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アンちゃんが見た景色
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∞ アンちゃんが見た景色 ∞
楽しかった。
みんなでおんなじことするのが、楽しかった。
ただ、それだけ。
だって、あの日から、そんなちっちゃぽけな楽しみも、全部全部盗られちゃったから。
大人になんてなりたくなかった。
私たちのちっぽけな楽しみを取った大人になんて。絶対に。
私はまだ、子供でいたかった。
そして、夏休みが来た。
私たちは長い長い夏休みの中にいた。
「アリ」
「リス」
「スズメ」
「メダカ」
「カブトムシ」
「ショウジョウバッタ」
「タガメ」
「メジロ」
「ロボロフスキーハムスター」
「アオダイショウ」
「ウシガエル」
「ル、ル、ルリビタキ」
「キツネ」
「ネズミ」
「ミミズク」
「クジャク」
「ク、ク、ク、ク、クリオ、ネ」
「‥‥ネコ」
「コウシ」
「シカ」
「カモシカ」
「カラス」
「スローロリス」
「スーパーフェレット」
「ト、ド、ドブネズミ」
「ミケネコ」
「コブタ」
「ダチョウ」
「ウリボー」
「オヤブタ」
「タ、タ、タ、ダ、ダ‥‥ダニ!」
「ダニ?」
「昨日お布団干したの」
私のその言葉に、みんなはあきれたように地べたに座り込んだ。
熱い熱いコンクリートの上に。
私はそんなところ、座りたくない。
熱いし、不潔だし、ハンカチを敷いてでも座りたくない。
学校の屋上の床なんて、だれが何してるかわかったもんじゃない。
‥‥なんて、普段の私なら言っただろう。
でも、今日の私は地べたに座って笑ってた。
だって、みんなが一緒だから。
みんな。
私の素敵な友達と、
そして何より大好きなあの子が。
「それってあり?」とナオちゃんが不満そうに言う。
「あり、かな」と言いながら、ユキちゃんはちょっと苦笑い。
「あり! あり!」チカちゃんが煩いのはいつものこと。今更気にしない。
そして、シオリちゃんは、
「‥‥」
何も言わなかった。
きっとまた空でも見ているんだろう。
シオリちゃんは空が好きな子だったから。
かしましい三人とは違って、いつも一人で空を見あげているような子だったから。
だから、あんまり好きじゃなかった。
そんなの、顔には出さなかったけど。
「だーかーらー、外国には棺桶みたいなバスが走ってるんだって!」
「はあ? 何それ!」
「何て名前かは知らないけど! イギリス行ったお姉ちゃんが言ってた!」
「死んだ人が乗るやつなの?」
「ううん。いっぱい人乗ってたって!」
「乗ったら死んじゃうんじゃない?」
「じゃあ、乗客全員幽霊なの?」
「いやあ! 私、絶対乗りたくない!」
「逆かもよ? 死んだら乗らなきゃいけないのかも」
「‥‥死んだら乗るバスかあ」
「うん?」
「じゃあさ、そこに乗ってるのかなあ‥‥私たちが殺した子たちも」
私の呟きに、今度はみんな言葉もなく立ち上がった。
屋上の錆びかけた手すりに身を寄せれば、その下にある広い広い校庭が見えた。
そこに建てられた‥‥無数の十字架も。
「‥‥アリ」
最初の一つは、もう埋もれて見えなくなってた。
「アリ」 潰れた
「リス」 私たちの目の前で
「スズメ」 ぐちゃって音立てて
「メダカ」 動かなくなった
「カブトムシ」 気持ち悪いと思った手の感触も
「ショウジョウバッタ」 すぐに感じなくなった
「タガメ」 すぐに忘れた
「メジロ」 何度も繰り返していくうちに
「ロボロフスキーハムスター」 簡単に忘れていった
「アオダイショウ」 包丁を使ったのは
「ウシガエル」 この時が初めてだった
「ルリビタキ」 体の真ん中につき立てて
「キツネ」 引き裂いて
「ネズミ」 血の海の中を必死に探した
「ミミズク」 内臓以外のものがきっと
「クジャク」 きっと詰まっているはずだって
「クリオネ」 私たちのほしい答えも
「ネコ」 そこに詰まっているはずだって
「コウシ」 ぐちゃぐちゃの中をかき分けた
「シカ」 ママがお料理するように
「カモシカ」 引き裂いて
「カラス」 ぶちまけて
「スローロリス」 引っ張り出して
「スーパーフェレット」 必死に探した
「ドブネズミ」 きっときっとあるはずだって
「ミケネコ」 見つからなければ
「コブタ」 また繰り返した
「ダチョウ」 その度に校庭は狭くなった
「ウリボー」 少しずつ少しずつ
「オヤブタ」 私たちの手と同じように
「ダニ」 黒ずんでいった
校庭いっぱいの十字架。
校庭いっぱいのお墓。
校庭いっぱいの穴を。
校庭いっぱいに、埋めた。
校庭いっぱいのイノチが、ここで消えた。
「‥‥いっぱい、殺したね、私たち」
「そうだね」
「ね」
「でも、見つからなかったよね、イノチ」
「ね」
「どうしてだろう」
「わかんない」
「どうしよう」
「わかんない」
「どうしたらいい」
「わかんない」
「わかんないじゃわかんないよ」
「わかんない」
「わかんないけど‥‥続けるしかないんじゃない」
「続けるの」
「うん」
「でも」
「だって、他に方法なんてないじゃない」
「だけど、続きは」
「わかってる」
「わかってるなら‥‥」
「でも、宿題しないと」
校庭いっぱいのイノチを、ここで消した。
私たちが、消した。
私と、あの子と、それからみんなで。
たくさんの生きてたものに、サヨナラをした。
「宿題終わらせないと、終わらないんだよ、夏休み」
それでも、イノチは見つからなかった。
心臓はあった。
それでも、イノチを見つけることは出来なかった。
「ダニ、ニ、ニ、二‥‥」
「‥‥やっぱり最後は、ニンゲンかあ」
楽しかった。
みんなでおんなじことするのが、楽しかった。
ただ、それだけ。
だって、あの日から、そんなちっちゃぽけな楽しみも、全部全部盗られちゃったから。
大人になんてなりたくなかった。
私たちのちっぽけな楽しみを取った大人になんて。絶対に。
私はまだ、子供でいたかった。
そして、夏休みが来た。
私たちは長い長い夏休みの中にいた。
「アリ」
「リス」
「スズメ」
「メダカ」
「カブトムシ」
「ショウジョウバッタ」
「タガメ」
「メジロ」
「ロボロフスキーハムスター」
「アオダイショウ」
「ウシガエル」
「ル、ル、ルリビタキ」
「キツネ」
「ネズミ」
「ミミズク」
「クジャク」
「ク、ク、ク、ク、クリオ、ネ」
「‥‥ネコ」
「コウシ」
「シカ」
「カモシカ」
「カラス」
「スローロリス」
「スーパーフェレット」
「ト、ド、ドブネズミ」
「ミケネコ」
「コブタ」
「ダチョウ」
「ウリボー」
「オヤブタ」
「タ、タ、タ、ダ、ダ‥‥ダニ!」
「ダニ?」
「昨日お布団干したの」
私のその言葉に、みんなはあきれたように地べたに座り込んだ。
熱い熱いコンクリートの上に。
私はそんなところ、座りたくない。
熱いし、不潔だし、ハンカチを敷いてでも座りたくない。
学校の屋上の床なんて、だれが何してるかわかったもんじゃない。
‥‥なんて、普段の私なら言っただろう。
でも、今日の私は地べたに座って笑ってた。
だって、みんなが一緒だから。
みんな。
私の素敵な友達と、
そして何より大好きなあの子が。
「それってあり?」とナオちゃんが不満そうに言う。
「あり、かな」と言いながら、ユキちゃんはちょっと苦笑い。
「あり! あり!」チカちゃんが煩いのはいつものこと。今更気にしない。
そして、シオリちゃんは、
「‥‥」
何も言わなかった。
きっとまた空でも見ているんだろう。
シオリちゃんは空が好きな子だったから。
かしましい三人とは違って、いつも一人で空を見あげているような子だったから。
だから、あんまり好きじゃなかった。
そんなの、顔には出さなかったけど。
「だーかーらー、外国には棺桶みたいなバスが走ってるんだって!」
「はあ? 何それ!」
「何て名前かは知らないけど! イギリス行ったお姉ちゃんが言ってた!」
「死んだ人が乗るやつなの?」
「ううん。いっぱい人乗ってたって!」
「乗ったら死んじゃうんじゃない?」
「じゃあ、乗客全員幽霊なの?」
「いやあ! 私、絶対乗りたくない!」
「逆かもよ? 死んだら乗らなきゃいけないのかも」
「‥‥死んだら乗るバスかあ」
「うん?」
「じゃあさ、そこに乗ってるのかなあ‥‥私たちが殺した子たちも」
私の呟きに、今度はみんな言葉もなく立ち上がった。
屋上の錆びかけた手すりに身を寄せれば、その下にある広い広い校庭が見えた。
そこに建てられた‥‥無数の十字架も。
「‥‥アリ」
最初の一つは、もう埋もれて見えなくなってた。
「アリ」 潰れた
「リス」 私たちの目の前で
「スズメ」 ぐちゃって音立てて
「メダカ」 動かなくなった
「カブトムシ」 気持ち悪いと思った手の感触も
「ショウジョウバッタ」 すぐに感じなくなった
「タガメ」 すぐに忘れた
「メジロ」 何度も繰り返していくうちに
「ロボロフスキーハムスター」 簡単に忘れていった
「アオダイショウ」 包丁を使ったのは
「ウシガエル」 この時が初めてだった
「ルリビタキ」 体の真ん中につき立てて
「キツネ」 引き裂いて
「ネズミ」 血の海の中を必死に探した
「ミミズク」 内臓以外のものがきっと
「クジャク」 きっと詰まっているはずだって
「クリオネ」 私たちのほしい答えも
「ネコ」 そこに詰まっているはずだって
「コウシ」 ぐちゃぐちゃの中をかき分けた
「シカ」 ママがお料理するように
「カモシカ」 引き裂いて
「カラス」 ぶちまけて
「スローロリス」 引っ張り出して
「スーパーフェレット」 必死に探した
「ドブネズミ」 きっときっとあるはずだって
「ミケネコ」 見つからなければ
「コブタ」 また繰り返した
「ダチョウ」 その度に校庭は狭くなった
「ウリボー」 少しずつ少しずつ
「オヤブタ」 私たちの手と同じように
「ダニ」 黒ずんでいった
校庭いっぱいの十字架。
校庭いっぱいのお墓。
校庭いっぱいの穴を。
校庭いっぱいに、埋めた。
校庭いっぱいのイノチが、ここで消えた。
「‥‥いっぱい、殺したね、私たち」
「そうだね」
「ね」
「でも、見つからなかったよね、イノチ」
「ね」
「どうしてだろう」
「わかんない」
「どうしよう」
「わかんない」
「どうしたらいい」
「わかんない」
「わかんないじゃわかんないよ」
「わかんない」
「わかんないけど‥‥続けるしかないんじゃない」
「続けるの」
「うん」
「でも」
「だって、他に方法なんてないじゃない」
「だけど、続きは」
「わかってる」
「わかってるなら‥‥」
「でも、宿題しないと」
校庭いっぱいのイノチを、ここで消した。
私たちが、消した。
私と、あの子と、それからみんなで。
たくさんの生きてたものに、サヨナラをした。
「宿題終わらせないと、終わらないんだよ、夏休み」
それでも、イノチは見つからなかった。
心臓はあった。
それでも、イノチを見つけることは出来なかった。
「ダニ、ニ、ニ、二‥‥」
「‥‥やっぱり最後は、ニンゲンかあ」
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