めいちゃんが見た景色

お花

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ナオちゃんが見た景色

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∞ ナオちゃんが見た景色 ∞

 持っていた傘を差し出さなかったのは、自分が濡れたくなかったから。
 なのに「ごめんね」と呟けなかったのは、その子があまりに今のあたしに似てたから。
 私はいつも、そういう人間だった。
「わ、ナオちゃん、それ何?」
 みんなが人殺しをしている時も、そう。
 他の三人が一生懸命ヒトゴロシをする中、『どうしたら汚くならずに済むか』なんて、
私が考えているのはいつもそんなことばっかり。
 そのくせ、嫌だと思った人の名前をちゃっかりみんなの計画表に書き込んでおいたり。
 自分が捕まらないことにだけ、ちょっと必死になってみたり。
「わああ‥‥犬だあ」
「ええ! 本当?」
「本当、本当! みんな見に来て!」
「うわー、可愛い!」
「まだ子犬かなあ?」
 チカちゃんを殺した時も、こっそりチカちゃんの家に忍び込んで、冷蔵庫から心臓だけ
を持ち帰った。
 グラウンドに埋めた。
 一人じゃうまく埋められなくて、心臓はぐちゃぐちゃに潰れた。
 心臓が見つかって、また先生に怒られるなんて、嫌だったから。
 その一心で、チカちゃんのママの心臓をぐちゃぐちゃに潰した。
 その上に十字架を建てたら、もう何も見えなかった。
 それでようやく、私は安心することができた。
「どうしたの? 拾ったの?」
「二丁目の動物病院の前?」
「あ! 起きた!」
「かわいー!」
「ふわふわ―!」
「やわらかーい!」
「ねえ、抱っこしてみていい?」
「お腹すいてるかなあ?」
「私、今日、パン持ってる!」
「あげよ! あげよ!」
「あ! 食べたあ!」
 これは、罪滅ぼしなんかじゃない。
 絶対に。
 絶対に、違う。
「可愛いね」
「ね」
「捨てられたのかな」
「そうでしょ」
「‥‥」
「どうするの」
「どうする、って」
「殺すの、この子」
「殺さないよ」
「どうして」
「どうして、って」
「だって、まだ見つかってないじゃない」
「え‥‥」
「命」
「‥‥うん」
「じゃあ、どうして殺さないの」
「だって、今は『ニンゲン』だもの」
「でも、見つからないでしょう」
「それは‥‥」
「だったら殺さないと」
「でも」
「他の子は殺したのに、変なの」
「‥‥」
「アリだって、リスだって、スズメだって、メ
 ダカだって、カブトムシだって、ショウジョ
 ウバッタだって、タガメだって、メジロだっ
 て、ロボロフスキーハムスターだって、アオ
 ダイショウだって、ウシガエルだって、ルリ
 ビタキだって、キツネだってネズミだってミ
 ミズクだってクジャクだってクリオネだって
 ネコだってコウシだってシカだってカモシカ
 だってカラスだってスローロリスだってスー
 パーフェレットだってドブネズミだってミケ
 ネコだってコブタだってダチョウだってウリ
 ボーだってオヤブタだってダニだって、殺し
 たのに。私のママも、幼稚園の先生も、近所
 のうるさいおばちゃんも、虐待されてた赤ち
 ゃんも老人ホームのおじいちゃんも通勤途中
 のお姉さんも会社帰りのお兄さんも――その
 家族も、みんなみーんな、殺したのに」
「‥‥うん」
 見下ろした小さな校庭にはもう死体を埋める場所なんかなくって、黒ずんだ十字架は校舎の中まで浸食していた。
 私たちの手を染める黒い染みも、もう私たちの体内まで浸食してきているだろう。
 あのどす黒い十字架が、
 私のお腹に刺さって、
 そして、突き抜けるのを私は想像した。
 だから、
「――殺さないよ」
「え‥‥?」
 だから、思わず、呟いていた。
「殺さないよ、この子は。捨てられたんだもん。かわいそうじゃん」
 これは罪滅ぼしなんかじゃない。絶対に。
 贖罪する気なんて、さらさらない。
「シオリちゃんと一緒」
 ほんの気まぐれ。
 ただ、機嫌が良かったから。
 たったそれだけ。
 死んでしまってもよかった。
 殺されてしまってもよかった。
 生きていてもよかった。
 生かされていてもよかった。
 本当に大切なものなら、私は鍵をかけてしまいこんでしまうだろうから。
 だから、どうでもよかった。
 何でもよかった。
 この小さなイノチじゃなくても。
 この退屈な退屈な夏休みを少しでも変えてくれるなら、何でも。
「私たちで、飼えるかなあ?」
「大丈夫だよ!」
「死んじゃわないかなあ?」
「死なないよ!」
「大丈夫かなあ?」
「大丈夫だよ、きっと!」
「この子は私たちと一緒だもん!」
「いっしょなの?」
「うん!」
「じゃあ、だいじょうぶだね!」
「うん!」
「名前、付けてあげようよ!」
「うん! 何がいいかなあ?」
 私は大切なものなんて、いらない。作らない。
 これは、全部暇つぶし。
 本当に大切なものができたら、私は、鍵をかけてしまいこんで――そして殺してしまう
だろうから。
 空が好きだといった、あの子のように。
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