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38.おれに体をゆだねろ!
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翌日、登校の途中、さっそくゲンガクがあらわれた。
「どうよ、100点とった気分は。ママ喜んでたろう?」
確かにママは喜んでいた、けどさ。
「なんだよ。イマイチうれしくなさそうだな。誰かに何か言われたか?座敷オヤジがなんか言っていた?」
そういえば、近頃、あまり座敷オヤジも出てこなくなった。オキビキがいなくなったのと関係あるのだろうか?まあ、出てこないほうが静でいいけれど。
「ふふふふ」
ゲンガクは意味深に嗤った。
「おまえんちに入れたらなあ。そしたら様子もわかるし、もっと協力できるんだけどなあ」
「イシはすてないよ」
ぼくははっきりつぶやき、学校に遅れないように足を速めた。ゲンガクは執拗に追ってきた。
「オウ、オウ、オウ、オウ、おまえさ、筆記テストはいいけれど、実技はどうする?」
実技って、図画や習字のこと? いいよ下手でも。困らない。第一、ゲンガクは絵が苦手なんだろう?
「体育はどうよ。おまえ、逆上がりできないだろう」
そういえば、体育の授業にそんなのがあったな。できない組はけっこういる。ちょっと恰好悪いけれど、仲間もいるから・・・
「リレーの選手になりたくないか?」
選手になりたいとは思わないけれど、100メートル走でビリになるの、あれはけっこう何とかしたいかな。悪い方で目立つのっていやだもの。
「ドッジボールで英雄になるっての、どうよ」
英雄なんてとんでもない。まっさきにボールを当てられてイの一番にコートの外に出されて、それからずっとコートの脇に立ってるぼくだよ。これはこれで楽でいい。
「覇気がないねえ。おまえの欠点はその覇気のなさだ。本当のところ、体育の時間みじめな思いしてるんだろう? こんな時間なければいいと、いつも思ってるんだろう? だけど学校には体育の時間がある。テストの点は隠せるけれど、体育の成績は隠せない。みんなが見てるからね。運動のできないやつにとって体育の時間は地獄だ。針のムシロに座っているようなもんだ」
ぼくの心が動いた。
ゲンガクがなおもささやく。
「おれにちいと体をゆだねてみないか?逆上がりはできる。100メートル走はびりにならない。ドッジボールでは真っ先にボールに当たることはない。な?」
ぼくとゲンガクは校門をくぐった。
学校座敷オヤジは校門の脇に立っていたが、本日は一言もなく、ただゲンガクをにらむばかりだった。げんがくはそんなオヤジに声をかけた。
「おらよ、おはようさん。なんだよ、おめえは朝の挨拶もできねえのかよ。まったくしつけがなってねえな。教育上よろしくない。そろそろ辞表を書いて出て行ったら? ギャハハハハハ」
その日、100メートル走の練習があった。実際に走る練習を行った後、走行順も決めることになった。
走行順は背丈の順だった。ひところはあらかじめみんなのタイムを計って、タイム順で走るということが行われていた。それは、運動のできる子がいつも一着をとるため、他の子には一着をとるチャンスがないというので、一着をとったことがない子も一着になる可能性があるよう、タイム順に組み分けをしようということだったらしい。
しかし、それでは運動会のときしか光るチャンスのない子供のチャンスを奪うことになるし、組み分けの時はわざとタイムを落とす子もいるという弊害が出たため、最近は再び背丈の順に戻っていた。どちらにしてもぼくはあまり身体が大きな方じゃないし、タイムもほとんどビリっけつ。ぼくとしてはたとえビリであったとしてもせめて歩いているように見えないことを願うばかりだ。
ぼくが走る番になった。するとゲンガクがぴったりよりそってきた。
「いいか、自分は速いとまず思え。だけど足を速く動かそうなんて思うな。地面を強く蹴ってな、ぴょーんぴょーんと大またで空を飛ぶような感じで足を動かせ。あとは俺に体をゆだねろ。いいな」
とりあえず言われたとおりしようとその時思った。
「位置について、よーいドン!」
先生はピストルは構えたけれど火薬がもったいないのでドンは口で言った。
ぼくはドン、というのを最後まで聞いてから飛び出したため出遅れた。どうせビリでもともと。ぼくはゲンガクに言われたとおりなるべく大またになろうと思いながら走った。するとぴょーん、ぴょーん、え? なんだか速いぞ。前を行く子の背中をとらえ、追い越し、次の子の背中をとらえ、また追い越し、3番目に走っている子も追い越した。
え? こんなに速くていいのか? 迷いが生じたためか途中からスピードが落ちた。そのため2番目に走っている子の背中をとらえかかっていたが、追い越すことは出来ないでゴールイン。それどころか一度は追い抜いた3番目の子に、抜き返されたかもしれない。
ぼくは全速力で走り終わった後の疲労感を感じながらいつものように走り終わった子供たちの列に加わろうとした。するとむこうから隣の組の先生が駆け寄ってきて声をかけた。
「3着までの子はこっちに並ぶのよ」
「え?」
3着とれていたんだ。
ぼくは小学校生活6年間の中で、かつて並んだことのない列に加わることとなった。
隣の組の先生は言った。
「ヨシヒコくんは早生まれだから今まで体力にハンディがあったんだよね。やっとみんなに成長が追いついてきたのね」
えっ? そんな考え方があったのか?
するとゲンガクがその先生にかみついた。
「俺が勝たせたんだぜ、おれが!」
しかしもちろん、先生にゲンガクは見えない。先生は次の組の生徒をキャッチするため、ゲンガクのいるほうに向かって走り出した。ゲンガクはその勢いに跳ね飛ばされ、しりもちをついた。
「チクショウ!俺様をなめやがって! くそー、生きてるやつはいいよなあ。体があってさ」
ゲンガクは悔しそうだった。
「どうよ、100点とった気分は。ママ喜んでたろう?」
確かにママは喜んでいた、けどさ。
「なんだよ。イマイチうれしくなさそうだな。誰かに何か言われたか?座敷オヤジがなんか言っていた?」
そういえば、近頃、あまり座敷オヤジも出てこなくなった。オキビキがいなくなったのと関係あるのだろうか?まあ、出てこないほうが静でいいけれど。
「ふふふふ」
ゲンガクは意味深に嗤った。
「おまえんちに入れたらなあ。そしたら様子もわかるし、もっと協力できるんだけどなあ」
「イシはすてないよ」
ぼくははっきりつぶやき、学校に遅れないように足を速めた。ゲンガクは執拗に追ってきた。
「オウ、オウ、オウ、オウ、おまえさ、筆記テストはいいけれど、実技はどうする?」
実技って、図画や習字のこと? いいよ下手でも。困らない。第一、ゲンガクは絵が苦手なんだろう?
「体育はどうよ。おまえ、逆上がりできないだろう」
そういえば、体育の授業にそんなのがあったな。できない組はけっこういる。ちょっと恰好悪いけれど、仲間もいるから・・・
「リレーの選手になりたくないか?」
選手になりたいとは思わないけれど、100メートル走でビリになるの、あれはけっこう何とかしたいかな。悪い方で目立つのっていやだもの。
「ドッジボールで英雄になるっての、どうよ」
英雄なんてとんでもない。まっさきにボールを当てられてイの一番にコートの外に出されて、それからずっとコートの脇に立ってるぼくだよ。これはこれで楽でいい。
「覇気がないねえ。おまえの欠点はその覇気のなさだ。本当のところ、体育の時間みじめな思いしてるんだろう? こんな時間なければいいと、いつも思ってるんだろう? だけど学校には体育の時間がある。テストの点は隠せるけれど、体育の成績は隠せない。みんなが見てるからね。運動のできないやつにとって体育の時間は地獄だ。針のムシロに座っているようなもんだ」
ぼくの心が動いた。
ゲンガクがなおもささやく。
「おれにちいと体をゆだねてみないか?逆上がりはできる。100メートル走はびりにならない。ドッジボールでは真っ先にボールに当たることはない。な?」
ぼくとゲンガクは校門をくぐった。
学校座敷オヤジは校門の脇に立っていたが、本日は一言もなく、ただゲンガクをにらむばかりだった。げんがくはそんなオヤジに声をかけた。
「おらよ、おはようさん。なんだよ、おめえは朝の挨拶もできねえのかよ。まったくしつけがなってねえな。教育上よろしくない。そろそろ辞表を書いて出て行ったら? ギャハハハハハ」
その日、100メートル走の練習があった。実際に走る練習を行った後、走行順も決めることになった。
走行順は背丈の順だった。ひところはあらかじめみんなのタイムを計って、タイム順で走るということが行われていた。それは、運動のできる子がいつも一着をとるため、他の子には一着をとるチャンスがないというので、一着をとったことがない子も一着になる可能性があるよう、タイム順に組み分けをしようということだったらしい。
しかし、それでは運動会のときしか光るチャンスのない子供のチャンスを奪うことになるし、組み分けの時はわざとタイムを落とす子もいるという弊害が出たため、最近は再び背丈の順に戻っていた。どちらにしてもぼくはあまり身体が大きな方じゃないし、タイムもほとんどビリっけつ。ぼくとしてはたとえビリであったとしてもせめて歩いているように見えないことを願うばかりだ。
ぼくが走る番になった。するとゲンガクがぴったりよりそってきた。
「いいか、自分は速いとまず思え。だけど足を速く動かそうなんて思うな。地面を強く蹴ってな、ぴょーんぴょーんと大またで空を飛ぶような感じで足を動かせ。あとは俺に体をゆだねろ。いいな」
とりあえず言われたとおりしようとその時思った。
「位置について、よーいドン!」
先生はピストルは構えたけれど火薬がもったいないのでドンは口で言った。
ぼくはドン、というのを最後まで聞いてから飛び出したため出遅れた。どうせビリでもともと。ぼくはゲンガクに言われたとおりなるべく大またになろうと思いながら走った。するとぴょーん、ぴょーん、え? なんだか速いぞ。前を行く子の背中をとらえ、追い越し、次の子の背中をとらえ、また追い越し、3番目に走っている子も追い越した。
え? こんなに速くていいのか? 迷いが生じたためか途中からスピードが落ちた。そのため2番目に走っている子の背中をとらえかかっていたが、追い越すことは出来ないでゴールイン。それどころか一度は追い抜いた3番目の子に、抜き返されたかもしれない。
ぼくは全速力で走り終わった後の疲労感を感じながらいつものように走り終わった子供たちの列に加わろうとした。するとむこうから隣の組の先生が駆け寄ってきて声をかけた。
「3着までの子はこっちに並ぶのよ」
「え?」
3着とれていたんだ。
ぼくは小学校生活6年間の中で、かつて並んだことのない列に加わることとなった。
隣の組の先生は言った。
「ヨシヒコくんは早生まれだから今まで体力にハンディがあったんだよね。やっとみんなに成長が追いついてきたのね」
えっ? そんな考え方があったのか?
するとゲンガクがその先生にかみついた。
「俺が勝たせたんだぜ、おれが!」
しかしもちろん、先生にゲンガクは見えない。先生は次の組の生徒をキャッチするため、ゲンガクのいるほうに向かって走り出した。ゲンガクはその勢いに跳ね飛ばされ、しりもちをついた。
「チクショウ!俺様をなめやがって! くそー、生きてるやつはいいよなあ。体があってさ」
ゲンガクは悔しそうだった。
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