ほら、ホラーだよ

根津美也

文字の大きさ
上 下
38 / 77

38.おれに体をゆだねろ!

しおりを挟む
 翌日、登校の途中、さっそくゲンガクがあらわれた。
「どうよ、100点とった気分は。ママ喜んでたろう?」
 確かにママは喜んでいた、けどさ。
「なんだよ。イマイチうれしくなさそうだな。誰かに何か言われたか?座敷オヤジがなんか言っていた?」
 そういえば、近頃、あまり座敷オヤジも出てこなくなった。オキビキがいなくなったのと関係あるのだろうか?まあ、出てこないほうが静でいいけれど。
「ふふふふ」
 ゲンガクは意味深に嗤った。
「おまえんちに入れたらなあ。そしたら様子もわかるし、もっと協力できるんだけどなあ」

「イシはすてないよ」
 ぼくははっきりつぶやき、学校に遅れないように足を速めた。ゲンガクは執拗に追ってきた。

「オウ、オウ、オウ、オウ、おまえさ、筆記テストはいいけれど、実技はどうする?」
 実技って、図画や習字のこと? いいよ下手でも。困らない。第一、ゲンガクは絵が苦手なんだろう?
「体育はどうよ。おまえ、逆上がりできないだろう」
 そういえば、体育の授業にそんなのがあったな。できない組はけっこういる。ちょっと恰好悪いけれど、仲間もいるから・・・
「リレーの選手になりたくないか?」
 選手になりたいとは思わないけれど、100メートル走でビリになるの、あれはけっこう何とかしたいかな。悪い方で目立つのっていやだもの。
「ドッジボールで英雄になるっての、どうよ」
 英雄なんてとんでもない。まっさきにボールを当てられてイの一番にコートの外に出されて、それからずっとコートの脇に立ってるぼくだよ。これはこれで楽でいい。
「覇気がないねえ。おまえの欠点はその覇気のなさだ。本当のところ、体育の時間みじめな思いしてるんだろう? こんな時間なければいいと、いつも思ってるんだろう? だけど学校には体育の時間がある。テストの点は隠せるけれど、体育の成績は隠せない。みんなが見てるからね。運動のできないやつにとって体育の時間は地獄だ。針のムシロに座っているようなもんだ」

 ぼくの心が動いた。

 ゲンガクがなおもささやく。
「おれにちいと体をゆだねてみないか?逆上がりはできる。100メートル走はびりにならない。ドッジボールでは真っ先にボールに当たることはない。な?」

 ぼくとゲンガクは校門をくぐった。

 学校座敷オヤジは校門の脇に立っていたが、本日は一言もなく、ただゲンガクをにらむばかりだった。げんがくはそんなオヤジに声をかけた。
「おらよ、おはようさん。なんだよ、おめえは朝の挨拶もできねえのかよ。まったくしつけがなってねえな。教育上よろしくない。そろそろ辞表を書いて出て行ったら? ギャハハハハハ」

 その日、100メートル走の練習があった。実際に走る練習を行った後、走行順も決めることになった。
 走行順は背丈の順だった。ひところはあらかじめみんなのタイムを計って、タイム順で走るということが行われていた。それは、運動のできる子がいつも一着をとるため、他の子には一着をとるチャンスがないというので、一着をとったことがない子も一着になる可能性があるよう、タイム順に組み分けをしようということだったらしい。
しかし、それでは運動会のときしか光るチャンスのない子供のチャンスを奪うことになるし、組み分けの時はわざとタイムを落とす子もいるという弊害が出たため、最近は再び背丈の順に戻っていた。どちらにしてもぼくはあまり身体が大きな方じゃないし、タイムもほとんどビリっけつ。ぼくとしてはたとえビリであったとしてもせめて歩いているように見えないことを願うばかりだ。

 ぼくが走る番になった。するとゲンガクがぴったりよりそってきた。
「いいか、自分は速いとまず思え。だけど足を速く動かそうなんて思うな。地面を強く蹴ってな、ぴょーんぴょーんと大またで空を飛ぶような感じで足を動かせ。あとは俺に体をゆだねろ。いいな」
 とりあえず言われたとおりしようとその時思った。

「位置について、よーいドン!」

 先生はピストルは構えたけれど火薬がもったいないのでドンは口で言った。
 ぼくはドン、というのを最後まで聞いてから飛び出したため出遅れた。どうせビリでもともと。ぼくはゲンガクに言われたとおりなるべく大またになろうと思いながら走った。するとぴょーん、ぴょーん、え? なんだか速いぞ。前を行く子の背中をとらえ、追い越し、次の子の背中をとらえ、また追い越し、3番目に走っている子も追い越した。

 え? こんなに速くていいのか? 迷いが生じたためか途中からスピードが落ちた。そのため2番目に走っている子の背中をとらえかかっていたが、追い越すことは出来ないでゴールイン。それどころか一度は追い抜いた3番目の子に、抜き返されたかもしれない。

 ぼくは全速力で走り終わった後の疲労感を感じながらいつものように走り終わった子供たちの列に加わろうとした。するとむこうから隣の組の先生が駆け寄ってきて声をかけた。
「3着までの子はこっちに並ぶのよ」
「え?」

 3着とれていたんだ。
 ぼくは小学校生活6年間の中で、かつて並んだことのない列に加わることとなった。
 隣の組の先生は言った。
「ヨシヒコくんは早生まれだから今まで体力にハンディがあったんだよね。やっとみんなに成長が追いついてきたのね」
 えっ? そんな考え方があったのか?

 するとゲンガクがその先生にかみついた。
「俺が勝たせたんだぜ、おれが!」
 しかしもちろん、先生にゲンガクは見えない。先生は次の組の生徒をキャッチするため、ゲンガクのいるほうに向かって走り出した。ゲンガクはその勢いに跳ね飛ばされ、しりもちをついた。

「チクショウ!俺様をなめやがって! くそー、生きてるやつはいいよなあ。体があってさ」
ゲンガクは悔しそうだった。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

湖の民

影燈
児童書・童話
 沼無国(ぬまぬこ)の統治下にある、儺楼湖(なろこ)の里。  そこに暮らす令は寺子屋に通う12歳の男の子。  優しい先生や友だちに囲まれ、楽しい日々を送っていた。  だがそんなある日。  里に、伝染病が発生、里は封鎖されてしまい、母も病にかかってしまう。  母を助けるため、幻の薬草を探しにいく令だったが――

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

【総集編】日本昔話 パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
⭐︎登録お願いします。  今まで発表した 日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。 朝ドラの総集編のような物です笑 読みやすくなっているので、 ⭐︎登録して、何度もお読み下さい。 読んだ方も、読んでない方も、 新しい発見があるはず! 是非お楽しみ下さい😄 ⭐︎登録、コメント待ってます。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

釣りガールレッドブルマ(一般作)

ヒロイン小説研究所
児童書・童話
高校2年生の美咲は釣りが好きで、磯釣りでは、大会ユニホームのレーシングブルマをはいていく。ブルーブルマとホワイトブルマーと出会い、釣りを楽しんでいたある日、海の魔を狩る戦士になったのだ。海魔を人知れず退治していくが、弱点は自分の履いているブルマだった。レッドブルマを履いている時だけ、力を発揮出きるのだ!

ぼくの家族は…内緒だよ!!

まりぃべる
児童書・童話
うちの家族は、ふつうとちょっと違うんだって。ぼくには良く分からないけど、友だちや知らない人がいるところでは力を隠さなきゃならないんだ。本気で走ってはダメとか、ジャンプも手を抜け、とかいろいろ守らないといけない約束がある。面倒だけど、約束破ったら引っ越さないといけないって言われてるから面倒だけど仕方なく守ってる。 それでね、十二月なんて一年で一番忙しくなるからぼく、いやなんだけど。 そんなぼくの話、聞いてくれる? ☆まりぃべるの世界観です。楽しんでもらえたら嬉しいです。

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

処理中です...