、ぼくらは決起したんだ。
ゲンガクが介入したら、ぼく達の間柄が違ったものになってしまう。
だから、もうテストのときは手を出さないで。
「え~?!」
ゲンガクは叫んだ。
「おめ、堅いこと言うなよ。テストの時おいらがささやいたなんてこと、人にはわかんないよ。内緒にしときゃあさぁ」
「人にはわかんなくても、ぼくにはわかってるでしょ。それじゃあ友情にひびが入るんだよ」
「友情!」
ゲンガクは素っ頓狂な声をあげた。
「友情なんてあんのかよ。友情なんて、どこに存在するんですか? あんなの夢幻(ゆめまぼろし)でしょう? 錯覚でしょう? 物語の世界にだけあるんでしょ? それともヨシヒコんとこにだけあるんですか? 友情って命かけるんでしょ? 走れメロスでしょ? おまえ命かけられんの? ぜってー無理だから!」
その時、ぼくはびっくりするほど冷静だった。そしてその時、どうしてそんなことが言えたんだろうと思うぐらいの返事をした。
「ヤッチは初めての友達なんだよ。初めてだから、できるところまでやればいいと思うんだよ。そこまでならできそうだから、ぼくはやろうと思うんだ。だから、テストの時、手をださないで」
ゲンガクは心底衝撃を受けたみたいだった。ゲンガクが立ち止まった。歩き続けるぼくとだんだん距離が開いてきた。振り返るとゲンガクの姿がむこうのほうに小さく見える。
しかし、その時はまだ、ぼくの心の片すみに、ゲンガクに頼りたい気持ちがまだ残っていたのかもしれない。校門をくぐるときはいつの間にやってきたのかゲンガクが後ろからついてきた。そしてぼくが学校にいる間はゲンガクもそこらへんをうろうろしているというような状態がしばらく続くことになった。
また、ぼくも多少ママの血をひいているものだから、人の恨みを買ったり、争い事とかは避けたいと思うタイプだった。だからゲンガクにもあんまり冷たい態度をとりつづけることが出来なかった。それで、書写の時間、ゲンガクがすっ飛んできて「俺に任せろ」と言った時、了承してしまった。何でもゲンガクは書が得意なんだそうだ。それに、習字を手伝ってくれることに関しては、それ程の罪悪感は無かった。
「いいか、筆はその教科書の写真通りの形に持つんだ。しっかり持て。だけど手首や、肘や、肩の力は抜け。自分で書こうと思うな。俺に任せろ」
任せてみた。
しかし、
「ああ、もう、おまえって意外と頑固だね。力が抜けていないよ。自分で書こうとしすぎだよ」
「そんなこと言ったって、自分では力を抜いているつもりなんだよ。どうすりゃいいのさ」
「もう、目をつぶれ」
目をつぶっているうちに腕が動いたようだ。その昔、パパに手を取ってもらって字を習った時のような感覚だった。
目を開いたら清書が出来上がっていた。
「ほらよ。清書があっという間にできたろう。これを提出してこい」
はやばやと清書が提出できたので、ぼくは道具をさっさと片付け、自由帳を広げた。自由帳に漫画を描いていたらゲンガクがまたやってきた。
「これがキカレンジャーとかいうやつか?」
「いや、キカレンジャーを書きたいけど、だいぶ違う。キカレンジャーはこれだよ」
ぼくは自由帳の表紙をみせてやった。
「なに、これを描いてほしいってこの前言った?」
「描けるの? 絵は苦手って言ってたよね?」
「この前は、キカレンジャーが何だかわかんなかったんだよ。これ見ながらなら描けるぜ。こんなの絵の中にはいらねえよ。ポンチじゃねえか」
「じゃ、描いてみて」
ぼくは自由帳を一枚破り取って、表紙の絵を見ながら鉛筆を構えた。すると、鉛筆がスラスラと動いて、習字の時みたいに、あっという間に絵が描きあがった。
それを周りの子が見ていた。
「ヨシヒコくん、じょおず~!」
「ほんとだ! これ、キカレンジャーでしょ」
「見ていたら、あっという間に描いたよね。すごいね!」
「この絵、ぼくに頂戴!」
「わあ、いいなあ、私にも描いて!」
あっという間に注文が殺到した。それを見ていたゲンガクは感心したように言った。
「へえ、こんなもんで人気がとれるのか。これいいな。書いて欲しい奴に自由帳持ってこさせろ。おれ、描いてやるわ。任せろ、おれに体をゆだねろ」
しかし、もう一体描いたところで時間になった。描いてもらえなかった残りの子は残念がった。
「自由帳預けるから描いてきて」「ぼくも」「わたしも」
しかし、自宅にゲンガクは入れないから描けない。
ぼくはこう言って断った。
「宿題になるのなんてやだよ。またあしたね」
帰る道々、ゲンガクはここぞとばかり たたみかけた。
「イシ、捨ててくれれば、おれ、おまえんちに入れるぜ。入ったらいくらでも絵を描いてやるぜ」
ぼくは訊ねてみた。
「連絡帳に書いた『ゲンガクは我のシモベにつき』ってやつで入れないの?」
「学校は役所みたいなものだから、書類で入れるんだ。でも、おまえんちはショウイチのやろうが、シチ面倒くさいセキュリティかけやがったんだ。ほら、人の書いたプログラムって、わけわかんないもんじゃない?」
プログラム? ウィルス・バスターみたいなもんか? なら、ゲンガクはウィルスなのかな?
火曜日、学校に行くために家を出ると、ゲンガクが相変わらず待ちかまえていた。ただちょっといじけていた。両手をジャンバーのポケットに突っ込んでトポトポと歩いている。
この間までの、人の首を抱え込むような押し付けがましさがうそのようだ。そんなふうに思っていたらゲンガクが口をとんがらせてボソボソと言った。
「おいらに頼めば1番とれたのによ」
そうかもしれない。でもその1番は、昨日の2番よりうれしくなかったろう。
「1番とってみればわかるさ。金メダルと銀メダルじゃ違うんだ」
そろそろそのセリフもミミタコで気持ちに浸透してこなくなった。
「まあ、段階を踏むってのもいいかもな。いきなり1番じゃな。そうだ、おまえもこうしてやる気になったんだからさ、そろそろなんでも1番いこうぜ。これからがおいらの出番だな、うん」
ゲンガクはやや気を取り直したみたいだった。けど・・・気を取り直したところで悪いんだけど・・・。
「おい、なんだよ」
ゲンガクはギクッとした様子で身構えた。
実は、ヤッチとこれからも一緒に勉強しようねと約束をしていた。ヤッチと一緒に勉強の成果を試したい。受験組みには負けないぞ、おー!って、ぼくらは決起したんだ。
ゲンガクが介入したら、ぼく達の間柄が違ったものになってしまう。
だから、もうテストのときは手を出さないで。
「え~?!」
ゲンガクは叫んだ。
「おめ、堅いこと言うなよ。テストの時おいらがささやいたなんてこと、人にはわかんないよ。内緒にしときゃあさぁ」
「人にはわかんなくても、ぼくにはわかってるでしょ。それじゃあ友情にひびが入るんだよ」
「友情!」
ゲンガクは素っ頓狂な声をあげた。
「友情なんてあんのかよ。友情なんて、どこに存在するんですか? あんなの夢幻(ゆめまぼろし)でしょう? 錯覚でしょう? 物語の世界にだけあるんでしょ? それともヨシヒコんとこにだけあるんですか? 友情って命かけるんでしょ? 走れメロスでしょ? おまえ命かけられんの? ぜってー無理だから!」
その時、ぼくはびっくりするほど冷静だった。そしてその時、どうしてそんなことが言えたんだろうと思うぐらいの返事をした。
「ヤッチは初めての友達なんだよ。初めてだから、できるところまでやればいいと思うんだよ。そこまでならできそうだから、ぼくはやろうと思うんだ。だから、テストの時、手をださないで」
ゲンガクは心底衝撃を受けたみたいだった。ゲンガクが立ち止まった。歩き続けるぼくとだんだん距離が開いてきた。振り返るとゲンガクの姿がむこうのほうに小さく見える。
しかし、その時はまだ、ぼくの心の片すみに、ゲンガクに頼りたい気持ちがまだ残っていたのかもしれない。校門をくぐるときはいつの間にやってきたのかゲンガクが後ろからついてきた。そしてぼくが学校にいる間はゲンガクもそこらへんをうろうろしているというような状態がしばらく続くことになった。
また、ぼくも多少ママの血をひいているものだから、人の恨みを買ったり、争い事とかは避けたいと思うタイプだった。だからゲンガクにもあんまり冷たい態度をとりつづけることが出来なかった。それで、書写の時間、ゲンガクがすっ飛んできて「俺に任せろ」と言った時、了承してしまった。何でもゲンガクは書が得意なんだそうだ。それに、習字を手伝ってくれることに関しては、それ程の罪悪感は無かった。
「いいか、筆はその教科書の写真通りの形に持つんだ。しっかり持て。だけど手首や、肘や、肩の力は抜け。自分で書こうと思うな。俺に任せろ」
任せてみた。
しかし、
「ああ、もう、おまえって意外と頑固だね。力が抜けていないよ。自分で書こうとしすぎだよ」
「そんなこと言ったって、自分では力を抜いているつもりなんだよ。どうすりゃいいのさ」
「もう、目をつぶれ」
目をつぶっているうちに腕が動いたようだ。その昔、パパに手を取ってもらって字を習った時のような感覚だった。
目を開いたら清書が出来上がっていた。
「ほらよ。清書があっという間にできたろう。これを提出してこい」
はやばやと清書が提出できたので、ぼくは道具をさっさと片付け、自由帳を広げた。自由帳に漫画を描いていたらゲンガクがまたやってきた。
「これがキカレンジャーとかいうやつか?」
「いや、キカレンジャーを書きたいけど、だいぶ違う。キカレンジャーはこれだよ」
ぼくは自由帳の表紙をみせてやった。
「なに、これを描いてほしいってこの前言った?」
「描けるの? 絵は苦手って言ってたよね?」
「この前は、キカレンジャーが何だかわかんなかったんだよ。これ見ながらなら描けるぜ。こんなの絵の中にはいらねえよ。ポンチじゃねえか」
「じゃ、描いてみて」
ぼくは自由帳を一枚破り取って、表紙の絵を見ながら鉛筆を構えた。すると、鉛筆がスラスラと動いて、習字の時みたいに、あっという間に絵が描きあがった。
それを周りの子が見ていた。
「ヨシヒコくん、じょおず~!」
「ほんとだ! これ、キカレンジャーでしょ」
「見ていたら、あっという間に描いたよね。すごいね!」
「この絵、ぼくに頂戴!」
「わあ、いいなあ、私にも描いて!」
あっという間に注文が殺到した。それを見ていたゲンガクは感心したように言った。
「へえ、こんなもんで人気がとれるのか。これいいな。書いて欲しい奴に自由帳持ってこさせろ。おれ、描いてやるわ。任せろ、おれに体をゆだねろ」
しかし、もう一体描いたところで時間になった。描いてもらえなかった残りの子は残念がった。
「自由帳預けるから描いてきて」「ぼくも」「わたしも」
しかし、自宅にゲンガクは入れないから描けない。
ぼくはこう言って断った。
「宿題になるのなんてやだよ。またあしたね」
帰る道々、ゲンガクはここぞとばかり たたみかけた。
「イシ、捨ててくれれば、おれ、おまえんちに入れるぜ。入ったらいくらでも絵を描いてやるぜ」
ぼくは訊ねてみた。
「連絡帳に書いた『ゲンガクは我のシモベにつき』ってやつで入れないの?」
「学校は役所みたいなものだから、書類で入れるんだ。でも、おまえんちはショウイチのやろうが、シチ面倒くさいセキュリティかけやがったんだ。ほら、人の書いたプログラムって、わけわかんないもんじゃない?」
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