スタンド・バイ・マイン

お花

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スタンド・バイ・マイン

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ぼくは死んでいる。
 五年前に。
 死んでいる。
 家の階段から落ちて死んだ。
 首の骨がぽっきり折れて。
 口から真っ赤な泡を吹いて。
 死んだ。
 死んでしまった。
 ぼくは死んだ。
 死んでいる。
 あの時は死んでしまうんじゃないかと思うほど全身が痛くて痛くて悶えることもできないほどだったけれど、今はもう痛みも寒さも感じない。
 ぼくは死んでいる。
 生きていた頃から、ぼくは生に執着しない子供だった。
 だから、体がふわりと浮いたあの時も動揺なんてしなかったし、迫ってくる床に恐怖なんて感じることなく、むしろ当然とばかりに受け入れた。
流れ出る血が温かかったことに驚いてしまうくらい、ぼくにとって死は身近なものだった。
その死が血の代わりにぼくの中に流れ込んだ。それだけだ。
 ぼくは死んだ。
 ぼくの戸籍はもうどこにもないし、通っていた中学校のぼくの机はきっと体育館倉庫にでもしまわれてしまっているのだろう。
ぼくの家族はぼくの死でバラバラになったし、ぼくの住んでいた家は廃屋になった。
 廃屋。
 そう。もう誰も住んでいないただのコンクリートの塊。
 誰も――ぼく以外。
 廃屋。
 そのコンクリートの塊の地下に、ぼくの墓はある。
 五年前に死んだぼくの墓が。
 遺体が。
 骨が。
 死んだままの状態で、綺麗に並べたそのまんま。
 ぼくは死んだ。
 死んだ。
 死んだ。
 死んだ?
 本当に?
 ぼくは死んだ。
 ぼくは死んだ?
 そうだ。
 ぼくは死んだ。
 そうだ。そうだ。
 そうなのか?
 そうだ。そうだ。そうだ。
確かめに行こう。
 見に行こう。
 ぼくを見に行こう。
 ぼくは、ぼくを見に行こう。
 ぼくの骨を。
 ぼくの遺体を。
 ぼくの墓を。
 見に行こう。
 ぼくを。
 見に行こう。
 遺体を。
 痛い、痛い、傷跡を。
 そうだ。
 そうだ。
そうだ。
 見に行こう。
 ぼくが生きた証を見に行こう。
 ぼくが死んだ確かな標を。
 見に行こう。
 探しに行こう。
 見に行こう。
 見つけに行こう。
 見に行こう。
 ぼくの骨を。
 ぼくの遺体を。
ぼくの墓を。
 ぼくの家を。
きっと、今なら見えるから。
見に行こう。
 見に行こう。
 見に行こう。
 家を。
 家。
 ぼくの家。
 ぼくの家は、暗闇の中、朽ちもせずに立っていた。
 生きていた頃と同じ、住宅街の隅っこ。
 ぼくはドアを開けた。
 錆び一つない、綺麗なドアだった。
 鍵はかかっていない。
 当たり前だ。誰も住んでいないのだから。
 あの頃と同じ白い絨毯を踏み越え、少しだけ黒ずんだ地下室への入り口へ。
 階段を下りる。
 トントントン、とわざと足を踏み鳴らし、タップダンスを踊るように。
 踵から。
 ゆっくりと。
 あの日のように。
 足を踏み鳴らし。
 あの日と違って、一番下まで。
 その下へ。
 カツン、と一つだけ違う音がする床のコンクリート。
 ここが、ぼくの眠る場所。
 ぼくの眠る、ぼくの墓。
 ぼくが触れるこの場所、ここがぼくの頭蓋骨だろうか。肋骨だろうか。いや、きっと、二つに折られた大腿骨だ。そして、こっちは穴の開けられた骨盤だろうか。最後に折られた首の骨だろうか。それとも、全て土に還ってしまったのだろうか。
 ぼくはその上に立った。
 両手を広げて。
 ぼくの上に。
 ここが、そう、ぼくの墓。

――笑い声が聞こえて来たのなんて、嘘だ。
 あの子が死んで本当によかったわ、なんて楽しそうな声も。
 嘘だ。
 全部全部。
 ぼくの嘘。
 ぼくが死んだのも。
全部。全部。全部、嘘。
 
だって、
そうじゃないと、
 きっとぼくは――死んで、しまうから。
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